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「鋼の心 前編(GS)」

八之一 (2005-10-22 19:54/2005-10-23 01:10)
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『鋼の心』 前編


「わはははははっ!!ワシの勝ちじゃっ!覚悟せいっ、美神令子!!」

「し、しまっ…!?」

とある廃ビルの屋上。
そのビルに住み憑いた悪霊を退治して欲しい、という依頼を受けてやって来た
美神令子と横島忠夫、そして最近事務所に復帰した氷室キヌの三人だったが、
そこで彼等を待っていたのはヨーロッパの魔王、ドクターカオスだった。
依頼自体が美神を恨んでいる者による罠であり、
端た金(美神主観)に眼が眩んだカオスが、
本人も忘れていた来日の目的と敗戦の屈辱を思い出した、という訳である。
既に顔馴染になってしまった事もあり、多少の世話にもなっていたため、
さすがに今更美神の身体を手に入れようとは思わなかったカオスだが、
負けっぱなしでは沽券に関わる、と出馬してきたのだ。

綿密に計画を立て、周到に罠を張り巡らしたカオスは
慎重且つ大胆に攻めていった。
不意打ちを食らい、先手先手と取られていくうちに、
横島やおキヌと引き離され、孤立してしまう美神。
そして今、その身体はカオスの横に寄り添うようにして立つ彼の最高傑作、
人造人間マリアのロケットアームによって捕らえられていた。

「クッ!は、放しなさい、マリア!」

「ノー・ミス・美神。ドクター・カオスの指示・最優先です!」

何とか逃れようと足掻くがマリアの腕は小揺るぎもしない。
これは拙い、と焦った美神は作り笑いで懐柔策に出る。

「い、今、放してくれたら依頼料の倍払ってあげるんだけどな〜?」

「……、それでも最優先です、ミス・美神」

弱冠の間をあけて返ってくる答え。
脈あり、と見た美神が畳み掛ける。

「そうね〜。なんなら2.5倍でもいいかな〜、なんて」

「………」

ギシッ、と固まるマリア。
表情こそ変わらなかったが、今度は露骨に動揺して黙り込んでしまう。
その様子を見た美神は、更に2.6いや、最大で2.8までなら、と
断腸の思いを堪えつつ、交渉を重ねようとしたのだが、

「ま、真に受けるな、マリア!相手は美神令子だぞ?
 短気で執念深いこやつが、そ、そんな約束を守るわけがなかろう?!」

こちらも激しく動揺していたカオスだったが、
美神を不当に(?)評価していたためか、マリアをたしなめた。

「……、イエス・ドクター・カオス!」

数秒の黙考の後、動揺していたマリアがその言葉に立ち直ってしまう。
それを見た美神は、カオスを物凄い目つきで睨み付け、

(す、好き勝手な事を―ッ!あ、後でぶん殴る!何があっても絶対に―ッ!!)

そのまんまな事を短気と執念深さをフルに発揮して考えていた。
その視線に少したじろいだカオスだったが、気を取り直して間合いを詰める。

「そ、そろそろケリをつけさせてもらおうかの」

(や、ヤバイッ…!)

まさに絶体絶命。

「フッフッフッ。これで家賃の払えない生活ともおさらばじゃ!くらえ!!」

そう言うと露出狂の痴漢よろしく羽織ったコートの前を開いた。
裸の上半身に描かれた魔法陣が露出する。

(やられるッ?!)

そう思って身体を硬くした美神に向かって、
カオスがそこから怪光線を放とうとして力をこめた瞬間。


ピキッ!


動きが止まった。


「……」


「……」


荒れ果てたビルの屋上が静寂に包まれる。

「? ドクター・カオス?」

その様子に慌ててマリアが美神を放して駆け寄る。
伸ばされた腕が掃除機のコードよろしく
カラカラガチャコンッ、と巻き上げられる。
カオスの前に回りこんだマリアがその顔を覗き込む。
するとそこには満面に脂汗を滴らせつつ、
低い唸り声を上げているカオスの顔があった。

「ドクター・カオス?どうしたのですか?」

そのカオスの様子を心配したマリアは回収した腕を伸ばすが、

「さ、触っちゃいかんッ!」

へっぴり腰のカオスに制止される。
ビクッと手を引っ込めたマリアが困惑した表情でカオスを見ていると、

「…腰がイッちゃったんでしょ、アンタ」

感情を無理矢理押し殺した低い声が響いてきた。
慌ててマリアが声のしたほうを振りかえると、
そこには亜麻色の髪を怒りで逆立てた鬼が立っている。
書き文字が大ゴマの上3分の1を占めてのしかかってくるような
物凄い迫力だった。

『ピッピピピピピッピー――ッ!』

そのあまりの迫力に、マリアの中で警報が狂ったように鳴り響く。
センサーにはなんの反応もないのに、床が揺れるのを感じる。
その魔法科学の技術の限りを尽くして設計されたプログラムの全てが
即時の撤退を要求している。
しかし、そのためには動けないカオスを抱えなくてはならない。
そのカオスからは『触るな』と命じられている。

(はっ、判断・不能ッ…?!)

マリアが命令と要請の板ばさみでマリアがショートしかかっていると。

「…フ、フフ…私を嵌めようなんて良い度胸じゃないの、カオス。
 …覚悟は出来てるわね?」

眼を血走らせた美神がバキバキッと指を鳴らす。
その殺気に狼狽するカオスだが、それでも動くことが出来ない。
腰の方がかなり重症らしい。

「ま、待て!待つんじゃ!話せばわか…」

唯一動く口で状況の打開を図るが、

「問答無用―――ッ!!」

勿論、聞く耳なんて持ってくれなかった。
美神がフルパワーの神通棍を振りかぶり、カオスめがけて叩きつける。
ビルの屋上から光と爆音が溢れ出した。


「うぐぐ…、美神令子め、手加減というものを知らんのか?!」

都内某所の病院の一室。
身体中を包帯とギプスに覆われたカオスがベッドに横たわっていた。
錬金術を極め、不死となったその身体をもってしても、
苛烈という表現すら生ぬるい美神の攻撃には耐えられなかったようだ。
あの後、ズタボロになったカオスはマリアに抱えられて病院に担ぎ込まれ、
即入院となっていた。

「ム、グ、ムムッ…しかし、昨夜は惜しかったのう。
 後一歩というところだったのじゃが…。
 美神令子め、見ておれよ!次は、次こそはぁぁぁ!!」

怪我の痛みに呻吟しつつもリベンジを誓うカオスだったが、
それを聞いて付き添っていたマリアが顔を上げる。

「…ドクター・カオス。もうミス・美神と戦うのは・やめませんか?」

「な、なんじゃと?」

驚くカオス。
マリア自身が何かをしたい、と言うならともかく
(それとて日本に来るまでは皆無に近い事だったのだが)、
マリアがカオスの行動自体に口を挟む事など珍しい事だったからだ。
行動の指針をカオスが決定、提示し、
それに合わせてマリアも考える、というのが通常のパターンだった。

「ミス・美神・とても強い。勝てるとしても・相当な損害が・予想されます。
 それに横島さん・ミス・おキヌは…」

友だちですし、と言おうとしたが、
私情をはさむのは、と思いなおして口篭もるマリア。
そんな娘の精神の深化の様子に驚き、続いて喜びを表すカオスだったが、
その提案には済まなそうに拒否の意を示した。

「すまんのう、マリア。年寄りの意地立てに付き合わせてしもうて。
 だが、ワシにも見栄というものがある。
 来日して数ヶ月、あのような小娘相手に
 尻尾を巻いて逃げだしたとあっては面目がたたんのじゃよ」

「しかし・ドクター・カオス・このままでは・被害が増える一方です。
 身体の維持にも・支障が出ます」

表情にこそあまり出ないが心配しているのがひしひしと伝わってくる。
その事にカオスは目を細める。

「うむ…確かにあまり意味のない事かもしれん。無駄も多い。
 だが、やらずにはおれんのじゃ。それが意地というものなんじゃよ。
 心配してくれるのにすまんな、マリア」

「ノー。ドクター・カオスのことを考えるのは・マリアの本分です」

「そうか…。ありがとう。
 じゃが、横島の小僧達と戦いにくいのなら、お主は手を引いても良いのじゃぞ?
 ワシの勝手のために、娘に友達を傷付けさせるのは親として忍びない」

日本に来てからと言うもの、マリアの進歩には眼を見張るものがある。
これもあの連中の影響なのか、と考えて、そう提案してみるカオスだったが、

「ノー。ドクター・カオスが戦うのなら・
 マリアは・相手が横島さんたちでも戦います」

言下に否定された。それはそれで嬉しくない事もないカオスがつい感傷的になる。

「ム…、そうか。嬉しいぞ、マリア。
 …それにしてもいつの間にやら優しく育ってくれたのう。
 思えばマリア姫もそうじゃった」

その言葉にピクリ、とマリアが反応する。

「無茶をするワシを心配し、苦言を呈しても、
 本当にワシがなにかやろうとすると
 最後には理解を示してくれたものじゃった…」

過去に思いをはせているカオスは、だからマリアの様子に気付かない。

「最近のお主を見ていると何やら姫のことをおも…」


ダンダンダンッ


目尻を下げたカオスがそこまで言ったところで、
病室のドアが乱暴にノックされる。
返事もまたずにドアが勢いよく開かれた。

「ドクター・カオス?元気そうじゃない。安心したわ」

そう言って不自然なほどにこやかに部屋に入ってきたのは、
カオスを病院送りにした張本人、美神令子だった。
花を持ったおキヌと横島が後に続いて入ってくる。

「みっ、美神令子?!お主、いったいなんの用じゃ?!」

狼狽するカオス。マリアも緊張したのだが、
おキヌにこの度は大変な事で…、とか言われながら花を渡されると、
思わずこれは・ご丁寧に、などと頭を下げてしまい、持続しなかった。
美神は和やかな雰囲気のそちらを一切気にせず、

「あ〜ら、ご挨拶ね。折角お見舞いに来てあげたのに。ハイ、お土産」

そう言って何やら書類の入った封筒をカオスに渡す。

「な、なんじゃ?」

カオスがビクビクしながらその封筒を受け取り、それと美神とを交互に見ている。
美神が眼で中を見るように促したので慌てて中から書類を取り出して確認した。

「…せ、請求書…?」

「そ、昨日の被害に対する損害賠償に、
 騙して時間をとらせた事への精神的苦痛に対する慰謝料。
 それらに警察やオカルトGメンへの口止め料込みってコトで、
 色つけさせてもらってるわ。安いモンでしょ?
 死人に請求は出来ないから、死んでないか心配だったのよ」

金額の欄には8桁の数字が並んでいた。

「こ、こ、こんな大金、払える訳なかろうがっ!!」

「出来る、出来ないじゃないの。払うのよ。
 それともオカルト犯罪防止法違反で別荘暮らしがお好みかしら?」

狼狽するカオスに美神が冷たい声で宣告する。

日本にはちゃんとオカルトによる犯罪を取り締まるための法律がある。
オカルト犯罪防止法がそれだ。
小笠原エミのように因果関係を立証出来ない方法で、
証拠を残さずにやるならともかく、
今のカオスは昨夜の件で、美神に尻尾をごっそり掴まれた状態であった。
美神が通報すればさすがに後に手が回るだろう。

チラと、家賃に三食の心配のない暮らしに魅力を感じたのは
怪我で心が弱っていたためだけとは言い切れないカオスだったが、
老いたりとはいえ、これでもヨーロッパの魔王とまで呼ばれた身、
そこまでは、と考えて、慌ててその思いを打ち消した。

一方、横で聞いていた横島は、やっぱりこんな事か、と苦笑している。
美神がカオスを見舞いに行くなどと言い出した時には
何か悪いものでも食べたのか、と驚いたのだが。

「いや、美神さん。その…、無い袖は振れないっスよ?
 カオスのじーさんにそんな事を求めても…」

さすがに請求書の額を見て止めに入る。
横島も何気なく酷い事を言っているのだが、
カオスにしてみればそんな事を気にする余裕は無い。
そうじゃそうじゃ、もっと言ってやってくれ小僧、などと喚いている。
だが、二人の言葉を聞いても美神は動じなかった。

「そうね。カオスにそんな支払能力が無い事は私だって百も承知よ。
 でも、借金が払えない時はどうするか、わかるでしょ?」

そう言ってニヤリ、と人の悪そうな顔で笑う。

「差し押さえよ」


「…ば、馬鹿な事を言うな。
 そんな差し押さえられるような財産などあったら苦労などせんわ」

「そ、そうっスよ。じーさんにそんなもの」

その言葉にキョトンとしたカオスと横島だったが、すぐに反論する。

生活に困ったカオスが秘蔵の物を売ろうとする事がよくあって、
横島も何度か部屋を見せてもらった事があったが、
それらの多くは、カオスが作った時代なら
革命的なまでの価値を持っていた物―――
すなわち時代遅れのガラクタだった。
そうでないものは作った当時ですらガラクタだったが。
多くの知識を事故で失うというアクシデントもあり、
ここ百年ほどは有為な発明などにまるで縁のなかったカオスが、
そんな大それた金額に見合う物を持っているとは当人でさえ思わなかった。

唯一価値があるとしたら彼の蔵書だろうが、
さすがに本にそこまでの価値があるとは考えにくい。
稀にマリアの設計図のような凄いものがあるとのカオスの言に、
横島は興味本位で何冊か手に取ったのだが、
全て横文字で書かれていてまるで読めなかったので、その価値もわからなかった。

(あのなめし皮で装丁された古本、
 しっとりとした肌触りが妙に手に馴染んで気色悪かったなー)

中には、2本足の動物の皮で装丁された、世界でも数冊しかないという、
売ったらとんでもない値段がつく本もあったりするのだが、
カオスは忘れているし、横島には価値がわからない。
彼等は本気でカオスの持ち物にこれといった物があるとは思っていなかった。

が、美神は気にした風もなく、

「何言ってるの?飛びっきりの優良物件が一つあるじゃない」

と思わせぶりに言う。

「ハテ? 何かあったかのう」

心当たりのないカオスに、
仕掛けた悪戯が成功した時の子供のような笑みで言い放つ。


「決まってるじゃないの。マリアよ。あの娘の身体で払ってもらうわ!」


「な、なんじゃと?!だ、駄目じゃ駄目じゃ!
 ワシはマリアがおらなんだら何もできんのじゃ!」

一瞬の間の後、美神の言う事を理解したカオスが、興奮して情けない事を口走る。
先程のマリアへの科白はどこに行ったのか、と思うほどの取り乱しようだった。

一方横島は横島で、

「か、か、身体でっスか、美神さん?!
 ま、まさかエミさんが言っていたレズっていうのは本当…」

ゴスッ!

美神の言葉に興奮して妄想垂れ流しモードに移行しようとしたところを
鉄拳で黙らされた。

「誰がだッ!!悪質なデマを流すんじゃないッ!
 …そこッ!信じるんじゃないのッ!!
 マリアにうちの事務所で働いてもらうって言ってんのよ!」

横島の言を聞いて弱冠引き気味だったおキヌとマリアにも怒りの声が飛ぶ。
ややあってようやく平静を取り戻した美神は、
再びこれ以上はないってくらいの笑顔で、カオスに向き直る。

「いいわね?ま、嫌って言っても拒否権なんか無いんだけど。
 心配しないでも年季が明けたら…じゃなかった、
 借金が完済できたら帰してあげるわよ。
 最も当分は利子だけで元本が減らないってこともあるかもしれないけど。
 あ、利子は十一で複利ね。勿論日割りよ」

「ま、待て…」

必死の形相のカオスに見向きもせずに言うだけ言った美神は、
マリアに近づき、懐から取り出した札をぺたりと貼りつける。
その札には赤地に白抜きで『差し押さえ』と書かれていた。

「さあ行くわよマリア!
 一生懸命働いて、一日も早く借金を返すのよ!!」

ほーっほほほっ、と高笑いしながらマリアの手を引いていく美神。
部屋に残された者は呆然としてそれを見送った。
BGMにはドナドナが流れていた。

美神が出ていき、ドアが閉まるとおキヌが我に返る。

「…じゃ、じゃあお大事にしてくださいね、カオスさん。
 あ、そこのボタンを押すと看護士さんが来てくれますから、
 気を落とさずに、ね?」

美神除霊事務所の良心は引きつった笑顔でそう言うと、
ダウンしていた横島を起こし、逃げるように病室から出ていってしまった。

「…ま、マリア……」

後には真っ白に燃え尽きたカオスだけが残された。


「ミ、ミス・美神!そちらで働くのは・良いのですが・
 マリアには・ドクター・カオスの看護が…」

病院の廊下を美神に手を引かれていくマリア。
狼狽しつつもそう主張するが、美神は取り合ってくれない。

「ん?いいのいいの。看護士がいるんだから入院中はそれほど問題ないわよ」

「し、しかし…」

なおも言い募ろうとするマリアをチラと診た美神は、
すぐに前に向いて小さな声で言う。

「それよりマリア、入院費用なんて持ってないでしょ?
 どうせ保険も入ってないだろうし」

ハッとするマリア。
掴まれた腕に組み込まれたセンサーが、
美神の心拍数や血圧の上昇を感知する。

「ま、カオスが退院するまではウチで働いてなさい。
 工事現場や警備のバイトよりはお金になるわよ」

なによりウチが稼げるからだけどね、と言いつつも、
美神は耳や首まで真っ赤になっている。
髪で後ろからは視認できなかったが、
マリアの眼には美神の頭部の体温が急激に上昇するのが見て取れた。
だからマリアは、

「…サンキュー・ミス・美神」

そう言っておとなしくその後をついて行った。


「うぅん、桁外れの身体能力、的確な判断力、人妖を問わない戦闘能力。
 マリア、本格的にウチで働かない?
 給料弾むし、カオスもお金があれば自分で何とかできると思うんだけど」

マリアを雇って3週間ほど。
使い減りしないマリアの労働力に仕事の回転率が上がってホクホクの美神が
そんな事を言い出した。
マリアは椅子に腰掛けて充電している。心なしか顔が満足げだ。
雇ってみれば前回もそうだったが、
強いし、有能だし、文句を言わないし、セクハラしないし。
あまりに良い事ずくめだったので自然とそんな科白になったのだ。
なんでこの娘がいるのにカオスが貧乏なのかわからない美神だった。

「そうですね、マリアのおかげで二組に分かれられますし」

おキヌもそう言って同意する。
マリアが一緒に働くようになってからというもの、
かなり高い難易度の仕事まで二手に分かれてこなす事が出来るようになっていた。
荷物持ちが出来る人員が二人に、除霊の有資格者が二人で丁度良いのだ。
美神とマリア、横島とおキヌというシフトでガンガン仕事をこなしている。

(おかげで横島さんと二人っきり…)

えへへ、と顔をほんのり染めているおキヌ。
ちょっと不純な動機もあるようだが、利益の増加に、秘められた(?)感情まで
ホワイトアウトさせている美神には気付かれていないようだ。

仕事を任される横島もなかなか充足していた。
当初は美神と離れての仕事に多少の物足りなさを感じなくもなかったが、
傍らには身体を取り戻したおキヌがいてくれるのだ。
彼女は彼女で違った魅力に満ち溢れていて、
その姿にときめいてしまう横島に不満などあろう筈もなく。
それに、なにより事務所にちゃんと貢献できている、という実感は、
一生アシスタント、などと言っていた横島にとって
何物にもかえがたいものだった。
そういう状況もあって、前回のようなヤキモチや疎外感を感じる事もあまりない。
更に、二手にわかれた場合、僅かではあるが給料以外の手当てが付くので、
マリアが来てからの横島の経済状況は好転の一途を辿っていた。
主にレンタルビデオの違法閲覧の代金に消えてしまったりしていたが。

このように、美神除霊事務所としては
このままマリアが居ついてくれた方が良いという雰囲気になっていた。

が、その美神の言葉にマリアの顔が僅かに曇る。
おや、と思う間もなく、すぐに普段の表情に戻って、

「ソーリー、ミス・美神。ここで働くのは・とても心地よいのですが、
 ドクター・カオスと離れているのは・とても心配です」

そう言ったマリアだったが、美神は少し気になった。
が、カオスの傍を離れているのが不安なのだろう、と考える。
前回はカオスの希望もあってのことだったが、
今回は半分強奪してきたようなものだからだ。
カオスのためにもなるとはいえ、
多少モチベーションに差が出るのは仕方のないところだろう、と思い、

「むぅ。まあそうよね。
 今は病院で寝ているだけだから問題ないけど、退院した後となるとねぇ…」

そう言って引き抜きは断念した。
ま、不定期でアルバイトって手もあるわよね、と言って気を取り直す美神。
既にカオスに嵌められかけた事もホワイトアウトしかけている。
とにかく今は稼ぐわよーっ、と意気上がる美神であった。

その時、

『オーナー。郵便物が来たようです』

と、人工幽霊一号が報せてきた。

「ん、横島クン、取って来てくれる?」

それを聞いた美神が頼むと、
横島はウーッス、と言って気軽に部屋を出ていった。
すぐに封筒の束を持って帰ってくる。
手渡された美神は内容を一つ一つ確認していく。

「ん〜、GS協会からの会報に、銀行からのお知らせ、
 無記名なのは…剃刀入りの封書ね。呪いの波動でわかるっての。
 それから…MHKの督促状?ウチは見てないって何度言ったらわかるのかしら」

そう言って封もあけずにゴミ箱へ直行させる。
その背後には最新型の大型テレビがデーンと鎮座していた。

「大したものないわね。それからこれは…電気料金か」


ビクッ!


それを聞いたマリアがあからさまに反応する。
その様子を少し不審に思った美神だったが、そのまますぐに封を切る。

「…」

「…」

中から取り出した紙を見る美神。
ギギギ、と視線をあらぬ方向に向けるマリア。


「ぬわんじゃこりゃあぁぁァァァッ?!」


どこの刑事だアンタは、と言いたくなるほどの絶叫を上げる美神。
請求金額は30万を越えていた。


「ソーリー・ミス・美神。
 ドクター・カオスが貧乏なのは・このせいもあるのです」

ショボンとした風情で話すマリア。

「むうぅ、確かにこんなに電気を食うんじゃ、
 資格も定職もないカオスが貧乏なのも当然かもしれないわね」

実際は霊や妖怪との交戦が日常的な美神たちといる時ほどには消耗しないので、
ここまではかからないのだが、それでも大変な事には違いない。

「ソーリー・ソーリー。アパートの電気は・もう止められているのです」

そう言ってますます小さくなるマリア。
とりあえず、と手付に少しだけ渡した前払いの給料は、
全部入院の費用で飛んでいってしまったらしい。
保険に入っていない者のつらいところだろう。
なんだかいじめているようで居たたまれなくなった美神は、

「…まあ、仕方がないわよね。
 マリアのおかげで増えている収入はこんなものじゃないし。
 これくらいは大目に見ないとね。
 とりあえずウチにいる間はちゃんとここで充電するのよ?
 仕事中にガス欠、なんて困るからね」

困った顔で、しかし優しく微笑んでそう言った。
強欲な守銭奴といわれる美神だが、
必要な事にかける費用を惜しむような事はしない。
そんな事をしていれば、とっくの昔にあの世に行っていただろう。
しかし、往々にして日常的に恩恵に浴している者は気付かないもので。
ここにもそんな男が一人。

「なっ、み、美神さん、どうかしたんですかッ、
 俺が備品を壊した日には速攻でコークスクリューが飛んでくるのにッ?!」

横で聞いていた横島が狼狽した声をあげる。
体調を心配し、正気を疑い、挙句の果てには偽者だ、
本物の美神さんをどこへやった、などと騒ぎ出したので、
要望に応えて拳で黙らせた。血の海に沈む横島。

「こ、このパンチの重さは…間違いなく…ガク」

「ハ―ッ、ハ―ッ、この恩知らずがッ! …ん?何よマリア」

美神が横島をシバキ倒して呼吸を荒くしていると、マリアが寄って来た。
そのじっと見つめる瞳に気後れしていると、
マリアはその手を握って目を輝かせる。

「サンキュー。サンキュー・ミス・美神。マリア・これからもっと頑張ります」

やや抑揚に欠けるが、感謝の念がひしひしと伝わってくる言葉。
そのひたむきさに照れてしまったのか、真っ赤になった美神が話を逸らす。

「そ、そう?あんまり無理をしないようにね。
 それよりマリア、アンタ昔はどうしてたの?
 コンセントなんてないし、充電なんて出来なかったはずでしょ?」

するとマリアはなんでもない事のようにこうのたまった。

「イエス、電気による補充が・一般的になるまでは・
 地獄炉からエネルギーを得ていました」


「…ナンデスト?」

思わず固まってしまった美神。
次の瞬間には顔から音をたてて血の気が引いていく。

「かつて・マリア姫の居城に・設置された地獄炉を・
 修理して再利用していたのです」

「…そ、その、今の時代ならもう必要ないんだし、
 地獄炉なんてちゃんと処分したんでしょ?
 したわよね?!したって言いなさい!!」

縋り付くように確認する美神。
かつて使っていても構わない。今現在にさえ影響が出なければ。
だがしかし。

「? ノー。ドクター・カオス、十九世紀末に・ある妖怪に襲われて・
 記憶の多くを失いました。
 その際・地獄炉のことも・忘れてしまったようです」

希望はあっさり打ち砕かれた。


「あ、あ、あんのクソジジイィィィィィイィィィイイイイッ!!!」


翌日、ヨーロッパの人も通わぬ山の中を、
奥へ奥へと分け入っていく美神たち四人の姿があった。


「自分の愛した女性の土地に、
 こんなもの建てられる神経ってわかんないッスね〜」

スイス、イタリアの国境付近、かつてマリア姫の一族が統治していた土地。
そのかなり深い山の中にあった地獄炉のある施設の雰囲気を見て横島が呟いた。
山をくりぬいて作られたそこは、入り口を結界で覆われており、
霊視ゴーグルを使わなければ見ることも出来ないのだが、
昼だというのに薄暗く、魔力に溢れかえり、
大量の雑霊やもののけが群がっているため、
なにかある、というのは一目瞭然だった。
近くの町に寄った際、この施設の辺りの最近の様子を聞こうとしたら、
『あそこは近寄っちゃなんねえ』と周囲の人間にこぞって警告された。
どんな素人でもここがヤバイ場所だとわかる程だ、ということである。

施設を遠巻きに観察していた美神が、苦虫を噛み潰したような顔で一同に告げる。

「どうやら暴走こそしてないけど、機能停止もしてないわね。
 随分魔力が漏れ出しているから、力の弱い霊たちが引き寄せられてるし、
 あんまり余裕のある状態でもないってところかしら。
 とにかく、知ってしまった以上は放置もできないから、
 現状を確認して必要があれば私たちで何とかするわよ」

あの後、地獄炉の存在を知った美神はそのまま病院に直行。
いまだ傷の癒えていなかったカオスを締め上げて入院期間を延ばしたあと、
地獄炉の処理を借金の上乗せで請け負ったのだ。
当分マリアは美神除霊事務所所属のままだろう。

「? なんで地元のオカルトGメンに協力を仰がないんですか?」

美神の言葉を聞いたおキヌが首を傾げて訊ねる。
オカルトGメン、すなわち、ICPO超常犯罪課は国際的な組織であり、
出来たばかりの日本支部と違って、
ここヨーロッパの支部は質量ともに最高レベルのものである。
土地勘の問題もあり、協力してもらえるなら
問題の解消はかなり容易になるであろう事は、
学生であるおキヌにも容易に想像できた。
しかし、難しい顔をして美神が答える。

「あのね、おキヌちゃん。
 地獄炉っていうのは魔法科学の中でもトップクラスの禁術なの。 
 地獄との間にパイプラインを結んで、
 向こうに溢れる魔力をエネルギーに変える装置なんだけど…、
 メドーサが原始風水盤を使ってやった事を覚えてる?
 周りを魔界に変えるってヤツ。
 地獄炉が暴走するとあれと似たような事が巨大な規模で起こるのよ。
 それもこのあたりの山が根こそぎ無くなるような大爆発のオマケ付きで。
 そんなものを使っていたと知られたら、
 多分カオスには何らかの処分が下されるでしょうね」

こっちは日本と違って宗教の影響が強いってこともあるし、と
付け加えて説明すると、話の大きさにおキヌが眼を丸くする。

「そ、そんな」

「…おそらくマリアにもあるでしょうね。
 ただでさえ人によって創られた魂って事で過剰反応されそうなのに、
 その上、地獄炉なんて物のエネルギーを使っていたなんて事が知られたら…」

沈痛な表情で考え込む美神。

「な、なるほど、カオスさんやマリアがそんな事になったら…」

慌てて言うおキヌ。その瞳には友人を守りたいという意思が溢れている。
だがしかし、


「マリアをアルバイトに使えなくなるじゃないの!!」


美神はどこまでも即物的だった。

「み、美神さ〜ん」

思わず脱力してしまうおキヌに向かい、美神は力説する。

「マリアが来てからウチの純利益は3割もアップしてんのよ!3割も!
 それをみすみす逃していいの?良くないでしょう?!」

ハ―ッ、ハ―ッと息を荒くして言い募る。
その様子を涙を流して見ている横島とおキヌ。
マリアもちょっと居心地が悪そうだ。
その視線に多少頭が冷えたのか、美神は咳払いを一つして、真面目に指示しだす。

「コホン。まあ、まずは私たちだけで解決できるかどうかを確かめましょう。
 その上で可能なら停止させて処分するわ。
 もし、本気で無理そうならカオスの事を伏せて通報する、という方向で。
 なるべくマリアに累が及ばないように努力しましょう。
 いいわね?横島クン、おキヌちゃん、マリア」

「ウーッス」
「はいっ」
「サンキュー、ミス・美神」

確認を終えると4人は気を取りなおして結界に向かった。


「あーもう、次から次へと、いい加減しつこいっての!」

そう言って襲いかかってきた霊に神通棍を振るう美神。
その一撃で霊を祓ってしまうが、その様子は明らかに消耗していた。
結界を解除し、施設に突入して2時間ほどだが、
既に今倒した霊が一体何体目だったのかすらわからないほど戦闘が続いていた。

当初あまりの霊たちの多さに施設に近づくこともできずにいた一行だったが、
おキヌの死霊使いの笛で周囲の霊たちを少しづつ成仏させていき、
数を減らしてどうにか辿りついた。
そこで管理者の一人として登録されていたマリアが
その権限で結界を解除したのだが、
その途端に中から霊たちが襲いかかってきたのだ。
魔力の影響で多少肥大しているが、元は流されてくるような霊たちなので、
一体一体はそれほど強いわけではない。
しかし、何しろカオスとマリアが訪れなくなって100年、
その間に地獄炉から漏れ出す魔力に惹かれてやって来た霊たちの数は
とにかく尋常なものではなかった。
どれだけ倒しても次から次へと現れるのだ。

施設はシンプルな直線の通路が一本のみ。
山の中心分にある地獄炉のスペースと倉庫のような部屋が2、3あるだけで、
出口も入り口もその通路しかない。
そのため、戦闘を回避する事が出来ないのだ。
美神の十八番の反則技も、
地獄炉に変な影響を与えるかもしれないという危惧から自粛したため、
正面から力押しするしか方法がなかったのである。

「おーじょーせいやあ、おどれあああっ!!」

「ヒッ…!!ヒロノ――、オドレエエエ――ッ!!」

美神の後方では彼女が討ち洩らした霊や、
後衛のおキヌやマリアを狙ってくる霊を、
横島が栄光の手で祓っている。

美神が前面に立って道を開き、
横島が栄光の手で群がる霊からおキヌを守り、
おキヌは死霊使いの笛を操って霊たちの攻撃を和らげる。
マリアは美神や横島の危ない場面をフォローしつつ、
お札で結界を張って美神が開いた道を確保していく、という形で戦いながら
少しづつ施設の中を進んできたのだ。

「あーッ、もう限界!横島クン、ちょっと交代!」

「任しといてください!俺もやるときゃやりますから!」

そう言って美神が後退すると今度は横島が前に出る。
美神はおキヌのガードにまわりつつ、体力を回復する。
そうやって美神と横島が交代しながらここまでやって来たのだ。

マリアにあまり戦わせないのは消耗を防ぐためである。
休憩すれば回復できる美神たちと異なり、
マリアはエネルギーが尽きたら設備のないここでは回復できないからだ。
それに地獄炉を止める、という仕事もある。
美神たちには止める方法がわからないのだから、
ますますマリアをリタイヤさせるわけにはいかなかった。
そういう訳でおキヌのサポートがあるとはいえ、
実質一人が戦って進んでいくので、
その歩みは遅々として進まなかった。


更に一時間後。
一行はようやく施設の最深部、地獄炉のある部屋の前までやって来た。

「これで…終わりっ!!」

美神が通路に残った最後の霊を祓う。
すぐにマリアがお札で結界を張る。
これで施設の入り口からここまでをお札の結界で覆い終わったので、
これ以上外から霊がこの通路に入ってくる事はない。

「ぷはあ―――っ!」

「ぜ――ッ、ひ――ッ、み、水――ッ」

思わずへたり込んでしまった美神と横島。
お疲れ様です、と言っておキヌが持っていたかなり大きな水筒を取り出すが、
長時間の戦闘で中身はすっかり空になっていた。
ど、どうしましょー、とオロオロしていると
マリアが水筒のフタに2杯の水を差し出す。
美神と横島は飛びついて飲み始めた。

「マリア、水筒持ってたの?」

マリアの荷物は美神除霊事務所で用意したもので、
覚えがなかったおキヌが訊ねる。

「ノー。それはマリアの冷却水」

「「ブフッ?!」」

夢中で飲んでいた二人が思わず噴き出しそうになる。

「れ、冷却水って…」

「? ノー・プロブレム。安全・衛生面に・問題はありません」

「い、いや、そういう問題ではなく…」

さすがにちょっと飲み辛くなった美神は残っていた3分の1ほどを返却する。
既に飲み干してしまっていた横島は、
複雑な表情で、これも一種の○カトロプレイになるんかな―、などと口走って
美神に殴られていた。


「ま、あとは地獄炉を止めるだけっスね。
 中にも残ってるかもしれないけど、
 一体一体はそれほどでもなかったし、大丈夫ですよね」

一息ついた後、横島が言う。その顔にはまだ疲労の色が濃い。

「あんまり気を抜くんじゃないわよ。中に入ってからが本番なんだから」

そう言う美神もかなり疲れた表情をしていた。
が、施設の周囲はいまだに濃い魔力に溢れているため、
霊たちが今も引き寄せられているだろう。
お札で作った結界がいつまで持つかいささか心もとない。
早く終わらせるに限る、と判断して美神は立ちあがった。

「よし、じゃあ皆、行きましょう。
 横島クン、何があるか解らないから文珠を用意して。今幾つ持ってるの?」

「あ、はい。二つっス。言われたとおりに温存してましたから」

「それだけあれば…。おキヌちゃんも準備大丈夫ね?
 よし、マリア、部屋の鍵をあけて」

「イエス。ミス・美神」


そう言ってマリアが部屋の扉の鍵を鍵穴に差し込もうとした瞬間。


ドガッシャアアアァァァンッ!


部屋の内側から扉とお札で作った結界を破って
鉤爪のついた巨大な腕が突き出される。


「「「「?!」」」」


鋭い爪がマリアの腹部を貫通した。



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