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▽レス始

「遠き旅路の、一歩目に(1)(GS)」

マスクド誰か (2005-11-24 10:48)
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「――――長期、休暇?」

 ぽろり、と美神の手元からおやつの羊羹の切れ端が落ちた。
 デスクを挟んだ対面で、直立不動の姿勢で立っていた横島は少し苦笑。

「えーっと…………実はですね、雪之丞が来月の終わりぐらいに、大陸に渡って修行してくるとかで、できれば俺も、それに着いて行きたいんスけど」

「…………ちょっと何秒か待って」

 美神は天井を見上げ、数秒の間微動だにしなかった。

「とりあえず是非の判断は後に回すとして…………なんで行きたいの?」

 横島はそこで、少し考え込んだ。

「…………どーも一言じゃ言えないんスが、なんか、こう…………不満? 不満なんですよ」

「時給が? ちょっと前に700円に上げたじゃない。でも、まあ……もうちょっとだけなら上げてもいいわよ? 最近はなかなか腕前も上がってきたし」

 それは嬉しいんですが、と横島は首を振り、

「待遇の面というより、今の俺の状態が…………うーん、なんだか答えになってないんですけど、強くなりたいんですよ」

「…………本当に答えになってないわよ? なんで強くなりたいのよ?」

 珍しい真面目な顔で、かなりの間、横島は考え込んで、やがて納得したように頷いて顔を上げる。

「俺、そこそこ霊能力の才能あるのが解って、…………ちょっと欲が出てきたっぽいです」

「?」

 その、と頭を掻きながら、照れくさそうに、

「一人前に…………美神さんみたいなプロフェッショナルになりたいって…………」

「…………」

 なにか言いかけて半分開いた唇を、美神は自分の意思で閉じた。

(…………ふぅ、ん?)

 意外かと言われれば、当然そうだ。なんせ言い出した相手が煩悩小僧なのだから。

 けれど、美神はどこかで納得している自分を見つける。

 思い出すのは、仕事中や日常の中のふとした一瞬。

 夕飯の席、戯れに話した昔の仕事、特殊な状況例の戦闘のことを、ふんふんといやに興味深そうに聞いていたこと。

 最近は多少、腹の据わってきた横島に、簡単な仕事を任せる頻度が増えて、その報告書の文面に薄く興奮の色が浮いて見えたこと。

 以前ならば後先考えずに文殊で吹き飛ばしていた低級霊の群れを、霊波刀とサイキックソーサーで凌いだあと、自分でも不思議そうに、手応えを確かめるように動作を反復していたこと。


 明確にこれだという言葉にはならないが――――言い出した理由は、なんとなく理解できた。


「そうね…………一つ聞くけど、横島君は将来的に、GSになるつもりはあるの?」

 なかば成り行きとはいえ、GSの免許は既に彼は持っているし、それに見合う実力だってある。真面目に……。……? ……うん、最低限真面目に働くべきところはきちんと真面目にこなすし、多分に命がけのこの職種に関わるのだ、いかに能天気でも真剣に考えることぐらいあるのだろう。

 だが、彼はGSという職業について、それに従事することやその結果、将来における展望について、お世辞にも真剣とはいえない面があった。

 それは、アルバイトの助手という立場だし、これは特に責めるべきことではない。大体、横島はまだ学生なのだから、これは求めるほうが間違っている。


 だが――――これから、そのことについて真剣に考えるというのであれば。


「――――はい。俺、GSになりたいです」

「…………そっか」

 らしくもなく、唇が優しく歪むのを美神は自覚する。

「来月といえば学校は卒業してからよね?」

「ですね。俺も卒業ぐらいはしておきたいですし」

「修行の期間はどれぐらい?」

「どうでしょう。金がどうしても都合つかなくて、生存が困難になるか、確かな手応えが得られたら、とりあえずは終わりだって雪之丞が言ってましたけど、平均で大体3、4ヶ月ぐらいだそうです」

 一つ頷き、

「じゃあ…………いいわよ。行ってきなさい」

「ホントっすか!?」

「ただし! ちゃんと使えるようになって戻って来んのよ!?」

「うっス! 任しといて下さい!」

 よし、と美神は笑って頷き、

「じゃ、おキヌちゃんたちに話してきなさい。言っとくけど、ちゃんと納得させるのよ?」

「りょーかいです! おキヌちゃーん! シロー! タマモー!」

 どたばたと騒がしく横島が出て行って、美神は苦笑して、ゆっくりと椅子を回した。

 窓辺の柔らかな日差しに目を細めて、

「ふーん、そっか…………なんというか」

『横島さんも、男の子ですね』

 人工幽霊一号の台詞に、笑み交じりの頷きを返して、

『オーナー、嬉しそうですね』

「そう? そうかもね」

『ふふ。人が大きくなるっていうのは、とても綺麗なことですね』

「人工幽霊一号、詩的すぎよ。単純に――――ちょっと真面目になっただけ」

 そう、まだまだ。

 全ては、まだまだこれから。

「さあってと…………お仕事お仕事」

『頑張って下さい、オーナー』

 扉の向こうから聞こえてきたシロの絶叫に苦笑しながら、美神は万年筆を手に取った。


 ――――横島たちの出立まで、残り2週間。


「…………で、このタイミングに、今更何があったの?」

 いつもの夕食風景だが、おキヌの周りだけ雰囲気が重かった。

 美神が横島に視線を向けると、彼は首を振って、

「あ、俺とは別件です。なんでも、雪之丞が弓さんと別れたそうで。それもかなり一方的に」

 は? と視線を移すと、その先でおキヌが、俯いたままポツリと零した。

「そのことを学校で聞いて、私…………雪之丞さんを問い詰めに行きました」

 現在、横島の家で寝泊りしている雪之丞は、急に押しかけてきたおキヌにも驚いた様子はなく、ただ静かに、淡々と、

「俺は、山を登るんだって。とても弓を連れて行けないような、険しい山を…………一生かけて登るんだって、雪之丞さんは言って…………全然意味が解らないのに、私、何でか、何も言えなかったんです」
『…………』

 沈黙が満ちる。

 その中で、シロが茶碗を置きながら、

「拙者には解るような気がするでござる」

「…………シロちゃん?」

「きっと雪之丞殿は…………強さの頂を目指すのでござろう」

 とても。

 とても、弓かおりを連れてはいけないような、険しい山。

「拙者、まだまだ未熟ものでござるが…………我等のような人種のことは、よくわかるでござるよ」

「そう、ね。理解はできないけど、なぜか納得はできるわね」

「まあ、あいつらしいっちゃあ、あいつらしいな」

 実際のところ――――その思想を理解できなくても、その人となり、その宿業を納得することは、おキヌにもできた。

 けれどそれは、認めるわけにはいかないことで。

「…………昔も今も、男は馬鹿なのね」

「タマモちゃん…………」

「その弓とやらがどれだけ本気か知らないけど、ああいうタイプの馬鹿は、帰りを待つだけ無駄、期待を持つだけ無駄で――――忘れたほうが誰にとってもいいって、言ってあげたほうがいいわよ」

「…………」


 おキヌはその後、始終黙ったままで。

 ただ、その翌日、横島に一言だけ言った。


「ごめんなさい、横島さん…………笑顔で見送れる自信が、今はないから…………お見送りにはいけません…………」


「というわけで――――どーしてくれるんだてめえコラ」
「それについちゃあ悪かった。でもな、出来るだけ早いうちに…………傷が浅いうちに、離れなくちゃならなかったからな」

 ずぞぞ、と出前の塩バターラーメンをすする雪之丞。

 横島はギョーザを摘みながら溜息を吐いて、

「…………実際、そこまでしなきゃならんもんか?」
「今から最低の台詞を二つ吐くが――――」


 オレと一緒にいるには、あいつは弱すぎる。
 そして、オレはあいつより自分の強さを優先する。


「…………わーったよ。俺はもう、何も言わない」

 ほんの少し、本当に少しだけ――――解らないでもなかった。

 蛍の面影をぼんやり思い出しながら、横島は雪之丞が買ってきたビールのプルタブを引いた。

 軽快な音がする。

「ま、これがお前の気持ちなんだろうしな」

「…………」

 普段、酒なんか飲まない雪之丞が買ってきた大量のアルコール。その存在が、言葉より雄弁に雪之丞を語った。

「そら、一杯いけ」

「…………おう」

 酒とニンニクの匂いが充満する中で――――雪之丞の選択の夜は更けて行った。


 ――――出立まで残り一週間。


「お? 西条の旦那?」

「久しぶりだね、伊達君。横島君はいるかな?」

 まあ上がってくれ、と一方後ろに下がる。

「雪之丞、誰だったんだー?」

「西条の旦那だよ」

 は? と声が聞こえた。

「やあ、まずは卒業、おめでとう」

「お、おう? ありがとう…………?」

 西条からやたら高そうな酒類が大量に入った袋を渡されて、横島は目を白黒させる。

「えーっと…………」

「西条の旦那、こんな時間にここにいて大丈夫なのか?」

「ああ、今は五次待機の休暇中だよ。今日はささやかながらお祝いと……報告にね」

 報告? と首を傾げた横島に、苦笑して見せて、

「めぐみ君と結婚することになった」

『…………』

 二人は分単位で呆然として、

『ええ――――ッ!?』

「いよいよ僕も年貢の納め時というやつかな?」

「自分で言うなっ! ……あ、いや、いつからそんなことに!?」

「まあ……それなりに前からだよ。吹聴することでもないんで特に言ってなかったが」

「はあ…………旦那がねえ…………」

 そんなわけで、だ。

 言いつつ、袋からブランデーを取り出して封を切る。

「何分、君たちのことは急な話だったからね。出来れば式にも出てほしかったんだが」

「いつなんだ? 結婚式」

「再来月の10日だよ。まあ、都合がつくなら着てくれたまえ」

「ジューンブライドってやつか。女のほうの趣味だな。――――ああ、グラス出すぜ」

 雪之丞が立ち上がり、横島が仕事用に支給された携帯で出前をとる。

「魔鈴さん、仕事続けるのか?」

「勿論。僕が女に家庭に入ることを強要する男に見えるかね?」

「オカGに転職させそうな男には見える」

 ふむ、それもいいな。

 悪びれた様子もない西条に、雪之丞が呆れながらグラスを渡した。

「まあ、帰ってきたら、めぐみ君の店かオカルトGメンのほうにも顔を出してくれ」

「その場でスカウト始めるのは勘弁だぜ、旦那?」

 結構しつこく誘われていた雪之丞が苦笑する。

「ピート君の方は頷いてくれたんだがねえ…………」

「まあ止めといたほうが無難だって。協調性皆無のこいつが、組織で上手くやれるとも思えんし」

「その通りなんだが…………なんかムカつく」

 まあまあ、と雪之丞をなだめ、

「そろそろ出発の日も近づいてきたけど、挨拶回りはもう終わったのかい?」

「お前と隊長で最後。明日行こうと思ってた」

「俺は鬼道んとこにも顔出すけどな」

 一つ頷き、

「まあ、無闇にバイタリティ溢れる君たちだ。あまり心配はしてないが、怪我には気をつけて」

「怪我しに行くようなもんなんだが…………まあ気ィつける」

「ま、死なねーようにやるさ」

 それから、届いた出前をつまみに宴会をして、西条は上機嫌に帰っていった。


 ――――そして、当日――――


 空港。あとは飛行機の時間を待つばかりとなった彼らだが、

「…………来たのか」

「来ましたわよ」

 無関心そうに――――少なくともそう見える態度で、雪之丞は弓かおりを見返した。

「ビンタならもう貰ったが、やり足りねえなら受けるぜ」

「ふん…………」

 ガンガン空気が重みを増していく中で、

(…………誰かどうにかしなさいよ)

(無茶をいわんでくださいよ……。――――!? おキヌちゃんダメ、そっち行っちゃダメー!)

(は、離してください、私、私…………)

(神父、ちょっと手伝ってー!)

 と、そっちはそっちで大騒ぎな面々を尻目に、

「…………舐められたものだと思いますけれど、今の私にそれをいう資格がないのも事実…………弱いのは認めますわ」

「ちっ…………意外と口軽いな、あの女」

「ですから。――――いつか、あなたをボロクズに殴り倒して、“安心”させて差し上げますわ」

「…………」

 無言で、視線を交わした。

「…………まあ、期待せずに待っとくぜ」

「ええ、よろしいですわ。――――話はこれだけですの。さっさとどこなりと行くといいですわよ?」

「けっ…………」

 吐き捨てて身を翻す。一瞬見えた口元が、笑みに歪んでいたことに満足して、弓かおりは踵を返し、誰とも視線を交わさずに、真っ直ぐ空港の外へ向かう。

「あ、あ、え? ――――ちょ、待てって雪之丞! ああもう、い、行ってきますっ!」

「え? あ、うん……行ってらっしゃい?」

 半ば反射的に、ゆるゆると手を振る美神。

 ひたすら呆然とした皆に見送られて、二人は機上の人となった。


 旅が始まる。
 真に道を歩みだしたものと、無限の山を登るもの。

 ――――旅が、始まる。


 あとがき

 始めまして、マスクド誰かです。覆面、誰か、田中、鈴木、ペピスドレーノニギヒ(裏声で)、何でもお好きなように呼びください。

 横島主人公、ノット最強モノ、わりとSSだとそれほど扱いのよくない美神と、出番少ない脇役優遇、内容は横島たちが少しずつ成長していくさまと……当たり前のように襲来する新たなる厄介ごとについて書いていきたいと思っています。暇潰しぐらいに思って読んでいただければ幸いです。


 次話はもう出来てるんですが……連続投稿禁止って、一日待てばいいんでしょうか? とりあえず一日待てば確実ですよね?

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