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「鋼の心 後編(GS)」

八之一 (2005-10-22 22:42/2005-10-23 04:31)
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『鋼の心』 後編


「マリア?!」

地獄炉のある部屋の扉から突き出された爪がマリアの腹部を貫いている。
突き出された腕はそのままマリアを持ち上げた。
途轍もない膂力である。

『? キカイ…?キカイハ…コワス!』

中からおかしな調子の声が響くと、その腕がブンッ、と振るわれる。
その拍子に鉤爪から外れたマリアが通路に叩きつけられた。
派手な音と土煙を上げて転がるマリア。

「マッ、マリアッ?!」

悲鳴を上げるおキヌ。
その声を聞いてすぐに起きあがろうとするマリアだったが、
ギギギッと嫌な音を立てるだけで動く事が出来ない。
破損した部分からゴボゴボッと黒い液体が溢れ出し、床に広がってゆく。

「…ど、動力…破損…!」

動けないマリアに向かって再度扉柄突き出された腕が振り上げられる。
それを見た美神は、

「いけないっ!横島クン、文珠でマリアをッ!おキヌちゃんはサポートを!」

そう指示すると自らは神通棍を構えて走り出し、
今まさにマリアに向かって振り下ろされようとしていた腕を受け止める。
鉤爪と神通棍がぶつかって激しく鋭い音を立てた。

「クゥッ!な…なんてパワー?!」

何とか受け流すものの、
続いて2発、3発と受けるうちにジリジリと押されていく。

(な、何なの、こいつ?)

次第に痺れてくる腕に美神は焦りを感じ始めるが、
それでも打開策を求めて相手を見定めようと、部屋の中の様子を窺う。

扉は部屋の内側から押し開かれ、変形してしまっており、
そこから突き出された腕の周りで結界が火花をあげているが、
ダメージを受けている様子はない。
その入り口の後に蹲り、こちらを窺う敵の姿が見える。
剛毛に覆われた四足の獣のような身体、鋭い角、
威嚇するようにむき出された牙、蝙蝠のような翼、悪魔のようなとがった尻尾。
なにより敵意を剥き出しにした眼。
これは――


「グレムリン?!」


大きさこそ尋常でなかったが、
その姿は間違いなく『翼のある小悪魔』のものだった。

幸いと言って良いのか、部屋の入り口が狭くて通りぬけられない上に、
お札の結界に阻まれて思うように身動きが取れないらしい。
美神はその腕の攻撃からマリアを守りつつ反撃を試みるが、
相手のパワーと自分の動き回れるスペースの狭さに上手くいかない。

一方横島はマリアの破損した腹部に、文珠『直』を押しつける。
文珠が淡く輝き、マリアの身体が直っていった。

「ど、どうだ、マリア?」

「…機能…破損個所…修復87.94パーセント完了…活動に影響・なし。
 ですが・燃料系・及び循環器系の破損による体液の漏出・
 24.65パーセント…通常戦闘・不能…!」

とりあえず命に別状はないとの事でホッとする横島とおキヌ。
その時、文珠から発せられた光と横島の声に気付いた
グレムリンの視線がそちらに向けられる。
そしてその眼が横島とおキヌをとらえると、
グレムリンは途端に逆上して吠え猛った。

『ソ…ゾゴノ…フダリ…!』

「えッ…、お、俺?」

「わ、私ですかッ?!」

いきなりのご指名に慌てる二人。

『ワダジノ…ワダジノタマゴヲガエゼエエエェェェッ!!』

憎悪を剥き出しに吠えるグレムリン。
壁も結界もお構いなしに部屋から出ようと入り口に突っ込んでくる。

「な…!まさか…あの時の?!」

「ええっ?!」

「?」

グレムリンの言葉の内容に驚きの声をあげる美神とおキヌ。
横島は覚えていなかったようだ。

かつて人工衛生に卵を産み付け、電波障害を起こしたため、
幽体離脱した横島とおキヌに追い払われたグレムリン。

――それが何故ここに、しかも巨大化して?

無茶苦茶に振るわれる腕を避けつつ美神が困惑していると、

「み、美神さん!この子がグレムリンなら歌を歌えば…!」

その時の事を思い出したおキヌが打開策を提示してきた。
しかしすぐに美神が間違いを指摘する。

「駄目よ!こいつは歌を嫌って逃げるだけ、
 逃げ場の無いここじゃ、かえって手がつけられなくなるわ!
  …ん?逃げ場がない?」

逃げ場がない、そして部屋から出られないという事は、
巨大化した原因もこの部屋にある、という事か、と美神はあたりをつける。
そう考えて、グレムリンの腕を避けつつその姿を観察していくと、

「ッ! あれか!」

背中から1本のコードが延びており、部屋の奥の機械――地獄炉だろう、
13世紀に見た物と似た形をしている――に繋がっている。
おそらく人工衛生からこのあたりに落ちたグレムリンが、
魔力と機械の気配に引き寄せられてやって来たのだろう。
施設にもぐり込んで地獄炉を齧っているうちに、
マリアのエネルギー抽出用のコードに気付き、
そこから直接魔力を得てあの大きさになったのか、と推測する。

「マリア!一緒に来て!
 地獄炉を止めればアイツはあのパワーを維持できないはず!
 横島クンたちは私たちが地獄炉を止めている間、アイツを引きつけて!」

「イエス・ミス・美神!」

「え、ええっ?あ、アレをッスかあぁッ?!
 無理ッスよ、応援呼びましょうよ――ッ!」

多少のぎこちなさを残しつつもマリアが美神に駆け寄り、横島が弱音を吐く。

「やるときゃやるんでしょ!しっかりしなさい!アレがここから出たら、
 退治しなかったウチにも責任押しつけられちゃうかもしれないのよッ!」

そう言って横島を一喝すると、美神は、

「いいわね、いくわよッ!…精霊石よッ!!」

ネックレスについた精霊石の力を解放する。
途端に溢れ出した光にグレムリンが悲鳴を上げる。

『グオオオオオオオオォォッ?!』

「今よ、マリア!」

精霊石の光に焼かれ、グレムリンが後退した隙に
美神とマリアは部屋に侵入した。

「ええーい!もーッ、やけくそじゃーッ!!」

「ひーんッ」

続いて横島とおキヌも部屋に入る。
おキヌは部屋に入ったところで死霊使いの笛を吹き始めた。
グレムリンの精神に干渉し、戦意を奪おうとするが、
パワーに違いがありすぎて上手くいかない。
それでも綺麗な歌に弱い、という特性ゆえか、弱冠動きが鈍くなった。
これなら、とおキヌはそのまま笛を吹き続ける。

最初は自らの力の源である地獄炉に駆け寄って行った美神たちに
意識を向けたグレムリンだったが、
横島とおキヌの姿を見て逆上し、二人に襲いかかる。

『シャアアアアアァァァッ!!』

「ひーッ、堪忍や―ッ!」

グレムリンの両手と牙、そして尻尾による攻撃を、
横島はゴキブリのようにカサカサと避け続ける。
余裕があるのかないのか解らない表情で全身泥と埃にまみれながらも、
グレムリンの攻撃を紙一重でかわしつつ、
その隙をついて栄光の手で切りつけた。
派手に血飛沫が上がる。

『キシャアアアァァァッ!!』

「よっしゃあっ…ってエェッ?!」

かなりの手応えを感じた横島だったが、
傷が供給される魔力でついたそばから見る間に塞がってしまう。
横島の反撃にますます怒り狂うグレムリン。

「こ、こんなん無理や―ッ、反則や―ッ!死んでしまう―ッ!
 み、美神さあぁぁぁんッ、早く何とかしてえぇぇぇっ!!」

打撃を与えても無駄、という事を悟った横島は、
攻撃をグレムリンの注意を引きつけるための牽制だけにして、回避に専念する。
泣き喚きながらも、囮役を完璧にこなして、美神の逆転打に望みを繋ぐ。
さすがに霊能に目覚める前からやっている囮役のベテラン、熟練の技である。
これだけ攻撃を受けてもクリーンヒットを受けないというのは、
ある種の才能を感じさせるほどなのだが、
涙と鼻水にまみれた顔や、泣き言の情けなさに、
近くにいると案外正当な評価が出来ないものなのかもしれない。
破損で戦闘が困難なマリアをガードしていた美神の口調が、
泣き言を聞かされてつい荒くなる。

「わかってるわよッ!今やってるんだから急かすんじゃないッ!!」

「ミス・美神!あとはこれだけ!」

そう言って、低い作動音を響かせる地獄炉を操作し終わったマリアが、
緊急停止用の動力遮断のボタンのある場所のフタをカパッとあけた。

「でかしたっ!マリ…ア?」

勢い込んで覗き込んだ美神の動きが止まる。
そこには、


『自爆装置』(ドクロマーク付き)


と書かれていた。
ドクター・カオス謹製の署名入りである。

「…」

「…」

固まってしまう美神とマリア。慌てたようにマリアが言う。

「も、問題ありません・ミス・美神!ただの冗談…のはず」

「本当に?本当にそう言いきれるの、マリア?!」

「そ、それは・その…」

美神の剣幕にしどろもどろで眼を泳がせるマリア。
科学者の浪漫、などと言って本当につけていないとも限らない。
何しろカオスだし。
なおも美神は言い募ろうとするが、

『み、美神さああぁぁぁん、早く―ッ!』

後で横島の哀れっぽい声が聞こえてくる。
おキヌの笛の音も、響いている時間がどんどん短くなってきている。
二人とも限界が近いことが見て取れた。
にもかかわらず、魔力を供給され続けているグレムリンに疲労の色はない。

「くっ、どちらにしろこれしかないのよね…。
 死んだら化けて出てやるからね、カオスッ!!」

その様子に覚悟を決めた美神が、
GSにもあるまじき事を口走ってボタンを押し込む。
ピッ、と言う音がして、
ゴオン、ゴオン、と響いていた作動音の間隔が短くなり始めた。
振動も徐々に激しくなっていく。

「ちょ、ちょっと、マリアッ!本当に大丈夫なんでしょうね?!」

「だ、大丈夫!マリア・ドクター・カオスを信じてます!」

「カオスだから信じられないんじゃないのよ――ッ!!」

そんな事を言っている間にも地獄炉の作動音はの間隔はどんどん短くなっていく。
心なしか装置そのものが発光している気がする。

「…こ、これから逃げるってのは?」

「…間に合わない・可能性・99.998パーセント」

「の、残りの0.002は?」

「ミス・美神が・瞬間移動出来る・可能性です」

「出来るかあぁぁぁッ!」

似たような能力の時間移動を持つ美神だが、この急場には間に合わない。
雷を呼ぶための文珠を持つ横島が戦闘中だし、
おキヌと離れていることもあって、一箇所に集合するのに時間がかかるからだ。
グレムリンも黙っていかせてはくれないだろう。

そうしているうちに作動音が明らかに限界を越えたものになる。
横島たちやグレムリンもその異常に気付き、戦闘を中断してこちらを見ている。
ますます激しくなっていく振動に、もう駄目か、と身を硬くする美神とマリア。
地獄炉が激しく発光したのを見て眼を閉じる。

「「―――ッ!」」

そして―――


プッシュウウウウウゥゥゥゥゥッ

地獄炉が上部から煙を吹いて沈静化した。

「「へっ」」

美神とマリアは揃って間の抜けた声をあげてしまった。
二人で呆けていると、停止した地獄炉の一部から
ボウッっと音をたてて今より大分若いカオスの立体映像が現れる。

「?」

『わははははっ、如何だったかな?スリルを楽しんでいただけたなら幸いだ。
 やはり人生には適度な緊張感が…』

高笑いしながら悪趣味な事を並べ立てるカオスの映像。
それを聞いた美神は始め安堵し、そして拳を震わせて怒り出す。

「カ、カオス…!帰ったら…帰ったら絶対殺す…!!!」

そう言って美神は地獄炉に一部に設置された、
太平楽を並べ立て続けるカオスの立体映像を映し出す投影機を叩き壊した。

そのあまりの馬鹿馬鹿しさに気が抜けてしまったのだろう。
一瞬、美神はそちらに意識を向けすぎて、戦闘中である事を失念してしまった。

『グルオオオオオオオオォォォォッ!!』

「み、美神さん?!」

「ッ!」

グレムリンの叫び声と横島の声に慌てて振り向く美神。
そこには魔力の供給が途絶えて身体を維持できなくなったグレムリンが、
ボロボロと崩れ出した肉体で迫って来ていた。

「し、しまッ…」

神通棍を抜く暇もあらばこそ、振り下ろされるグレムリンの両腕が美神に迫る。

「危ない!ミス・美神!」

間一髪でマリアが美神を押し倒し、その腕を逃れた。
地獄炉の傍に倒れ込む二人。
勢い余って地面にグレムリンの腕が叩きつけられる。

その腕が美神たちの見ている前でいきなり短くなった。

「なッ?!」

驚いた美神が、何が、と言おうとした途端、
グレムリンの腕がめり込んだところから亀裂が走り、地面が崩れだす。
そこにポッカリと大きな穴が開いた。

「――――――ッ?!」

穴に向けてガラガラと崩れ落ちていく地面。
慌てて逃げようとする美神とマリアだったが、
ひっくり返ったように揺れる割れた地面に足を取られて、
立つことすらままならない。
既に身体を崩壊させたグレムリンは、
動く事も出来ずに瓦礫とともに穴の中へ落ちていく。

「み、美神さんッ!マリアッ!」

巨大な地獄炉まで壊れて滑り落ちていく。
慌てて近付こうとする横島とおキヌだったが、

「ウ、ワアアアァァァ………!!」

「美神さあああぁぁぁんッ?!」

その前に美神とマリアは穴の中に飲み込まれてしまった。


「……ミ………かみ…」

遠くから声が聞こえる。
何か切羽詰ったような、だが理性は失っていないような声。

「……ミス……み………美神!」

だんだんはっきり聞こえてくる。

「…う、…ううん…」

自分が呼ばれているのだ、と認識して美神は眼を開く。
暗い。
何も見えない。
頭の上から声が響く。

「ミス・美神!気付かれましたか!」

「マ…マリ…ア?な、何…ここは…」

口を開くのが酷く億劫だ。
周りに手を伸ばそうとして身体中に鈍い痛みが走る。

「ぐッ?!」

「ミス・美神、動かない方が・いいです!
 怪我をしている可能性・98.12パーセント!」

そう言ってマリアはライトをつけた。

「ッ…」

大した明るさではないはずだが酷くまぶしく感じる。
少しの間があって眼が馴れると瓦礫とスクラップになった地獄炉が眼に入った。

「!そうだ、グレムリンの攻撃で開いた穴に落ちて…ってここは?」

ようやく状況を思い出した美神が起きあがる。

「地獄炉の下部に・造られた空間です。
 魔力を貯めたり・電力等に変換するための設備が・ありました。
 ここは・その三層にわかれたフロアの・最下層です。
 先程の場所から・33.18メートルほど・下方にあります」

そう言いながら近付いてきたマリアは美神の身体を確認していく。
一部打撲や擦過傷、裂傷などがあるようだが、
動けないほど酷いものはないようだ。

「さ、33メートル?良く生きてたわね、私たち」

人間、10メートルあれば大体あの世行きである。
その3倍を落下したと聞いて美神の顔が盛大に引きつった。

「落下中・ミス・美神を確保・ロケットアームで・落下を防ぎましたが・
 上から地獄炉の破片が落ちてきたので・耐えきれませんでした」

そう言うマリアの右腕は肘の所からなくなっていた。
千切れたワイヤーが飛び出している。
落ちた際に瓦礫や破片の下敷きになるのを防いだのだろう、
コートや露出した肌はボロボロだった。
手足の間接が動かすたびに嫌な音を立てる。

「そう…。ありがとう、マリア。おかげで助かったわ」

「ノー・マリアが気をつけていれば・こんな事には」

「それは私も同じ事。だから言わないの。
 それにしても…上が見えないわね」

上を見上げる美神だが自分たちが落ちてきた筈の穴が見えない。

「イエス。落ちてきた穴は・埋まっています」

マリアが上を向きライトで照らすと10メートルほど上方の天井に
大きな穴が開いているのが見える。
だが、それは瓦礫や機材の破片で塞がれてしまっていた。

「むぅ、この場所ってどこかに出られないの?横穴とか、非常口とか」

「ノー・ここは地獄炉建設の際・ドクター・カオスとマリアが・掘りました。
 そういったものは・ありません。階段は…落下の際に・壊れています」

視線を上げて階段を確認するマリア。
どうやらメンテナンスの際に使う梯子のような物しか設置していなかったようだ。
それも瓦礫で出口を塞がれているらしい。

「まったく…消防法違反だっての。しかたがない、救助を待ちましょう。
 あ、マリア、ライトは消していいわよ。大事な電力だからね」

言われてマリアはライトを消す。
周囲が真っ暗になるが、多少は光が届いているのか、
眼が馴れるとボンヤリとは見えるようになった。

「ま、横島クンやおキヌちゃんが上にいるだろうから何とかなるでしょ」

そう言うと美神は座って壁に寄りかかる。
マリアもそれに倣って腰を下ろした。


「…そう言えば私はどのくらい気を失ってたのかしら」

ややあってからぽつり、と呟く美神。

「3分22秒で・意識を回復」

すぐに返ってくる明晰な応え。

「そう、じゃあまだ時間がかかるでしょうね。
 …それにしてもマリアって本当に有能よね。
 横島クンでもこの状況はちょっとキツかったはずよ。
 ね、本当にウチに来る気ない?
 マリアの能力はデスクワークが本業のカオスより、
 ウチの方が向いてると思うんだけど。
 勿論カオスが危険なところに行く時なんかは休みを出すわよ?」

暗い穴の中、不安になる心を隠すように明るく話しかける美神。
一度断られた引き抜きだが、
このようにマリアの適性を目の前でみると、どうにも諦めきれない。
建築現場でアルバイトだけをさせているのはもったいない気がするのだ。
確かにマリアのパワーはそちらにも有効だろうが、
それは他の機械を使っても代替可能な筈だ。
パワーに加えて臨機応変に対処できる、というマリアの特徴は、
何が起こるか解らないのが常態であるGS稼業にこそ必要とされるものだろう。
そして必要とされる、という事は技能や能力を高く買ってくれるという事だ。
カオスにとっても悪い話ではないはずだ。
そう考えて再び水を向けた美神だったのだが、
マリアはその言葉に答えてこなかった。

「…? マリア、どうかしたの?」

暗闇に馴れた眼はマリアが美神の方を向いていることを判別できた。
聞いていないと言う事ではないようなので、
何か不具合でもあったか、と思って美神は慌てて言葉を重ねようとするが、
その前にマリアの口が開かれた。


「…ミス・美神。マリアの存在意義・なんだと思われますか?」


「…へ?」

マリアの口から出た言葉は、えらく唐突なものに感じられた。

「マリア、ドクター・カオスと一緒に居たい。
 でも、ミス・美神の言うように・ドクター・カオスと離れていた方が・効率的」

「マリア…」

「ドクター・カオス、研究をしたい。
 お金のために働いている・今の状況は・不本意なのです。
 だから・ドクター・カオスと・離れて働く方が良いと・判断できます。
 それなのに・マリア・一緒に居たいと・思っている」

主のためにならないなら、
機械に存在する意味などあるのでしょうか、とマリアは言う。

機械としてのマリアと、魂を持つ一人の人格としてのマリア。
造られた目的と、マリア自身の志向が乖離している。
その乖離に彼女の人工霊魂が悩んでいるのだ、と気が付いて、美神は驚嘆する。

「…凄いこと言うのね、マリア。
 マリアを造った頃のカオスは本当の天才だったんだわ」

「? 発言の意図・不明です」

いぶかしむマリアに美神も言葉を選びつつ対応する。

「だって人の造ったものは普通そういう事で悩んだりしないわ。
 マリアがそれだけ人間に近い魂を持っているって事でしょう?」

「しかし・悩むという事は・判断力の不足を」

「人間ってのはそういうものでしょ?
 冷静な判断では解っていても、それに従えない事もあるわ。
 マリアがそういう事で悩んでいるのは、
 あんたに人としての感情があるってことよ。
 錬金術としては多分、最高の成果なんじゃないかしら」

真面目な顔でそこまで言った美神が、ふと表情を和らげて言う。

「それにカオスだって、娘がそんな風に思っていてくれるなんて知ったら
 喜ぶと思うわよ?」

暗い中でもマリアが身じろぎするのがわかる。
それを微笑ましい気分で見ていた美神だったが、
マリアはすぐにうつむいてしまい、

「…ですがそれは・マリアに向けられた・感情でしょうか?」

更に問いかける。

「ドクター・カオス、最近・マリアが・マリア姫に似てきたと言います。
 喜んでいるのは・マリア姫を・思い出すからではありませんか?
 ドクター・カオスにとって・マリアは・
 マリア自身は・価値があるのでしょうか?」

あの阿呆は迂闊な事を、と歯軋りしながら聞いている美神。

「マリア姫、とても魅力的な方。
 その方を・モデルに造られたことは・マリアの誇りとするところです。
 過去へ行き・実際にお会いして・ますますそう思うようになりました。
 しかし、ドクター・カオスにとって・
 マリアの価値が・マリア姫に似ている事なら・
 マリア自身はどうすれば良いのでしょうか?」

「むぅ…、マリア姫か。結構複雑よね」

そう言って少し考え込む美神。
柄ではないと思うのだが、
美神としても自分の前世と今生の問題と何やら相通じるものを感じさせて、
おざなりにも出来なかったのだ。
ややあってから顔を上げ、マリアの方に向き直る。

「…そうね、マリアとマリア姫は切っても切れない関係だもの。
 両方に関係のあるカオスが二人を重ねてしまう事は…ま、あるでしょうね」

「…」

「でも、そんなに気にする事ないんじゃないかな。
 マリアとマリア姫だとカオスにとって存在の意味が違うもの」

「?」

「イモータルな存在であるカオスにとって、
 マリア姫は一緒に生きていける存在ではなかったんじゃないかしら。
 言ってみれば旅の途中で見つけた可憐な花ってところかな。
 感動もしたし、執着もしたけど、
 結局連れて行く事も、留めておく事も出来なかったのよ。
 まあ、だからこそ素晴らしいって考え方もあるんだけど」

自分の前世はそちらに惹かれて人間になったのだ、と思うと、
言っていて少し面映かったが。

「聡明だったマリア姫にはその事が解っていたんでしょうね。
 結局プロポーズを何度も断わられたって言ってたらしいし」

解ってなかったのはカオスの方よね、
300年も生きてて何やってんだか、と苦笑する美神。

「モータルな存在からイモータルな存在になっていたカオスに、
 もう一度モータルな存在に戻る事は出来なかったんでしょうね。
 自己の否定だもの。
 だからあんたを造ったんじゃないの?」

顔を上げるマリア。

「さっきのたとえで言うなら…マリアはその花を描いたスケッチかしら。
 モデルの花と似てはいるけど、その意味はまったく違うわよね」

言っていて恥ずかしくなるが、まあしかたがない。
そう割りきって話を続ける。

「生きている時間が違うっていうのは結構大変だと思うのよ。
 常に別れと他人としての再会を意識しないといけないから。
 だから…そうね、私はカオス自身じゃないから断言は出来ないけど、
 カオスにとってマリアは特別な存在だと感じてると思うわ。
 唯一、一緒にいてくれる存在だからね」

「…」

考えこむマリア。

「だからさ、良いんじゃないの?一緒にいても。
 それもマリアの存在意義のひとつだと思うわよ?」

勿論、独立していく事だってカオスは許容するだろうけどね、と付け加えて笑う。
創り主は創造物に裏切られるものなのだ。
それもまた創造のいきつく一つのカタチ、と
錬金術を極めた男ならむしろ満足に思うだろう。

「…サンキュ―、ミス・美神」

マリアの雰囲気が柔らかくなる。
美神の言っている事が正しいかどうかは判断できなかった。
あまり論理的とは言いがたい、推論に推論を重ねた思考だったから。
しかし、ただ一言、一緒にいていい、と言ってくれただけで、
マリアは充足できた。
真剣に自分の事を考えてくれる美神の態度も嬉しかった。

「…むぅ、柄でも無いことを言ってるわね、私」

そんなマリアの様子に、顔を真っ赤にして頭を掻く美神。
黙り込む二人。
暗くて刺々しい筈の空間に柔らかい雰囲気が満ちていった。


『…み……あ…ん…』

そのまま長い事黙り込んでいた二人だったが、
上の方から声が聞こえてきた気がして顔を上げる。

「…? 何か聞こえなかった?」

「イエス・人の声と思われます」

二人で耳をそばだてる。

『…みか…さあ…ん!』

今度はかなりはっきり聞こえた。

「…聞こえた?マリア」

「イエス・ミス・おキヌの声と・推測されます。確率・90.88パーセント」

「お〜い、おキヌちゃ〜んっ!」

美神が出せる限りの声を出す。
するとおキヌの声がだんだん近付いてきた。
重ねて声をあげる美神。
そして―――

『あ、み、美神さん!マリア!無事だったんですねっ!よがっだあああぁぁぁ』

おキヌは天井からヒョコッと顔を出し、そう言って泣きついてきた。
どうやら幽体離脱して居場所を確認に来たようだ。

いまだ任意で幽体離脱出来ないおキヌだったが、
非常時という事で、横島が最後の文珠を使って霊体と肉体を引き剥がしたのだ。
篭めた文字は『脱』。
『離』だと何と何が離れるのか今一つ確信が持てなかったために
この文字を選択したのだが、
離脱の際におキヌの服まで『脱』げてしまったのは、はたして故意か事故か。
上で待っている横島の頬にはくっきりと手の跡が残っていた。

「ありがと…って、おキヌちゃん?!大丈夫なの?!
 こんなところで幽体離脱なんかしたら…!」

『あ、大丈夫ですよ。横島さんが結界を張ってくれてますから』

地獄炉は止めたとはいえあの数の霊のいた場所である。
討ち洩らしたり、隠れていたかもしれない霊が
おキヌの身体を狙ってくるのでは、と心配した美神だったが、
そちらは横島がアンチョコ片手に四苦八苦しながら何とか簡単な結界を張り、
その上で見張っているらしい。
すぐに確認に来なかったのはその作業に手間取っていたからだそうだ。

「そう、それなら…。やれやれ、これで何とかなりそうね、マリア」

「イエス、ミス・美神」

さすがに安堵の溜息をつく美神とマリア。

『それじゃ私、戻って横島さんに伝えて来ますね。
 これから街に応援を呼びに行ってもらいますから』

二人の無事を確認したおキヌが言う。

「ありがと、おキヌちゃん。横島クンにもお礼を言っといてね。
 あ、それから、応援呼ぶときは
 いらない事を喋らないようにって念を押すのよ?」

『は〜い。じゃあ、また来ます』

そう言っておキヌは壁の中に消えていった。

「ま、これで大丈夫ね。ゆっくり救助を待ちましょ」

そう言って美神は目を閉じた。
美神の呼吸がゆったりしたものになるのを確認して、
マリアも省電力モードに移行する。
暗い空間が静寂に包まれた。


応援に来た街の人間と横島が、
瓦礫を撤去して美神とマリアを助け出したのは三日後のことだった。


こうしてスイス・イタリア国境にあった地獄炉の存在は、
闇から闇へと葬り去られたのである。


エピローグ


「…それではどうあっても修理費は出せんというのじゃな」

「…当ったり前でしょう、誰の尻拭いでこんな事になったと思ってるのよ」

眼を据わらせて美神とカオスが睨み合っており、
ゴリゴリッという擬音の聞こえてきそうな緊迫した空気が
部屋の中を支配している。
横島とおキヌは部屋の隅で震えている。
カオスの傍らに立つマリアは無表情だったが、額には冷や汗が浮かんでいた。

あの後、美神たちのヨーロッパ滞在は事後処理のため10日ほどにも及んだ。
それも終わり、ようやく帰国した美神たちは、
最初にマリアをカオスの元に帰し、修理を依頼した。
美神たちの渡欧中にどうにか退院していたカオスは、
すぐに直せる、と言って作業に取りかかり、
その日、完璧に修理し終わったマリアを連れてきたのだ。
美神がそれじゃ借金返済までよろしくね、といったところまでは良かったのだが、
カオスの、

「マリアの修理にかかった費用を払ってくれ」

の一言で場が凍りついた。
今回の故障は仕事中の事故なんだから
雇い主が弁済せい、と主張するカオスと、
あんたの厄介ごとを何とかしてやったんだから、
そんな事は知らない、と突っぱねる美神。
二人の語調がどんどん強くなっていき、
ついには横島やおキヌも介入出来ない程、二人ともヒートアップしてしまった。

「いい度胸じゃないの、カオス。病院送りにされたのを忘れたのかしら?」

「腰さえ無事なら病院送りはお主の方じゃよ、美神令子」

既に一触即発にまで高まっている緊張。
窓が二人の霊圧でビリビリと震えている。

「フン、不意打ちかまして、せこい罠を張りまくってそれで勝ったつもり?」

「引っかかるお主が未熟なんじゃよ。もう少し謙虚になるべきじゃな」

横島たちはブツンッ、という音が聞いた気がした。

「上等じゃないの!
 そんなに病院のベッドが恋しいなら熨斗をつけて送ってやるわッ!!」

キンッ、と言う音をたてて神通棍を構える美神。

「望むところじゃ、この間の決着をつけてくれるわ!行くぞ、マリア!!」

戦闘態勢に入ったカオスが叫ぶ。
その言葉に美神が狼狽した。

「ちょ、ちょっと待ちなさい!
 マリアは今、ウチの所属よ!こっちに来なさい、マリアッ!」

義理と人情の板挟みでオロオロしているマリアだったが、

「何を言っとるか!マリアはワシのたった一人の相棒じゃぞ?!
 ワシが手放すと思うてか?!」

「!」

カオスのその一言にマリアがビクリ、と反応した。
美神も一瞬言葉に詰まる。

「大体お主が勝手にマリアを連れて行ったためにワシがどれほど苦労をしたか!
 看護士などにマリアのかわりが勤まるものか!
 その恨みも一緒に晴らしてくれる!行くぞ、マリア!」

「イエス・ドクター・カオス!」

何も気付かずにカオスがそう言うのを聞いて、マリアがはっきり応えた。

「マッ、マリアッ!それはちょっと薄情じゃないの?!」

額に縦線を入れた美神が慌てて難詰するが、

「ソーリー・ミス・美神。あの時言ってくれたように・
 マリアはドクター・カオスと・共に在ります。
 ドクター・カオスの敵は・マリアの敵です!」

そう言って何か吹っ切れたような顔で戦闘体勢に入るマリア。
そのマリアの表情に、一瞬、少し寂しそうで、
そのくせに嬉しそうな表情を浮かべる美神だったが、
すぐに好戦的な顔を取り戻す。

「上等よ!親娘揃って張り倒してあげるわ!横島クン、やるわよ!」

「えッ、あっ、俺、ちょっと用を思い出して…!!」

「み、美神さん、そんな本気で?!」

『お、オーナー部屋の中で暴れられては…!』

逃げ出そうとする横島の首根っこを捕まえ、
おキヌや人工幽霊一号の制止を聞き流し。

「うるさい!やるったらやるの!」

そう美神が叫ぶと室内は乱戦に突入していった。

オロオロするおキヌを蚊帳の外に置き、横島とカオスが泥仕合を展開する中、
美神はマリアと対峙する。

「マリア!カオスのところに帰りたかったら私を倒していきなさい!」

美神の眼に純粋な闘志が燃えあがる。
構えた神通棍が激しくうねる。
それに対して、

「イエス・ミス・美神!いきます!」

とても良い表情でそう言うマリア。

必殺の一撃を見舞わんと踏み込んで来る美神をいなし、
距離を置いて攻撃を放つ。


「ロケット・アーム!!」


マリアの澄んだ声が響き渡った。



蛇足


翌日。
額にガーゼを当てた美神に、包帯だらけで松葉杖をついた横島が訊ねた。

「あのグレムリンの子供ってどうしたんスか?」

あの人工衛生騒ぎの後、まるで見かけなかった事を思い出したのだ。

「ん?あれなら野放しにするわけにもいかないんで、
 協会を通して人に預けたわよ。
 おキヌちゃんにお願いされたからね」

さすがに美神も処分するのは忍びなかったらしい。

「預けたってどんな人に?」

「昔GSだった爺さんで、今は漫画を描いてるわ。
 知らない?妖怪ばっかり描いてる変わった人」

「ええっ?!ま、まさか水…」

「そう、その人。今は妖怪の生態を研究して漫画に生かしてるらしいから、
 そのうち下駄にちゃんちゃんこの少年か、
 風呂敷マントの子供がグレムリンと出会う話が読めるかもね」

そう言って美神は悪戯っぽく笑った。


後書き

どうも、二度目の投稿をさせていただきます、八之一でございます。
前回は多くの方にお読みいただいた上に、
暖かい言葉をかけていただき、ありがとうございました。
思わず浮かれて2本目を書いてしまいました。
相変わらずダラダラとしている上に、何やらありがちな拙い物ではありますが、
お読みいただければ嬉しく思います。

大分勝手な解釈等をしておりますので
不愉快な思いをされた方もおられるかと思いますが、
なにとぞ御寛恕ください。

既にお読みいただきました方には感謝をさせていただきます。
ありがとうございました。

それでは。

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