第十五話
「御主はキリスト教徒じゃったな?」
「ええ、そうです」
あの後、何時も修行に使っている異空間に向かうとハヌマンが一人でキセルをふかしていた。
横島が昨日の晩出会ったと言ってあったので、ハヌマンだと言う事は簡単に判明したのだが、問題が一つだけあった。
小竜姫が来ないのだ。
そして、三十分ばかり雑談を繰り広げている所なのだが、未だに小竜姫は現れない。
「……それにしても小竜姫は何をやっとるんじゃ?」
「いや、まぁ、何と言うか、西条君、頼んだ」
「別に良いですけど、簡単に言えば、小竜姫様は横島君に可愛いと言われ、照れて目にも止まらぬ速さで何処かに駆け去って行きました」
「そ、そうか」
唐巣神父は言葉を濁したが、西条がキッパリと事実を告げるとハヌマンは苦笑を浮かべる。
「小竜姫も、アレで恋愛経験も無い小娘じゃからなぁ」
「ああ、やはり?」
「それに性格もまっすぐ過ぎるから解り易いじゃろう、色々と」
「まぁ、確かに」
ハヌマンの言葉に唐巣神父と西条はちらりと横目に横島を見て苦笑を浮かべ、鬼道と横島はどう言う事かわからずに首を傾げる。
鬼道がわからないのは仕方が無いとは思うが横島は鈍過ぎると西条と唐巣神父は苦笑を更に深め、ハヌマンは平行世界においての横島と小竜姫の関係を理解しているだけに二人とは違う意味で苦笑を深める。
「小竜姫は確かに強い、剣術のみの勝負ならば、な」
「剣術のみっスか」
「うむ、剣術は一流と言えるじゃろうが、戦となれば、まだまだ、じゃ」
「……実戦には弱いって事ですか?」
「アヤツが生まれて千余年、神と魔の大規模な争いは起こらんかったし、一部の魔族や妖怪が暴れる事はあってもほとんどが人間の手によって処理されとったし、妙神山に括られとるから出張る事が出来ても中国近辺まで、数度実戦を経験した事はあっても小竜姫よりも弱い相手しか居らんか、協力者の人間が牽制をしたりしとったからな」
「小竜姫様はただ目の前の敵を倒せば良い、そう言う状態だった、と」
「平和に越した事はないんじゃが、はぁ」
小竜姫が横島忠夫に関わった事件の数々と、報告書で確認したその際の経緯を思い返し、深々とため息を吐き出す。
人と神での育成期間と基本とするべき部分に違いがあり、神としては一端の武芸者を名乗るにはまだまだとは言え武神を名乗り人を指導するだけの力と技量を持つ小竜姫。
だが、ただそれだけだ。
搦め手や外道と分類される行動に対しては警戒よりも嫌悪が先に立ち、感情に引き摺られて冷静な判断が出来ずにあしらわれる。
簡単に言えば、小竜姫は銃を与えられた素人、メドーサは戦場を知っている兵士。
メドーサの側に立っている人間と言えば、平行世界の美神令子などがその際たる例だろう。
力及ばず、技量及ばずとも駆け引き、精神的攻撃、トラップ、囮(横島忠夫)、持てる全てを用い、最も有効な時に最も効果的な形で全てを持って行き、己の目的を果たす。
時折、詰めを誤ったり、油断したりする事はあっても、基本的に戦闘はほぼ完璧にこなしていた。
ハヌマンが愚痴っているのは、そんな弟子を育てた唐巣神父が相手だからかもしれない。
まぁ、美神令子の戦闘スタイルは唐巣神父と言うよりも、幼い頃からずっと見てきた美神美智恵の戦闘スタイルを模倣し、それをさらに自己流にアレンジした形と言う方が正しいのだが。
「えっと、とりあえず、唐巣先生達の修行、始めちゃったらどうっスか?」
「ん、ああ、そうじゃな」
平行世界の記憶があってそれで情けない弟子の姿を思い返してしまい、色々と鬱憤が溜まっていたのか何か危険な事まで暴露しだしそうな師をもう一人の弟子が止める。
師の方も未来の事を語りだしかねなかったのか、渡りに船とすぐに話題を切り替える。
本当の意味で危機一髪だったらしい。
「それでじゃな、唐巣と言ったか、御主はこれを読み解き、理解すれば良い」
「これは、精霊魔術に関する魔道書、ですか」
唐巣神父はハヌマンが何処からか取り出した一冊の古めかしい書を受け取り、それの中を軽く流し見てそう呟く。
おそらく修行をしている間に様々な書物に目を通した成果なのだろう、さほどの労無く目を通し、そう確認をとる様に言う。
「元より御主は除霊の際に精霊の力を借りとったらしいからの、これについて学べば今よりは確実に強くなるじゃろ」
「……感謝します」
そう告げ、嬉しそうに書に目を通し始める。
唐巣神父、相当やる気になっているらしい。
「西条、御主にはコレじゃな」
そう言ってハヌマンが取り出したのは、横島に渡したモノとは違う西洋剣。
西条は無言で受け取り、それを鞘から抜き放って固まる。
横島の刀と同じく、霊剣ではないのは確か。
両手でも、片手でも扱える長さの柄を持った、バスタードソードと呼ばれる長剣。
質は悪くない。
と言うか、はっきり言って並みの刀剣と比べるのもおこがましいほどの一品だ。
西洋の剣は基本的に溶かした金属を鋳型に流し込み研ぐ、西洋における戦いは腕力で叩き斬るか、剣の重量と膂力の両方でもって叩き潰すか、もしくは研ぎ澄ました切っ先で突き刺すかのどれかが基本だから、ここまで軽く、鋭いモノは無いだろう。
「御主は、横島と同じくそれを霊剣にせい」
「はい」
やはり、西条の表情も明るい。
これから修行が始まると言うのに、嬉々として霊力を送り込んでいる様は何処か子供っぽい。
(自分専用の武器を自分の手で仕上げるって言うと、なんか嬉しいんだけどな、確かに)
横島も、そんな西条を見ながら苦笑する。
まぁ、自分も同じ事をしているから、爆笑出来なくて苦笑に留めているのだろうが。
「で、御主にはこれじゃな」
「これは……卵?」
鬼道の手に渡されたのは三つの卵。
サイズは大体ウズラの卵と同じくらいの大きさで、見た目はほとんどただの卵でしかない。
ウズラの卵との違いと言えば、その殻が血の色をしている、と言う事だけだ。
……十分怪しいとも言えるが。
「それはな、式神の卵じゃ」
「これが!?」
「ま、実際は昔悪さをした妖怪を封印して、邪気その他を抜いただけなんじゃがな」
「あ~、アレか、悪さした当時の記憶消去してまっさらにして、早い話が生きたまま転生したって事っスか?」
「そう言う事じゃ、御主の霊力を喰らって成長するからの、おそらくはしばしの間、御主が本来持って居るその夜叉丸と言ったか、そやつを操るのも難しいじゃろう」
「はい」
何処か不満そうな、でも嬉しそうな、そんな複雑な表情で鬼道は式神の卵とハヌマンを見比べている。
自分に与えられたのは、修行と言うよりも使い方もわからぬ武器を与えられただけのように感じているのだろう。
「ある意味キッツイ修行っスねぇ」
「確かに、ね」
「ああ、横島君、西条君はわかっているんだね?」
そんな様子を見て取った横島と西条がそう口にし、唐巣神父も鬼道を安心させる為に同意する。
「え、これがキツイ修行って、どう言う意味なん?」
「ん~、オマエ、羽化に必要な霊力が少ない訳ないのはわかるだろ?」
「それは、まぁ」
「少なくない量の霊力を常に三鬼分吸われながら夜叉丸を操る、その状態で冥子ちゃんのように暴走させずに精密な動作が出来るようになったら、どうなると思う?」
「……あ」
横島と西条の言葉にやっと納得したのか、目が見開かれる。
簡単に言えば、四鬼の式神━━正確にはもっと多く取られるのだろうが━━に霊力を供給し続けながら夜叉丸を操る。
平行世界では霊力に余裕があったにも関わらず、十二神将の内七鬼を取り込んだ所で暴走してしまった。
夜叉丸ただ一鬼を操る事にのみ特化した結果、複数の式鬼を取り込んで均等に霊力を送り込み、操ると言う作業を行えなくなったのだ。
だが、この修行を行えば五鬼に均等に霊力を送り込む事は複数の式を同時に操れるようになる。
表向きは、そう言う事。
これは鬼道が気づかなければいけない事だから横島達は口にしないが、もう一つこの修行には別の成果がある。
霊力を用いた戦いでも、肉体を用いた戦いでも、自身に負担がかからない様にと無意識に力をセーブしているのが普通だ。
まして式神を扱うのなら、自分の身体の事だけでなく、式神の事も考えなければいけない。
十二神将のように一体一体が強力で、さほどしっかりと指示を出さずに適当に行動させるだけで結果を出す様な式ならともかく、普通はある程度使役者の思う通りに動かさなければ戦いにならないのだから。
だから、確実に相手を弱らせ、強力な一撃で止めを刺すと言うのが普通の戦い方だ。
とは言え、精密制御をしながら強力な一撃を放つ為に多くの霊力を送る等と言う事が容易に出来る訳も無い。
結果として、普通の攻撃よりも多少威力の高い攻撃を放つ事が出来る、と言う結果になる。
しかし、四鬼に均等に分配していた霊力を、一鬼に集中する事ならば容易とは言えなくとも何の精密制御をしながらの強力な一撃を放つ手段を得る道としては容易で、確実な戦力アップに繋がる方法に分類されるだろう。
まぁ、鬼を使役する以上は、常に命の危険と隣り合わせの危険な手段とも言えるが、今回の場合は強い力を持っていた鬼を卵まで戻して鬼道の霊力を与えて育て直すのだから、普通の式と比べたらその危険性は格段に低いが。
「それにしても遅いっスね、小竜姫様」
そんな事を言いながら、横島は西条に目配せしつつ立ち上がる。
「確かに」
答えながら西条も立ち上がり、軽い準備運動を始める。
小竜姫が来ない事を心配しているのも事実なのだろうが、それ以上に与えられた武器を試したくて仕方がないらしい。
それこそ、新しい玩具を与えられた子供のように。
……実際、横島は子供なのだが。
「んじゃ、ルールは何時も通りで」
「真剣でやるには危険過ぎると思うけど?」
そんな会話をしつつも、手に馴染ませる様に剣を抜いて軽く素振りをしていては説得力はないのだが、横島はさほど気にもしていない。
この会話は予定調和のようなモノだと理解しているから、死ななきゃ問題無いとか考えているのは確実だ。
「とりあえずアレだな、新しい武器に慣れる為って事で剣術だけな、今回は」
「了解」
西条は剣を抜いた状態で、横島は納刀した状態で、対峙する。
間合いを計り、すり足で歩みを進めながら徐々に詰めて行く。
体格は当然西条が上。
互いの武器の全長はほぼ同じ。
体格の差がある分、西条の方が間合いは広い。
普段は、有り得ない立場の違い。
普段は互いに陰陽術を用い横島は変幻自在の霊波刀を、西条は神通棍を用いて戦うから、間合いの取り合いは横島の方が有利だ。
横島の戦闘スタイルは陰陽術で撹乱し、近間では霊波刀を、遠間ではサイキックソーサーと陰陽術を、時折トラップを仕掛け、必勝の策を巡らせる。
西条の戦闘スタイルもそう変わりは無い。
まぁ、横島の戦闘スタイルの大本が平行世界の美神令子で、その美神令子の原型とも言えるのが美神美智恵、そして西条はその美智恵の直弟子だ。
似ていない方がおかしいのだ。
ただ、二人は美神家の二人とは違う面が幾らかある。
似た様な戦闘スタイル、卑怯な事であろうと必要とあれば躊躇いはしない精神構造、その上に剣術や陰陽術と言うプラス要素が二人に違いをもたらしている。
剣術の腕は横島が、陰陽術の腕は西条が勝っている。
だが、剣術の腕が勝っているとは言ってもそれは霊波刀を用いた上での話。
例え三年の間鍛錬を続けていても、膂力が十分でも、まだ完成していない体格や骨格が本来の技量の半分以上を出させないから。
「……な、西条、ハンデくれ、ハンデ」
「キミにハンデなんて与えたら僕が死ぬからね、断る」
「そんな訳ねぇだろ」
殺意っぽいモノを滲ませつつ、そんな戯言をほざき合う二人。
傍目には、殺る気満々に見えるだろう。
ハヌマンは修行でもそれくらいの気概は見せるべきだと思っているし、鬼道と唐巣神父は何時もの事と自分の修行に集中している。
そして、そんな場で、横島は西条の間合いに入る。
「ふっ!!」
短い呼気と共に剣が上段から振り下ろされ、それに対し横島は逆に踏み込んで懐に潜り込もうと進む。
それに大して西条は足元まで振り下ろした剣の角度を微妙に変え、足首を狙うがそれは小さくジャンプして回避。
それと同時にタイミング良く目の前に存在する西条の首を目指し居合い。
西条は剣の重量と遠心力を殺さずに沈み込んで回避しながら横に移動。
横島は刀を降りぬかずに腕力で無理やり引き戻し、心臓を狙い突きを放ち、西条は回転運動の勢いを殺さずに突きの一撃を剣で横に逸らす。
腕力差もあり崩された勢いに抗わず、逆にその勢いで西条の胴を蹴って間合いを広げる。
「ほら、普通にやって僕が死に掛けたじゃないか」
「はん、俺だって死にそうになったぞ、コラ」
二人は真顔でそんな事を言いあっているが、一振り一振りが当たれば致命傷になっていた事は確実だ。
それを笑み混じりに言い合えるのだから、互いに死ぬ事は無いと信頼しているとは言え修行のし過ぎで色々と壊れているのかもしれない。
具体的には、常識とか。
「にしても、やっぱ真剣だと躊躇いが出るな」
「普段やっている事とさほど違いは無いんだけどねぇ」
顔を顰めながら、己の手にある真剣に目を向けながらそんな会話を交わす。
視線をそらしていても欠片ほども油断はしていないのか、緊張感で空気が張り詰めている。
「……刺突で行く」
「……なら、僕は真っ向から叩き斬ってあげよう」
静かに行われる腹の読み合い。
故意に情報を与え、そこに虚実を混ぜる。
二人とも、そう言う戦法を戦いの一部としているからこそ、動けない、動かない。
二人の言葉が実ならば、西条は刺し殺される。
西条が虚を、横島が実を言葉にしていれば横島は無防備に飛び込んだ所を殺される。
横島が虚を、西条が実を言葉にしていれば西条は無防備に剣を振り下ろした所を殺される。
互いに虚を言葉にしていれば、まだ勝負は続く。
互いの構えから情報を集める。
力が篭っているか、適度に抜けているか。
何処に目を向けているか。
剣先が何処に在るか。
殺気は何処に集中しているか。
爪先はどちらを向いているのか。
体重がかかっているのは前か、後ろか。
小さな情報から大きな情報を予測し、立てた予測を更に集めた小さな情報から補足し、違和感を感じれば一から情報を組み直す。
静かに視線をぶつけ、互いの思惑を乗せて誘導し、相手の思惑に乗っているように見せかけて別の方向に誘導し、それを読み取りまったく別の方向に相手を誘導する。
筋力も、霊力も関係ない、ただの情報戦。
虚実入り乱れる、心理戦。
「……本当に、彼らは十代の子供なのかどうか時折疑わしくなるね」
「せやけど、ホンマに強い」
見過ごせぬ、見過ごしてはならぬ領域まで上り詰めつつある事を認識し、唐巣神父と鬼道の二人が自分の
修行を一時的に止めて視線を向け呟く。
嫉妬や羨望が微妙に混ざった複雑なため息を吐き出しながら。
「ん~、やっぱ袈裟」
「なら、僕は横薙ぎで上半身と下半身で分離出来るようにしてあげよう」
「分離するなら縦に割れて女の子とくっつく方が良いけどな」
「……アシュラ男爵になってどうする気だい?」
「いや、なんとなく」
そんな馬鹿な言葉を交わしつつ、僅かに構えを変化させる。
言葉の通りの構え。
言葉とは異なる構え。
ただ、二人は互いの技量の全てを知っている訳ではないから、言葉を無視しているのか、構えは違えど言葉通りなのか、それすらも理解させない。
ただ予想し、予想され、再び予想し、予想される。
千日手の様相を呈しているが、それが何時までも続く事はない。
何故なら、二人とも“卑怯”だから。
「「金剛不動縛」」
円運動を描く様に動いていた二人が、ある一点に立った瞬間、呟く。
「「なっ?!」」
その結果、二人の仕掛けたトラップが同時に発動。
俗に言う魔法陣、陰陽師らしく言えば清明桔梗紋、セーマンの形に石ころが配置されている。
二人の周囲に配置された石ころ、実際は、そう見える様に偽装を施した霊符だ。
互いに気づかなかった所を見ると、二人別々に開発した同じコンセプトの品のようだ。
「っ、テメェ、術は使わねぇって決めただろうが!!」
「同じタイミングで使ったキミがそれを言うのか!!」
「「急々如律令!! 霊符の力を散らしめよ!!」」
互いに互いを罵り合い、刀印を結んで二人同じタイミングで霊符に篭められた霊力を強制的に散らしてただの紙切れに変え、今までの睨み合いがなんだったのか疑問に思えてくる思い切りの良さを見せて一気に距離を詰めて行く。
刺突、指斬り、サイキックソーサーで隙を創って、胴薙ぎ、刀を止めず流れを制御し遠心力を利用して回し蹴り、回避を続けていた西条が身を沈め脛斬り、手元にサイキックソーサーを投擲、角度を変えてガード、目晦ましにして蹴り足をその場で止めて足を下ろし剣を足で固定、まだ泳ぐ刀をそのままに片手を離して目潰し、踏まれた剣を手放し目潰しの手を取り投げ飛ばす。
「ん~、なんでやろ?」
「何か疑問でもあるのかい、鬼道君」
「あ、はい」
「自分で考えるのも大切な事ではあるがの、あの二人の様に高度な戦闘を見て解説を受けるのも修行にはなる」
二人が距離を取った所で鬼道が呟き、唐巣神父とハヌマンが答える。
「忠夫にーちゃんはサイキックソーサーを使うとるみたいやけど他の術は使わんし、輝彦にーちゃんは一つも術を使うとらんけど、どないしたんやろうかって」
「別に難しい事じゃないよ、二人とも刀と剣に霊力を送り込んで居るから他に回し難いだけなんだ」
「せやけど、忠夫にーちゃんはサイキックソーサーを使ってるけど、それはどうしてんかな?」
「横島のサイキックソーサーは人が自然に纏っている霊的防御に使われとる霊波を圧縮しておるんじゃが、それとは別に攻撃用の霊力を用いとるんじゃよ」
「……忠夫にーちゃんって器用なんやね」
「それだけでは済まないんだけどね」
説明を聞いた鬼道の感想に、唐巣神父は苦笑を浮かべる。
それも当然だろう。
目の前で横島を見続けてきたからか、自分もそれだけの修行を当然の如く行ってきたからかはわからないが、攻撃用と防御用の霊力を百%使い分ける何て事は、生半の事ではない。
普通はどちらか片方が優先され、もう片方は疎かになる。
簡単に言えば、T○東京の『手先が器用選手○』の一円玉積みを右手でやりながら、通常サイズよりも小さなトランプでトランプタワーを左手だけで同時にやっているのと同じようなモノだから。
普通は出来ないし、そもそもやろうとはしない。
まぁ、横島の場合はサイキックソーサーを“慣れ”で創っているから、本人にそこまで難しい事をして居ると言う実感は欠片ほどもないのだが。
「せやったら、忠夫にーちゃんが有利、か」
「サイキックソーサーは牽制程度にしか使えていないし、リーチの差を考えたりしたら均衡しているよ」
「そうじゃな、横島がもう二~三歳年を取っていて、身体が出来ておったら横島の方が勝っておるじゃろう、その頃には西条も成長しとるじゃろうがな」
平行世界での西条の戦闘スタイルを知っているハヌマンは、まだ強くなれるとわかっているのではっきりと言葉にする。
本人に聞こえて居ないからさほど気にして居ないだけなのかもしれないが。
「僕も……二人みたいに強うなれるんやろか?」
「鬼道君、君が努力を怠らずに鍛錬を続ければ、大丈夫だよ」
不安そうな表情の鬼道に、唐巣神父は答える。
気休めでは無い、確信の篭った声と表情で。
「それで鬼道君、どうせだから君も一緒に精霊魔術、勉強してみないかい?」
「え、あ、はい!!」
「じゃが、今はあの二人の修行を見ていた方が良い、見取り修行と言うやつじゃな」
「はい」
頷き、鬼道は集中を始める。
記憶は無くとも、ただ漠然と抱いている想いに従い、ただ己を高める為に。
「あ~、クソッ、また負けた」
「体力と霊力量以外は全て君が上だろう、今は」
言葉通り、終始横島が押し気味だった二人の戦闘は横島が力尽きて終わりとなった。
「今の戦闘、どう言う流れで行われたかわかるかい、鬼道君?」
「え、何時も通りの心理戦から始まって、トラップを仕掛けたけど結局は同じ事を考えていて不発、体力を温存して長期戦に持ち込んだら負けるから忠夫にーちゃんが早期決着を念頭に置いて猛攻をかけるも輝彦にーちゃんが最後まで凌ぎ切った、ちゃうかな?」
「少し、足りないね」
「足りない?」
「横島君が猛攻をかけたのは自分の体力が持たないから、と言う理由だけじゃないよ」
「そうなんですか?」
言われ、考えを巡らせているがわからないのか、眉を顰め、表情が曇って行く。
見取り修行と言われ、知り得る事を知ろうと、学べる事は学び取ろうと見ていたのに、見ていてもそれを理解出来ないのであれば意味は無いからと沈んで行く。
「まぁ、殺意を篭めた刃を向けられるとどうなるか何て事は、経験でもせん限りはわからんじゃろう」
「でしょうね、だから鬼道君、そんなに気にしなくても良いんだよ」
「そうそ、あんなもん御前の年で経験してたらこれから先の人生、歪んでくぞ?」
「殺意を篭めた、刃?」
「普通の人間は刃を向けられていると言う現実だけで疲労する、それは刃を持つ人間の実力の有無に関わらない現実だろう?」
何時の間に復活したのか横島と西条の二人も移動して鬼道への説明に参加する。
「……ようわからん」
「鬼道、例えばだけど、何時暴走を始めるかわからない半泣きの冥子ちゃんが隣に居て安心出来るか?」
「ん~、僕は慣れてもうたからなんとも言えんけど?」
「……不憫な」
「マジでな」
鬼道に聞こえない様に呟かれた西条と横島の目には本気の哀れみが宿っている。
鬼道の今現在の立場を形作った原因の一端は間違いなく横島が握っているのだが。
「ん、何か言うた?」
「「いや、何も」」
そしらぬ顔で即答する二人に対して、三人の師である唐巣神父は苦笑を浮かべるが何も言わない。
今の鬼道の生活は、話に聞いた以前の生活とは比べ物にならないほど幸せだと言う事もわかっているから。
……冥子のぷっつんと貧困生活がトントンと言う可能性も無い訳ではないのだが。
「わかり易く言えば、冥子ちゃんがぷっつんするかどうかギリギリの状態になって、そのまま落ち着いたとしてもその時には疲れきってるだろって話だ」
「あ、確かに、なんやぐったりしてまう」
「冥子ちゃんのぷっつんは『もしかしたら怪我をしてしまうかもしれない』から怖い、その怖いって言う気持ちが知らない内に全身を緊張させて、精神も張り詰めさせるから疲れる」
「霊力ってのは精神に引きずられたりもするからな、身体は疲れて無くても精神的に疲れさせればそれだけで直接的に目減りする」
「まぁ、それは霊力に限らず、体力も同じなんだけどね」
「実際に疲れとる訳でもないのに、疲労で動きが鈍くなったりしてまうって事、か」
「そ、科学的に調べりゃなんか答えがあるのかも知らねぇけど、事実としてそう言う結果があるんだから、そう言う訳だ」
「しかも相手が使い慣れていない得物を持った殺気を溢れさせている横島君だからね、生命の危機と言うのは今鬼道君が想像している以上に神経が磨り減らしてくれるんだよ、たぶん僕の寿命は五分は縮んだ」
「テメェだって同じだろが」
鬼道に説明しながらも、二人の口調に少しずつ棘が混ざり始める。
とは言え、体力、霊力、気力、どれも使い過ぎて互いの刃を手に戦闘を再開させるだけの元気も残っていないようだが。
普通なら口論する元気がどうこう以前に、こうやって普通に会話に混じれる時点で凄いのだが、その体力は別なんだろう、おそらく。
女の子が『ケーキは別腹』とか言うのと一緒で。
「後一秒回避が遅ければ静脈が切断されて血が噴出す、判断が一瞬遅れていれば脳漿ぶちまける、選択を一つ間違えれば腕が無くなる、そんな経験しないで済むのならしない方が良いんだけどね」
「ま、そんな選択肢選ぶくらいなら妙神山までついて来たりはしねぇだろ」
「当然や、僕は、強うなるんやから」
「ん、良い答えだ、じゃあ近い内に小竜姫様の剣気を経験してみようか、アレは僕達の殺気なんかとは比べ物にならない凄い世界だから」
「いや、俺達と一緒に老師の闘気浴びて見る方がよっぽど良い経験になるんじゃねぇか?」
「ああ、それは良いね」
横島忠夫、西条輝彦、戦闘に関する常識を忘却の彼方に廃棄しつつある模様。
「コラコラ、いきなりそんな事をしたらいくら何でも死んでしまうよ?」
「そっスか?」
「だから、まずは忠夫君と西条君の二人の殺気を浴びせてみたらどうかな」
「あ、それ良いっスね」
唐巣和宏、横島忠夫を弟子に取った結果、平行世界で『GS界の良識』と言われた男も壊れつつある模様。
「じゃあ、よろしゅうお願いします」
鬼道政樹、本人が最初から常識を外れていたのだが、兄弟子が同等以上の荒行を行っていたのでそれが常識として刷りこまれつつある少年。
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あとがき
修行風景と言うか、戦闘に挑戦
……無駄にダラダラと流れて行った感じがします
小竜姫様も、立場上しばらくは出番ほとんど無くなるのに、妙神山で出番無しってのも問題ですよ
何と言うか、必要な描写が省かれて、無駄な描写が描かれている気がするんですが、戦闘シーンを何度か読み返して手を加えたりした結果でこれなんですよね
結果、意味不明な部分とかがあったりしそうで余計に怖いんですが
最後の辺りを書いていて気付いたんですが、横島じゃなくて鬼道が最強になりそうなのは何故でしょう?
とにかくパワーアップアイテムは横島が刀、西条が長剣、唐巣神父は精霊魔術、鬼道が式神三鬼です
……どう考えても鬼道の待遇が良い気がする
いえ、まぁ、鬼道の戦闘スタイルが夜叉丸を使っての霊的格闘一本ですから、戦闘能力で周りの人達よりも劣りそうな気がしたからレベルアップはさせてみたんですが、パワーアップし過ぎた気がしてなりません
雪之丞が出て来る頃には、メドーサと良い戦いが出来るって言うか勝てそうな領域に至ってそうな気がしてきました
アシュタロスと良い戦いをするか、策略を巡らせて勝利すると言う目的が強くならなければならないのは確実なんですが……それ以前の悪霊だの妖怪だの魔族だのが瞬殺されるレベルの雑魚になりそうで、パワーバランスが難しいです
とりあえず、この力一杯崩壊してるっぽいパワーバランスを常識的な領域まで持ち直せるかが勝負
……勝率、滅茶苦茶低そうですが
最後に、
戦艦さん、SIRIUSさん、柳野雫さん、なまけものさん、ナマケモノさん、感想ありがとうございました
ハーピーとセイレーンは、人数が人数だけに参加しないかもしれませんが、可能性はあります
死津喪比女とか、名も無いカキ氷好きの雪女すらハーレムにと公言しましたから
……まぁ、セイレーンはともかく、完璧な敵として登場した連中をどうやって引き込むのかって時点でまず問題が山積みなんですが
雪之丞のパワーアップですか
……最悪、北欧神話でも上位と言うか最高位に近い位置に存在するスルトの分霊と契約してパワーアップ、とか?
その場合は、雪之丞を白竜寺から引き離さなければとか問題は山積みなのですよ、先延ばし出来ますけど
この横島は、一応鈍感朴念仁その他諸々の称号を得るほど鈍いと言う事は無いですよ
悠仁と夏子にストレートな愛情をぶつけられて、平行世界でもストレートに愛情を伝えて来る人や遠回しだとしても確実に愛情を伝えてくる人、恋愛感情を向けられていると教えてくれる人がいましたから
今回のは鈍いと言うか、横島と神・魔組との関係は師と弟子みたいな関係で、それが原因です
十四話での『小竜姫様も大切』と言うセリフは、“師”として大切、と言う事です
仮に師でなかったとしても、横島が女の子相手にどうでも良いと言う場面は想像出来ませんから、そう言う意味も多分にありますが
百合子の料理に味が似ている事や食材何かに関しても、平行世界で小竜姫様が同じ事をして、同じ言い訳をしていたからと言う事で
根本的に同一人物で、神にとっては七~八年の変化なんて多少のモノですから、言い訳の内容も変化していなかった、と言う事で
平行世界で同じ言い訳をされたら信用するんじゃないかと
……文中でこの話、入れておけば良かったですね
ついでに、多少大樹好みの味付けに変更されてはいるでしょうが、基本は紅家の味
百合子さんの実家なら有り得るんじゃないか、と横島は考えてるんです
覗き対策を何もしていないって事に関しては、『もしかして』とか思っていたりもするんですが、まだ一押しが足りないので
横島から小竜姫に向けられる目は『師である可愛い女の子』、ただ“師”と言う部分に重点が置かれているので可愛い女の子と言う側面には目が向き難いんですよ
小竜姫様の方は、平行世界での記憶は完璧に封印されています
封印されてはいますが、強い感情ならある程度封印を抜けて表に出てきている状態なんです
愛の力は無敵とか、その方が面白そうとかサッちゃんとキーやんの二人が細工施したりしそうですし
まぁ、とにかく、良くわからないけど、愛しいと感じている
愛しいと言う感情を理解出来ないから、知らぬ間に芽生えた理解不能な感情に振り回されている状態なんです
感情の浮き沈みが激しくなっているのはそう言う訳なんですが……恋愛感情だと理解したら理解したでもっと凄い事になりそうな気もします
天使と魔族の恋愛は……度胸が無いのか紳士なのか、前者ですが、未だにキスもしていないプラトニックな関係ですよ
三年かけてやっと手をつなぐ……どんな魔族なんでしょう?
魔族の方は力一杯根性無しなのです
最低でも、後二話程度で妙神山修行編、終らせる事が出来そうです
あ、唐巣神父の年ですが、九話で三十八にしましたが、それは年が行きすぎなので若返っていただいて現在は三十四歳に
美智恵さんに恋愛感情を抱きかけていたみたいな表現があったのに、十六歳は離れ過ぎだろうと八歳の年の差に
……まぁ、人によってはそれでも離れ過ぎと言う人は居るかもしれませんが、孫と祖父の年の差で結婚する人が居る世の中、これくらいはまだ許容範囲かと
名無しさんの指摘した『ツーハンデットソード』を『バスタードソード』に修正
調べてないのでどっちが正解かはわかりませんが、なんとなく私もバスタードソードの方が正解の気がするので