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▽レス始

「ネクロマンサー失格(GS)」

テイル (2005-11-27 04:15/2005-12-18 01:26)
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「極楽に――って、しまったぁぁ!!」
事の発端は、依頼の仕事中に悪霊を払う際、令子の止めの一撃が避けられたことから始まった。
令子の神通鞭を回避した悪霊は、さらには前衛要員である横島とシロの横をすり抜け、後衛であるおキヌに向かって襲い掛かったのだ。
ネクロマンサーの笛を口に当てたまま、おキヌの目が見開かれた。こちらへ向かって突っ込んでくる悪霊の、深い眼窩とおキヌの目が、刹那……合う。
「シニタクナイ……クルシイ、シニタクナイ!!」
 慟哭の念が悪霊から発せられた。深い深い絶望の念がおキヌの精神に突き刺さる。
 身体が震えた。全身が麻痺した。呼吸すら止まった。
 無論、ネクロマンサーの笛の音も……。
「何やってんのっ!?」
「おキヌちゃん!!」
「おキヌ殿!!」
 令子が神通鞭を振るった。横島がその手に文殊を生み出した。シロが弾かれたように疾走した。
 しかしそれらは間に合わない。その全てよりも先に、悪霊はおキヌの元へ達する。おキヌの目と鼻の先まで、ソレは迫っていたのだから。
 そして。
「ギャァァッァ!」
 おキヌの柔肌に悪霊の毒牙が突き刺さる直前、そいつは炎に包まれた。それと同時に細い腕が彼女の身体を回り、そのままおキヌを燃え上がる悪霊から引き離す。
「あっぶないわね」
 ふわりと甘い香りを漂わせたタマモが、おキヌを抱きしめていた。おキヌと同様、後衛要員として下がっていた彼女がぎりぎりおキヌを救ったのだ。
「ちょっと、大丈夫?」
覗き込んでくるタマモに気づくそぶりすら見せず、おキヌは瞬きすらしないまま焼き尽くされる悪霊を見ていた。
その身体は、今もなお震えていた……。


「ちょっと! 何やってるの!」
 美神除霊事務所に所長である令子の怒鳴り声が響いた。珍しいことである。彼女の怒鳴り声が……ではない。怒鳴っている相手が、おキヌであることが、だ。
「一歩間違ってたら大怪我、いえ、もしかしたらそれ以上もあったのよ!!」
「………」
 令子の叱責におキヌは項垂れるばかりである。そしてその様子に令子はふっとため息をついた。
「おキヌちゃん……」
 先ほどの剣幕が嘘のように心配そうな声で、令子が問う。
「どうしたの? 最近、こんなことが多い気がするわ」
「なんでも……ありません」
 おキヌの言葉に、令子ばかりかその他のメンバーも表情を曇らせた。どう考えてもなんでもないわけがないのだ。しかし……それを話してはくれない。そのことが悲しいし、そしてさらに令子たちを心配させている。
おキヌが顔を上げた。
「あの……すいません。少し、風に当たってきます」
 暗い表情でそう言うと、おキヌはうつむき加減で外へ出て行った。まるで、誰とも顔を合わせないようにしているかのように。
「おキヌ殿……どうしたんでござろうか」
 おキヌが外へ出て行った音を確認した後、シロは呟いた。
「馬鹿犬」
「な! いきなり喧嘩売るでござるか! そういえばさっき悪霊ともども拙者を焼こうとしたでござるな! ええい、やるなら受けてたつでござる!!」
 あっさり激昂したシロがその手に霊波刀を展開しようとするのを見て、タマモがその額を軽く小突いた。
「熱くなんないの。そもそもあれはあんたが自分から突っ込んだだけでしょうが。猪じゃないんだから、ちゃんとかわしなさい」
「かわしたでござろう! でも拙者のプリチーな髪が少し焦げたでござるっ」
「自業自得」
「ぬぁ!」
 今度はさらに怒鳴ろうとするシロの唇に、タマモはそっと手を当てた。
「落ち着きなさいってのに」
 そういってタマモは、シロに顎をしゃくって見せた。
 つられて視線を向けたシロの目に入ったのは、会話をするでもなく見詰め合う令子と横島の姿である。一瞬嫉妬の嵐が吹き荒れそうになり、しかし二人の目が真剣な色を帯びていることに気づいたシロは、タマモに視線を戻した。
「やっぱり付き合いが長いのね。あんたと同じ前衛だけど、二人は気づいていたみたい」
「な、なにがでござる?」
 自分一人だけがわかっていない何かがあることに気づき、シロはうろたえた様にタマモに尋ねた。そんなシロにため息を一つ吐くと、言った。
「おキヌのことよ。最近あの笛……ネクロマンサーの笛っての、吹けてないじゃない」
「そ、そうだったんでござるか!? なんか最近頻繁にピンチになってるような気がしてはいたでござるが……」
「肝心なところだけなんだけどね。今日だって」
 タマモはおキヌが出て行った先を見つめた。
「最後の最後だけ、まったく吹けなかった」

 他人からはまったく理解できないアイコンタクトを交わし、令子と横島はお互いにため息を吐いた。アイコンタクトでお互いを探りあっていたのだが、結局どちらもおキヌの不調の原因を知らないことを悟った為である。
 顎に手を当てながら、令子がぽつりと呟いた。
「悩み……かしら」
「うーむ、青い性の悩みでしょうか」
 令子に応えるように、横島もポツリと呟く。……その直後令子の鉄拳が飛んだが。
「このままじゃいけないわね」
「うす」
 何事もなかったように会話を続けるところはさすがである。
「おキヌちゃんが笛を吹けなくなる時って、決まって霊を払う瞬間じゃないかしら」
「そうですね」
 今まで見ていて気づいたことを口にすると、横島も頷いた。
「その瞬間何かに動揺して……その後、吹けなくなるようですね。その動揺の原因がわからないですけど」
 その言葉に令子は感心した。前衛で戦っているのによく見ている。
「どうすれば直るんでござろうか」
「このままじゃ危ないわね」
 シロとタマモが会話に加わってきた。どうやら二人ともおキヌの様子には気づいていたようだ。
「笛を吹けなくなる直前、おキヌちゃんには何らかの動揺がある。ならその動揺の原因を何とかすればいい。……おキヌちゃんがその理由を話してくれればいいんだけど」
 しかし肝心のおキヌは口をつぐんでしまっている。そしておキヌが自分から話してくれるのを待つほど、猶予があるとは言えない状況でもある。
 今夜は危なかった。タマモがフォローしてくれなかったら、おキヌはただではすまなかったのだから。
「今夜おキヌちゃんが帰ったら、私が聞いてみるわ。無理矢理にでも聞き出さなきゃ、場合によっては命に関わるし」
「そうっすね」
「そうでござるな」
 横島とシロが頷くのを見ながら、タマモはつまらなさそうに言った。
「おキヌはまだGSの免許を持っていないって聞いてるけど……今夜の話如何によっては、免許を取るまでものなくGS生命が終わるわね」
 その言葉にシロはぎょっとして振り返った。
「な、何を言うでござるか」
「本当のことを言ったまでよ。おキヌが笛を吹けなくなる理由……それが何とかならなかったなら仕方ないじゃない。肝心なときに役に立たなくなるんじゃ、足手纏いにしかならない。今日のようにフォローできなかったらそこで終わり。それどころか、場合によっては仲間全員道連れにする可能性だってある」
「………」
 美神は無言で眉根を寄せた。
 彼女は一流のGSである。命のやりとりをした経験は一度や二度ではない。戦場の厳しさも知っているし、命が儚く消え去ることも知っている。
 確かに今のままではおキヌはGSとしては致命だ。それは間違いない。……しかしだからといって割り切れぬ思いもある。すでに長い間おキヌとはチームだったのだ。そこにいて当たり前の存在だった。簡単に納得できるものではない。
しかし……。
「そう、ね。そんなことにはなって欲しくないけど」
 それでもプロの令子はこう言った。悲痛な表情で、それでも最後まで言い切った。
「いざとなったなら、引導は私が渡すわ。おキヌちゃんの師匠であり、姉であり、保護者の私が」


「先生、帰られんでござるか?」
事務所がある館の扉の前で、彼の弟子が訊ねた。
未だ自分のことを先生と呼ぶシロに、霊波刀に関してならすでに自分を超えているよなーなどと思いながら、横島は応える。
「ああ。明日学校だしな。このまま残ってると、泊まりコースになるし」
「そうでござるか。なら、拙者お送りするでござるよっ」
「却下」
「な、何ででござるかぁ!?」
横島の拒絶にわざとらしい涙を流すシロに、彼は苦笑した。
「自分の胸に聞けよ」
「ぐう、しかし!!」
 なおも食い下がるとするシロの頭に、横島はぽんと手を置いた。
「それに……もしかしたら寄り道するかもしれないんだよ」
 その言葉にはっとした表情を浮かべ、シロは背後を窺う。そこに令子もタマモもいないことを確認すると、横島に向き直った。
「……美神殿にすべて任せるのではないのでござるか?」
「おキヌちゃんとは最初からのつき合いだからな。それに……美神さんがおキヌちゃんの師匠で姉なら、俺は同僚で兄貴だよ……って、これは言い過ぎかな?」
「先生……」
「ま、家族だって事には変わりないよな」
 横島はそう言ってシロに笑いかけると、手を振りながら事務所を後にした。背後にシロの視線を感じながら、しかし振り返らずに歩く。
やがて事務所が背後に遠くなった頃、彼は立ち止まった。
「さて……」
 目の前には三叉路が伸びていた。右側は自宅アパートへ続く道。真ん中は駅に続く道だ。そして左は住宅街に向かって延びている道である。
まず右側の道は却下だった。このまままっすぐ自宅に帰るつもりは、横島には毛頭ない。では真ん中の道はどうだろう。おキヌの性格上、電車に乗ってどこかへ気張らしへ行ったりすることはあるまい。可能性としてあるのは友人の所へ行くことだが、この時間では宿泊コースになるのは必至……。
「風に当たってくるって言って出て行って、そのまま帰らないなんて事はしないよなぁ、おキヌちゃんは」
結局横島は左に伸びていく道に足を踏み出した。この道をしばらく進むと、小さな子供たちが遊ぶような、やはり小さな公園がある。

 おキヌは公園に設置されている低いブランコに座っていた。冷えたブランコの冷たさが、布地を通して伝わってくる。吐く息も白く、今夜はこれからもっと冷え込みそうだ。
今夜の仕事は早くに片づき、現在の時刻は午後九時半。GSの仕事は深夜まで行われることも多い。そんな中この時間に仕事を終えることができたのは、一重にシロとタマモのおかげだろう。彼女たちが潜んでいる悪霊を引きずりおびき出してくれるからこそ、仕事も早く終わるのだから。もっとも獣人である彼女たちにとって、そう言ったことは十八番なのだろうけれども。
おキヌは夜空を見上げた。月に薄雲がかかっていた。朧月。霞んだ月がそれでも仄かに輝く様は、見ていて気分が落ち着いた。
 じっと夜空を見ていると、風が吹いた。少し冷たい風だった。思わず肩をすぼめると、遙か上空でも風が吹き始めたか、雲が流れ始めた。どんどんと流れ、そしてやがて月にかかっていた雲は吹き流されてしまった。
 鮮やかなほど明るい月がその姿を現した。空に浮かぶ真円の輝きを目にして、おキヌは初めて今日が満月だったことを知る。
「綺麗……」
 思わず呟いた。
「そうだね、綺麗だね」
 おキヌの呟きに応えるように、背後から声がかかった。少しだけ驚くも、すぐにおキヌの顔には柔らかな笑みが浮かぶ。
 それは見知った声だったから。いつ聞いても安心できる声だったから。そう、おキヌの一番好きな声だったから……。
 声の主は背後から回り込むと、おキヌの隣のブランコに腰を下ろした。
 そして言う。
「でも俺の隣に座る女の子の方が、ずっと綺麗かもーーー、なんちて!」
「もうっ……横島さんったら!!」
 赤いバンダナを額に巻いた青年は、軽く拳で叩く振りを見せる少女に向かって、にっと笑ってみせた。


 きいきいとブランコをこぐ音だけが公園に響いていた。他に音らしい音もない。周囲に住宅しかないこの場所は、夜ともなればとても静かであった。
 おキヌは隣でブランコをこぐ横島を見た。彼は空を見上げながら、極小さくブランコを揺らしている。
「綺麗だよな、確かにさ」
 横島が夜空に浮かぶ月を指さした。
「考えてみると凄いよな。あそこにも行ったことがあるんだよ、俺」
「ロケットで行ったんでしたねー」
 月の濃密な魔力を地球に送ろうとするメドーサ達を阻止する為に、神魔族の依頼によって横島と美神は月に行った。そこで厳しい戦いの末、なんとかメドーサ達の狙いは阻止できたのだが……。
「帰りのロケットをメドーサに襲われて、生身で大気圏突入したんでしたっけ」
「いやぁはっはっは、そうだったなー。あのときは死ぬかと思った」
「私だって生きた心地がしませんでしたよ」
 実際問題、マリアが冷却剤を振りかけてくれなかったら命はなかったかもしれない。GSの仕事が命がけだということは承知しているが、それでも横島を失っていたらと思うと今更ながら背筋が寒くなる。
「……死ななくて、本当によかった」
「まぁな。でも、考えてみると色々危ない橋を渡ってんだよな。生身大気圏突入もそうだけど、交通事故で死にかけたり、死神に付きまとわれたり。そういや平安時代じゃ頸動脈切られて意識不明になったし、剃刀霊刀事件の時はシロのヒーリングがなければマジ死んでたなー」
 横島は笑いながら指折り数えた。隣で聞くおキヌは苦笑いも引きつり気味である。
「とはいえ、命が危険に晒されたのは俺だけじゃないからな。美神さんだって一遍死んだし、おキヌちゃんだって魂の消失の危機があった」
 令子はアシュタロス事件の時。そしておキヌは死津藻比女の時だ。
「それに……」
 言いかけて、横島は再び空を見上げた。その目に深く悲しげな色を見て、おキヌは横島が誰の名を言おうとしたのか気づく。
 ルシオラ……。かつて彼が愛した、そして失ってしまった恋人だ。あのときの横島の慟哭をおキヌは覚えている。令子の胸の中泣きじゃくる横島の声を、涙を、おキヌは覚えている。忘れられるはずもなかった。
 GSは命がけの仕事だ。比喩でも何でもなく、未熟者は死ぬ。ミスをした者も死ぬ。そうでなくとも、巡り合わせが悪ければ死ぬ。
 おキヌの拳がぎゅっと握られた。死は……怖い。
「おキヌちゃん」
 空を見上げたまま横島が口を開く。反射的に横島の顔を見たおキヌに、横島の目が向く。
 その声はとても静かで、優しげで……だからこそおキヌを悲しくさせた。
「おキヌちゃんとは、出会った時からのつき合いだよ。だからこそ、寂しいけど覚悟もできているんだ」
「気づいて……いるんですね?」
「美神さんにゃ、言わなかったよ。つーか、勘違いかもしれないと思っていたし」
 横島の言葉におキヌは大きく息を吸った。夜の冷たい空気が肺腑に満ちる。それは心臓の鼓動とともに全身に染み渡っていく。
 そして彼女は、大きな大きなため息をついた。
「横島さんには、敵いませんね……」
 おキヌはそう言って、泣き笑いの表情を浮かべた。
 そして続ける。
「そうです。私は、GSになる道は歩けません……」


「私には霊能の才能はないんです」
 地面に視線を落とし、おキヌはぽつりぽつりと語り始めた。
「私がまがりなりにも霊能力を使えるのは、三百年という年月を幽霊として過ごしたからです。小竜姫様の修行でもありましたよね、シャドウを抜き出して鍛えるという修行……。霊体として過ごした三百年は、擬似的にそれと同じような事をしてきたようなものだと思うんです。だからこそ、才能のない私でも霊能力が使える」
 術式によって括られていた為、悪霊になることもなかった。おキヌは霊として過ごした年月を、全て霊力を扱う修行として数えることができるのだ。
 しかし。
「それでも私の霊力は弱いです。才能のない人間がどれほど頑張っても、才能と努力を両立させている一流には敵わない……その見本ですね。初めて学校に行かせてもらったとき、周囲の人から漏れる霊圧に私、驚いたんですよ。みんな凄いなぁって。その時は余り焦りもありませんでしたけれど。なぜだか、わかります?」
「ネクロマンサーの笛、かな?」
 横島の答えにおキヌは頷いた。
 たとえ他の全てにおいて劣っていても、たった一つこれだけは負けないというものがあれば、それは支えになる。
「最近弓さんや一文字さん、それに他のクラスメート達もですけど、霊力があがってきているんです。成長期だからでしょう。でも、私にはそんなものありません。入学したときからあった差は、これから先拡がるばかりなんです」
 おキヌは懐からネクロマンサーの笛を取り出した。片時も離さず身につけるようになってから、すでに一年以上が過ぎている。
「……それでも、それでも私にはこれがある。そう思っていた矢先でした。……これが吹けなくなってきたのは」
 いつもいつも吹けなくなるわけではなかった。ただ最後の最後に吹けなくなる。霊を祓う最後の最後、一番肝心な部分で吹けなくなる。
「最初は焦りました。これが吹けなければ、私は単なるお荷物ですから。でも、どうして吹けなくなるのかわかったとき、私は納得してしまったんです。そして理解もしました。私はGSになる道とは、やはり縁がなかったのだと」
「その理由ってのは、なんだったんだ?」
 余計な口を挟まなかった横島が、初めておキヌに疑問を投げつけた。
 おキヌは横島に振り向くと、にっこり笑ってみせる。
「簡単ですよ。私がネクロマンサーの笛を吹けるのは、霊の気持ちがわかるからです。霊の気持ちを理解し慈しむ。その心こそが、ネクロマンサーとしての才能であり力です。……それなら笛を吹けなくなる理由は簡単です。私に、その心がなくなってきたからですよ」
 意外な言葉に横島は驚いた。およそおキヌの口から出た言葉とは思えない。
「私が生き返ってから、一年以上が経ちました。最初は何もかもが新鮮だった出来事も、最近では当たり前になりつつあります。そんな中、以前の私とは明らかに違う心の動きが生まれてきました」
 おキヌは空を見上げた。再び月を覆い隠そうとしている雲を見た。雲に覆われながら、それでも輝こうとする月を見た。
 空に向けて、おキヌは呟くようにして言った。
「死ぬのは、怖いです」
 横島は息をのんだ。おキヌの呟きに、全ての疑問に理解の灯がともる。
(そういうことだったか)
 彼の口元が、わずかに弧を描いた。笑ったのだ。
 その様子には気づかず、おキヌは空を見上げたまま言う。
「氷室家に帰ったとき、交通事故でなくなった霊に会いました。私はその時、その霊に言ったんです。この体を渡してもいい。それで気が済むのならそうしてもいいよって」
 その霊は結局おキヌの身体を奪うことはなかった。たとえおキヌの身体を奪っても生き返るわけではない。その事をおキヌに諭され、成仏して天に昇っていった。
 結局あの時はそれが最善の手だったのだろう。おキヌの中にも、こう言えばきっと理解してくれるという考えがなかったわけではない。
 しかし。
「その言葉……今は、言えません」
 かわいそうな霊の為でも、たとえ嘘でも言えない。
「ネクロマンサーとしては失格です。駄目ですね、私」
「そんなことはないさ」
 おキヌは横島を見た。その目はとても優しく、包容力に溢れていた。
 全てわかっている。そんな目を横島はしていた。
「俺は嬉しいよ。おキヌちゃんがそうなってくれて」
 その言葉におキヌの目から涙が流れ始めた。
 横島は立ち上がると、座ったままのおキヌをそっと抱きしめる。背中に回った温かな彼女の手を感じながら、横島は言う。
「おキヌちゃんは正しいよ。それが普通なんだ。全然駄目でもなんでもない。いいんだよ、それで」
 おキヌは横島の身体に顔を押しつけた。横島の体温と体臭に包まれながら、おキヌは心の底から今感じていることを口にした。
「横島さん。私、今幸せです。とても幸せなんです。この幸せを失いたくないんです」
 胸の内でくぐもったおキヌの声を聞きながら、横島はおキヌの背中をぽんぽんと叩いてあげた。それはおキヌの涙と言葉を助長させる。
「私は悪霊の気持ちがわからない。怨霊の気持ちもわからない。……わかりたくもない! 私は今、死ぬのが怖いから。だから、死者とは気持ちを通じ合わせることができないっ」
 生の喜びを知ってしまったから。死の恐怖を知ってしまったから。
『大丈夫です。死んでも生きられます』
 幽霊だったときにおキヌが口にした言葉を、横島は思い出していた。きっとこの言葉も今のおキヌには言えないだろう。
 それは変化だ。そして横島にとって嬉しい変化だ。おキヌは今幸福なのだ。それが横島には嬉しいのだ。
 横島は肩を震わすおキヌを抱きしめていた。
 言葉もなくなり、ただ涙を流しながらしがみつくおキヌを抱きしめていた。
 夜空の下、その顔に優しげな笑みを浮かべ……横島はおキヌを抱きしめ続けた。

 いつまでもいつまでも、抱きしめ続けた。


 あとがき

 おキヌちゃんネタ書いたことないなぁ。うむ、では書こう。
 ……で、こんなんできました。

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