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「歩む道(第十一話――横島の七)(GS)」

テイル (2005-09-13 02:19)
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 横島は身体を抱えるようにして丸くなって、空中に浮いていた。その目に光はなく、視線はただ虚ろに向けられている。おそらく何も見えてはいないだろう。見ようともしていまい。まるで呆けてでもいるかのように、無表情の横島は瞬き一つしていない。
 しかし違う。横島は呆けてなどいない。感情がないように見えるのは、深い深い悲しみにその身を沈めているから。過ぎた悲しみは、人から表情を奪う。
 横島は今、絶望を噛みしめながら時を過ごしているのだ。この暗く深い自身の心の中で、たった一人で……。
 無表情の中に、一つだけ感情らしきものを見せているものがあった。それは空洞のような目から、ただただ溢れ続ける涙である。頬をつたり、顎からぽたりぽたりと止めどなく湖面に落ちる。その度にぴちゃんぴちゃんと音をたてながら、涙を中心に水面は波紋を描くのだ。
「………」
 目線の高さに浮かぶこの横島の姿に、普段の彼を知る令子達は言葉もなかった。
 おキヌに導かれて向かった先に、この横島を見つけたのはつい先ほどのことだった。足を進めていると、暗がりからしみ出るようにその姿を現したのである。
 その幽鬼然とした雰囲気に、まず普段の横島しか知らない獣娘達がショックを受けた。こんな横島は知らなかった。いつも元気で馬鹿をやっていて、それでいて自分たちを包み込もうとするあの雰囲気は欠片もない。深い悲しみに打ちひしがれ、弱り切っているその姿に、彼女達もまた打ちのめされた。
 夢を見たときから、予想してしかるべき事だった。横島が悪鬼になってしまうほどのものなのだ。既に別人といっていいこの姿に、シロとタマモは自分たちの認識の甘さを知った。
 一方令子とおキヌは、その顔に悲しみの表情を浮かべ、じっと涙を流す横島を見ていた。その顔にシロ達ほどの驚きはないが、悔しげに唇を噛みしめている。
 ルシオラを失ったあの時、横島は令子にすがって泣いた。あの時の姿を、令子もおキヌも忘れることはできない。あんなに横島が大声で、子供のようになく姿を忘れられるはずがない。そして令子達は、あれこそが横島が本気で悲しんでいた姿なのだと、そう思っていた。
 だが違った。
 横島が心の奥底から打ちひしがれている姿は、今目の前にある。今まで自分たちは、わかったつもりになっていただけだと……令子達は知った。
 絶望に身を任せ、あまりの悲しみに表情すらなくした横島の前で、少女達は一様に立ちつくすのだった。
「先生……」
 やがてシロが最初の一歩を踏み出す。横島に近づくと、その身体に腕を伸ばした。
 震えそうになる手で、そっと壊れ物を触るようにシロは横島に触れた。ジージャンにジーパンといういつもの服装はびしょびしょに濡れていて、指先から横島の身体の冷たさが伝わる。
「先生……」
 つつくように、身体を揺らしてみる。しかし横島は何の反応も見せない。何も気づかないように、変わらず涙を流し続けている。
 次に令子達が続いた。シロと同じように横島に触れる。
「横島くん……」
「横島さん……」
「ヨコシマ……」
 四人の手がそれぞれ横島に触れた。愛しさと切なさと、悲しみ。横島を思うが故にあふれ出る感情が、少女達の指先から横島に流れていく。
 その心が通じたのか。横島の目に微かな光が灯った。思わず横島の目を覗き込む少女達の前で変化が起こる。
 横島の目からは依然として涙が流れていた。その雫が不意に深紅に染まったのだ。
 血の涙。
 目を見開いた令子達の前で、血の涙は他の雫と変わらず湖面に流れ落ちる。
 そして……落下した深紅の雫は他の涙とは違い、波紋の代わりに眩いばかりの光を放った。
 光はある光景を映し出す。記憶の扉を開いたときと同じだった。
 それは暗く深い自分自身という檻の中、もっとも触れられたくない記憶と想い。
 大切なものではない。解き放ってはいけないものだからこそ、心の奥深くにあったもの。
 横島の、闇の記憶と想いだった……。


 横島を中心に輝いた光は、圧倒されるほどのスケールである光景を映し出した。どうやらこの広大な空間全体に、光は映像を映しだしたらしい。
 泣き顔が映っていた。耳を覆いたくなるような叫びが聞こえた。
 助けを呼ぶ声だ。そしてそれをあざ笑う声も聞こえた。
 空間に映し出されている光景は、いくつもいくつその内容を変えた。しかしその本質は変わらない。
 それは、悪意に踏みにじられる光景。横暴に引き裂かれる光景。理不尽な力によって、全ての未来が閉ざされる光景だった。
 涙が嗜虐心を煽り、泣き声は喜悦を呼ぶに過ぎず、希望は絶望に取って代わる。
 理不尽が巣くっていた。綺麗なものほど、汚されていた。思わず身体が震えるほど、醜い人間の性が見えた。
 光景がその趣旨を変えた。
 次に映し出されたのは、視界一杯に拡がる血と臓物の宴だった。脳が飛び散り、自分の血と臓物の海で泳ぐ数多くの人間がそこにいた。
 そこかしこから怨嗟の声が立ち上る。そしてそれをかき消すかのように爆音が鳴り響く。まるで虫けらのように、容易く消え去る命、命、命……。
 安寧と平安を求めていた純粋な魂であればあるほど、犠牲になった。
 安寧と平安を求めていた純粋な魂が、闇色に染まった。
 そこでは人の命は銃弾よりも軽い。
 正義はなく、悪しか存在しない。
 命を奪うという悪行が正当化されていた。互いが互いを正義だと信じ、麻痺した心は品性という言葉をどぶに捨て、良心という言葉を踏みしめた。
 狂っていた。
 しかしこの光景こそが、この世界で人間という種が繰り広げてきた大部分だ。
 繰り返され繰り返され行われてきた所業だ。
 今も昔も、そして未来でさえも……決してなくならない、罪悪だった。
 この世界は綺麗なものではない。
 信じれば裏切られ、弱いものは淘汰される。
 博愛など夢でしかなく、紙切れが人の命よりも価値がある。
 踏みにじるものと踏みにじられるものの、冷たく厳しい世界。
 口だけの正義が横行し、正義と偽善はほぼ同義。
 うまい話には裏があり、悪い話は最悪の上を行く。
 汚い世界。息をするのも苦しいほど……。

 表面から見るだけではわからない、世界の醜さがここにあった。


 光が収まった。四人は横島に触れたまま、微動だにしない。
 おキヌは震えていた。夢を思い出したから。
 シロとタマモも震えていた。夢を思い出したから。
 この世界がどれほど愚かで、醜くて、汚いか彼女達は夢で知っていた。人間という生き物が、どれほど残酷になれるか、どれほど冷酷になれるか知っていた。
 弱者を嬲ることに喜びを感じることを知っていた。それを思い出したから、彼女達は震えた。
 令子も震えていた。夢を思い出したから。
 彼女は横島が闇に落ちることを知っていた。そしてそれを阻止するためにここに来たが、横島を闇に落とすその理由までは知らなかった。
 しかし。
「横島くん……」
 今の映像が、彼女にその理由を教えた。
「あなたは、後悔してしまったのね。彼女と引き替えにした世界だからこそ、その現実を認められなかったのね……」
 横島の瞳から零れ落ちた涙が、令子達の足下を歪めた。


 美神除霊事務所の遙か上空で、その男は月の光を浴びていた。黒ずくめの服装に、蒼くさえ渡る月の光が照りかえっている。
 男は雲よりも高い場所にその身を浮かせ、眼下に遠く除霊事務所を望んでいた。その目はしかし、現実に見えるものを見ているわけではない。人工幽霊壱号の目をごまかして事務所内に紛れ込ませた黒文珠の力を使い、事務所の様子を直接視ているのだ。いや、視ているのは事務所の中だけではない――。
 黒ずくめの男は、ふんと鼻を鳴らした。
「ご名答。その通りだよ、美神さん」
 横島の夢の中奥深くにて紡がれた言葉に、黒ずくめの男は一人ごちた。
 その言葉を耳にする者は誰もいない。
「俺の時は、その事に気づいてもくれなかったな。……ま、夢の世界に来るなんて事もなかったけどな」
 つまらなそうに呟かれた男の声は、冷たい風に吹かれて消えた。

 


 あとがき。
 ラストまで投稿しようかと思います。
 のんびりと。

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