花見の席が、徐々に盛り上がってきた頃。
遅れていた人物達も次々と到着してきた。
中でも西条を伴った美神美智恵は『警察庁』と書かれたヘリコプターで颯爽と現れ、その不良公務員ぶりを見せ付けた。本人曰く「神魔族の指導層との会合は、重要な公務よ」とのことである。
今日集まったメンバーはすでに酒が入っていた事もあり、そのような暴言は気にしてはいなかった。それよりもこの酔っ払い達には、美智恵が一般人には中々手に入らないと言われる鹿児島の焼酎『森以蔵』をダースで持って来た事の方が驚きが大きかった。幻の銘酒があっという間になくなったのは言うまでもないだろう。
ジークが魔界に呼びに行った、ベスパとワルキューレも到着したので、パピリオは久しぶりの姉との再会に大いにはしゃぐ。
横島はようやくパピリオから開放され、いい加減無限ループとかしたお酌と返杯に嫌気がさしたこともあって、そっと宴会場からぬけ出すことにした。
「まったく、俺はまだ未成年だっつうの。なんであの人達はあんなに酒が強いかなぁ…」
自分もその一人だという事も忘れ、宴会場の喧騒から離れて散歩する横島。両脇には桜の木がもえるような美しい色彩で、彼の目を楽しませてくれる。思えば横島の生まれ故郷大阪では、造幣局の通りぬけが有名である。このようにただ歩いて桜を見るのもまた良いものであった。
美しく咲き誇りながらも潔く散っていく桜の姿は、短い生命を情熱的な恋に生き、死んでいく、蛍のはかなさに似ていて、どこか”彼女”の事を思い出させる。それが横島を、少しせつなくさせるのだった。
「ふう…。きれいやなぁ……。あれ?」
しばらく歩いていくと、道の途中、大きな石の上に誰かが座っていた。舞いあがる桜吹雪の見事さと、その人物の浮世ばなれした幻想的な美しさに、横島は呆けて思わず言葉を忘れてしまった。
「ん? なんだ横島じゃない。どうしたのよ?」
声をかけられてはっと我にかえった横島は、ようやくその人物、タマモに意識を移した。
「あ、いや。ちょっと酔い覚ましにな。お前こそどうしたんだよ、こんな所で」
「桜を見ているに決まってるでしょ。私はあんな馬鹿騒ぎは好きじゃないから」
そう言うと、タマモはまた横島から目を離し、桜の木を見ながら杯をかたむけた。見れば彼女の傍らには、いつのまにか拝借していたらしい日本酒の瓶と、つまみのつもりなのか油揚げが何枚か置いてある。相棒の人狼の少女とは対称的に、見た目よりも老成している彼女には、そんな姿も良く似合っていた。
「御所の桜もきれいだったけど、ここの桜も悪くないわね」
前世で姿を変え鳥羽法王のそばに居たタマモは、宮中の華やかな文化にもふれていた。かつて平安貴族達は、宮中の桜の木を見ながら歌をよみ、舞い踊っていた。タマモも風流をというものをよく理解しているのかもしれない。
「桜の木の下には死体が埋まっている…」
「……死体?」
「どっかの小説家が書いた一節さ」
タマモの博識に対抗するわけではないだろうが、横島も自分の知っている知識を披露する。作者の名前も分からないのでは不充分にもほどがあるが、タマモは気にしていない様子であった。
「ふーーん。まあ、確かにこの桜の木には、死体が埋まっててもおかしくないけどね」
「えっ?」
文学的なニュアンスとは違った、現実的でどこか密事を囁きかけるような口調に、横島は思わず顔を上げてタマモの顔を凝視した。
「…あんた霊能力者のくせに、本当にこれが普通の桜の木だと思ってたの? そこかしこで妖しさ満天じゃない」
言われてみれば…確かに少しおかしい。まずこの桜の木は不自然なほど生気が強い。集中してあたりを探ってみると、この木々の下からは何かのエネルギーの流れが感じられる。そもそもこの標高の高い妙神山に、大量の桜が群生できるわけがないではないか。
そうやって見ると、この桜の美しさもどこか凄みのあるものに見えてくる。風にゆれ、ざわめく木々と、狂った様に舞い落ちる桜の花びらに、横島は空恐ろしいものを感じずにはいられなかった。
「まあ、でも………」
横島に話しかけているのか、桜の木に語りかけているのか。あるいはそのどちらでもないのか。タマモはどこか遠くを見るような目で言葉を繋いでいく。
「死体が埋まってようが、魔性が宿ってようが、桜には罪はないわね。この桜が美しいことには変わりはない……」
横島には小さな体に内なる魔性を秘めたタマモと、この桜の木がだぶって見えた。どちらも妖しいほど美しい。
「確かに、変わりはないな……」
二人の周りは一枚の絵画のように、時間の流れが止まっているように感じられた。横島はその感覚に、心と、体と、魂を預ける。それがとても心地よくて、一言も言葉を発することもなく、ただぼんやりと桜を眺めていた。
サワサワと風が鳴る。
ハラハラと桜の花びらが舞い落ちる。
……いつまでもこのまま浸っていたかったが、宴会を抜け出した横島は、ずっとここにいるわけにはいかなかった。残念ではあるが、頭の中の時間の流れを元に戻す。
「俺はもう宴会場に戻るけど、タマモはどうする?」
「んー? 私はもう少しここにいるわ」
「分かった。それじゃあ先に帰ってるぞ」
宴会場に戻ってきた横島は、周囲を改めて見まわす。
(確かに妙だ…何かがおかしい……)
横島はその場にしゃがみこむと、手の平を地面に添えて探ってみる。さっきまではどういう訳か気づかなかったが、この会場も桜の木々同様異常だった。何のためかはよく分からないが、地面から強力なエネルギーの集約が感じられるのだ。
(なんだろう? この感覚、どこかで……)
この作為的に集約されるエネルギーの流れを、どこで感じたのか。横島は記憶の底をかき回して思い出そうとする。
「そうだ、アシュタロスのコスモプロセッサー………」
横島の推理が、今一つの結論を導き出そうとしているその時に、それが中断されるほどの衝撃を腹部に受けた。
「ぐふっ!」
「ヨコチマ! いったいどこに行ってたんでちゅか!!」
もはや恒例のスキンシップとなった、パピリオの高速低空タックルである。
横島は苦しそうにうめき声をあげながら顔を上げると、いつのまにかパピリオどころか美神やおキヌ、シロや小鳩といった面々が横島を取り囲んでいる。
「こ〜ら! あたしの酒がの〜めないっての!!」
「横島さん! 私のきんぴら食べてください! さー早く! 今すぐに!」
「小鳩の煮物も自信作なんです! 貧ちゃんとがんばって作ったのでいーっぱい食べてください!」
「先生! さーんぽするでござる! 野を超え山超え谷超えて。あの地平線の向こうまで散歩するでござる!!」
一度この場を離れてしまった人間には、酔っ払いのテンションに付いていくのは至難の技である。言っている事も意味不明であった。
横島は半ば引きずられるようにして宴会の中央に連れてこられ、無理やり大量の酒を注がれる。
「よーし! もう一度乾杯するわよ! カンパーーーイ!!!」
「「「「「カンパーイ!!」」」」」
美神が音頭をとった今日何回目かの乾杯により、再び宴会場は乱痴気騒ぎに突入した。浴びる様に酒を飲むもの。歌い出すもの。踊り出すもの。酔いつぶれて寝そべっているもの。それぞれがそれぞれに花見を楽しんでいた。
だがその中で二人だけ、土偶羅と斉天大聖老師だけは、喧騒からはなれ、他のものとは異なる視線を横島に向けていた……。
心地よい春の風がふきぬけ、ざわざわと音を鳴らす。
桜の木は変わらずに花びらのシャワーを降らせ、宴の席に華をそえていく。
まだ宴は終らない――
私の役目は終りました。やっぱりリレー小説は難しいですね。エンディングまで後2話。第九話の皇月さん。 最終話の豪さん。 がんばってくださいませ。