「お〜す」
「おはよー、横島君」
「お早うございます、横島さん」
「お早うですジャー」
それは毎朝繰り返され、すでに何の新鮮味も無い光景。
「横島君、数学の課題やってきたー?」
「おう。ちゃんとやってきたぞ!」
愛子の問いに胸を張れば、瞬間――
「なにぃ!横島が課題をやってきただとっ!!」「どうした悪いものでも食ったのか!!?」「偽者!!本物をどこへやったの!!?」「横島は仲間だと信じてたのに〜っ」「横島のくせに……横島のくせに!!」「裏切り者め……っ!」
驚愕を顔に貼り付け騒ぎ立てるクラスメイト。こっそり藁人形に釘を打っている奴もいる。
「お、お前ら人を何だと……?」
「まあまあ。たまにはそういう事もありますよ」
「嗚呼!たった一人のクラスメイトの行いでクラス全体が揺らぐ!これも青春よね!!」
「違うと思いますノー」
引きつった表情の横島にフォローなのかどうなのか判断しがたい言葉をかけるピート。いつもの口癖とともに瞳を輝かせる愛子。ついでにさりげなくそれを否定するタイガー。
その後、教室にやってきた教師にすら驚かれ、教室の隅で涙を流しながらのの字を書く横島の姿が見られた。
放課後――
「それじゃあ、僕はここで」
「おう、また明日な〜」
帰り道、ピートと別れて家へと急ぐ。
足取りは軽く、スキップ一歩手前。
たどり着いたのは以前のボロアパートとは違う、小奇麗なマンション。
「ただいま〜♪」
「お帰りなさい、ヨコシマ」
その一室。弾んだ声でドアを開ければ当り前にきれいな答えが返される。
「ルシオラぁ〜vv」
「あん、もう♪」
学生服のまま、キッチンで夕食の準備をしていた愛しい恋人をぎゅうっと抱きしめる。ルシオラも顔を赤らめるが嫌がりはしない。
どこからど〜見ても。これでもかというほどのラヴラヴバカップル。
放出されるオーラはピンクだ。そしてハートも飛んでいる。
三年に上がる前に目出度く一人前として認められ、現在はフリーのGSとしてGS協会からの小さな仕事やオカルトGメンの手伝いをして生計を立てている。
全体的に見ればたいした額では無いかもしれないが、ルシオラと二人で生きていくには充分だった。
夕食の後、ソファに二人並んで腰掛ける。TVには流行りもののドラマが映っていた。
暖かな空気に満たされた部屋。二人で静かに過ごす。それは望んだ幸せ。
ぽすり、と。隣に倒れこみ、横島は己の頭をルシオラのひざに乗せた。
彼女は少し驚いたもののすぐに微笑んで、優しい手付きで横島の髪を梳き始める。
その感触が心地よい。
目を細め、横島はルシオラの頬へと手をのばす、がその手は逆にルシオラの白い手に捕らえられる。
思わずその手を凝視すれば、彼女はいたずらが成功した子供のような笑みを浮かべて握った横島の手をそのまま己の頬へと摺り寄せた。
「触れる」のと「触れられる」のでは意味が違う。
自然、横島の顔が赤くなる。
「なあ、ルシオラ」
「なに?ヨコシマ」
どれだけ沈黙が続いたか、心地よいソレを破ったのは横島の声。
「次の休みにさ、どっか行かないか?」
「どこへ?」
首を傾げる彼女を眺めながら、
「どこか。ルシオラの行きたいところに」
「それじゃあ、デジャヴーランド。一度行ってみたかったのよ、お前と」
「ああ。じゃあデート、だな。」
「そうね、デートね」
顔を見合わせ、微笑んで――
緩やかに過ぎてゆく時間。
暖かな空気で満たされたソコは、確かにひとつの楽園だった。
カリカリカリ………
重厚な威厳を醸し出す執務室に響くのはペン先が紙の上を走る音だけ。
黒檀の机の上、置かれた書類を次々と処理していくのはこの部屋の主。
コンコンと、両開きの扉の向こうからノックの音。
「入れ」
部屋の主――アシュタロスの声に「失礼します」と一礼し、入室したのは虫のような触覚を持つ女、ベスパ。
「アシュ様、小竜姫たちの起こした暴動ですがメドーサによって鎮静化しました。小竜姫は取り逃がしたようですが暴動に加わったものの多くを捕らえることに成功したようです。
それから……」
淡々とした報告に、アシュタロスは一言「ご苦労だったな」。
すぐに机上の書類に視線を移すが、いつまでたってもベスパの気配は動かない。
まだ何かあったかと目をやれば、彼女はアシュタロスよりわずかにズレた場所をなにやら思案気に見つめていた。
ベスパの視線の先、アシュタロスの斜め後ろ。天井からぶら下がる鳥籠のようなソレ。
ソレを見て、嗚呼と納得した。
「気になるか?」
何気なく問えば、ようやく気付いたベスパはしばし逡巡していたが、やがてこくりと頷いた。
鳥籠の中身は宇宙の卵。
うかつに近付いても吸い込まれぬよう術が施されている。
「あの二人は――お前の姉もあの男も、幸せだ。この中で」
あの時。恋人か、世界か。
選択を迫られた少年はひどく動揺していた。
誰よりも優しい、純粋な少年はどちらも選べずただ迷っていた。
そこに隙があった。
エネルギー結晶を、文珠を持つ手から力が抜ける。
一瞬で充分。
霊波砲で横島を吹き飛ばし、エネルギー結晶を取り戻す。アシュタロスには充分だったのだ。
「しまったっ!!」
美神やおキヌが動くよりも、その状況で誰よりも先に動いたのは横島。
アシュタロスの手の中のエネルギー結晶。
絶望的だとはわかっていても、彼は手を伸ばした。
「……ッルシオラ!!」
叫んだのは、愛しいひとの名。
――もしかしたら選択は、はじめから成されていたのかもしれない。
そしてコスモプロセッサを使い世界の全てを変革するなかで、アシュタロスは横島の魂を捕らえ、ルシオラを復活させた。
ソレは多分に気まぐれもあったであろうが、人の身でここまで邪魔をしてくれた横島に敬意を払ってのこと。
そしてある程度記憶を改竄し、これまでの世界と近い世界を持つ宇宙の卵を創りその中に二人の魂を放った。
孵らぬ卵の中、二人は幸せな夢を見る。
偽りにして真実の世界の中で、緩やかな日々に浸りながら。
永遠の揺り籠の中、恋人たちは安らかなる夢を見る。
孵ることの無い卵の中で、孵らぬ夢を見続ける。
END
後書きという名の言い訳。
はじめまして、初投稿かつ初SSな灯月といいます。
皆様の素敵小説に当てられ思わず…。場違いです(ガタガタブルブル)。
至らないところばかりの新参者ですがよろしくお願いします。