俺は横島忠夫。GSである。
今日俺は、ある建物の屋上で黄昏ている。
この建物は基本的に俺に好意を持ってくれている女性で埋まっており、俗に言うハーレム状態だ。
今も階下では多数の女性が料理を作ってくれていたりお風呂の準備をしてくれていたりするのだろう。
「はああああぁぁぁぁ…」
肺の中身を全て出すような長いため息をついた。ため息は幸せが逃げるとは言うが、今の状態が幸せなのかどうかわからん。
この環境で何を馬鹿なことを、と思うやつも多かろう。俺自身、昔ならそう思ってたに違いない。
だが、今の現状は必ずしも俺の望んだ状態ではないのだ…。
数ヶ月前。
事務所で大きな仕事を成功させたことと、俺の誕生日が重なったことで、パーティーを行うことになった。
今事務所の一番広い応接室には、どう手を回したのか知らないが、覚えのある奴がほとんど呼ばれている。
「どわっははははははは!」
「きゃははははは!」
「うふふふふふふふふふ」
何と言うか、酒池肉林ではなく酒池酒林とでも言うべきか。
呼ばれた奴がほとんど手土産に酒を持ってきたおかげで、ものすごい酒盛りになってしまった。
千年王国を酔っ払って過ごせるという神酒『千年酔国』とか、
どれだけ凶暴な竜でも撃沈させるという竜酒『グラム』とか、
全身を侵し沈み溺れるように酔えるという魔酒『酒の池地獄』とか、
理性も記憶も全てを無に帰すという妖酒『アバドン』とか。
神族は魔族の酒を、魔族はその逆を飲んで大いに酔っ払っている。慣れてないせいだろう。
人間が耐え切れるような代物ではないらしく、美神さんもすっかり出来上がっている。
「未成年も多数いるっちゅーのに、この人たちは」
そういう俺もかなり酔っている。ただ、普段飲み慣れないからちびちびやってると、周りがさっさと酔ってしまったのだ。
まあ、ちょっと口にしただけでダウンしたおキヌちゃんとか、空気だけで酔ってしまったケイとかよりはましなんだろう。
中途半端に頑張ったタイガーとかは、虎を通り越して虎の敷き皮のように潰れていた。魔理さんが座ってるのが笑える。
「はー。一応は俺の誕生日も兼ねてるってのに、すっかり蚊帳の外だな」
酒は怖いなー。小竜姫さまがべスパの胸揉んでるよ。「分けてよー」とか言ってる。
…これらの映像を残しておいたら、すんげー価値が出るんじゃないか?
「人工幽霊壱号? この映像記録してるか?」
『……』
「おい?」
『……ひっく』
おいおいおい。床にこぼしたり空気中に混じったりした酒気で酔ったのか? 本当に酔っ払いの家だな。
仕方ない。俺の脳内にのみ記録しておくとするか。例えば胸が肌蹴かけた状態で寝てる小鳩ちゃんとか…。
「横島クーン! 飲んでるぅ!?」
「うわたっ! み、美神さん!?」
「飲んでないじゃないぃ。駄目よぉ、もっと陽気にならなきゃ!」
「こんな状況で陽気になれませんって」
周り中酔っ払い。さっさと潰れた奴には落書きやら鼻にポテチやらの修学旅行ノリだ。とてもダウンできない。
誰だ、タマモとシロの二人を並ばせて日曜朝のアニメ番組の決めポーズとらせたのは。似合ってるじゃねーか。
ダウンせずにはしゃぐにしても、今起きてるのは相当な酒豪たちだ。同じペースで飲めるとは思えんし。
「…駄目ぇ? 陽気にはなれないのぉ? やっぱり忘れられないのぉ?」
「? 何を言って?」
俺にしがみついたまま急に涙顔になる美神さん。酔っ払いの涙顔なんて、嘔吐の前兆でしかないが…これは?
「あんたねぇ! そんなんじゃ駄目よぉ! お願いだから、あの子のこと振り切ってよ!」
「お、お願いってちょっと!? あの子って、ねえ、聞いてます…うぐっ!?」
美神さんはしがみつく力を増して、て言うか俺の首を締めて迫る。く、苦しい…。
「駄目…し…死ぬ…」
て、手加減が全くない…やばい…おちる…
「嫌ぁ! 死ぬなんて駄目ぇ!」
その美神さんの大声に、まだダウンしていない者やダウンしてそろそろ目が覚めそうだった者がこっちを向いた。
「死んじゃうくらいならぁ! あたしが、何でもして慰めてあげるからぁ!」
「…ほ…ほんとに…やば…」
もう俺の頭の中はガンガンと頭痛の音が響いてうるさい。あ、少し気持ちよくなってきた。あれ、光が…?
と、唐突に美神さんが手を離す。俺はそのまま後ろに倒れ、後頭部を強打して目の奥に星が散った。
見ると美神さんは、大声出したせいか頭を押さえてうずくまっている。
しかしまだ俺には平穏は訪れず、今度は小さな影が…え、パピリオ? お前まで飲んでたの!?
「わたちが、ルシオラちゃんを…ひっく、産んであげまちゅから、安心しなちゃい!」
とか言いながら俺の頭をおなかに抱きかかえる。
いや待て、話の流れとか以前に、お前、その外見に俺が手を出したら確実に変態だろおい!
「嫌ぁ! 彼女を産むのはあたし!」
「何言ってるでちゅか! ひっく! 年増はすっこんでなちゃい!」
…この場にパピリオより年下はいない…いや、タマモは今生では年下かな?
もめている美神さんはおろか、離れてこっちを眺めている面々も額に血管を浮かばせた。
「誰が年増よ。青春のせの字も知らないようなガキはこれだから困るわ」
え、と、愛子? 机が真っ赤なんだが大丈夫なのかそれ?
「あなたの体じゃ子供なんてまだ無理でしょう。私くらいはないと」
うひゃ、美衣さん? なぜ体をくねらせるんで?
「最低限相手を満足させないと、子供なんか作れないよ?」
グーラー? 満足って…あれ? 今何の話をして…?
「ふむ。戦士の魂を癒すのも戦乙女の本分。協力しよう」
ワルキューレまで…ていうか横で伸びているジークの顔にこぶしの後があるが…そいつは癒さなくていいのか?
「あははっはー。私なら横島さんのどこが弱いかぜんぶ判るのねー!」
ヒャクメ!? うわー。すげー大声。見える限り全部の目が座ってるってのはどういう酔い方だ。
「むー」
美神さんが膨れっ面になる。
「うー」
パピリオもなにやら膨れる。
わいのわいの。
なんだか俺を中心に多数の女性陣が集まって…なんかダウンしたはずのおキヌちゃんたちも起きてるし…?
「だからぁ! ルシオラが生まれて来るまでぇ! あたしが着き切りで愛してあげるのよぉ!」
「そういう悲劇のヒロインは、私の役目ですっ!」
「むにゃ…拙者は…身も心も先生のものでござる…」
「わたちはルシオラちゃんより先に、ひくっ、ヨコシマに目をつけてたでちゅ!」
「彼のー霊能をー目覚めさせたのはー私ですからー私がーふにゅう」
「愛する人のために身を犠牲にしてつくす女…ああ、青春(?)よねぇ」
「なになに〜? 冥子も〜がんばる〜」
「ふふふ。ヴァルハラにいるよりも心地よくしてやろう」
「人を“食べる”のは得意だからね。負けないよ?」
「ああ、競争率が高いわ…でもこの試練を乗り越えてこそ、横島さんに恩返しが出来るのっ!」
「こんもーはくめんきゅーびのきつねをなめるなー」
「姉さんにもう一度会える?」
「とりあえず誰が妊娠したかは私が診てあげるのねー。あははははは」
「楽しそう! 鈴女も混ぜてー!」
「…あら、するとケイは横島さんの義兄になるのかしら」
わいわいわい
がやがやがや
………
そんなこんなで、翌日にはヨコシマハーレムが家ごと出来上がっていた。早いな、おい。
…いや、俺はルシオラのこと、まだちょっと引きずってはいるけど、それなりに吹っ切ってますよ?
だって俺が後悔してるのは、彼女の望みにろくに応えてやれなかったこと。あんまり幸せじゃなさそうな人生だったものな。
だから、俺の子供としてでも愛情を注いであげられるなら十分。生まれ変われないよりずっといい。
そりゃ復活して欲しいけど、彼女のことだけ考えてて何もできない、とか言いませんよ?
つーワケで彼女らが張り切るのは全くのお門違いなのだが…しかしこのおいしい状況を見逃す手もない。
当然俺としては、たとえ後で惨殺されようとも、まずは全員を一度づつ切り伏せようと意気込んでいたのだが…
「いいの。無理しないで。あの子を裏切ることになるから、正気の時にしてとは言わないわ」
「はい?」
「さ、これ食べて」
「…むぐぐっ!?」
と、小鳩特製チーズ餡シメサババーガーにより幽体離脱させられる俺。しかも呪符が貼られて体に戻れない。
あとは女性陣が寄ってたかって俺の体を好きに弄んで…ああっ、お婿にいけないっ!
…とにかく、俺の意識は見てるだけ。わずかに幽体に感覚は伝わってくるものの、俺自身は大して気持ちよくもない。
そのくせ体はきっちり反応して、全員に種付け…って、おい、何人いるんだ。
「あ、もう限界かな?」
「大丈夫。天狗の鼻のごとく屹立するという妙薬があります」
「おー。じゃあ次は…」
何か俺の体がどんどん衰弱しているように見えるのは気のせいですか?
ていうかもしも妊娠が目的なら、日にち選んでやればよいのであって毎日全員とやる必要はないのでは?
そりゃあ神族や魔族の方には危険日があるのか俺は知りませんが。
「横島さんを慰めるのも目的ですから」
いや、あの、俺幽体離脱してるんですけど。
「でも少しは気持ちいいでしょ?」
そーだけど…ってちょっと、パピリオ、さらには鈴女は無理だろ!?
「わたちはルシオラちゃんと同い年でちゅよ? このままでも妊娠が可能だと診断してもらってまちゅ」
いや、でも、その、絵面及び俺の理性的にやばい…まてまてまて、ちょ、あああっ!
「鈴女はさすがに駄目だね。精霊石貸して。これならしばらく大きくなっていられると思う」
…もし途中で戻ったらスプラッタなのでは…おい、縮んでないか、うわわっ!?
「ぜー…はー…」
ようやく全員が終わり、体に戻ることができた俺。
精神的及び肉体的にも疲労の極致。しかも快感がほとんどないから煩悩が発散しないし…。
「辛そう…やっぱり彼女のことを思って心労が大きいのかしら…」
「でも霊力はこれまでないほどに充実してますね。やっぱり彼女を転生させるために…ううっ」
どんな誤解の仕方やねん。まともに抗議しても聞いてくれないし、拷問かこれは!
「くそう。白かったはずの赤いシーツが目に痛いぜ…」
すげー夢のような状況なのに、何故か涙が出ちゃうのだが…。本当にこれ、童貞喪失になるのか?
さらに翌日。目覚めると息子が痛い。これは身がもたないと判断した俺は、美神さんを連れて外出した。
「美神さん。今更なんですけど、本当は俺、美神さんのことを…」
適当な二人きりの場所で告白する。さすがにこれで、昨日の騒ぎは誤解から生まれたと判ってくれるだろう。
もっとも、その後に全員からリンチ食らうだろうなと思うと、身が震えて血が引く思いだが…。
「…そんな、青ざめて無理した顔で、気を使ってくれなくてもいいのよ。全員に言うのは大変でしょ?」
「はい? 全員って…」
「大丈夫。私たちみんな、横島クンの愛を邪魔するつもりはないわ。…彼女が転生できれば、身を引くから」
なんですと?
「え、でも、あれ?」
「横島クンの気持ちは判ってるから。あ、もちろんルシオラ以外の子供ができてもそれぞれで育てるわ」
「え…」
「ヒャクメの言うには妊娠して一週間くらいで魂の判別が出来るみたい。もしも彼女以外の子供が出来ても、許してね」
頭が真っ白になっている俺に、美神さんはそっと口付けする。
「ありがとう。大好き“だった”わ」
そして涙を零しながら走り去っていった、って、なぜ過去形ー!?
ていうか、ルシオラを転生させるまではいいとして、俺は自分の娘とヤるような鬼畜だと思われてるのか!?
「ま、そんなの気にしないくらいに彼女を愛していると思われてるのねー」
「ヒャクメ!?」
いきなり物陰から現れやがった。人の告白(しかも失敗)シーンを…くっ、この覗き魔め…。
「もうすっかり悲劇のヒーローなのねー。あの家はみんなの予算にオカルトGメンの協力があったから用意できたのね」
「ええ!? 隊長とか西条は何考えてるんだ!?」
「それだけ横島さんのことはオオゴトになってるのね。今更ルシオラのことは吹っ切りました、じゃあ収まらない状態よ」
「…ちょっと待て。お前は心も読めるんだろ? なんで今まで誰かに正直なところを言ってくれなかった!?」
そう言うとヒャクメは憮然とした顔で言った。
「ひどいのねー。私が心を覗く時はちゃんと相手の許可取ってるのに」
「う、そ、そうなのか? だが…」
「それに、小竜姫たちに止められてたのね。『傷心の人間の心を覗くべきではありません』って」
傷心…今俺は別の意味で傷ついてるんですが…。
「…じゃあ今は? 心を覗かなかったら俺の考え判らないはずじゃ?」
「ああ、私は個人的には、あなたは立ち直ってると踏んでたから。で、念のため覗かせてもらったわけ」
「許可は?」
「…あ…」
…ひゅん!
あっ! テレポートで逃げやがった…!
それからというもの。
俺は夜には肉体だけ搾り取られて疲労困憊精神衰弱。朝や昼はおいしい食事が出るが、セクハラも出来ない。
何故って、「無理して元気な振りしてくれてるのね…」といった顔で見られてそんなこと出来るか!
自家発電するなんてのは夜に響くので自殺行為だ。まあ腎虚になっても復活させられるだろうが…。
学校でもどういう風に情報がいっているのか、女子には生暖かい目で見られるので手が出せない。
美神さんからGSの正式資格はもらえたんだが、除霊の仕事は入れてくれない。というか建物から出るのも大騒ぎだ。
俺の体を気遣ってくれているらしいが、いっそ運動して煩悩を発散した方がましだ。何をするにも体の心配されるってのはうざ過ぎる。
悶々とした気持ちを抱えて窓からため息をつけば、「ルシオラさんのことを思い出してるんだわ」と囁かれる。
うっかり夕日を眺めでもしようものなら、後ろで涙ぐむ女性が数人といった具合だ。うっとーしいっつーの!
こうして冒頭のような状態に戻るわけだ。
なあ、そこの君。俺、幸せなのかな? …何か違う気がしてならないんだが。
続く
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