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▽レス始

「ネクロマンサー失格--翌日の話(GS)」

テイル (2005-12-18 01:30)
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 午前七時四十五分。


 おキヌから話を聞いた翌日のこと。横島は朝も早くから+-事務所に顔を出した。
 もちろん昨夜のことがあったためである。事務所のメンバー、特に彼が気にしていたのは彼の上司のことだったが、様子を窺いにきたのだ。
「おはようっす」
 横島が事務所の扉をくぐると、その先に一人の女性が待っていた。所長である美神令子である。
 そして令子は横島の姿を認めると、問答無用で神通鞭を繰り出した。
「どああああっ!?」
 変幻自在の鞭の嵐を、これまた常識はずれの動きでかわす横島。令子の鞭は目標である横島には当たらず、破壊されるのは周囲の壁ばかり。
『……オーナー』
「ちっ」
 人工幽霊の泣きが入った呟きに、令子は舌打ちしながら鞭を引いた。
「かすりもしないし」
「つーか!! いきなり何するっすか!!」
 もっともな抗議である。しかしその抗議に返ってきたのは、令子のじとっとした視線だった。思わずひるんだ横島に、視線はそのままに令子が言った。
「あんた……昨夜おキヌちゃんと話したでしょう」
「う」
 固まる横島。
「昨日戻ってきたおキヌちゃんから、洗いざらい聞いたわよ。まったく、私が話すって言ってたのに……」
 神通鞭をしまいながら、令子はソファに座った。その様子から本気でキレてはいないと判断し、横島もおずおずといった具合に向かい側に腰を下ろす。
 目の前に座った横島に視線を向けず、令子はため息混じりに言った。
「聞いたでしょうけど、おキヌちゃん、GSにはならないってさ」
「……そうっすか」
「才能がないからって、そう言っていたわ。例えネクロマンサーとしての能力がなかったとしても、おキヌちゃんには類い希なる霊視能力もあるのにね」
「ヒャクメにも目をつけられたくらいですからね。でも……」
 GSになるならないは、結局本人が決めることだ。比喩でもなんでもなく、まさに命がけの仕事である。強制するようなものではない。
 だから令子は頷く。
「おキヌちゃんがGSになりたくないって言うのなら、それはそれでいいのよ。ただ……わざわざ六道女学院に入れたこと、おキヌちゃんは気にしていたわ。せっかくエリート教育を受けさせてもらっているのにって。そんなの、気にすることないのに」
 令子は右手で頭をばりばりと掻く。
 唇を尖らす令子に、横島は彼女が何を不満に思っているかを悟ると、微笑んで見せた。
「おキヌちゃんらしいっすね。でも転校するとか、そういったことは言ってないんでしょ?  なんだかんだで出会いだってあったし、六道女学院から離れたいとは思ってないはずです」
「そりゃそうかもしれないけど」
「気にしているみたいだけれども、それだけでしょ。やっぱり美神さんに甘えている部分はあると思いますよ?」
 だから別に、他人行儀とかじゃないです。そういいながら頷く横島の前で、令子の顔がみるみる赤くなった。おキヌの態度に感じていた不満に対して、横島が見透かすような言葉を言ったからである。
 相も変わらずの照れ屋であった。……そしてもちろん、それだけで済むわけがない。
「よ、横島のくせにっ」
 令子はやおら自分の足に手を伸ばすと、履いていた自慢のハイヒールをしっかと手に取った。
「生意気よっ!!」
 令子はその言葉とともに、横島に向けて至近距離からハイヒールを投擲する。
 かつてメドーサですら避けることができなかったハイヒールである。
 ……スカコーンと、小気味のいい音が事務所内に響いた。


 午前七時五十分。

「?」
 女学院への登校途中、おキヌは何か妙な気配を感じた気がして振り返った。通勤中のサラリーマンや自分と同じように登校途中の学生がちらほらと目に映るが、これといって目を引くような人物はいない。周囲の様子にしてもごく普通の道が延びているだけで、不審なものは特に見あたらない。
 あえて言うなら電柱の陰に捨てられているゴミ袋くらいか。ビニールが黒い為何が入っているか窺い知ることはできないが、ぱんぱんに張ったゴミ袋が二つ捨てられている。
 それは異様といえば異様だった。あの場所はゴミ収集場所ではなかったはずだし、現在中身が見えない黒い袋は使用されなくなっているはず……。
「どうしたんだ?」
 隣を歩いていた魔理が怪訝そうに訊ねた。
「いえ」
 手提げ鞄を両手で持ちながら、おキヌも不思議そうに首をかしげた。自分が何を妙に思っているのか、よくわからなかったからだ。
 確かにあのゴミ袋は少し変だ。しかしそれがどうしたというのだろう。マナーが悪い人間がいるだけと考えるのが自然だし、特に疑うようなものではない。……そもそも、何を疑うというのだろうか。それすらもおキヌにはわからない。
 自分の思考に苦笑すると、おキヌは魔理に首を振った。
「なんでもなかったみたい」
「そうか? じゃ、急ごうぜ。時間に遅れる。弓の奴細かいからなぁ。遅れたら小言だよ。あいつが早い時間に決めてっからいつも遅れそうになるのに」
 おキヌたちが待ち合わせの時間としている時刻は、話しながらゆっくり歩いても学校に着くのは早いぐらいだ。今の時間でも五分、十分遅れても何の問題も無い。
「まあまあ。ゆっくりと散歩しながらっていうの、私好きですよ」
「へへ、まあな」
 おキヌが浮かべた笑顔に、魔理も微笑みながらウインクを返した。
 女学院へ一緒に登校する。ただそれだけのことなのに、それはおキヌ達にとって大切な日課となっている。わざわざ待ち合わせをするぐらい、彼女たちにとってやりたいことなのだ。
「ちょい走るか?」
「そうですねー……あ」
 魔理の言葉に一度は頷いたおキヌだったが、ふと何かに気づいたように立ち止まった。その視線は右手側、細い路地に向けられている。
「おキヌちゃん?」
 立ち止まってしまった友人に魔理は振り返ると、怪訝そうな表情を浮かべながらおキヌの視線を追った。そしておキヌが見ているものに気づく。
 おキヌの視線の先、細い路地に霊気の揺らぎがあった。そして揺らぎの中心に、その揺らぎの原因となっている存在が立っていた。
 一体の霊だった。それも陰の気を孕んだ霊気を垂れ流し、その霊気が周囲を霊的に歪ませている。……いわゆる、汚染である。
 このままではいずれ近い将来、その場所で何かしらの事故が起こるだろう。それは霊が直接関わる出来事かもしれないし、歪んだ場が引き寄せる不運なのかもしれない。それほどその霊から漂う霊気は汚れていた。
(悪霊!!)
 魔理の手に思わず霊気が集中する。その手をおキヌがそっと掴んだ。はっとしておキヌを見ると、彼女は魔理の視線に小さく頷いて見せた。
(まかせて)
(……わかった)
 おキヌに応えるように、魔理は大きく頷いた。それを見たおキヌは魔理から手を離すと、その霊に向かってゆっくりと歩み寄る。

 
 午前七時五十五分。

 横島はカップから口を離すと、ほっと息をついた。たった今飲み下した紅茶の香りが鼻腔をくすぐる。
「うーん、紅茶はよくわからないっすけど、これはおいしいっすね」
 令子の淹れたものだからこそ、なおさら……とは口にしない。殴られる。
 そもそもこの紅茶も横島の為に淹れた物ではない。本人が飲みたいから淹れただけだ。横島はただお相伴にあずかっているだけである。
「いいものはおいしいものよ。その代わり値も張るけどね」
「……高いんすか?」
「あんたの何日分の食費かしらねー」
 そう言って、令子はホホホとわざとらしく笑った。守銭奴として名高い令子だが、基本的に衣食住に関してはお金をケチることはない。自身の生活のクオリティを高める為には惜しまない。
「くぅ。そんなこと言うなら少しは給料あげてくださいよ」
「そうね。考えておいてあげるわ」
 令子のその言葉に、横島はがくりと肩を落とした。
 最近、賃上げについて口にする度に令子はこう返す。そして実際に上がることはない。
 そう、あくまで考えるだけなのだから……。
「何陰気になってるのよ」
 どよんと落ち込んだ横島に、令子は不思議そうに聞いた。陰気になるのは令子の無体な言動によるものだが、本人にまったくその自覚はない。だから令子には、世間話をしていたらいきなり横島がブルーになってしまったように感じる。
 というわけで、ちょっと気を遣ってみたりする。
 テーブルに置かれたポットを手に取ると、令子は小首をかしげて見せた。
「おかわりは?」
「頂きます……」
 手ずから紅茶をカップに注ぐ令子を見ながら、横島は自分に言い聞かせる。良くも悪くも、これが美神令子という女性なのだと。だからしょうがいないと。
 こんな感じで横島の賃上げ交渉は終了する……毎回。
 ちなみに、令子は横島の意向を重んじようという意識が最近では出てきている。卒業も近づいてきたことだし、一人前の社会人としての給料並みには昇給しようという考えもなくはない。もし横島が切実に願ってきたならば、それに応じる用意が実はある。
 そう、冗談交じりではなく、真面目に交渉すれば令子も応じる。そしてそのことにまったく気づいていないところは、横島たる所以だろう。普段垣間見せる、彼女の言動の端々から推測することもできるだろうに……。
 それはともかく。
 こぽこぽと紅茶が注がれる音を聞きながら、「ところで」と横島は口を開いた。
「シロとタマモ、うまくやってますかねえ」
「さあ、どうかしらね」
「他人事みたいに……美神さんが二人を行かせたんでしょう?」
「そりゃ、まあね」
 横島に続いて自分のカップに紅茶を注ぎながら、令子は唇をとがらせた。
「昨日の今日だしね。おキヌちゃんの様子が気になるし、頼んだのはいいんだけど……ちゃんと期待通りの働きをしてくるかは謎よね」
 カップに息をふーふーとかけ、一口すする。
「なんだかんだいっても子犬と子狐でしょ。好奇心旺盛だから、おキヌちゃんの様子を見てくるというよりも女子高探検のほうがメインになる気がしてるのよね」
「ふむ。女子高探検ですか。……俺も行けばよかったかな」
「なんか言った?」
「いえ別に。……ところでシロタマですけど、授業が始まるまではおキヌちゃんを見ていると思いますよ?」
「学校に到着したらわからないわよ? でもそうね……」
 紅茶をすすりながら、令子はちらりと壁時計に視線を向ける。
 時刻はもうすぐ八時を回ろうとしている。時間から考えて、まだ登校中だろう。
「少なくとも、今は見てくれてるかな」


 午前八時。

 焼け付くような、それでいて凍りつくような痛みが走る。しかし実際に傷を負ったわけではない。これは感覚……魂や霊体が感じているだけのものだ。相手は実体を持たず、かつどうやら完全に物体に干渉できるほどの力は、まだないようだった。もちろんそれほど時をおかず、いずれそうなる可能性が多分にあるにしても……今現在、ソレはか弱い乙女の柔肌を傷つけることすらできなかった。それほどの力しかなかった。
 だからおキヌも強がっていられる。背後で息を呑む魔理に、後ろ手で来るなと合図を送れる。激痛に顔を歪める事もしないですむ。命に関わる事がないと確信できるからこそ、恐怖に心を支配されることもない。
 路地にいた悪霊は今、アスファルトに膝をつくおキヌの肩に食いついている。その背におキヌはその細腕を回し、軽く霊圧をかけてぽんぽんとあやす様に軽く叩いていた。敵意をむき出しにしている悪霊に対し、おキヌからはただ優しさが感じられた。
「大丈夫……傷つけたりはしないよ。怯えなくていいんだよ?」
 おキヌに食いつく霊は、まだ子供の姿をしていた。霊体は姿を変えることができるとはいえ、基本的に肉体に入っていた時の姿に引きずられる。だからこの霊は見た目通りの姿の頃、年齢にして十歳に届くか否かに死んだのだろう。
 この霊がいつどのようにして死んだのか、それはおキヌにはわからない。しかしこの霊が迷っていることはわかる。完全な悪霊にはまだなっていないのだ。しかしこのままでは魔に見入られ、悪霊はおろか怨霊の類に変化してしまう可能性もある。だからその前に、行くべき所へ導かなくてはならない。
「寂しいんだね。苦しいんだね。痛かったんだね……」
 優しく耳元でささやく。そしてそっと悪霊に頬を寄せた。抱きしめるようにまわされた腕に、悪霊の小さな体が頼りなく揺れる……。
 肩から痛みが遠のいていく。感覚が麻痺したのではなく、悪霊が食いつく事をやめたのだ。そしてわずかに身じろぎすると、悪霊はおキヌの正面、目が合うような位置までその身を離した。
 悪霊とおキヌの視線が交錯する。
 おキヌの顔に笑みが浮かんだ。それは優しい笑顔。そして満足げな笑顔だった。
 悪霊の唇は歪んでいた。そして歯を食いしばるようにしながらその身を震わせていた。泣くのを我慢しているのだと、おキヌには一目でわかった。
 だから、言った。悪霊の頬にそっと手を当てながら、言った。
「泣いていいの。我慢しなくても、いいの。ね?」
 おキヌの言葉を待っていたように、悪霊の目から涙が零れた。
 そして次の瞬間、その小さな霊は光に包まれて天に昇って行った。


 午前八時五分。

「おキヌちゃん」
 悪霊が成仏するのを見届けると、魔理は慌てておキヌに走り寄った。そして膝を附いて大きく深呼吸するおキヌの顔を、心配そうに覗き込む。
「大丈夫!?」
「うん、平気。肩も……力のない霊だったから、怪我もないです」
「む、無傷なのか?」
 おキヌが傷を負っていないことに魔理は驚いた。無防備に肩を食いつかせたのを見たときは、なんて無茶をするのかと思っていたが……おキヌの中では無茶ではなかったらしい。口ぶりからも、この霊には自分を傷つけるだけの力がないと、そう見抜いていたことが窺える。
「計算づくかぁ……」
 魔理は感嘆の息を吐きながら、おキヌに手を差し出した。
「立てる?」
「うん」
 頷くおキヌの手をとり、立ち上がるのを手伝う。
「よっと……。軽いなおキヌちゃんは」
「そうですか?」
「あたしよりはね。それなのに……凄いよ」
「? なにがですか?」
 魔理の言葉に本気で首を傾げるおキヌに、魔理は苦笑する。
「今のだよ。悪霊をあんなふうに除霊するなんてさ。これもネクロマンサーとしての実力?」
「そんなことは……」
 なおも首を振ろうとするおキヌに、魔理はにっと笑みを浮かべた。
「あとで弓のやつにも話してやろう。まるで宮○アニメの主人公みたいだった……ってさ。きっとこの場にいなかったことを後悔するぞ、あいつ」
 魔理のこの言葉になぜかおキヌは明後日の方向を向く。
「宮○アニメですか……。そう見えました?」
「え、まあね。それがどうかした?」
 おキヌのわざとらしい様子に魔理が尋ねると、おキヌは舌を出してえへへと笑ってみせた。
「いえ。前に似たようなことをしたときは失敗しちゃって」
「え!? 悪霊相手にか?」
「いえ。もっと可愛い……お友達相手でしたけど」
「? よくわからないんだけど」
「また今度話しますよ。それよりも」
 おキヌは腕時計を魔理に見せた。その針が八時十分を回ろうとしているのを見て、魔理は「げ」と呻く。
「やべえじゃん。弓が怒る」
「ね。急ぎましょう」
 二人は路地から出ると、弓との待ち合わせ場所に向かって走り始める。
 おキヌは走りながら後ろを振り向いた。先ほどまで立っていた細い路地と、その入り口に立つ電柱が目に入る。電柱の隣には、やたら怪しいぱんぱんに張った黒いゴミ袋が二つならんでいた。路地に悪霊を見つける前に見たごみ袋だ。もちろんあの路地に足を踏み入れる前、間違いなく別の所にあった。
 自ら移動したとしか思えないそのごみ袋を見て、おキヌがくすりと笑う。
「おキヌちゃん、何やってんだよ。急ごう」
「ごめんなさい」
 魔理の催促に後ろを振り返るのをやめ、おキヌは前を向いて走り出した。


 午前八時十分。

 おキヌと魔理が立ち去ってから、電柱の隣に置かれていたごみ袋に変化がおきる。一瞬霞んだかと思うと、次の瞬間その場には二人の少女が立っていた。
 年の頃はどちらも十代前半といったところだろう。一人は流れるような銀髪に一房赤い色が混じっているのが特徴の、活発そうな少女。もう一人の特徴もやはり髪だろう。これも鮮やかな金髪を、後ろで九つに纏め上げている。銀髪の少女とは対照的に、どことなく冷めた目をした少女だ。
 どちらも人の目を引く美少女であるが、現在誰も彼女らに注目していない。それでなくともいきなりごみ袋が変身したというのに、周囲を急ぐ人たちが驚く様子はない。気にしてもいない。気にならないよう、金髪の少女が暗示をかけているからだ。現在彼女たちを知覚することができるのは、少女の力に対抗できる一定の力を持つ存在だけだ。
 ご存知、シロとタマモである。
「気づかれた……のでござろうな」
 おキヌたちが去っていった方向を見ながら、シロが傍らに立つ相棒に言う。
 その相棒は頬を引きつらせていた。
「おキヌ、笑ってたもんね」
「化かすのは狐の十八番でござろう。しくじったのでござるか?」
「相手を限定しての暗示と比べて、無差別の暗示は元々効果が薄いからね。知覚させないようにするにはおキヌたちの力が大きかったから、私たちがごみ袋に見えるような暗示もさらにかけてたわ。二重暗示でごみ袋のほうは効いていた。でも、それを疑われたみたい」
「というと?」
 タマモは頬を掻きながらシロから視線をそらした。
「そのごみ袋がおキヌから見て不審だった……ってことになるかなー。注目されていたみたいだし」
 ごみ袋に見えているはずの自分たちを見て、おキヌは首を傾げていた。ということはどこか不自然な点があったのだろう。それが何なのか、タマモにはわからないのだが。
「おかげでそれを取っ掛かりに、私の動揺も読まれたし」
「魔理とか言う御仁の言葉でござるな。確か○崎あにめの主人公とか何とか……。何のことでござる?」
「よくは知らないけど、おキヌたちと最初にあったときにその言葉は聞いたわ。あの時、私おキヌの指に食いついたのよね」
 その言葉にシロは驚く。
「おキヌ殿に食いついた!?」
「そうよ。あの頃私はGSに追われててさ、おキヌと横島が助けてくれたんだけど……あの当時の私にしてみれば、人間は敵でしかなかったのよね。だから私に向けて手を伸ばしてきたおキヌに……さ。その後でおキヌの怪我を手当てしながら横島が言った言葉が、さっきあの魔理って女が言った言葉なのよ。あの時のことを思い出して、少し動揺しちゃった」
 タマモの言葉にシロは顔を歪めた。シロはGSに追いかけられたことはない。しかし同じ人外、同じ犬神。他人事としてあっさりと聞き流せることではなかった。
 とはいえ、それを意識して今更慰めるのも微妙。だからとりあえずシロは、軽口を叩いてみる。
「なるほど、そんなことがあったんでござるか。じゃあおキヌ殿はタマモに対する積年の恨みを、あの悪霊で晴らしたというわけでござるな」
「やな言い方するわね。……でもま、実際凄かったわ。なかなかできないわよ、あんな浄霊」
 一瞬シロを横目でにらみ、しかし最後は感心するような言葉に、シロも頷く。
「確かに。悪霊相手にそれは鮮やかな手並みでござった。昨夜の話が夢のようでござる」
「私はネクロマンサー失格です。私はGSにはなれません……か。確かにあれだけのことができるのに、才能がないとは思えないわよね」
 昨夜外から戻ってきたおキヌは、令子に自分の胸のうちを語った。ネクロマンサーの笛のこと。自分の心に起きた変化……。おキヌがそれらを令子に話しているのを、二人は屋根裏部屋で聞いていたのだ。
「実際の所どう思うでござるか。本当におキヌ殿には才能がないのでござろうか」
「多分ね。でもそれはネクロマンサーの才能じゃないと思う。死霊使い、ううん、霊能力者として、おキヌは類まれな才能を持ってると思うから。霊力が低いなんてのは大したことじゃないしね。もともと神魔族を相手にするなら、人間同士の霊力の差なんて微々たるもんなんだから」
 タマモの言葉にシロは頷く。十の力を持つ者相手に、一の力を持っている者と二の力を持っている者とで、どれだけの差があろうか。
「大きな差があることに変わりは無いでござるな。もっとも、それでも人間は魔族に勝ってしまうのでござるが……」
「人海戦術。または道具や作戦でね。ま、美神がいい例よ。ともかく、おキヌに無いのは霊能の才能じゃない。GSとしての才能……いえ、戦士としての才能と言い換えていいかもしれない」
「戦士としての才能でござるか……」
 呟く様に言いながら、シロは納得がいかないような表情を浮かべた。
 その様子に気づいたタマモが尋ねる。
「何? あんたは違う意見?」
「そうでござるなぁ。おキヌ殿は優しいでござるから……芯のところでは強いのではござらんかな。こういっては何でござるが、先生に似ているでござるよ」
 弱いようでいて、強い。それが横島忠夫だ。大切な誰かを守るために、彼は恐怖や苦痛を克服する。そしてその原動力となるものは底抜けの優しさである。
 タマモはまだ横島の本当の強さに触れたことが無い。優しい男だということは知っているが、それが強さに結びつくところを見たことが無い。だからタマモはシロの言葉に同意も否定もせずに、ただ頷いた。
「ふーん。ま、ともかく美神に連絡しよう。その為に来たんだし」
 タマモがポケットから携帯電話を取り出した。
「そうでござるな。そしてその後はまた尾行の再開でござる」
 事務所に連絡をしているタマモを見つつ、シロは首を伸ばすと空気に漂う霊気を嗅いだ。犬神の嗅覚が常識はずれの情報量を彼女へともたらす。その中から必要なものだけを取捨選択し、シロは現在のおキヌの状況を嗅ぎ取った。どうやら待ち合わせの相手と合流できたようだ。今は歩いている。
 そこまで嗅ぎ取り、シロは振り返った。丁度タマモは電話を切ったところだった。
「行くでござるよ」
「そうね。今日は一日おキヌに張り付いていろって言われてるし、それは望むところだし。……女子高かぁ、どんなところだろ。臨海学校とか言う所しか行った事無いから、ちょっと楽しみかも」
「本来の目的を忘れるんじゃないでござるよ」
「あんたにだけは言われたくないけどねぇ」
 笑いながら二人は走り出した。


 午前八時二十分

 令子は耳に当てていた受話器をゆっくりと降ろすと、横島の待つテーブルへと戻った。そして向かい側の席に腰を下ろすと、それを待っていたように横島が口を開く。
「はれれひは?」
「口に物入れてしゃべんじゃないの。……タマモからだけど」
 トーストを頬張りもぐもぐ口を動かす横島を、令子は呆れたような目で見た。横島が発した言葉は、まったく言葉になっていない。もっともそれも理解できてしまうのだが。
 二人は現在朝食中である。令子が用意したのだが、もちろん横島の為に用意したのではない。令子本人が食べたいから用意したのであって、横島のはついでである。なんだか最近毎日一緒に朝食をとっているような気がするが、きっと気のせいだ。
 横島は口の中のものを飲み下すと、改めて令子に尋ねた。
「で、タマモはなんて?」
「おキヌちゃん、元気だってさ。友達との会話も普通だし、無理をしている様子も無いみたいね。昨夜のことを引きずっているかもしれないと思っていたけど……大丈夫みたい」
 そう言って令子は柔らかな笑みを浮かべた。彼女にとっておキヌは妹である。そのおキヌが落ち込まず元気でいるのを知って、令子は安心した。
 令子の笑顔を見て、横島の顔にも微笑が浮かぶ。
「昨夜の話はあまり気にしていないんすね。それがいいですよ。GSになろうがなるまいが、おキヌちゃんはおキヌちゃんなんだし」
「まあね。ただ、ネクロマンサーの笛に関しては引きずるかもしれないと思っていたのよ。今までできたことができなくなるって言うのは心に響くわ。最悪自己否定ぐらいするかなって思っていたけどね」
「ん、そうですね。確かにネクロマンサーとしての能力に翳りが見えたのは、おキヌちゃんにもショックだったかもしれないっすね」
 おキヌが霊と心を通わせることができるのは、おキヌ自身が幽霊だったことに一番の理由があるだろう。彼女にとって、霊と心を通わせるのは当たり前で、何気なくて……だからこそ失ったときに強い喪失感を感じるもののはずだ。
「ネクロマンサーとしての能力に翳り、か……」
「どうしたんすか?」
「タマモがさっき面白い話をしてくれてね。おキヌちゃん、道端で障気を撒き散らせていた悪霊を、それは見事に浄霊したってさ」
「浄霊? 除霊ではなく?」
 除霊とは字のごとく霊を排除すること。令子の得意とする、強制成仏の事を指す。そして浄霊とはこれも読んで字のごとく、自ら成仏するよう霊を浄化することをいう。無論浄霊の方が遥かに難しく、誰にでもできることではない。浄霊をするには、魂を癒す力を持っていなければならない。その力なくして浄霊を行うことは不可能だ。
 最も例外として、凝縮した霊気に文字を込め、過程を無視して同じ効果を結果として具現化させることができる奴もいるが。……誰とは言わない。
 ともかく。
「ネクロマンサーであるおキヌちゃんならではよね。才能が無いとはよく言ったものよ」
 そう言って苦笑する令子に、横島が尋ねる。
「でもおキヌちゃん、最近ずっと不調だったじゃないですか。笛を吹けなくなったり……昨夜は、霊と心を通わせられないとまで言っていましたよ?」
「それはおそらく、相手がよほどの悪霊か怨霊だった場合よ。私が受ける依頼の霊って、基本的に強力な悪霊ばかりでしょ。昨夜の除霊対象だって人格が完全に崩壊していて、あるのはこの世への恨みと未練だけだったわ。確かにそういう相手にはおキヌちゃんの鎮魂は通じないかもしれない。でも一歩手前の、まだ心を持っている相手なら話は別だと思うのよね」
 横島に初めて出会ったとき、おキヌは横島を殺そうとした。結局未遂で終わったが、あの時のおキヌは悪霊化一歩手前であったといっていい。その経験があったからこそ、これまで人格の壊れた悪霊相手にもネクロマンサーの笛は通じたのだ。わかってあげることができたから、通じたのだ。
 逆に言うならば、おそらく今でもおキヌは悪霊や怨霊相手に心を通わせることができるだろう。しかし彼女の心に生まれた生への渇望や執着が、狂った霊と心を通じさせることを拒むのだ。最近彼女がネクロマンサーの笛を吹けなくなる、それが理由だと令子は思っていた。そしてその考えが間違っていなかったことが、タマモの話で証明された。
 本当にネクロマンサーとしての能力に翳りがあるのなら、浄霊などできないはずだ。しかしおキヌは、それをネクロマンサーの笛を使わずにやってのけた。
「可哀想な霊を慈しむ心を、おキヌちゃんは忘れていない。たとえGSにならなくても、彼女がネクロマンサーでなくなることはないと思うわ。それはおキヌちゃんの心のありようだと思うから」
「おキヌちゃん、優しいですからね。そしてそれが、彼女の才能であり能力ってわけですか」
 令子が頷く。
「そもそもね、本来ネクロマンシーに必要なのは霊と心を通わせる能力だけなのよ。後はわかった振りをすればいい。前にネズミのネクロマンサーとやりあったでしょ?」
 横島が操られ、危うく爆死するところだった事件だ。いうまでもなく、ネズミが人間の霊と本当に心を通わせているわけがない。あの時ネズミは、霊が心地よく感じるような念波を利用して操っていたのだ。霊がやりたいと思うように、その心を誘導していたのである。
 邪悪な死霊使いは、それすなわち詐欺師に等しい。
 そして優秀な心ある死霊使いは、それすなわち霊に対する道標となるのだ。
「死ぬのが怖い。今の生活を失うのが怖い。それでも……可哀想な存在には手を差し伸べてしまう。それが、おキヌちゃんなのよね……」
「何があろうとおキヌちゃんはおキヌちゃんってことっすね」
 おキヌにどのような変化が訪れようとも、彼女が彼女でありさえすればいい。それは横島も令子も同じである。
 令子は横島をまっすぐに見た。その頬を少し赤く染めて……。
「ねえ横島くん……」
「なんすか?」
「私ね、おキヌちゃん大好きよ?」
「……知ってますよ」
 令子の珍しい発言に、しかしだからこそ横島は茶化すでも無く、ただ微笑んで見せるのだった。


 こうして日常は続いていく。少しずつ、あるいは急激な変化を見せながら、それでも続いていく。
 今回おキヌには目に見える変化が訪れた。しかしだからといって、彼女たちの関係が変わるわけではない。場合によっては縁が切れる可能性すらあったが、その心配は杞憂に終わった。
 これから先にも、誰かしらこういった岐路に立つことになるだろう。果たして、次に目に見える変化が訪れるのは誰なのだろうか。横島か、シロか、タマモか……それとも令子か。その変化いかんによっては、この事務所から出て行く人もいるかもしれない。
 しかしそれでも大切なものは変わらない。誰にどんな変化が訪れても、絆がある限り……それはきっと変わらないのだと、そう信じたい。
 ここ一連の出来事を見てきた人口幽霊壱号は、自らの大切な住人に優しい未来が訪れることを祈りながら、同時に、なるべく今の緩やかで温かな時間が、長く続いてくれることを願うのだった。


 午前八時半――おまけ

「ところで」
 食後のコーヒーを啜りながら、令子が壁時計を指差した。
「八時半過ぎたけど……あんた、学校は?」
「え? ……あ」
 横島の顔が青ざめた。どうやら習性(習慣ではない)で事務所に来て和んでしまったようだ。今日は仕事が無いから学校に行く予定だったのに……。
「いかん。この時間だと一時間目は絶望ではないか! 留年の危機がっ!! ……いや、文珠を使えばなんとかなるか!?」
「あんたね……こんなことで文珠使うんじゃないの!」
「でも、万が一留年したらおかんに殺される!!」
 令子の顔が僅かに引きつった。横島の言葉が比喩でもなんでもないことを知っているからだ。
 あの母親ならばやりかねない……。しかしだからといって、文珠の無駄遣いも許せない。
 だから令子は、ばしっと次善策を横島に叩きつけた。
「がたがた言わず、とっとと行け、走って!!」
 車で送ってはくれないらしい。
「美神さんの鬼ーー!!」
 叩き出されるように事務所から走り出た横島は、そんな捨て台詞を残して走って行った。
 ばたばたしているが、これもなじみのある光景といえるかもしれない。


 あとがき

 毎日毎日少しずつ書きながら思います。
 書くの遅ぇ……と。
 他の投稿作家の方々の更新スピードの速いこと速いこと……。

 もう少し早く書きたい今日この頃でございます。
 

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