生前…
少女『三千院 悠璃 』はある症状に悩まされていた。
幽体離脱。
通称OOBEと呼ばれる現象でオカルト文化の普及した現在では
数多にもある現象とされ認識されたが、それを封じる手立てを
試行出来るのGSは一流の中でもほんの僅かしか居ない。
安定しない稚拙な霊的なコードで繋がる肉体と幽体。
その少女の肉体を、生を奪いに…。
度々襲い来る悪霊の恐怖は確実に、少女
そして両親の精神を削り取り──壊していく。
日常的に、身近で起る様々な霊障に辟易とした両親は
とある"薬"を少女に飲ませた。
"霊体を安定させる薬"。そう言われ手渡されたソレが
更なる悪夢の始まりだと…欠片程にも気づかずに──。
願い 〜第六話〜
眠りから覚め、夢とうつつの境が朦朧としている様な意識の中で
停止した空気に包まれている様な感覚を身体が感じた。
横島は最初のうち、自身が何処にいるのか
見当もつかなかった。
──が、大地を踏みしめている脚の感触。そして視界に映る
先程と、ある一点を除いて然程変わらぬ光景。
だが、先ほど除かれた一点が…。
世界を半分に線引きした様に眼前に映る
澱んだ闇の存在が──。
自身が違う"世界"に居ることを強烈に伝えてくる。
「 …………。 」
自分が何時から此処にいるのか、どうやって此処に来たのか、
思い出す事が出来なかった。
徐々に堕ちてくる闇色を感じてから、記憶が打ち捨てられた
タイルの様に…拡散、そして欠落している。
それは唯、意識を失っていただけなのかも知れない──が、
身体が、感覚がソレを否定して、想像の中だけで横島は
頭を振る。そして──世界が変じた。
「 トモダチ…見つけた…。 」
澱んだ闇の向こう側から…声が響く。
現実感の無い停滞した街灯の明りが照らす大地が
その向こう側、澱んだ闇から響く"声"の不気味さを一層に
訴えてくる様に思えて横島は一瞬たじろいだ。
「 誰だ? 」
誰何の声を上げるが、その声音は驚く程に小さい。
「 クスクスクス──ねぇ?お兄ちゃんは、かくれんぼするなら
鬼と隠れるのどちらがいいの? 」
それは紛れも無い幼女の声。
だが、声音に感情は無く、唯、無機質な声が返された。
「 んー…顔見なきゃ何とも言えんッ! 」
「 美女だったら追いかけたいしな… 」と、続けた横島の表情は
その言葉の意味と裏腹に、引き攣った笑みを浮かべていた。
──♪…。
音色が微かに響く。
停滞した光で照らされた空気の中に、再びあの"音"が──。
瞬間、唐突とも言えるタイミングで脳裏に浮きあがる容姿。
それは何の脈略も無く、横島の目蓋の裏に小さな"箱"を
抱えながら此方を窺っている可憐な少女の姿を映していた。
心に浮かぶイメージという物は、必ず何かに触発されて想い
浮かべる筈なのだが…。
僅かな時間、横島は呆けた様にそのイメージの出所を
探すが見当たる事は──
いや、それはつい最近見た事がある写真。
ほんの数時間前に美智恵から手渡された資料に載っていた
少女に似ていた。
しかし──。
ぬらり、と有機的な光を宿したその瞳の奥底に不気味な意思を
持ち、それは尚且つ、冷たい硬質的な作り物の目を連想させた。
そして彼女がにたり、と小さな唇を醜悪に歪ませている姿には
写真でみた愛らしさは欠片ほどに無く…与える印象は、
意思のある人形──それも"悪意"のある人形の姿だ。
「 どうするの? 」
その少女は横島の脳裏に流れ、その面影はリアルな映像と
なって、澱んだ闇の中に浮かび上がる様に現われ、尋ねた。
「 ………悠璃ちゃん? 」
咄嗟に出た言葉はそんな一言で──。
眼前に浮かび上がる少女は
その口元を更に醜悪に歪ませて、囁く様に答えた。
「 なぁに?お兄ちゃん? 」と──。
[ 自宅 ]
「 ──遅いなぁ 」
アパートの一室で、
安手の布団に顔を蹲らせたままでタマモは呟いた。
ふと、時計に視線を移してみると時刻は1:37を差していて
既に横島が出てから三時間以上が経過していた。
時計のデジタル数字を眺めながら…タマモは、少しだけ
不安そうな顔をした。
『 まだ嫌な予感がする…。 』
自身の家と言える程に過ごしていないが
それでも、安らぎを覚えることが出来る筈のこの部屋内で──
どうしようもない胸騒ぎが胸臆を駆け巡る。
その胸騒ぎを抑える為に、彼女は自身の事を家族と屈託無く
言葉にした青年の名前を口にした。
「 ヨコシマ遅い…。 」
それでも、胸騒ぎは収まらず…
──寧ろ、強さを増したように感じられた。
彼女は気づいていなかった。
その青年こそ、胸騒ぎの原因だという事に──。
胸を駆け巡る不快感に「 はぁ… 」と、幾度目かの嘆息を吐いて
彼女は俯いていた姿勢をごろん、と仰向けに変えた。
未だ明りの消していない室内で、僅かに汚れた天井が
目に映り、呟いた。
「 ──本当に遅いなぁ……ヨコシマ 」
[ ??? ]
焦土と化した大地で縦横無尽に駆け巡る足跡が響く。
その足跡は、鳴り止まぬ雨音。そして、黒焦げになった地に
軌跡を残す水溜りの弾ける音を混ざり合い、焦燥感を増していく
BGMの様に変じて響いた。
『 なんだってんだッ!? 』
時々、耳元で異様な迫力を持って鳴り響く音色が聞こえてきた。
姿形を見せずに、近寄る物音も立てずに、唯、音色だけが
狭い停滞した空間に響き渡る。
その度に、加速して鼓動する心臓と荒く吐かれる吐息。
それは、隠れて立ち止まる暇すら与えてもらえない状況だった。
あの後、
自らが鬼となる事を少女に告げた横島は
「 やだ。わたしが鬼ね。 」と、彼女の無碍なく響いた却下の
言葉で済し崩しに、隠れ逃げるという役割を与えられた。
それは普通のかくれんぼ、と言うよりは鬼ごっことソレを足した
様な遊びで──それには特別なルールが付与された。
それは、"鬼"が対象に近づくと音色がする。と、いう一見して
唯のゲームを盛り上げる為の特殊ルール。
だが、その特殊ルールが実に厄介な物だと気づくには
然程時間は掛からなかった。
『 唯の遊びなんだよな? 』と、隠れ、纏まり切っていない
思考を整理しようとした横島は。──が、
隠れ、休まる都度を狙った様に
耳元で鳴る音色。そして、明確な殺意を伴った声が響く。
『 もっと逃げて 』『 私を楽しませて 』と──。
そんな状態で思考が纏まる事なぞ有り得なく、横島の精神は
磨耗する様に削られていった。
『 大体…近寄ったら音色が鳴り始めるってのは
唯、痛めつけたいだけじゃねぇのかッ!? 』
横島は荒く息を吐きながら、崩れた柱の無骨に作り出された
影にその身を隠し、低く毒づいた。
早まる呼吸が白く染まる息を作り出す。それから一拍を置いて
何時の間にか、再び下がっている周囲の温度に気づき、横島は
隠れた身体を縮め腕に抱くようにして、遠くで響く少女の
楽しげな「 もーいいかい? 」の声に──。
返事を返すことも無く、少女に聞こえない様に少しだけ大きな
嘆息をそっ──と、吐いた。
『 何だってあんな子供にビビらないといけないんだッ! 』
僅かに収まりをみせる心臓の鼓動。そして思考する余裕を
少し取り戻すと、自信でも理解できない感情に苛立ち、縮ませた
身体に力を巡らせた。
──♪…♪。
チッ──と、内心だけで舌打ちそする。
やや離れた場所で響く少女の声のする方向を特定し、
その場から離れる為に、再び駆け出そうとした──刹那
「 もっと本気で逃げてくれなきゃ楽しくないし……
──殺すよ? 」
耳元で聞こえたほんの微かな声が、駆け出し踏み込もうとした
横島の脚を止めた。それ以上、身体が動かなかった──。
「 お兄ちゃんの切り刻んだ姿をあの子に見せた方が
愉しいかな? 」
僅かな時間を掛ける事無く、再び聞こえたその声が
流れる様な冷気を伴って皮膚に、触れた。
殺気で凍められたその言葉に──。
産毛が逆立った。そして感じたのは、冷たい硝子の様な
停止した空気。
時間すらも止まった様な感覚の中で、
唯、背後からくすくす、と無邪気に哂う少女の声が響く。
そして彼女は、そのまま哂いを止める事無く、横島の首元に
手を滑らし…囁く様に呟いた。
「 もう一度だけチャンスを上げる…。
──逃げてね? 」
ぞくり、とする程の冷ややかな声。
それは蛇の様に巻きついて離れず、
横島の身体を無意識に反応させ、痙攣の様に震えさせた。
そして…。
囚われたままの横島は、力無く頷いたのだった。
一つ、二つ、三つと詩を詠う様に数える幼い声が
空間内に響き渡る。
藍を含んだ灰色と、闇色の二つで分かたれた世界の中で
未だ彼女の言葉に囚われたまま横島は幾度もその言葉を
繰り返した。
──「 殺す 」
ソレは幼い少女の声。だが、殺意で凍められた声…。
『 冗談じゃねぇッ! 』
胸中に浮かぶ悪態を、何度も付いて与えられる勇気に似た力。
それは他人が見たら、恐怖に囚われた人々が織り成す狂気の
力を、必死に脚に込めた。
移り変わる景色。
しかし、決して出ることの出来ない屋敷跡の景色内を
走る
走る
走る
脚の裏がちゃんと地面を蹴っているのか、踏み締めているのか
不安になりながら、唯、只管に横島は脚を動かしていた。
「 ハァハァハァ…。」
酸素の急激な減少に因って体内が、大量の空気を必要とする。
結果、横島の心臓の鼓動、そして呼吸を早めた。
『 どれだけ離れれた? 』
恐怖と、焦燥感に定まらない思考を巡らせながら
辺りを見渡す。──が、ずっと耳にこびり付く様に離れずに
響く少女の数を数える声。そして視界に映る彼女のしゃがみ
込んだ背中に──
「 アハハハハハ… 」
酷く乾いた笑いが喉から込み上げて来る。
自身が制御出来ない感情の移ろい、疲労を訴える脚が…。
決して逃れられそうもない恐怖が横島を狂わせ、混乱させた。
どうすれば此処から出られるんだ…。
どうしたらこの恐怖から逃れられる…?
横島の心は唯、それだけを考える。
「 どうしたら… 」
漏れる声。
それに追随する様に
歩みを止めた身体が、心が恐怖に捕まり、答えを出した。
「 殺せばいい… 」と──。
『 今なら殺れる。 』
狂気に思考が塗り潰され、幾度もその言葉を繰り返す。
ジャリ──と、思考に従い力を巡らせた脚が踏み締めている
焦げた砂礫の掠れる音を立てた。
ゴクリッ……
唾を呑み込む。高まる心臓の鼓動。
狂気に溺れた思考が、早く殺せと、唯喚き立てる。
徐々に近付く、背を向けた少女の姿。
刻々と数えられる数字の羅列を耳にしながら横島は
狂気と背徳感に煽られて脚を進めた。
思考が霞む。
混濁し始めた意識の外で
ドクンッ
と、更に心臓の鼓動が高まった。
そっ──と、伸ばした、震える手の先に少女の白い首筋が映る。
近づく度に心臓の鼓動が痛いほどに早まるのを感じながら
横島は、異常な興奮を覚えていた。
それは狂気が作り出した、思考の高まり。
『 これで終わる…この子供を殺せば…。 』
唯、悪夢から開放されたくて…
横島が手を伸ばし、少女の首を──
──" ヨコシマ…… "
掴む寸前で、手が、止まった。
「 ………………。 」
それは思考に過ぎった微かな声。この狂った悪夢で満たされた
世界の中で…何故か横島の思考内に過ぎったタマモのその声
が、少女の首に触れんばかりに伸ばした彼の手を
そこで、止めた。
『 俺は…何をしようとしていたんだ……。』
急激に冷やされた思考が、自覚させられた己の狂気を
収めていく。
そして、少女の首に伸ばした手を、瞬間震えさせると
その手は虚空を掴む様に空振り、引き戻させた。
そんな背後にいる横島の行動等、関係無いとばかりに未だ
淡々と響く渡る少女の声。停滞している空間に響くその声は
横島の耳に届かずに、唯、流れている。
先程の恐怖も、行動する事も、逃げる事も忘れたかの様に
横島は己の手を眼前に上げ、凄絶な視線で暫くの間
その手を厭わしげに見据えていた。
己の狂気がそこにあるかの様に…。
──が、次の瞬間。
首を幾度か振り、前へと向き直る。
『 反省するのは後だ…。』と、短い思考を頭の隅に置いて
今するべき筈の行動を行う。
それは、再び少女から逃げるために駆け出す事。
そして、このかくれんぼと言うゲームを終わらす事。
横島は駆け出した。
その行き先は
己の過ちの様に澱んだ闇の方向へと──。
横島はまだ気づいていない。
少女の数える秒数が当の昔に過ぎ去っていた事に。
横島は気づいていない。
少女の口元が弧を描くように醜悪に歪んでいた事に…。
[ 屋敷跡 ]
それは横島が闇の中へと駆け出した幾分か前へと遡る。
時計の時刻が1:50分を過ぎた頃には
タマモは胸を駆け巡り、何時までも収まる事の無い不安に
押される様に自宅を飛び出した。
そして──。
彼の行き先を辿り、此処へと向かったが
変化させた翼が濡れて上手く飛べずに、本来よりも僅かに
遅れて、その終着点へと辿り付いた。
──と、雨の中、呆然と佇みながら呟いた。
「 何処にいるの…? 」
身体を濡らし、体温を奪っていく雨に変わらず打たれながら
数歩、また数歩と、屋敷跡の敷地内を進み
ぽたぽた、と前髪から伝い落ちる雨を気にも留めずに
立ち止まると、辺りを隈なく見渡した──が、その視界に
映るのは遠く街灯の明りで薄く照らされた、焦土と残骸ばかりで
期待していた人影は見当たらない…。
カツ、カツ、カツ…。とキッチンの残骸が雨音に打たれ
小さく音を立てている。
煤けた鉄製の残骸には、黒い墨が塗りたくられた様に
模様を描き──、とタマモは僅かな違和感を感じてその残骸を
見据える。
『 …足跡? 』
その残骸を屈み込むと手に取り、思考を巡らせた。
そう、それは紛れもない泥に染まった靴の足跡。
複雑な模様をつけているソレを見詰めてタマモは再び詮索を
開始する。
ぽうっ…。彼女の手のひらの上に拳程の大きさの狐火が
浮かび上がると、その明りは遠く街灯に照らされた薄い闇を
引き裂く様に照らし──そして、タマモの姿を照らした。
そして、照らす事を主とした狐火は
降り注ぐ雨にその炎を揺らめかしながら、横島の通った軌跡、
足跡を静かに照らしながら、タマモと共に動き出した。
暫くして
屋敷内をぐるり、と周回し、再び同じ場所へと辿り付いた
タマモは視界に映った残骸を嘆息と共に踏みつけた。
──カン。と、音が響く。
それは、鉄製の残骸が立てた甲高い音。
それと同時に、匂いの終着点を告げる音だった…。
『 ダメね。これ以上は── 』
「 ……匂いが消えてる…… 」 、 、 、 、 、 、
人間の形態のままで鼻を僅かにひくつかせる。そして途絶えた
匂いの先を探す様に何度も、辿り、歩み、嗅ぐといった
一連の行動を繰り返した。──が、彼を探せる場所は
此処までの様だ──と、先程踏みつけた残骸を見据えながら
『 ヨコシマは… 』
記憶の底にある擦れた事を拾い上げる様に
思考を進めていく。
横島は文珠という霊具を持っていた。
もしかしたらあの霊具で既に家に帰っているかも知れない。
だから匂いが途切れてるんだ…。
それは有るかもしれない推測。
だが、胸を過ぎる不安がその推測を否定した。
そして──。
「 ヨコシマ……。」
不安に胸を強く圧迫されながら彼の名前を呟く。
それは奇しくも横島の狂気が止まった同時刻。
そして少女の世界が揺らぐ時刻──2:15だった……。
後書き
遅くなりましたorz
シリアスな展開で…スランプ続き水稀です(挨拶
この話、そこまででは無いと思うのですが
一応ダーク指定にしといた方がいいですかね?
と、いう事で(一応)ダーク指定です(´・ω・`)
今回の話は
横島の恐怖、そして狂気を描きたかったというか…
恐怖は、GS美神の本作品でもある様に
デジャブーランドでの話しを参考にしています。
それは、霊圧差による恐怖の増加ですね。
今回は横島の霊気が微か程度にしかない(一般人並み)為、
そして、守るべき相手が居なかったための恐怖を描きました。
で、狂気の方は後々にもまた出てくるんですが、
今回の場合は恐慌状態における人間の行動。
そのありえるかも知れない場面として書いてみたんですが、
どうでしょうか?
それはおかしいといった意見がありましたら
教えてもらえると幸いです。
ちなみに、前回の『 屋敷跡 』をレスでも書いた様に
変更させてもらっています!
後、今回のシリーズというか…。かくれんぼ編は
次回かその次で終わらせますので、気長に読んでもらえると
嬉しいですorz
レス返しです。
『 帝様 』
シリアスな物を書いていると何故か
おキヌちゃんが脳内に浮かんできますw
なるべく、早く今回の話を投稿しておキヌ外伝を書きたいです!
『 通りす〜がり様 』
私は天然、黒の両方好きだ!(挨拶
鶏を絞めるのは、おキヌちゃんが古い人間だから
といった感性を感じまして…w
で、合間合間に書いてるんですが、グロすぎて…
表現抑えたものにしようかな、と試行錯誤中です!
『 ほつめ様 』
今回も雰囲気を出すための描写を多くと思って
書いたんですが、どうでしょうか?
くどすぎたりしないか不安で…orz
気に入ってもらえたら幸いです!
では今回はこれでお終いです。
レスをくれたお三方。有難う御座います!
次回も頑張りますので、これからもヨロシクお願いします!
m(_ _)m