第十四話
横島忠夫、享年十三歳。
西条輝彦、享年十七歳。
二人の亡骸は、ただ風に吹かれている
………と、言うモノローグが流れそうな光景がその場には広がっている。
場は妙神山修行場の異界空間。
時は夕方。
場に居るのは横島と西条のみ。
様子はわかり易く言えば、力尽き、瀕死の状態に見える。
「あ~、今日はやばかった」
「頼むから、僕を巻き添えにするのは勘弁してくれないか?」
「無理」
「まぁ、小竜姫様はそう言う方だから仕方がないのはわかるが……覗きをするなと言うのが無茶だと言う事はもう理解しているから、せめて三日に一度くらいにしてくれないかい?」
「でもなぁ、毎日油断してくれてるんだぞ、覗かれるのを期待しているとしか思えんだろうが」
「……それは、まぁ、傍で見ていて思わなくも無いね」
服装はボロボロのまま、西条と横島の二人は苦笑を浮かべる。
疲労が残っているからかそのまま横になっているが、すでにヒーリングは済ませているのか苦痛に耐えているとか、そう言った表情は浮かべて居ない。
実際、修行の最中に斬られたのか修行の為にと着ている胴衣はボロボロになっており、所々血がこびりついていたりするが傷痕は見受けられない。
「にしても、俺等強くなったよな?」
「これでなっていないと言われたら、僕は火を放つよ、ここに」
「……俺もだ」
横島の問いに対する西条の答えに、二人揃ってニヤリと性質の悪い笑みを浮かべあう。
「へぇ、二人はそんな事を考えていたんですか」
小竜姫、降臨。
実際は何時まで経っても居間に来ない二人が心配で様子を見に来ただけだったのだが、このやりとりも、横島と西条が力尽きて小竜姫が様子を見に来るのも、ここに来て半月の間ほぼ毎日繰り返されているので、日課と言っても良い状態だから本当は小竜姫が様子を見に来るのは知っていたりする。
その上でこんな会話を交わすのだから、ボケの為に冒険をするのが大好きらしい、この二人。
実際、修行が厳しいのは横島の覗きだけでなく、二人揃って毎日繰り返される修行後の不穏当な発言が原因だったりする。
自覚した上でそれを気にしていないどころか率先して実行している辺り、西条も美神家がどうこう言う前に横島に染まったと言えなくも無い。
「はっはっはっ、冗談に決まって居るじゃないですか」
「俺達が小竜姫様を困らせる訳が無いじゃないっスか」
朗らかな笑顔で即答する二人。
この阿吽の呼吸も日々の修練と、無意味な殺気混じりの喧嘩の成果だろう。
殺気混じってる辺りで喧嘩で済むのかと言う疑問はあるが、済んでいるのだから手加減はしているんだろう……無意識に。
著しく何かがおかしいし、成果と言う言葉をここで使って良いのかと疑問が浮かばなくもないし、小竜姫のヒーリングがあるからか最近一撃一撃の威力が強力な攻撃の応酬になりつつあるが、それでも元気なんだから本気ではないんだろう、きっと。
「そんな事を言う元気があるのなら、もう一戦逝きましょうか?」
「あ~、全力で拒否します、ハラ減ってるから」
「空腹時に戦闘行動を取る事もあるんですから、それの訓練と思えば……」
「メシが出来たから呼びに来てくれたってのに、我慢出来ないっスよ」
にっこりと笑い、見詰め合う小竜姫と横島。
それを横目に『何かがあれば必ず書け』とオドロオドロしい血文字っぽい何かで書かれた手帳に小竜姫達の、正確には横島の行動や発言を、何だかとても楽しそうに書き連ねる西条。
唐巣神父の言葉から小竜姫が女であると言う事実を知った女性陣から、ここでの出来事を逐一報告するようにとの命を受けているらしい。
鬼道と唐巣神父も同じ物を持っているが、横島が余りに哀れと二人は書いては居ないが。
毎晩、黒化した唐巣神父がストレス発散の為に無意識の内に恋愛小説風に書き綴って居たりするが、本人は気付いていないのでそれは別だ。
「それにせっかく小竜姫様が作ってくれたメシ、温かい内に食べたいじゃないっスか」
「あ、えと、それなら、そう、しましょうか」
(……キミの為に頑張って作った、ね)
普通に話しながら立ち上がる横島と、赤くなって急に素直になる小竜姫、そしてそんな二人を苦笑しながら見つつ口に出したら小竜姫に口封じされそうな事を思いつつ立ち上がる西条。
「それで、今日の夕食はなんですか、小竜姫様?」
「あ、今日は山菜おこわと天麩羅の盛り合わせ、それにほうれん草の白和えと冷奴ですよ」
「へ~、美味そうっスね」
「はい、美味しいですよ」
「それにしても、何で小竜姫様の料理ってうちのおかんの味に似てるんスか?」
「あ、それは百……友人から昔教わっただけなんですけど、横島さんの家系と何か関係があるのかもしれませんね、もしかしたら」
「ほ~、そんな事もあるんんスねぇ」
「え、ええ、あるんですよ、きっと」
何処と泣く挙動不振な小竜姫と、それには一切疑問を抱かずに納得している横島。
(ほら、やはり小竜姫様はがんばっている)
言葉には出さず、また内心で思いながらもこらえ切れずに小さく笑みを漏らす西条。
少し考えればわかる事なのに、横島一人だけが気がつかない。
流石に仏教系の神族だけあって精進料理だが、妙神山が神山と呼ばれるほどの地で、山深く、高度もある為に野草すらほとんど生えない地で、そんな山菜などある訳がないのに、それが毎日食卓に上がるのだ。
それに食べ慣れた西条と鬼道だけがわかった事だが、山菜の類以外も下手な高級店で出される野菜などと比べてもよほど手間隙のかけられた食材が用いられている。
さらに、四日ほど経過した辺りから急激に似始めた料理の味。
西条と鬼道は唐巣神父の教会でご馳走になった事があったので知っていたし、唐巣神父などは金銭感覚の無さを良く知っている百合子の差し入れで食いつないでいるのですぐにわかったが、アレは本人から教わった味だと言う事に気付いている。
毎日、小竜姫が都合三時間ばかり修行場から居なくなるのだ、食材の調達、料理の修業に向かっていると考えれば丁度位の時間なのだ、深く考えずともすぐに答えは出る。
だいたい、今、自分で答えを口にしていたのだ、推論さえ立てて居れば結論に置き換えるに十分な答えを。
これが鬼道や西条の実家の味や好みの味付けを優先しているのならともかく、“横島忠夫”がもっとも慣れ親しんでいる百合子の料理の味なのだ、誰の為なのかなどと言う事はよほどのボケナスか天然記念物の朴念仁でもなければ気付いて当然。
例えば少し顔を赤くしながら話題を逸らそうと必死になっている龍の乙女の隣で、赤くなっている理由は
(よっぽどうちと関わりがあるのが嫌なんかなぁ)
等とボケた事を考えている少年“以外”なら。
三人目の師と呼べる竜の乙女の為にその事実を気付かせようか、それとも前世から妹と言う立ち居ちで側に居る少女の為にあえてその事実を隠し通すか、悩む一人の少年を先頭に、三人は食堂に向かって行く。
どうせ、悩んだ所で横島が結婚を考える年頃になったら百合子辺りが『あんた、誰を選ぶの?』とか言って名前を出して問い質すだろうから、時間の問題としか言えなかったりするのだが。
『……横っち、鈍すぎやん、そっち方面は改善されたんやなかったんか?』
『いえ、彼女の場合、女と言う側面よりも神とか師と言う側面の方を多く見せていましたし、事後もどちらかと言うと懺悔の為に行動していると言うイメージの方が強かったから、それが原因じゃないでしょうか?』
『せやったら、こっちのワルキューレも大変そうやなぁ』
『まぁ、どうせ地上に戻るか、彼女達がここにやって来る頃には全て理解するでしょう、自分の撒いた修羅場の種が芽吹く瞬間を見れば、ね』
『ま、せやな』
神々しいのに悪寒が走ると言う微妙な波動を放つ二人の最高指導者の後ろでは、互いの顔も見ずに、ただ前を向いたまま幸せそうに微笑み、誰にも気付かれぬようそっと手を握り合っている天使と魔族が居たが、それも別の話。
どうやら、二人にとっては最高指導者達が暴走している時間が至福の時になっているらしい。
……その結果、連鎖的にその下の連中が血の涙を流しながら激務をこなしていたりするのだが、もしかしたら自分達に仕事を押し付けてイチャイチャしていたのが、後に神・魔両方から追い立てられた事の原因なのかもしれない。
「……十七歳当時と同じレベルくらい、かな?」
夕食後、皆が寝静まったのを確認し、修行場の居空間でそんな言葉を呟きながら、サイキックソーサーを無造作に創り出す。
(心眼の助けを借りた時は霊力が満タンの状態でだいたい七~八枚のサイキックソーサーを一枚一枚出すのが限度だったよな)
今、横島が生み出したのは五枚のサイキックソーサー、それを同時に動かしているのでそれに割いた分を考えれば、平行世界での十七歳当時と比べると若干上、と言う程度だろう。
高島の陰陽師としての記憶と経験、それに二十五歳まで修行とGSとしての仕事を通して得た知識と経験があるのだから、過去と比べるのもバカらしいほどの技量を確かに得ている。
「っかしーなぁ、どう考えても霊力の成長が遅いんスけど?」
「……なんじゃ、聞いとらんのか?」
サイキックソーサーの同時制御を行いながら、振り返りもせずに問いかけた言葉に答えが返ってくる。
「聞いとらんって何をっスか、老師」
それに大して、横島も当然の如く会話を続ける。
打ち合わせて居た訳でもないのに、ここに居ればやって来ると理解していたかのような、会話を。
「ああ、そうだ、それはそうと、お久しぶりっス、老師」
「うむ、こちらの時と、向こうの時を併せて大体十五年ぶり、じゃな」
「あ~、挨拶が遅れて、ホントにゴメンナサイ」
「気にせんでも良いが、しかし本当に何も聞いとらんのか」
「キーやんとサッちゃん、楽しんでるフシが見え隠れしてるっスからねぇ」
共に苦笑いを浮かべ、その場に腰を降ろす。
ハヌマンは地位故に直接の面識はほとんど無くとも二人の性格を知って居るし、横島は五年間定期的に会って真面目な話をしていたのだ、その本質も、冗談好きと言うか、その冗談の桁が常識を容易に凌駕している事も知っている。
だから、楽しみ、表向きの仕事をさぼっているように見せつつも、その裏で平行世界との魂の融合によってもたらされた問題の解決に奔走している事も、アシュタロスの起こす事件の対策もしっかりと進行させ、平行世界から連れてきた神・魔族の魂の転生先の選定作業も行っていると言う事実を知っているから。
裏でサッちゃんとキーやん直属の魔族やら天使やらが奔走しているのは知っているからこその、苦笑だったりするのだが。
「で、俺が聞いてない話ってのは?」
「なんでもな、ヒーローはピンチの時に本気を出してこそのヒーロー、と言う事らしいんじゃが」
「……それは、もしかして、ピンチになるまで俺の霊力が封印されたりしてるって事か?」
ハヌマンの言葉に、横島の顔が引きつる。
キーやんとサッちゃんならそれくらいやりかねないし、更に言えばその基準が常識をあっさりと超越してたりすると言う事実を理解しているから。
「ちょ、誰か死ぬまでこの状態が続くってんじゃないんスよね!?」
「あの二柱の事じゃからあり得んとは言い切れんが、そこら辺はたぶん大丈夫じゃろ」
「俺、ぜんっぜん信用して無いっスよ、あの人等は」
「言うな、アレでも神・魔の最高指導者なんじゃからな」
冷や汗をダラダラ流し、互いに何となく目線を併せずに言葉を交わす師と弟子。
否定しきれないだけに、余計に。
「ま、まぁ、アレっスよ、あの二人が封印したと考えると、解除方法だのを考えるだけ無駄っスから、それはそれとして、相談があって今回は来たんスよ、実は」
「ほぉ、何じゃ?」
「文珠、出ないんスよ」
「それも封印の一部じゃ」
「……マジっスか?」
「うむ、じゃがそっちの封印はお主の身体がある程度の霊力に耐えられるようになったら出せるよう細工したと言う話じゃからな、ここを出る時には使えるようになっとるじゃろ」
「そうだったんスか」
そちらについては安堵のため息を吐き出す横島。
微妙な形だとは思うが、最高指導者達の事は信用はしているらしい、一応。
「前世の記憶を思い出したから戦略の幅は広がったんスけどね、やっぱ文珠がないと、決定打にはちょっと足りなくて困ってたんスよね」
「決定打、か」
「流石にアシュタロス相手だと文珠使った程度でどうこうなるって事は無いっスけど、魔族も中級辺りまで行くとこっちの戦力が足りてないっスからね」
「ん、確か、お主の所にはアシュタロスとスルト、それにガブリエル、ジンニヤー、人魚、さらには乙姫まで居るじゃろうが」
「スルトとガブリエルは何故か大阪に居るし、悠仁は力を制限してる、ジンニヤーはそこそこ力はあっても下級神魔レベル、ナミコは大人になったとしてもそれほど大きな力は振るえんだろうし、乙姫は地位が枷になっちゃうっスから」
「ふむ、ままならんモノじゃな」
「まったくっスよ」
色々と理不尽な体験をしてきたからこそ、苦笑とは言え、笑う。
それを遠くから見ている事しか出来なかったから、笑う。
師弟は笑い、過去を思い出し、未来を思い、さらに笑う。
「……っと、そうじゃ、お主に渡す物があったのを忘れとった」
「は、渡す物っスか?」
「うむ、これじゃ」
そう言ってハヌマンが差し出したのは、一振りの刀。
刀身は二尺八寸、約八十四cmの刀。
「霊力も何も感じないっスけど、封印でもされてるんスか?」
「いいや、それはただの刀じゃよ」
「ならなんで?」
首を傾げつつも素直に受け取り、鞘から刀を抜き放つ。
「………………凄いっスね、この刀」
無言で見つめていた刃を鞘に収め、無意識に止めていた息と共に言葉を吐き出す。
「じゃろう?」
「でも、これ霊刀でも、妖刀でも、なんでもない普通の刀みたいっスけど」
「そうじゃな」
「これなら、栄光の手の方が強力だと思うんスけど」
「そうじゃろうな、それはただ強靭なだけの、刀じゃからな」
「そんな事はないっしょ、切れ味も凄そうっスよ?」
言いながら、先ほど見た刃を思い出したのか、小さく背を震わせる。
妖刀でもなく、霊刀でもなく、ただの刀と言うにはその刃は鋭く、澄んで居たから。
「人相手ならばそうじゃろうが、器物相手ならば物によっては技量次第、妖が相手ならばその霊力次第、神・魔が相手ならば技量と霊力次第、お主がこれから相手をするのにこの程度の切れ味があれば十分だと思うか?」
「……思わないっスね」
「ならば、これはそう言う刀、そう言う事じゃ」
だからこそ、疑問が湧く。
ゲームは完璧に趣味でやってはいる、趣味でそう言う事はするが、修行、いや、こと戦いにおいてこの神が無駄な事をしたりはしないと言う事を横島は知っているから、疑問が湧く。
この刀を与えるくらいならば、神界か何処かからかっぱらってきたパオペイでも与えてシャレにならない修行を課すのがこの神の“普通”だと理解しているからこそ、疑問が湧く。
「何、これも修行じゃよ」
「修行っスか」
「そう、この刀を霊刀に昇華してみせい」
「……は?」
唐突な、はっきり言って意味のわからない言葉に横島は固まるしかない。
確かに様々な知識を思い出したし、学んだが、普通の刀を霊刀にする方法など知らないのだから。
「何、別に難しい事をしろとは言っとらん、ただお主の霊波を浴びせ続ければ良いだけじゃ」
「それだけっスか?」
「うむ、課題の内容は、ここに居る半年の間にこの刀を霊刀にまで昇華されせる事、ただそれだけじゃ」
「老師の事だからなんか課題だろうなぁとは思ってたんスけど、それだ……けじゃ無さそうっスね、どうやら」
安堵のため息を漏らしながら横島は言いかけて、目の前に居るハヌマンの表情を見て顔を引き攣らせながら自分の言葉を否定する。
そして、それに対してハヌマンは当然、と言う顔で頷いて見せ、横島の額から冷や汗が一筋流れ落ちる。
横島の脳裏には、妙神山で行われた修行なのか、苦行なのか、それともただのイジメなのか正直判別不能な日々が走馬灯の如く走り抜けているんだろう、一筋の冷や汗が、だんだんと量を増やしている。
「し、失敗したら?」
「ある事ない事全て主の妹や乙姫等に話す」
「ちょッ、まっ!!」
「ふむ、百合子嬢に伝えた方が良いかの?」
「……ガンバラセテイタダキマス」
「何、そんな難しい事ではなかろう、ただ死ぬほど疲れるだけじゃ」
「いや、小竜姫様の修行の後にそれやったら死ねますって、俺」
「何、御主なら大丈夫」
根拠のない断言に幾ら相手が師の一人とは言え、キレそうになる横島。
が、流石に元々の雇い主に色々と叩き込まれた成果だろうか、顔を引きつらせながらも黙り込む。
修行内容としてキツイのは確かだが、最低でも死ぬ事は無いと理解しているから、ギリギリの線で耐えているようだ。
「ああ、それと、御主等の修行じゃがな、明日からワシも混ざるぞ」
「ちょ、それはシャレになんないっスよ!?」
「しかしの、そうでなかったら御主のその刀、小竜姫達に何と説明する気じゃ?」
「………おお」
刀を目にし、自分の今の立場を思い出し、納得する。
妙神山から出ずに、その中で新たに刀を手に入れ、それを説明する術がない。
ハヌマンに貰ったと言ってもハヌマンの存在なんて知らなかった事になっているのだし、仮にその話を信じてもらえたとしても下手に勘繰られて小竜姫にヒャクメを呼ばれたりしたら最悪だ。
(まぁ、幾らヒャクメでも俺の頭ん中見たら説明するって事は無いだろうけど……油断して口を滑らせるぐらいの事はやりそうな気がする)
そうなると、横島の選べる選択肢は一つしかない。
死なない程度に途中途中で息抜きしながら、ハヌマンの望み通りに動くと言うモノしか
「老師、せめて死なない程度には手加減を」
「ん、それは大丈夫じゃ、小竜姫が機嫌が良いようだから修行者を見ていた、暇だからちょっとした課題を与えてみた、そんな感じで話を通して眺めているつもりじゃからな」
「ってぇと、俺の刀みたいなのを西条にも渡す、と?」
「うむ、ついでに鬼道とか言う小僧と唐巣とか言うのにもやらせてみるつもりじゃ」
「老師、ただでさえ人外魔境になりつつある俺の周囲をさらに凄い事にする気っスか?」
「当然じゃな、御主等が相手をするのは魔王が一柱、恐怖公アシュタロスなんじゃからな」
「前は偶然が重なってたし、何よりもアイツ自身が死にたがってたっスから、ね」
空気が、重くなる。
吹っ切れていたとしても、多少の差異はあっても転生する事でしか再開出来ないはずだったその事件で横島の心に爪痕を残した出来事をハッピーエンドにする事が出来るとしても、あの事件が遠い昔の"思い出”になった訳でもなければ、確実にハッピーエンドを迎えられると決まった訳でもない。
ハッピーエンドで終る事が出来る可能性が高い、ただ、それだけなのだから。
「ん~、じゃ、俺は明日に備えてそろそろ寝ます」
「…………覗きを止めればそれぐらいの体力は残るじゃろう、御主の場合」
「老師、覗きをしない俺を想像出来ますか?」
「出来んな」
「そう言う事っス」
打てば響くと言う言葉を体現するかのように間髪要れずに応答する師と弟子。
これを信頼関係と言って良いのかどうか力一杯疑わしいが、師は弟子の事を、弟子は自分の事を良くわかっていると言う事だろう。
まぁ、それだけ横島が変わらない、と言うだけだったりするのだが。
「じゃ、老師、おやすみなさい」
「うむ」
二人は会話を終え、それぞれの寝床に向かって行く。
「…………ふむ、明日まで初代マリオでタイムアタックでもしておくかの」
力一杯やる気のなさそうなそんな師の言葉を残して。
「えっと、良く解らないんですが、私の上司で、お師匠さまでもある老師が皆さんに修行をつけてくださるそうです」
「小竜姫様のお師匠さまっスか」
「それは私と鬼道君も、ですか?」
朝食の席で困惑した表情の小竜姫がそう切り出すと横島は初耳だと言う表情で完璧に演技して見せ、唐巣神父は不思議そうな顔で問いかける。
西条は別に修行が厳しくなる分には問題がないと思っているのか普通に朝食を食べているし、鬼道は鬼門の試しを受けて居ないのに自分も良いのだろうかと思いながらも期待に目を輝かせている。
「ええ、普段は表に出る事は無いんですが、何故か貴方達に興味があるから、と」
「そうですか」
小竜姫の言葉に短く答えるも、唐巣神父の瞳が輝いている。
目的は解らずとも子供達が何かを目的に鍛え続けているのを側で見続け、自分も成長しなければと思ってはいても自分が霊的成長期を過ぎ、技術の向上を目指すしかないと思っていた所でのこの言葉だ。
それに、仮に横島達の事が無かったとしても、人を救う為闇雲に力を求めて無茶をしていた時期から十年も経っていないのだ、十年あれば人は変わるだろうが本質は変わらない。
何かに背を押され己が身を省みない子供達の師として、力を求める一人の男として、二重の意味で唐巣神父の瞳は喜びに輝いている。
「それで、小竜姫様のお師匠様と言うと、どんな神様なんスか?」
「あ、ええ、ハヌマンの斉天大聖老師です」
「斉天大聖って言うと、俗に言う孫悟空だったりします?」
「はい、その斉天大聖老師です」
「それで小竜姫様、ここにハヌマンってその斉天大聖老師しか居ないんスよね?」
「え、まぁ、基本的に妙神山に詰めているのは私と斉天大聖老師の二人だけですけど、それがどうしたんですか?」
「何て言うか、俺昨日の晩に会ったんスけど」
「もしかして何か、言われましたか?」
「コレを下山までに霊刀にまで昇華させろって」
そう言って横島が足元に置いてあった刀を差し出すと、それがどう言う物かじっくりと検分する内に小竜姫の顔が曇って行く。
横島に言わせれば『妖刀を霊刀まで昇華しろとか言われんだけマシ』と断言しかねないが、常識的に考えれば刀一本を霊刀まで昇華させるなんて事は非常識なんて言葉では済むモノではない。
小竜姫クラスの神・魔族にとってはちょっと疲れる程度で済む事も、人の身でそれを成し得るのがどれだけの労力が必要かと言う事も。
人の血を吸い続ける、人を斬り続ける、妖怪を斬りその憎悪を受け続ける、精鉄の際に生贄を使う、鍛冶師の無念や情念を篭める、魔族の手によって作られる、これらの事によって妖刀と成る。
簡単に言えば、負の想念を浴びせ続ければ良い。
しかし霊刀はそんな簡単に作れるモノではない。
霊力を持つ者が霊力を篭め続ける、鍛冶師の想念・信念を篭める、僧侶達が祈りを込めた霊力を篭め続ける、神族の手によって作られる、これらの事によって霊刀となる。
あからさまに負の想念に捕らわれてでもいなければ、霊力を浴びせ続けて居る内に最低限霊刀の体裁を取れはする。
だが、それにしても一流の霊能力者が年単位で霊力を篭め続ける必要があるのだ。
半月程度の短期間でそれが出来る訳も無い。
唯一の救いは、これが出来なければ死ぬと言う訳では無い事。
最も大きな問題点は、これをするのが横島忠夫だと言う事。
霊力も、体力も枯渇した状態でも、気力だけでそれを実行している場面を容易に想像出来るから、四人は顔を顰める。
その顔を見て、横島は横島で『お前等がそんな顔するか?』と西条と鬼道の顔を半眼で見ているのだが。
「西条、鬼道、唐巣先生も、きっと似た様な事やらされるんだし、覚悟しといたらどうっスか?」
「……楽しみだと、そう思わないかい?」
「思いますね」
「僕は……いや、僕も、楽しみやと思います」
何時もと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべ問いかける唐巣神父に、西条は躊躇う事無く何時もと変わらぬ自信に満ちた不敵な笑みで答え、鬼道も一瞬不安げな表情を浮かべたがすぐにそれを消し笑顔で答える。
それを見て横島も、笑う。
小竜姫は四人が笑う理由が解らず
(やっぱり、私が神族だからでしょうか?)
等と考えて一瞬沈み、過去妙神山に修行しに来た修行者の中にも似たような笑顔を浮かべる人が居た事を思い出し
(それなら私にもわか……あ、そう、でした)
一瞬浮かれかけて、また沈む。
その理由は三人の笑顔が家族・想い人・友人を護る為、もしくは仇を討つ為の力を得る事が出来ると喜んだ時の修行者達の笑顔に似ていると言う事を事を思い出したから。
その中に自分は入って居ないと、思ってしまったから。
「あの、小竜姫様、どうしたんスか、急に元気が無くなったみたいですけど」
「気のせいです」
そうは言っているが、どう見てもそうは見えない。
と、言うか部屋の隅っこで寂しそうに膝を抱えている姿を見て元気だとか言われてもどう信じろと言うのか。
「いや、全然そうは見えないんスけど」
「……………ただ、ちょっと、横島さんには大切な人が居るんだなぁって、思っちゃっただけで、その、別に何でもないんです」
「いや、何でも無いって、そんな風には見えないっスよ、これっぽっちも」
「良いんです私なんて、ただの修行場の管理人なんですから」
「何言ってるんスか、小竜姫様も俺にとっては大切な人なんスから、そんな顔されたら心配もしますって」
「……私も“大切”、なんですか?」
「そうっスよ、当然じゃないっスか」
至極当然の事を、当然の事を当然と言う様にあっさりと、嘘など欠片も含めずに横島は答える。
その言葉に、自分も大切に思ってもらえていると言う事がわかり、少し涙目になっていた小竜姫は頬を紅く染めながらも満面の笑顔になる。
心から嬉しそうな、心から幸せそうな、とても良い笑顔に。
(お~、なんかよくわからんけど、笑ってくれたよ……でも、なんて言うか、アレだな、小竜姫様ってかわいかったんやな~」
「……横島君、声に出ているよ?」
「はっ、しまった!!!」
西条に言われ、慌てた横島が恐る恐る小竜姫へと視線を向けると、そこには真っ赤になって固まっている女の子が居た。
「しょ、しょうりゅうきさま?」
「え、あ、や、その、さ、先に行ってます!!」
超加速、発動。
「……何処に行けば良いんやろ?」
「何時もの修行場で良いんじゃないかな」
「ほら、横島君、斉天大聖老師も待って居られるだろうし、早く行こうじゃないか」
「あ、は、はい」
いきなりの小竜姫の行動に呆然としている横島を引き摺りながら歩き出す。
横島に気付かれないように師弟のアイコンタクトで
『横島君、鈍過ぎ』
『まぁまぁ、意図的にこれをされたりしたら修羅場が無意味に拡大するだろうし、それよりは良いんじゃないかな?』
『せやけど、成功する相手が皆して危険度の高い人等ばっかりやから、拡大しなくても意味ないんやないかな、それ?』
『……僕達に災いが降りかからない様に祈っておこう』
『そうだね』
『せやね』
だが、彼等は知らない。
祈ってる対象のほとんどが修羅場を楽しみにしていると言う事実を。
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あとがき
妙神山修行編第二話です
修行内容とかも書いておきたかったんですが、陰陽術について色々調べては居るんですがこれなら戦闘に使える、みたいなモノが中々見つからないので省いてしまいました
戦闘シーンではもう少しそれっぽく書きますので、今回はこれでご容赦を
唐巣神父達の修行内容も入れたかったんですが、容量一杯なので次回に
老師からのアイテムor修行はれ能力者の人間のほとんど全員に行くかと思います
当初は横島一人に行こうかと思っていましたが、老師と横島の会話を書いていて運任せみたいな所があったんだし、パワーアップぐらいしておかなきゃなぁ、と
少なくとも前・中・後編は確定ですが……後編が何話も続いたらどうしようと怯えつつ
最後に、
ナマケモノさん、眞戸澤さん、なまけものさん、柳野雫さん、感想ありがとうございました
小竜姫様に萌えていただけて何よりです
剣技とか、超加速とかに絶対の自信を持っているだけに剣をかわされて、帯を解かれ始めたりしてパニックになって子供っぽい面も顔を出すんじゃないかと思いまして
地位が高いのか低いのかは解りませんが政争なんて関係無い妙神山修行場に括られている年若い竜神
接点があったのはヒャクメとハヌマンに数名の神族、そして修行場にやってくる人達ですからね
神族はどうか解りませんが、ハヌマンとヒャクメの次に接点が多いであろう修行者は、雪之丞の同類でしょうし、それでなかったとしても小竜姫様を“神”としてしか見ない人達が普通ですから、精神的な成長なんて見込めるとは思えません
中には、横島の同類みたいな連中ももしかしたら居たかもしれませんが、死と隣り合わせの妙神山に来るような連中を普通と分類して良いとは思えませんから
そもそも、ハヌマンの弟子なのに正統剣術に傾倒して卑怯な手段に対して免疫がない潔癖な神を大人とは言い難いだろうな、と思って
それでも人と神の接点を一箇所とは言え任される人が幼過ぎるなんて事はないだろう、と言う事でおキヌちゃんと同じくらいなんじゃないか、と考えています……それにしても幼過ぎる気もしますが
乙姫様との対面は、ご期待に添えれるように頑張ります
百合子さんをまたいで通るなんて、そんな失礼な事はしません
少なくとも横島の周囲に居る龍神族の人達は頭を下げて最敬礼を持って接しています
料理の師匠だったり、将来の御義母さんになるかもしれない人だったりするんですから
嫌な予感も何も、希望的観測をするくらいなら最初から横島が落とすと想定して動いていますから悠仁が呟いたのはただの再確認です
某ホ○えもんの如く『想定の範囲内です』と言うヤツで
唐巣神父の黒化は“自動的”なのです
……いや、ただ言ってみたかっただけでなんの意味もないんですけどね
平和ではありますが、横島と西条は自分の意思で棺桶に片足突っ込んでいます
まぁ、命懸けとまで行かなくても修行は日常の一コマですから、それはそれで平和なんですが
でわ、また次回