一面の青―――見渡す限り、どこまでも淡く広大に広がる境界。
一面の白―――流れに身を任せながら、どこまでも変化していく平原。
第1話 夢の始まり
“……………………?”
彼は気が付くとそんな世界の中にいた。
―――――――ズキリ
頭に軽い鈍痛が走る。
視界は靄がかかったようではっきりしない。
しかし機能が低下した目でも、眼前に広がる簡潔で雄大な光景は、彼自身が今どこにいるのかを理解させるには十分過ぎるほどであった。
“ここは………空………なのか?”
ぼんやりとした視界に映る空は果てなく、どこまでも続いている。
眼に映るのは空と雲。
ただそれだけ。
不思議なことに、普通は眼下に存在はずの陸地や海が全く見えないのだ。
ひたすら青と白に染められた空間は、地平線や水平線ならぬ「空平線」が広がっている始末。
その様な現実にまずありえない光景は、普段地上から見上げる度に抱いてきた空の雄大さを改めて感じさせられるには十分なほど圧倒的だった。
しかし、そんな驚きと同時に、彼はこの空間に対してほんの僅かなものであるが、寂寥感、もしくは郷愁みたいな感情を覚えていた。
長い間探していた物を見つけたような、はたまた失われた故郷に足を踏み入れたような。
確信などない、むずがゆい、けれども心地良い。
そんな感覚。
こんな光景をこれまでに見たことはないはずなのに。
雄大、されど寂寥。
どこまでも大きく見えるのに、どこか小さく感じる。
矛盾。
わからない。
この光景もそうであるが、彼はそれ以上に自分の感情さえもわからなくなっていた。
ザァァァアアアア
“……………………え?”
急に視界が変化した。
何かが目の前を流れていく。
それまで動く物体すら見当たらなかった空間が急に慌ただしい様相へと変化する。
フワリフワリと。舞うように、散るように。
彼は目の前を流れていく物が何であるか確認しようと眼を凝らす。
視界がぼやけているせいか、いまいち情報を固定できない。
やっと判った。アレは―――――――――
ズキリ
頭痛がする。
―――――アレは■の■■の結■。
―――――■レは■■の証。
―――――ア■は■■■■末。
―――――アレ■■源■と■■■―――――
“―――――!? ヤバい!?”
そう思ったときにはもう遅かった。
雪崩れ込んで来る。
父■■親■人■■■手■兵■力■商■人■■家■孤独■望絶■■怒哀■斬■■た刺さ■■■た■た呪■れ■■さ■■■■れた殺■れた■い苦■■セ■■イ悲■いコワ■■ろしい身■■痛■心が■い嫌だ否だ厭だイヤダイヤだイやだいヤダいやダいやだ――――――――――!!!!
“ぐぅ!? う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーーーーーーーーーー!!!!!”
シラナイ。
知るはずのない情報の奔流が頭に容赦なく押し寄せてくる。
人脳に想定された許容量を遥かに超える情報量は、人である彼に消化しきれるはずもなくほとんどが零れ落ちていく。
ズキリ
“う………。ぐあ………。”
頭痛がさらに酷くなる。
ただでさえ靄がかっていた視界がさらにホワイトアウトしていく。
脳に過負荷が掛かったせいか、意識を保っていられない。
意識を何とか保とうと試みるが、それも限界。
薄れ行く意識の中で、彼が最後に見たもの――――それはフワリと舞い散る、
――――――――――真っ白の羽根だった――――――――――
ガバッ!!
ドガッ 「キャイン!」
そこは見慣れた部屋だった。
僅かに開いたカーテンの隙間から、乱雑に散らかった薄暗い部屋に幾筋もの細い光柱が差し込んでいる。
外からはスズメだろうか?鳥の鳴き声がする。
窓の向こうは清々しいほどきれいな朝が広がっているのだろう。
“あれは………、夢だったのか?”
彼――――横島忠夫は先程見た夢について思いを廻らす。
途中で覚えた頭痛のせいで、内容はほとんど記憶から抜け落ちてしまっていたが、最後に見た羽根のことだけは妙に記憶に残っていた。
「せんせい?」
“アレを見た瞬間、どことなく懐かしいような寂しいような、そんな感じになった。でもどうしてだ………? オレはあんな羽根何か見たことないし、 「せんせい!」 第一、オレの知ってる奴らの中で羽根を持っている奴なんてワルキューレかハーピーぐらいなもんだし………。でもあの羽根はその二人とはどことなく違うものだったような? うーん、何が何だかさっぱり………”
「せんせいっ!」
「どわっ!?………ってシロ?何故にここに?」
横島は思考を打ち切り、ようやく意識を外へと向けた。
目の前で一応彼の弟子であるシロが、人化した人狼族の特徴である、フサフサの尻尾をピンと天に向かって逆立ててこっちを鋭く睨んでいる。
どうやらシロ殿、ご立腹のようである。
もっとも、微妙に涙目になっているのであんまり怖くはない。
むしろ可愛いかも。
「何を言っているのでござるかっ!? 今日は拙者のサンポに付き合ってくれる約束でござろう!? そのために拙者、早起きしてここに来たのでござるよ? それなのに先生は思いっ切り寝ているし、目を覚ましたと思ったらいきなり起き上がって拙者を跳ね飛ばすし………。先生、酷いでござるよ………。」
「あ゛………。ス、スマン。今度埋め合わせはするから機嫌直してくれよ。」
「う゛ー。」
「あー、もう。そんな拗ねてるような、泣いてるような目をするなって………。(汗)」
横島はあたふたしながらシロを宥めようとする。
まあ朝っぱらから自分の過失で女の子の機嫌を損ねるのは非常に寝覚めが悪いので、横島も必死である。
「………絶対でござるよ? 約束でござるよ? ちゃんと埋め合わせして下されよ?」
「大丈夫、大丈夫。約束してやるって。」
シロの尻尾がフリフリと左右に振れ出した。
それと共にシロの表情も明るくなる。
ちなみに、横島がこれまでシロに何回埋め合わせを要求されたかは秘密だ。
「うん! それならいいでござるよ! では先生! 早くサンポに行くでござるよ!」
「あー、わかったわかった。オレは着替えにゃならんから先に外へ出とってくれ。」
「わかったでござる!待ってるでござるよー!」
キィ! バタン!! バキッ!
「げ。」
………女の子の機嫌が良過ぎても、寝覚めは悪くなるようである。
「うー。イタイでござるよ、先生………。」
「やかましい。毎度毎度の如くドアを壊しやがって。」
朝の明るい日差しの中、横島は少し不機嫌そうに自転車を引きながら歩いている。
つーんと言う効果音が似合いそうだ。
一方のシロは、頭を抱え、涙目でうーうーうなりながら横島の一歩後ろを歩いている。
どうやら一発、拳骨でも貰ったみたいである。
そんな二人とは対照的なほど、今日は非常に気持ちのいい朝だ。
周りにちらほら見える木々が、柔らかな風に揺られながらサワサワと音を奏でている。
日差しも夏にしては程よい弱さだ。
過ごしやすい朝と言えるだろう。
しかし、これが昼近くになってくるとそうも言っていられない。
夏のうだるような日差し、日本と言う島国の高温多湿な風土による不快感、セミ達の喧しい大合唱。
はっきり言って地獄である。
「そう言えば先生。」
「ん?何だ?」
シロが若干、声のトーンを落として問いかけてくる。
下から横島を覗き込むように見上げてくるシロの表情には横島を案じる気持ちが窺える。
「今朝何かあったでござるか?少し怖い表情をしていたでござるよ? 」
「え………?」
横島はシロの言葉に軽く動揺する。
今朝あった事と言えば空の夢。
僅かに感じた開放感と寂寥感
フワリと舞う純白の――――――――――
「先生? 」
「………へ? あ、ああ。別に大した事はないぞ。ただちょっと変な夢を見ただけだ………っておいおい。そんなに心配することじゃないって。大丈夫だ大丈夫。」
「本当でござるか………?」
シロは横島の返答に納得のいかないような表情を見せるが、最終的には横島の言葉を信じたのか、その表情をすぐに打ち消した。
「わぅ………。まあ先生がそう仰るのであれば大丈夫でござろうが………。」
「そうそう。心配する必要なんてないぞ?はっはっは。」
えらく白々しく聞こえるのは気のせいであろうか?
シロもその雰囲気を感じ取ったのか、ムッとした表情になる。
「(ムカ)では先生! とっとと行くでござるよ!!」
「げっ。ち、ちょっと待て! お前のペースに着いていくには心の準備が必要なんだ……… 「問答無用でござるっ!」 って何怒ってんだよシロ待てうわやめ………の゛わ゛〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」
結論。
女の子の機嫌に横島の運は左右される。
専ら、彼にとって悪い意味で。
〜執筆後記〜
どもども、はじめまして。
新参者の長門千凪です。
これまではずっと読み手だったのですが、書き手へと回ってみました。
実は今作が初めてのSSだったりします。
その処女作が長編かつクロスオーバーなんですから、無謀以外の何者でもないですよね………。(汗)
しかもこんなダメダメな文章………。
ああ、自分ってへっぽこ………。(泣)
まあとにかく、完結と最低週一での更新を目標として頑張りたいと思います。
これからよろしくお願いしますね。
それでは、次話でお会いしましょう。
ではでは!!