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「小笠原エミの心情10(GS)」

テイル (2005-09-03 03:16)
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 唐巣神父は教会の入り口に立つと、清々しい朝の空気を吸い込んだ。空には太陽が眩しく輝き、雲が緩やかに流れているのが見て取れる。今日も一日いい天気になりそうだ。
 軽く伸びをすると、神父は朝食を取りに裏庭に回った。そこには以前空腹で倒れたときに、令子達によってたかって(この表現がもっとも適正と思われる)作られた家庭菜園がある。単なる家庭菜園ではない。令子達が呪術によって作成した野菜達は、仮初めなれど命を持っている。その存在意義は神父達に食べられることだ。
 最初は戸惑うこともあったが、近頃では神に感謝しつつ彼らの命を捧げてもらっている。望んで食べられているとはいえ、神父達ほど普段食べている他の命を実感し、かつ感謝をしているものはいないだろう。これはこれで得る物があったのかもしれない。そう思う神父である。
「タベテタベテーーー!!」
「おおっと。よしよし、大人しくしていてくれたまえ」
 うきうきわくわく、今にも暴れ出しそうな野菜達をその腕に抱きながらあやす。これができない最初の頃は、野菜を取りに行くたびに全身を野菜ジュースで濡らしたものだった。
「さて」
 両腕にいっぱいの野菜達を抱えた神父は、教会に戻ろうと正面入り口に向かって歩き始めた。そしてその足が、聞き慣れた声にふと止まる。
「この声は……」
 見つからないようそっと角から正面入り口を窺うと、そこにはピートと、彼に頭を下げているエミがいた。
 神父が見守る中、エミが下げていた頭を上げた。そしてその顔に透き通るような目の輝きを見たとき、神父はエミがここに何をしに来たのか悟った。
 ピートがエミに向けて首を横に振った。それを見たエミは再び頭を下げると踵を返し、そしてそのままピートに背を向け歩き去る。一度も振り向くことなく……。
 完全にエミの姿が見えなくなった後、神父はピートの元に歩み寄った。
「………」
 神父が側に来たことに気づかないはずはなかったが、ピートが神父に顔を向けることはなかった。じっと、エミが歩き去った先に視線を注いでいる。そんなピートの横に立ち、神父も何かを言うわけではなく、ピートに倣ってエミが去った方向へとその双眸を細めた。
 緩やかな風が二人の間を通り抜けていく。
 やがてピートが口を開いた。
「ごめんなさい。さようなら……エミさんは、そう言いに来ました」
「そうかね」
 ぽつりと呟くように漏れたピートの言葉に、神父は一つ頷いた。
「そのことが悲しいわけではないんです。エミさんに恋愛感情は持っていませんでしたし……。でも、なんだかここがおかしいです」
 胸を押さえながら、ピートが俯く。
「これは……この感情は、何なのでしょう……?」
「そうだねぇ。……他に、エミくんは何か言っていなかったかい?」
 ピートの問いに答える言葉を、神父は持っていた。しかしあえてそれを口にはせず、逆にピートに問いかける。
「前に進むことにした……そう言っていました。僕を見ていたのは、アイドルに憧れる少女のようなものだったと。その人本人を見ているのではなく、輝かしく魅力的な存在に思いを寄せることによって、夢を見ていたのだと……そう言っていました」
「そうか。ピートはヴァンパイアハーフだからね。人にはない美しさが、君にはある。……彼女は望んで幻想を見ていたんだろう」
 神父はエミの過去を知っていた。この業界も長い。知ろうとしなくても、時には自然に耳にはいることもある。だからこそ神父は、エミが何を考えていたのかなんとなく知ることができたのだ。
 エミは幸せから遠ざかろうとしていたのだろう。そしてそんな自分を慰めるためにピートにアタックをしていた。彼のこの世ならざる美しさに熱を上げることによって、幸せという夢を見ていたのだ。もちろんピートがエミの思いに応えないことは予測済みだったはずだ。
 彼女は夢に恋することによって自分をごまかし、現実の幸せを拒んでいた。しかし今日、彼女はその夢に別れを告げに来た。
「歩き出した……か。それは、とてもいいことだね」
 神父は踵を返すと扉に向けて歩いた。そして入り口の所で立ち止まると、肩越しに振り返る。
「君も、負けていられないね」
「先生……?」
「朝食にするよ、ピート」
 そう言って神父は教会の中に入っていく。その後ろ姿を見ながら、ピートは一人ごちた。
「負けていられない……?」
 神父の言葉の意味を、ピートは漠然と考えた。そして一つの答えにたどり着く。
「そうか……」
 エミは歩き出すと言っていた。そして神父は、負けていられないねと言った。
 エミが歩き出したことに対して負けたというのなら、それは自分が歩き出していないということになるだろう。そして確かにそうだと、ピートは思う。
 GS試験の時、ピートはヴァンパイアハーフである自分を肯定することができた。しかしそんな自分がこの世界で、果たして幸せになって良いのだろうか。幸せになれるのだろうか。そう考えないことはない。横島やタイガーなど、彼の人外ぶりを気にしないものが身近にいることで救われているが、自分が化け物だということを忘れたことはない。
「前を向いて歩く……。難しいですよ、先生」
 エミが何故自分と同じように、迷い立ち止まっていたのかピートは知らない、わからない。ピートにとっては、エミという女性はとても綺麗で優しくて、非の打ち所のないように感じる事もあるくらいなのだ。
 しかし本当に自分と同じように正面から目を背けてきたのなら、前を向いて歩くと言うことがどれだけ険しい道か、彼女にもよくわかっているはずだ。
「僕は未熟です。エミさんのように、歩き出すことはまだできそうもない。でも、あなたの未来に祈りを捧げることはできる」
 彼女の敵とは誰なのだろう。ピートと同じように、人間社会だろうか? それとも、呪うべき自分自身なのだろうか。それはわからない。ただ、エミの行く先に幸福が待っていることを願って止まない。
 ピートはエミへの祝福の言葉を口にすると、十字を切った。


 その日の夜。都内のバーに令子は訪れた。落ち着いた雰囲気が漂うバーで、令子本人も幾度か足を運んだことがある。しかし今夜ここを訪れたのは、自分の意志ではなかった。呼び出されたのだ。
「こっちよ」
 入り口でたたずんだ令子に、先にカウンターでグラスを傾けていた女性が振り向く。令子は黙ったまま歩き、隣の席に腰を下ろした。
「マティーニ」
 バーテンにまず注文した後、令子は自分を呼びつけた相手に口を開く。
「珍しいこともあるじゃない、エミ」
「まあ、たまにはね」
 少しだけ不機嫌そうに鼻を鳴らした令子に、エミは笑う。
 普段から犬猿の仲と言われているだけあって、基本的にこの二人は仲が良くない。といっても悪くはないともいえる微妙な関係だ。端から見ていると、お互いじゃれているだけじゃないかと感じることもあるほど。結局は気が合うのだろう。
 だがさすがにこうして二人きりで飲むことなど、これまで一度もなかったかもしれない。
 令子はバーテンダーからカクテルを受け取ると、グラスに口を付けた。
「で、いったい何の用よ」
「んー、何だと思う?」
 エミは素直に応えず、意味ありげな視線を令子に向けた。その目に浮かぶ愉快な色に令子は眉をひそめる。どうやらエミを楽しがらせる何かがあるらしいが、それイコール自分が不機嫌になる可能性が高い。
 それでも聞かずに帰る気にもなれず、とりあえず軽口を叩く。
「どーせ、またなんかくだらないことでしょ?」
「んー、横島のことなんだけど?」
 その一瞬、確かに令子の動きが止まった。それを見逃すエミではない。にんまりと笑いながら令子の顔を覗き込むように見た。
「んっふっふ。いい反応なワケ」
「……何がよ?」
「おたく、本当に分かりやすいワケ」
「だから!! 何がよ!!」
「だから、横島の事よ。好きなんでしょ?」
 令子の口からアルコールが噴出した。見事な毒霧である。狙っていないのにこうなるところが、まさに芸術的かもしれない。
「いい反応よね、ほんと」
「あんた、いきなり何言ってんのよ!!」
 ヒートアップし詰め寄る令子に、慌てずエミは言った。
「昨日ね、横島とデートしたの」
「っ!」
 その言葉が確実に令子に影響を与えたことを見て取った後、エミは続けた。
「丸一日つかず離れず一緒にいて、夜は二人でお酒を飲んで、その後運動してから私の部屋で抱き合って寝た」
 事実である。しかし捉えようによっては、かなり誤解を招く言い回しでもある。……無論わざとだ。
 エミの目論見通り、令子の顔から血の気が引いた。どうやら狙った通りに誤解したらしい。
 口をぱくぱくさせる令子の様子を堪能した後、エミは笑いながら言った。
「ちなみにおたくが考えているような、特別な何かがあったわけじゃないワケ。ただ昨日あいつとちょっとしたやり取りをして……私に変化はあったけれども」
「……何があったってのよ」
「それは秘密。それより令子……もう一度聞くワケ。横島のこと、好きなんでしょ?」
 みるみる顔を赤くしていく様子は、言葉よりもよほど雄弁にエミの問いに答えていた。しかしそれで満足はできない。あくまで、令子本人の口から聞かなくてはこうして呼び出した意味はない。
 エミは令子を真っ直ぐに見つめた。その視線に気づいている令子は、彼女の視線から逃れるように目をそらす。しかしやがて、茹で蛸のような表情のまま、正面からエミの視線を受け止めた。
「……そうよ」
 か細く、店に流れる音楽に消えてしまいそうなほど小さい声だった。しかしそれでも令子本人の口からはっきりと述べられたことは事実だ。
「ふん。ま、今ので大目に見るワケ」
「って、あんた一体何がしたいわけ!?」
 完全に振り回される形となった令子が声を荒らげる。無理もない。美神令子という女性が、ここまで自分のペースを乱すのも珍しい。まあ大体、横島がからむとこうなるのが常であり、それをごまかすために神通鞭が唸る……というのが日常茶飯なのだが。
 その事を知るエミは、令子の様子にただ笑うだけだ。
「いやー、あいつがからむとおたくは面白いわ」
「あんたね!!」
「ま、ま。そろそろからかうのは終わりにするから」
(からかってやがったのか……)
 思わず拳を握りしめた令子に、笑い顔を引っ込めたエミは言った。
「宣戦布告なワケ」
「……は?」
「だから、宣戦布告。付き合いも長いし、あいつに一番近い女っていったらおたくだと思うから。本当は黙って猛アタックってのが正解なんだろうけど、悪友のよしみなワケ」
 エミの言葉を令子は丹念に咀嚼した。
 あいつとは誰だ? 
 一番近いのが自分?
 悪友のよしみって……?
 そして、宣戦布告とは?
「……うそ」
 その全てが一つの事実を示している事を理解するのに、令子はしばらくかかった。いや、本当はすぐにわかったのだが、まさかとの思いから否定材料を探して手間取ったのだ。しかも、もちろん否定は出来なかった。
「エミ……あいつを?」
「結構ライバル多そうなんだけどねー。なんであんなのにみんな惚れるんだろと思っていたけど……なかなか慧眼だった、としか言えないワケ」
 エミは立ち上がった。カウンターに置かれたグラスにはまだ中身が残っている。しかし用事が済んだ今、ここに長居する理由はない。
「あ、あんた……ピートは!?」
「今朝、会って謝ってきた」
 令子の喉がごくりと鳴った。
 本気だ。本気でエミは横島を好きになった。その事を令子ははっきりと理解した。
 エミは呆然とした表情を浮かべる令子を背に歩き出した。そして店のドアの前で立ち止まると、肩越しに振り返った。
「ねえ、令子。……幸せを求めるって、素晴らしい事ね。涙が出るほど嬉しい事ね。自分の中の気持ちと、真っ直ぐ向き合えるというのは……胸が温かくなることなのよね」
「エミ……」
「おたくは私のライバルなワケ。不戦敗だけは……するんじゃないワケ」
 人を好きになると言う奇跡……。しまい込み、目をそらすには惜しい感情だ。
(でも……敵に塩を送るのはこれが最後なワケ)
 令子を置いて店から出たエミは、腕を組みながら考える。
(さて、どうやって横島の心を射止めよう)
 こんな事を考えるのも、初めての経験。一つ一つが新鮮で、一つ一つが嬉しかった。今まで自分が人生というもの楽しんでいなかったことを、改めて実感する。
(あ、満月)
 月光の下、風が優しく身体を撫でていった。
 自分が身を置いていた夜の世界。その夜を優しく感じたのも、これが初めての経験だった。


 これから彼女達の未来がどう転ぶのか……それは誰も知らない。
 しかしその結末が呪われた未来でないことだけは確かなのだろう。
 彼女達は前に向けて歩き出したのだから。

 昨夜に続き、月は静かに彼女達を見守っている……。


あとがき

これにて終幕。
なかなか思い描いたようには書けないものですなぁ。

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