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「美しい女(GS)」

迷彩海月 (2006-01-07 16:36/2006-01-14 18:30)
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美しい女だった。

腰まで届く長い黒髪。
丁寧に磨き上げられたそれは、さながら黒真珠を砕いて散らしたようで。

細く長い手足。
膝下まである長いスカート、
さらに上には白いコートを羽織っているというのにその美しさに疑いようはなく。

目は切れ長。
宿る光はやさしく。

唇は赤く、男を誘う花弁のようで、零す吐息は花の蜜。


美しい女だった。


-1-


 横島忠夫はGSである。
 GS(ゴーストスイーパー)とは、悪霊怨霊悪鬼に羅刹、あるいは呪い祟りに襲われた者を己の霊能力で救う力を持った者たちだ。危険も大きく、その代わり代価として支払われる金額も多い。そもそもが最低でも霊能力を持たねばなれぬ職業なためGSになるものはあまり多くないし、なろうと志せばなれるものでもない。つまり、だ。GS横島忠夫はいわゆるエリート呼ばれてしかるべき人間である。

「うぅぅ……腹へったぁ……。ちくしょー!美神さんの鬼ー!悪魔ー!ちょっと覗いたくらいで飯まで抜かんでもええやないかぁー!」

 ……エリートなのである。


 現在、横島忠夫はGSとして美神除霊事務所において美神令子の元で働いている。
 横島が高校卒業後、アルバイト先だった美神のところに就職するのは実に自然に決まった。横島の周囲の人々は誰もがそうなることを疑ってはいなかったのだから、当たり前なのかもしれない。しかし、実際には当たり前でもなんでもなかったりするのだ。

 横島忠夫というGSは、GSとしては一流と評される。三流もいいとこにしか見えないGS横島は、除霊の実戦経験は豊富だし商才もあるが、知識が足りなかった。これは致命的だ。単純に悪霊を祓うだけならともかく、依頼者を呪いから守ったり、強力な妖怪変化や悪魔との戦闘に知識は不可欠だ。
 そんな致命的な欠陥があるにもかかわらず、GS横島が一流とされるのにはわけがある。それは、横島の持つ二つの霊能、霊波刀「栄光の手」と万能の珠「文珠」による。
 霊波刀「栄光の手」。霊波刀はあまり開花することのない霊能である。横島のそれは本人の特質を現して伸縮自在、形状も自在。燃費もよく、長時間の使用が可能である。
 万能の珠「文珠」。現人類では唯一横島のみが持つ霊能。込めた意思を凝縮された霊能力をもって発現する。発現する内容は思考の届く限り全てといってもいい。はっきり言えば反則だ。
 特に、文珠が大きい。横島の足りない知識など、これさえあればいくらでも補える。何せ、通常いくつもの手順、儀式を行わなければ解除できない結界でも、文珠があるなら【解】の珠ひとつで足りる。
 これだけの能力を持った霊能者などそうはいない。しかも、横島はこれだけの能力を持った「見習い」だったのだからたまらない。高校卒業の話が届くや億単位での誘いがゴロゴロ来たのだ。
 その誘い全てが美神に止められていなければ、だが。

 美神令子はその後、横島に契約書を渡し、横島忠夫は正式に美神除霊事務所の正社員となった。
 契約金などもちろんなく、横島の収入は完全に歩合制で、こなした数に応じた給料のほかに依頼の料金を得られる。取り分は3:7。当然美神が7であり不当な扱いもいいとこであるのだが、横島はバイト当時からの破格の昇格に涙して喜んだという……哀れな男である。


「まぁ、食えんもんはしゃーない……アパートに帰ってカップラーメンでも食おう……」

 ちなみに、美神にどれだけ不当に削られているとはいえ、横島はかなりの収入を得ている。一流企業の会社員並みの給料に加え、毎月ボーナスが出ているような収入である。
 だが、根が貧乏性だったのかマンションを買ったりはせず、相変わらずボロアパートでカップラーメンをすする生活をしていたりする。
 変わったのはカップラーメンが300円の豪華なものになっていることだったり、部屋の隅に積まれたやたらピンクの目立つ雑誌の山が高くなったことぐらい……。
 たまに行く外食先も相も変らぬ牛丼屋。横島の生活において栄養面を支えているのは、正社員になることにより以前よりさらに増えた事務所での食事だったりするのだ。

 今日は美神の怒りに触れて、その食事にはありつけなくなったわけだが……あとはおキヌが美神の目を盗んで食事を作りに来てくれることでも祈るしかあるまい。
 そんなわけで横島はアパートへの帰り道を肩を落として歩く。冬の空は高く、道に立ち並ぶ枯れ木が哀愁を誘う。まぁ、自業自得である。


「なぁなぁ、あの女マジで綺麗だったよな」
「あぁ、綺麗だったなぁ……今からでも口説きに行くか?」
「でも、あそこまで美女だとなぁ……気後れしちまって」

 そんな話が聞こえてきたのはアパートと事務所のちょうど中間地点である住宅街を歩いているときだった。
 ピクリと横島の耳が反応した。

 美女

 もちろん反応したのはその一語である。
 なにせ横島忠夫は欲望の塊のような男である。周りには美女多いのに縁はなく(本当はいくつも縁はあるのだが)、金は増えても女は買わぬ横島忠夫。かっこいいのか悪いのか、あいも変わらず覗きにナンパの十九歳の冬。

 声は数歩先の曲がり角から聞こえてくるようで、横島は壁に背をつけズリズリと近寄りそっと聞き耳を立てた。
 道に立ち止まって放しているのは革ジャンを着て頭をほとんど金に近い色に染めている男と、スタジャンを着て黒いニット帽をかぶった男である。
 革ジャンを着た男(以下革ジャン)とスタジャンを着た男(以下スタジャン)は横島とは反対の方向を向きぼーっと二人で突っ立っている。

「そうだよなぁ……オレも見た瞬間、思わず黙っちまって」
 と革ジャンが相槌を打つが
「あんな綺麗な女は見たことねぇ……」
 スタジャンはすでに見かけた女とやらの姿を思い出して、夢の世界へ旅立っている。

 横島の興奮はだんだんとあがってくる。腹が減っていたはずなのにそんなことなど意識のかなただ。

「な、なぁ。やっぱり戻って声かけねぇ?まだあの公園にいるはずだよな?」
 革ジャンはスタジャンにまくし立てると今にも走り出そうとしている。
「そうだな。あんな女他では二度……」
 と、答えるスタジャンの背後に忍び寄る影。影は右腕を瞬時にスタジャンの首に絡ませる。

「そんなに、きれいだったのか?その女は?」

 低い声で語りかける影。と、言うか横島。左腕には光り輝く「栄光の手」がすでに発現している。
 霊能に関して少ない知識しか持たない二人の若者には、それはよくわからない輝きでしかない。しかし、逆にそのよくわからない青白い輝きは二人の言葉を失わさせていた。

「なんなんだよ、あんた!」
 革ジャンが腰の引けた姿勢でも、虚勢を張って誰何する。スタジャンは左の顔に当てられた「栄光の手」の恐ろしさに声も出せないようだ。
「質問に答えろ。その女はそんなに良かったんだな?」
 横島から発せられる迫力におびえ、革ジャンは思わずうなずいた。

「この先の公園にいるのか?」
「そ、そうだよ」

 答えを聞くや否や絡めていた右腕を離し、パコスパコーンと「栄光の手」で二連撃。あわれなつみない二人の若者の気を刈り取る。

「なんなんだよぉ……」

 背後から近寄り拘束、一方を脅して情報を聞き出すや否や鮮やかな離脱。卒業後の一年間、横島を鍛えた剣の師匠は涙を流して喜ぶに違いない。もっとも、目的を知ったら角を振りかざして神剣を持ち出してくること請け合いだが。

「まだ見ぬきれーなねーちゃーん!待っててくれよー!横島忠夫が今すぐ馳せ参じます!」

 ……横島忠夫19歳。目的のためなら手段は選ばず、いわんやライバルを蹴落とすことに何のためらいがあろうか。確実に間違った方向へ成長しつつある横島である。


 無駄に身体能力の高い横島はその全てを発揮して全力で走った。革ジャンとスタジャンの若者二人組みは、件の美女を見てからかなりの時間呆けて歩いていたらしく、それでもしばし時間がかかった。

 目指した公園は、横島がいた住宅街のかなり外れたところにあった。そろそろあたりは暗くなり、鈍色の空からはちらほらと雪まで舞ってきた。それなりに大きな公園のようであったが、そもそも近くに住む人が少ないのか、それとも寒さのためもあってか遊具で遊ぶ子供もベンチで愛を語らうカップルの姿さえ見えない。


 だからなのか。


 ほの暗い公園に溶け込むように立つ白いコートの女。
 その姿は空より舞い落ちる雪の精。あるいは、男を誘い凍らせる雪女か。


美しい女だった。

腰まで届く長い黒髪。
丁寧に磨き上げられたそれは、さながら黒真珠を砕いて散らしたようで。

細く長い手足。
膝下まである長いスカート、
さらに上には白いコートを羽織っているというのにその美しさに疑いようはなく。

目は切れ長。
宿る光はやさしく。

唇は赤く、男を誘う花弁のようで、零す吐息は花の蜜。


されど


黒髪の端は焼け焦げ縮れ。

左の腕はなく、白いコートは赤黒く染められて。

目に宿る光は媚びており。

吐息は、ともに逝こうと誘う亡者の呼びかけであった。


それでも、女は美しかった。


-2-


 目の前に立っているのは、明らかに亡者、それも悪霊の類であろう。
 色香に男を惑わせて道連れにしようというのか、本来は本質である死んだ当時の姿を隠しているのだろう。
 だが、横島忠夫はこれでも霊能者の端くれ、能力だけで言えば一流の霊能者である。女の姿を一目で見抜いた。

 見えたのは、朽ちた姿。


黒髪の端は焼け焦げ縮れ。

左の腕はなく、白いコートは赤黒く染められて。

目に宿る光は媚びており。

吐息は、ともに逝こうと誘う亡者の呼びかけであった。


それでも、女は美しかった。


「あ、あー……何、してるんスか?」

 亡者に何の意味があるのだろうか。その目的は、きっと生者を己の場所へ引き込むことだとわかっているのに。
 横島の思わずしたマヌケな問いかけは、美しさに気おされてのことだった。
 相手が幽霊だからというのも、もちろんあるだろう。なにせ体がないのだ。手の出しようがない。

 女はにこりと微笑んで、しかし問いには答えずに空を見上げた。曇天の空からは、先ほどから雪がしんしんと舞い降りる。無言のままむき出しの右手を差し出し、一粒の雪の結晶を受け止める。
 小さな雪の結晶は、女の手のひらで解けずに美しい幾何模様を残していた。じっと、女はそれを見つめている。

「あの……寒くないっスか?」
 二度目のそれも、やはりマヌケな問いかけだ。見ればわかるではないか。相手は寒さなど感じることなどない。

「そうね、寒いかも」
 返ってきた女の答えは意外なものだ。そもそも答えがあることも意外だ。
「寒いんスか」
「えぇ」
 こちらを振り返り語り掛けてきた女は、やはり美しかった。

「君、見えてる?」
 そういって、少し恥ずかしそうに左腕を隠す。最初に感じた邪気などまるでなくなっていて、女が悪霊であるなどとは思えなくなっていた。

 横島はほんの少しだけその表情に見ほれて
「す、すんません!」
 と、あわてて横を向いた。

「ちょっとね、みっともないでしょ?これ。
 なんか、私事故にあったみたいでね。
 気がついたらここにいたから、確かじゃないんだけど」

 横島の視界にはただ舞い散る雪。耳から聞こえる声は、まるでなんでもない世間話をするみたいに聞こえた。

 でも、声にはかすかな寂しさが混じっていて。

「あの、俺!霊能者で!直せるかもしれないんで!それ、ちょっと見せてもらえませんか!」
 横島は思わずまくし立てた。
 女は少しだけビックリして、それから不安そうに近寄ってくる。
「直せるの?でも、私……死んでるのよ?」
「だ、大丈夫っス!大船に乗ったつもりでどうぞ!……多分」

 最後にこぼれた自信のなさは、横島ゆえにだろう。この男、どれだけ鍛えても自分に自信がもてないのだ。まぁ、美神のような雇用主に毎日毎日ぼろくそに扱われればそのようにもなるかというものだが。

 とにかく、横島は思考する。
 最適な文珠はなにか。直すといっても方法はいくつもある。回復を早める、あるいは元の状態に戻す。だが、相手は幽霊だ。通常の回復用で治るのかどうか。あるいは義手はどうか。それとも形だけでも作ってみるか。文珠で自分の意思で動かせるようにすれば、まるで元の腕と変わらない動きをさせることが出来るだろう。

 悩んだ末に、結局普通の方法をまず試してみることにした。

「ちょっと失礼しますよ」
 そういってもっとも目立つ左腕の付け根に手を伸ばす。赤黒い肉の中に白い骨まで飛び出したそれ。横島は意識を集中し、四つの文珠を手のひらにもってそれに近づけた。

【完】【全】【復】【元】

 念のために四文字で使用した文珠はあたりを翡翠色の光で染めて発現する。
 女の腕から神経が伸び、骨が形成され、肉がつき、生前と変わらぬであろう白い腕が取り戻される。
 四文字で使われた文珠の効果はそれだけでとどまらない。復元された上からコートの生地が伸び、白いコートに散った血が消え、焦げた黒髪は輝きを取り戻す。

「わぁ……」
 女の口から感嘆の声が漏れた。目の前で行われたそれは、まるで魔法だ。

 高校卒業してから一年の間、横島は美神からの命令で妙神山で小竜姫の修行を受けた。学んだのは純粋に体術と剣術だ。美神は自分のオールマイティな戦闘方法を学ぶよりも、横島の霊能を生かすには純粋に武術を習ったほうが効果が高いと判断したのだ。実際、横島は武術を身につけることにより戦術の幅がずっと広がったし、優れた霊場である妙神山で長期の修行を行うことで霊能力もずっと研鑽された。文珠の複数制御は最たるもので、今では4文字までなら楽にこなせるのだ。一文字でも霊能力からは離れつつあった能力だが、四文字制御をするに至って完全に霊能とは関係ない域にまで踏み込んでいる。それこそ、中世で失われた強力な魔法や陰陽術でもなしえなかった領域である。
 もっとも、宝の持ち腐れとはこの男のことで、思いつくのはより研鑽された覗きの方法やら己を格好よく見せるための方法やら……実際はもっと数がこなせるのだが、5文字以上の使い道がほとんど思いつかないためにそれ以上の制御が出来なかったのは秘密である。

 だが、その能力が高いのは確かである。思い立ってからわずか数秒で、やったこともない幽体の治療をなしえてしまうのだから。

「ふぅ。うまくいったみたいだ」
 集中をといて汗を拭うしぐさをする。夜に向かいつつある冬の公園でなのだから汗など掻いてはいないがこういうものは気分だ。

「ありがとう」
「い、や。俺はえっと、まぁ、どういたしまして」
 向けられた感謝の笑みに、横島は思わずどもって答えてしまった。

「ねぇ、君の名前を聞いてもいい?」
「えっと、横島忠夫です」
「横島……忠夫くん。忠夫くんって、呼んでもいいかな?」
「はぁ。いいっスけど」
「ありがと。私の名前は安木姫子。姫子って呼んでくれるとうれしいな」

 先ほどまでは近寄りがたいまでの美麗さであったが、今の女……姫子からは親しみやすさや、かわいらしさまで感じる。
 横島は姫子の歳をその落ち着いたしぐさから二十歳後半だと思っていたが、存外若いのかもしれない。美神と同じか、それ以下か。

「えっと、じゃあ姫子さん」
「さんはいらないんだけどね。何?」
「いや、やっぱ姫子さんでお願いします。そんで、あの、えっと……や、そんなワクワクした瞳で見つめられても困るんですけど」
 なにやら姫子の仕草一つ一つがやたらと無邪気だ。横島はやはりどぎまぎしてしまう。横島と同じくらいの背なのに、わざわざ腰をかがめて両のこぶしを胸元に当てているのはどういうわけだ。胸があまりないのだけが救いだろうか……これで巨乳だったら例え相手が幽霊でも横島の理性は確実に持つまい。
「……なにか、不埒なこと考えてない?」
「とんでもないっス!」
 女の勘は恐ろしい。にんまりと笑うその顔さえ愛らしく見えてくるのだからさらに恐ろしい話である。

「あの、姫子さん」
「なーに?」
「ここで、何してるんですか?」

 それは、初めと同じ質問だ。だが、発せられるには確かな意図を持っている。
 姫子は亡者ではあるが悪霊ではない。また、意思をしっかりと持っているのは確かだ。ならば、ここにいるのには何か理由があるだろう。

「私は、えっと、うーん……何してるんだろね?」
「いや、俺が聞いてるんですけど」
 かわいらしく悩みだした姫子は、どうやら本気で思い当たらないようだ。

「私ね、気がついたらこの公園にいたの。自分が死んでるんだってのはなんとなくわかったし、あの恰好だったでしょ?多分事故で死んだと思うんだけど。でも、この辺じゃ事故は起こりそうにないのよね」
「はぁ、なるほど」

 少なくとも自縛霊ではないのだろう。事故で死んだショックからふらふらと漂っているうちにここにたどり着いた、といったところか。

「あ、そうそう!」
「何か思い出したんスか?」
「えっとね、忠夫くんにお願いがあるんだけど……体を直してもらったばかりでその御礼も出来ずに、こんなお願いもどうかとは思うんだけどね」
「いや、それは俺が直したかっただけなんで気にしないでください。それで、お願いってなんなんですか?美人のお願いならどーんとこいってもんっスよ!」
 もじもじとする年上の美女。なんというか、反則だ。上目遣いで潤んだ瞳が横島を見つめる。姫子の一つ一つの仕草が男を揺さぶる力を持ち、しかしそれが決してぶりっ子やいやみな仕草に見えたりはしない……反則だ。


「好きです。私と、付き合ってください!」
「ハイ、喜んで!……え゛」

 美女のお願いに脊髄反射で答えた横島忠夫十九歳。答えてから気づくももう遅い。こうして横島には美女の幽霊の彼女ができたの、か?


-3-


「あの、姫子さん?」
「なぁに?」
 ごろにゃあと言わんばかりの声である。突然の告白の後、二人は姫子の希望で駅近くの街中へと向かっている。
 恋人になったんだからデートするのよ、との言だ。今も恋人らしい歩き方はこうだと横島の左腕を抱え込んで歩いている。歩きにくいことこの上ないのだが、それより問題は腕に当たる感触だ。さすがに体温まではないので冷ややかだが、横島もまさか幽霊の体でドキドキすることがあろうとは思わなかった。姫子曰く
「愛の力ね!」
 ……そういうものか、と納得してしまった横島の負けだ。

「えっと、やっぱり幽霊と人間で恋人って言うのは、どうかなぁと、僕は思うのですが……」
「そんなことないって!ほら、私触れるよ?人と変わらないでしょ?」
 そういって、笑顔で横島の手をぎゅっと握る。体温はない。冬の寒さに凍えるまでもなく、それは例えるならば土塊の冷たさだ。

 でも、その手がかすかに震えていて、声には不安が混じっていて。横島は何も言わずに手を強く握り返していた。己の体温で、少しでもこの人の心が温まるならば、と。

 万事こんな具合で、告白への答えを訂正しようとした横島は、姫子の勢いに押されて完全にペースを持ってかれていた。少し、幽霊の彼女でもいいんじゃないかと真剣に考え始めていたりする。


 あたりは完全に日が落ちて、しかし夜闇は人工の光が払いのけていた。
 二人が向かった駅前では、クリスマスから続くイルミネーションが輝いている。昨今の流行である青と白の明かりで照らされた木々は、クリスマス、正月を越えて夜の恋人たちを祝福し続けていた。

「きれいだね」
 それを見ているあなたのほうが綺麗だ、なんて陳腐な表現が脳裏に浮かび、横島はそれを振り払った。なんでもない夜なのに、光に囲まれていると自分たちがまるで特別な時を過ごしているように感じる。
 やっぱり、おかしいと横島は考える。自分と姫子は今日あったばかりだ。あるいは一目ぼれ……自分を治してくれた相手に感謝してとか。だけど……

 横島には女心などわからない。姫子は幽霊だ。横島の欲望の対象にはならない。だからこそ、横島は姫子の心を必死に計っていた。
 そもそも、自分の心さえわからなくなってきた。相手は美女だ。それもとてつもない美女だ。でも、幽霊だ。偏見とかそういうことでは足りない。魔族と恋した男でも、どうにも出来ない相手と言うのはいるのだ。人一倍欲望の強い横島だからなおさらに。だけれども、姫子は美女で。綺麗で、かわいくて……

 葛藤する横島に気づいてか、姫子が顔を覗き込んでくる。


やはり、その女は美しい。


長い黒髪はイルミネーションに照らされてほのかに青く、幻想的に輝き。

文珠で直された細い腕は、横島の後ろ頭に回され。

黒真珠のごとき瞳は潤み、愛するものの顔を見れなくなる名残を惜しんで閉じられる。

店の明かりが血の通わぬ頬に照って、まるで頬を染めたようで。


薄く開いた唇をさしだした。


美しい女だ。


名の通りの姫だと言っても、信じるものは多いだろう。


だから


横島は


それまでの葛藤も忘れ


姫子の腰に手を添えた。


二人の顔がさらに近づく。


……


――ヨコシマ――
「横島クン!」


 記憶の声と、現実の声と。二つの声にハッとして……横島の前には悲しそうな微笑があった。姫子は横島の後頭部に回していた腕をとき、自分の腰の後ろに手を組むと、ピョンッと一歩横島から遠ざかった。

「何やってるのよ、横島クン!」
「美神さん?!」
 再び声の聞こえてきた方向に振り返ると、そこにいたのは美神令子であった。右手の神通鞭が、あふれる霊力の輝きで冷たくあたりを染め替える。眼光鋭く見つめる先には……姫子がいた。

「な、どうしたんですか?美神さん?」
 すっと横島は立ち位置を変えて美神の視線をさえぎった。それにより美神の眼光は全て横島に降り注いでいる。なんだか姫子を見つめていたときの1.5倍くらいになっている気がするが気のせいだと思いたい。

「あなた、もう一人前のGSなんでしょ!自分で気づきなさい!」
「え……と?訳が……訳がわからないっスよ!美神さん!」
 戸惑いから立ち直って反論する。美神は苛立ちを増しながら語りかける。
「全く。おキヌちゃんが横島君が家に帰っていないっていうのを聞いて、なんか胸騒ぎがするから街に出てみれば、案の定だし。
 いい?まずは落ち着きなさい。冷静になって、もう一度その後ろの女をみてみなさい」

 横島は美神の言葉を受け、振り返り姫子を見る。冷静に。そう、この世ならざる存在の姫子を眺めるならば、まずは霊視だ。


 相変わらず、彼女の顔には悲しげな微笑が浮かんでいた。

 横島が視線を自分に戻したのに気づいて、ほとんど泣きそうな顔に変わる。


 横島は


 そこに、つい先ほどまでの過ぎるほどの美しさ、親しさ、かわいらしさを見ることが出来なかった。


 姫子の身のこなしも、顔立ちも、何も変わってはいない。

 姫子の顔立ちは整っているし、人並みでない美人だとも思う。

 しかし、今まで横島が受けていた印象のほとんどが消え去ってしまった。

 愕然と呆ける横島に、美神からの叱咤の声が飛ぶ。
「正気に戻った?戻ったわね!いい?その女は、妖怪よ!」
 背後からの美神の声を聞きながら、横島は姫子を見つめて。
「……妖怪?」
 目の前にあるのは、姫子の微笑で。それをみていると、先ほどまでの作られた美しさの代わりに、ひどく懐かしいような何かがある気がした。


 姫子は横島を見つめ返すと
「あーあ。ばれちゃった!」
 と、笑顔で言った。多分に無理をしていても、それは満面の笑みといえるものだった。
「……えっと?」
 横島は戸惑いから立ち直れない。姫子を最初に見たのは普通の若者だ。姫子は何の霊力のない一般人でも人と見まごう姿で見ることが出来た。姫子から最初に受けた印象は美しさで、次に受けた印象はかすかな邪悪さで。姫子は人に触れることが出来て。姫子は横島に告白して、横島はその告白に答えて。姫子は……姫子は……
 たとえ、その全てが姫子が紛れもなく美神が言ったとおりの存在で、その上自分を取り殺そうとしていたようにしか解釈できなくても、横島はいまだ呆けいていた。呆けて、いたかった。


「でもね、半分正解で、半分間違ってるの」
 姫子はすっと横島の顔から視線をはずし、首を傾けて美神の顔を見た。不敵な笑顔を新たに浮かべ、にらむ美神を見つめ返す。

「私はね、半分妖怪になってるけど、まだ違うのよ」
 姫子は空いていた横島との距離を詰め、その背中に腕を回した。
「男を一人、取り殺して、初めて一人前の妖怪になれるんだよ」

「そんなこと、させるわけないじゃない!……こらぁ!横島!いつまで呆けてるか!あんたの目の前のその子は、害意を持った悪霊よ!さっさと目を覚ましなさい!」

「……本当に?」
 横島は顔を伏せ、誰にともなく問いかける。

「ほんとう」
 姫子はそんな横島の頭を胸に掻き抱く。

「わかったでしょ?なら、さっさと離れなさい!」
 あせったように叫ぶ美神。神通鞭をもつ右手は震えていて、今にもふるって横島ごと姫子をかき消さんと言わんばかりだ。心配しているようには見えないのがなんというか。


「俺は……俺は!!」
 横島はうつむいたまま頭を振る。そして、


「こんなきれーなねーちゃんを放してたまるかぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 逃げた。


 姫子を横向きに抱きかかえて。いわゆるお姫様抱っこで。姫子は「きゃん♪」とか言いながら横島の首に手を回していた。


 横島はご丁寧にも【光】の文珠を地面にたたきつけて美神の前から逃亡する。


「……は?」
 光が消え去ると、マヌケな顔した美神が一人……
「横島ぁ!くぅー……修行を終えてから少なくとも仕事に関しては真面目だったから油断した!あー、そうね。こういうやつだったっわね、横島は」
 何か、色々と横島の大事なものが失われていく。多分その名は信頼とか、信用とか。
「帰ってきたらまずは減給ね。GSが妖怪にだまされるなんて……まったく」
 豊かな生活とか。
「あー……ばからし。寒い中出てきて損したわ。帰ってコタツに入ろうっと」
 横島に対する心配はもちろんまだあるが、それより怒りのほうが上回ってしまったらしい。あるいは、まだまだだと思っていた横島程度に出し抜かれたことも怒りの一因だろうか。軽く髪をかきあげ、雪混じりの風になびかせる。
 さらには懐から携帯電話を取り出すと、
「あ、もしもしおキヌちゃん?うん、見つかったわよあのバカ。全然心配なんて要らないみたいだからすぐ帰るわ」
 ちなみに、正月をドンちゃんと騒いで過ごした疲れが今頃やってきた犬と狐は、仲良くコタツの中で丸まっている。おキヌにはそんな二匹の面倒を見てもらいながら留守番だ。
 そもそもこの寒さだし、美神もなんとなく勘を頼りに少しだけ散歩に出てみただけだ……それで見つかるのも横島と美神の縁のせいか。

「あの子、もう……まったく、何でよりによってそんなのに選ばれるか、あのバカは……」


-4-


「ね、本当に良かったの?大事な人なんでしょ、あの人?」
「あ、いーのいーの。まぁ、後が怖いけど。今はそれより姫子さんとのアバンチュールが先さ」
 ……なんというか、いつも通りの横島である。すごくいい笑顔だ。


 美神から逃亡した横島は、特に行き先も思い当たらずに結局もといた公園に戻ってきていたりする。最初から最後まで姫子を抱きかかえたままで。結構な距離があったはずだが、それでも息が切れていないのは鍛錬の成果か……実に無駄である。
「そんな、アバンチュールだなんて……」
 顔を手で隠し、いやいやと首を振る。ちなみに、いまだに横島は姫子をお姫様抱っこをしている。その有様を傍から見れば……バカップルだ。
 ふと、沈黙が落ちた。あたりからは雪の降る音さえ聞こえそうな夜だ。

 姫子は静かに、顔から手をはずすと……


「むぅーー」
「キャ!」
 どんっと一押し。直前まで迫った横島のたこ口に驚いてのことだった。
 横抱きにされた体制での話しだ。当然、その結果姫子は地面へと落下した。

「いったーい。もう、驚いたじゃないの、忠夫くん」
「えっと、大丈夫っスか。でも、いきなりでもなんでもないです!まさしく今が最高のとき!さぁ、キス・ミー!」
 しりもちをついた姫子を助け起こし、横島は再び姫子を抱き寄せた。この男、すでに術中にはまってはいないはずなのに、以前よりずっと積極的なのはどういうわけか。
「ちょっとだけ待ってね」
 と、姫子は横島の唇に指を添えた。
「さっきは中断しちゃったけど、デートの続きしよ。考えてみれば公園だって立派なデートスポットなんだから」
「うー……そんじゃ、少し歩くだけですよ?」
 そういって、二人は外灯の明かりだけの公園内を歩き始めた。
「うん、少しだけ……そう。ほんの、少しだけだから」


「ねぇ、忠夫くん」
 少しだけ時間がたって、姫子は横島に話しかけた。
「なにっスか?」
 歩きながらしゃべる。ちらほらと舞う雪が綺麗で。二人は滑らないように少しだけ地面を気にして歩く。横島はいつの間にか繋がれた冷たい左手の感触を感じていた。

「なんで?」
 疑問。主語も何もないけど、何のとなく横島には何の疑問かはわかる。きっとその問いかけは、妖怪だったことがわかって、騙していることを知って、なんで、騙していたときよりも自然になることが出来るのか、というものではないかと。

「笑顔」
「え?」
「笑顔が、寂しそうだったんで」
 横島はは少し照れくさそうに言って、滑らないように気をつける振りで地面を見つめる。
「美神さんに妖怪だって言われて、俺に知られたときの笑顔が、その」
 少しだけ沈黙が落ちて、足音だけが響いた。息が白いのをなんとなく確認する。

「よ、妖怪だって!」
 横島は唐突に足を止め、姫子に顔を向けた。
「妖怪だって、なんも悪いことなんかありません!俺の友達には妖怪じみてるのから、まんま妖怪やら、吸血鬼までいますし!」
「でも」
 横島より数歩先まで歩いて、振り返らずに姫子は話しかけようとした。
「だましたことだって、なんてこともありません!俺、しょっちゅう騙されてますし!こんなに綺麗な姫子さんに騙されるならむしろ本望ってなもんです!」
 姫子の言葉をさえぎって、横島は一気にまくし立てた。なぜか不安で不安でしょうがなかった。今言葉で示さないといけないような気がした。

「俺……俺!まだ、姫子さんに会ったばかりです!好きかどうかなんてわからないし、あれはだまされてのことだったかもしれないけど!でも!」


「俺たち、今、恋人じゃないっスか!」


「だから」


「だから、幸せなはずです」


「恋人って、二人でいるだけで幸せになるもんのはずです」


「なのになんで……泣いてるんですか」

 横島の位置からは姫子の後姿しか見えないが、それでも震える肩は隠せないし、かすかな嗚咽が聞こえてくる。

「うん、あのね。大丈夫。これは、うれしいから泣いてるの」
 振り返らずに、声に涙をにじませて。
「忠夫くんに会えてよかったなぁって」


顔に手を寄せピッと腕を振って何かを払い、姫子は振り返った。
「さぁーて、ここで問題です♪」

「え?」
 唐突なテンションの違いについていけない。まったく、姫子には振り回されたばかりだと横島は思った。

「私は、何の妖怪でしょう?」
 出された問いもまた唐突なものだ。
「正解者には、私をプレゼント・フォー・ユー」
 賞品に横島の目がくらむ。一瞬で目の前に広がるパラダイス。冬だというのになぜか水着な姫子。胸は足りないが超ビキニ!あるいは体操服姿の姫子。当然ブルマ着用なあなたのお尻についてきます!あるいはあでやかな着物姿の姫子。姫子で姫初めだー!etc.etc.

 閑話休題

 横島は、鼻息荒く確かめる。
「まじっスか!」
「まじっスよ♪」
 からかい気味に返された。

 何はともあれ真面目に考えてみる。姫子は男を誘う女怪の類であることは間違いない。ならば、それを一つ一つ言っていけばいつかは当たる!
「ちなみに、回答権は一回ね」
「い、一回っスか」
「そう、一回だけ。頑張って当ててねー」

 これで外せなくなってしまった。うーんうーんと悩んでみても、なかなかぴったりなのは思いつかない。
 ここは、あえて有名な妖怪で言ってみようか。最初に会ったときの彼女を思い出してみる。彼女は舞い始める雪の中、一人たたずんでいたのだ。

「えっと、この時期だし、雪女とか」
「ふふふ、はずれ」

返ってきた答えにがっくりと肩を落とす横島。グッバイ、冬のパラダイス。

「まぁまぁ、そんなに気を落とさないの。そもそもあたるはずないと思ってたんだから」

「そ、そんな……ちくしょー!俺はもてあそばれた!女ってのはみんないっつもこうなんだー!」
 血涙を流して天に叫ぶ横島。そんな横島を微笑んで見つめて、姫子は語りだした。


「あのね、私は『恋する乙女』なの」

「……は?」
 思わず聞き返す横島。

「乙女って歳じゃないんだけどね」
 と、照れくさそうに姫子は続けた。

「私のベースになっているのは安木姫子って人間の思念よ。私のほとんどは安木姫子の恋する思いなの。彼女はね、ある男に恋したの。恋しくて、恋しくて。ご飯ものどを通らないような恋。
 それでね、安木姫子は告白したのよ。好きです、私と付き合ってくださいってね。」

 少し悲しそうな顔になって、姫子はあとを続ける。

「でも、その恋は実らなかった」

「何でかなんて私にはわからない。私は安木姫子の思いで出来ていても、安木姫子の記憶を持っているわけじゃないから。とにかく、彼女は振られて、でもあきらめられなかった」

「彼女はね、その男をどうしたい、とかは思わなかったの。ただ、私に振り向いて欲しい、もし私がもっと綺麗ならって願ったのね。その願いは強く、強く。日増しに高まっていったの」

「安木姫子は事故で死んだ。彼女の魂は私という願い、未練の塊を残すことで成仏した……それでね、彼女の強い願いを元に色んな女の子の色んな思いが、恋する乙女の願いが集まって私が出来たの」

「人の想いってすごいわね……私って言うひとつの命を生み出したんだから」


「私は『恋する乙女』
 恋して、男の子に好かれるために着飾って、自分を偽って、それでも、恋を実らせたい。そんな、乙女の願い。
 だから、私は恋するの!俳優に!スポーツ選手に!近所の男の子に!素敵な男性に!
 ……そして、あなたに」


舞台に立つように朗々と自らを謳いあげる姫子は美しかった。


「でもね」

だが、表情は再び曇る。

「その願いは、綺麗なだけじゃいられなかった。
 安木姫子は違っても、彼女と同じように振られた女の子の中には、やっぱり相手の男の子をうらまずにいられなかった子もいたの。
 なんで、私じゃないの?
 なんで、私じゃダメなの?
 なんで、なんで、なんで……」


「だからね、『恋する乙女』は、恋して、努力して、相手の男の子に好かれて、両想いになって……そして、その相手を殺す妖怪になった」


「私は、まだなりかけなの。だから……」


「忠夫くん。あなたに恋して、実らせなくていいから……このまま、死んで行きたいな」


 姫子は満面の笑顔で謳いきった。まるで、その姿がひと夏を懸命に生きた蛍のように、横島は錯覚した。
 と、気づくと姫子の指先がさらさらと崩れ落ちていく。落ちた指先は光になって、舞い散る雪に溶け込んだ。

「死ぬって、そんな」
 横島はうろたえる。またか、とそんな言葉が脳裏に浮かんで消えた。

「私はね、強い願いで生まれはしたけど、色んな願いが混ざっていたから不安定な妖怪なの。だから、半人前。
 人を襲う『恋する乙女』として存在が固定されているから、恋するだけの『恋する乙女』じゃ存在できないの」

「そんな……いや、まだ方法はあるはずだ。俺は文珠が使えるんですから」
 手のひらに現れる翡翠の珠。使い道はまだ思いつかなくても、どこかに道があるはずだと思考する。

「聞いて、忠夫くん」
「聞かない」

「ね、お願い」
「聞くもんか、こんちくしょー」


「お願いだから」
 と、姫子は急速に崩壊する体でゆっくりと近づくと横島を抱きしめた。


「ほら、そんな泣きそうな顔しないの。どうせなんだから笑顔で送って欲しいな」
 横島は涙を止められない。なぜ、自分がここまで悲しいのかもわからない。

「横島忠夫くん!」

「私は、あなたが好きです!」
 再度の告白は、やっぱり笑顔だ。

「『恋する乙女』の安木姫子はあなたに恋してました!」
 横島は涙を流してその笑顔に見ほれる。

「でもね、初めて会っていきなり恋したのには、訳があったりするんだな」
 ふふふ、といたずらっぽく話す姫子。

「そのわけは内緒にしておくね。でも、ヒントぐらいはあげてもいいよ」

「私は、恋する乙女の願いなの。あなたに恋したのも誰かの願い」


 別れは、悲しいものだから。

 会えないのは、つらいから。

 出会えたのに、恋したのに。

 それでも、出会いたくて、恋したくて。

 季節外れの、冬蛍。


「    !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 横島の叫びは、雪に消されて聞こえない。

 ただ、ありがとうという言葉と、自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。


――花の命は短くて 苦しきことのみ多かりき――


そんな有名な詩が頭に浮かぶ。

彼女は、きっと苦しくてもその短い一生を懸命に生きたのだと思う。

ただそう願って、想って、望むように笑顔で見送ることは出来なかったことに思い至って。


横島は一人、雪の公園で新たな涙を零した。


-5-


「先生ー、散歩に行くでござるよー」

 バーンとドアを開け放して入ってくる犬一匹。

「雪が、雪が積もっているのでござる!
 あぁ、もうっ拙者走り回りたくて転げまわりたくて!」
 そういう彼女の頭や肩にはすでに雪がついている……我慢できなかったのだろう。

「シロ、今日は勘弁してくれんか」
 横島は布団の中から間延びした返事を返す。

「何を言うのでござるか!こんないい天気なのに散歩に行かぬなど言語道断!早く行くでござるよ」
 なんというか休日の子供のようだ。ここまでせがまれては、起きぬわけにもいくまい。
「ったく。しょーがねぇなー」
 ぽりぽりと胸を掻きながら起き上がった横島は、軽く身支度を整える。

「やっぱりいい天気でござるなぁ!」
 晴天の空はぬけるように青く、街は一面の雪に覆われて白銀に輝いている。
 横島は、雪の積もった街路を行くことを思って憂鬱になりながらも、高い空を眺めて早朝の空気を吸っていると、なにか澄んだ気持ちになれた。

「お?」
 雲ひとつない空から、白い粉雪が一粒だけ落ちてくる。
 手のひらで受け止めると一瞬で解けて消えた。

 湿った手をほんの少し見つめて、横島はこぶしを握った。

 冬の空は高く、風もない。

 前を見ればシロはすでに100mは先を走っている。

「よーし、今日は俺の修行の成果をとことん見せてやろうじゃないか」
 横島は自転車に乗らず駆け出した。

 降り積もる雪の輝きが誰かの笑顔のように見えたのは、きっと気のせいだろうと想う。


あとがき


お読みいただき、ありがとうございました。

始めまして。それがし、迷彩海月と申す新参者でございます。
以前よりこの界隈をまわっていて、いつか小説を書こうと思いつつ幾星霜。
今回、一念発起して書いたはいいがお見苦しいところも多かったと存じます。

しかし、やはりこういうものは書いてみないとわからないものですね。自分でも突っ込みどころは満載だと思うのです。プロットからずれることずれることorz
自分では結構楽しめて書けたのですが、まだまだこれからだと思いました。

それではまたあえる日を願って。

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