深夜。
美神除霊事務所の美神の私室。
この部屋の主、美神令子は人知れず悩んでいた。
「ああああ…どうしよう〜…」
ベッドに横たわりうめく全裸の彼女の横には、同じく全裸の煩悩少年の寝姿があったのだ。
美神をよく知る人物がこれを見たなら、何を悩む必要があるのか、と思っただろう。
彼女が横島少年に秘めたる想いを抱いていることは周知の事実だったからだ。
当人は否定していたが、彼を独り占めしようとする行動は周りにばればれであった。
なので、ついにこうなったとして彼女が困るとは誰も思わないだろう。
だが実際、彼女は困っていた。
後悔すらしている。それを否定する気持ちもあるのだが。
色々な思惑が滅茶苦茶に絡み合って、どうしていいかわからなくなってしまっていたのだ。
事態は結構複雑である。
なにせ、
「偶然にしろなんにしろ、折角上手く歴史を変えられるかもしれないって矢先に、なんでこうなっちゃうのよ〜…」
彼女は数ヶ月先の未来から、精神だけ逆行してきた存在だったのだから。
美神の意識では昨日。
シロとタマモを留守番に残し、三人で執り行った除霊の最中。
不意打ちを見破られて敵の雷撃をまともに受けてしまった美神は、精神だけが過去に移動してしまった。
移動した先は壊れたはずのマンションの自室。カレンダーの日付はアシュタロス戦の開始、虫娘達の来襲数日前。
とりあえず朝を待って事務所に出てみたが、おキヌはあの時に一緒に逆行してきた様子はなかった。
で、どうしようかと考えていると、出勤してきた横島がセクハラしてくる。
この時代のこいつには遠慮は要らないとばかりに全力で突っ込むと、思いのほかいい当たりをしてしまった。
床で痙攣する横島に、やりすぎたか、と慌てて手を伸ばすと…
「甘いっ!」
「!?」
腰のばねだけで跳ね起き、そのままの勢いで美神にタックルをかけてきたのだ。
ここでちょっと説明が入る。
未来での横島は、ルシオラの時に相手の気持ちを考えていなかったと悔恨したこともあり、直接的なセクハラは控えていた。
いきなり飛び掛るのをやめただけで、女性を見るとナンパしたり、写真を撮るのは止めていなかったが。
必然的に、美神には横島のセクハラ時の高速の動きにブランクがあった。
よって、美神はタックルを完全にまともに受けてしまい、後ろのソファーに押し倒されてしまう。
「「…え?」」
お互いに意外だという顔で見つめあう二人。
さらにもう一つ。
美神は、この時代の横島は自分を一番慕っているはずであると知っている。
未来においては、横島の自分への気持ちはルシオラには負けているんじゃないかと自虐的な思いもあったが、この時代なら別だ。
さらに言えば、この先放っとくと取られるのだ。
頭にすっかり血が上りきった美神は、
「………」
ぎゅっ…
「!!」
横島の背に手を回したのだった。
そして現在。
やることやりまくって一眠りして夜中に目が覚めた美神は、状況を把握した後顔を青くした、というわけである。
気持ちよかったとか優しかったとか、そういう感想はとりあえず後回しだ。
時間移動したことを確認してからすぐ、彼女はこれからどうするかの算段を立てていた。
冥界とのチャンネルが封鎖されだしているはずなので、もう時間移動も封じ始められている可能性が高い。
ヒャクメなどのナビゲーションもない状態での時間移動は危険なので、今すぐ慌てて時間移動するわけにもいかない。
つまり、アシュタロスをもう一度倒さないと、元の時間軸に戻ることは出来ない。
それ以前に、過去の自分に上書きする形の時間移動は元に戻れるのかどうかも判らない。
さらに、美神が未来の記憶を持ってる時点で、彼女の知る過去とは違ってしまっている。
ということは、いくら宇宙意思がアシュタロスの敵になるだろうとはいえ、無事に倒せるかどうか判らないということだ。
臨機応変に対応するしかない。とりあえずはなるべく歴史をなぞろうと考えて、大まかな方針を決める。
そこで問題になるのがルシオラだ。彼女らの直接の知り合いでは、唯一の犠牲者。そして、あのまま生きていればおそらく横島の彼女。
かといって歴史どおりそのまま進むと、彼女が死ぬことで横島の心に傷が残る。
それを機に彼が大人っぽくなってきたようにも思うが、やっぱりあの悲しみ様を知る者としては、悲しまないでいられるならその方がいいと思うのだ。
(でも、変更しようとしまいと、思い通りに歴史をいじるのはみんなを騙してるようなもんだわ。さすがに罪悪感があるわね…)
などと、横島の心の傷と自分の未来について義理人情や何がしかを盛り込みつつ天秤を傾けていたのが…
全てご破算なのである。
「あああああ…この色ボケした脳みそが憎いぃ…」
後先考えずに、やりたくなっちゃったからやる、ではまるで中学生並だ。
ここで自分と横島が恋人になったら、横島が逆天号にいるときの行動も多かれ少なかれ違ってしまうだろう。
最悪、いきなり殺される可能性すら考えられ、そうでなくても、ルシオラは味方にならないかもしれない。
アシュタロスを簡単に倒す手段として、南極で横島が“模”の文珠を使ったときに助言し、いきなり倒してしまうと言う方法を考えていた。
だがここまで話を進めるためには、自分と横島が無事に南極にまでたどり着かないといけない。
最低限、横島が自力で逆天号から戻ってくる時までは歴史と同じに…と考えていたプランが、全て水の泡だ。
数時間前の自分に突っ込みを入れたくてしかたがない。
もっとも、いくら突っ込みを入れてもあの時の自分は正気に戻らなかっただろうとも思う。
だからと言って、一時の快楽で全て台無しにした自分が許せるわけもない。
第一、この横島は自分とは過ごした時間や経験が違う。中世のときのように短時間の差でもないし、結構な割合で別人だ。
横島なら何でもいいのか、と自分に愚痴る。その言い方はおかしい、と自己突っ込みが入るので、まだ気分は落ち込みきっていないようだ。
「うう…とりあえずシャワー浴びながら先を考えるか…」
重い体を引きずるようにして、微妙にがに股の美神はバスルームに消えた。
「…ふが?」
美神が身動きしたことで、横島も目覚めた。
周りを見渡して、美神の寝室であることに驚き、しばらくして状況を飲み込む。
「美神さんは…この音はシャワーか。…うーむ。今ならその姿を完全に思い浮かべられる…」
しばらくの間顔をにやけさせていた横島だったが、ふと真顔に戻る。
そのまま数分も考え込んでいただろうか。やにわに自らの手で股間を強打した。
「この考え無しが! 歴史が大幅に狂っちまったじゃねえか! どーすんだこの先!?」
何と、この横島も未来から戻ってきた者であった。
雷撃を受けた美神がとっさに横島も巻き込んで時間移動を発動させていたのである。
横島の方も、自宅で気がついて時間移動したことを理解した後、元に戻れるか、歴史をどうするかとか色々考えたのだが…
「くそー。久しぶりに遠慮のない突っ込みを受けて、理性が飛んじまった…」
未来においては美神も、無意識的に横島への突っ込みに手加減が入っていた。
親しい人間が自分に遠慮しているというのは少々不愉快なものである。
よって、遠慮無しの突っ込みを受けた横島は嬉しくなって、久しぶりに全力の飛び掛りセクハラを美神に敢行したのだ。
誤算は、美神の方がそれに対応できなかったこと。それと、美神が横島を受け入れたこと。
それを思い出してまた崩れだす顔をなんとか引き締め、これからどうするかを考える。
「つってもなあ。どうも俺の知るのとは違う過去に来ちまったみたいだし…」
メフィストの記憶を思い出した状態の美神ならともかく、素の美神が自分に抱かれるとはとても思えない横島。
ここは平行世界とやらかもしれない。となると、一緒に時間移動したはずの美神は別の時代に飛んだのだろうか。
元の時代と異なる世界の美神を抱いたのは浮気になるのか? と悩む。なんとなく両方の美神に謝罪する。
「この分だと、俺の記憶は全然頼りになりそうにないな…。帰れるのかな、俺?」
アシュタロスさえ何とかできれば、上手くいけばルシオラと美神で両手に花。
帰れなくてもいいかもしれない…などと考え、慌ててかぶりをふる。
「いかんいかん。ある意味俺がみんなを騙してるようなもんじゃないか。一応良心が痛むしな…」
というか、ばれたら二人に殺されるかもしれない、とまで考えて横島は怯え、シーツを被りなおした。
シャワーを浴びながら頭を抱える美神。
シーツに包まれながら怯え震える横島。
二人分の異邦者を抱え込んだこの過去は、どうなるのか。
「「これからどうしよう…」」
それは誰にも判らないのだった。
END?
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