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「宝珠師横島 〜The Jewelry days〜 第8話 (GS)」

セラニアン (2005-04-16 13:23/2005-04-16 13:26)
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<育児日記8月15日>


         ・・・ルシオラ


宝珠師横島 〜The Jewelry days〜


(横島 忠夫)
「楽しかったね、パパ」
「そうだな」

 俺と肩を並べて歩きながら、楽しそうにそう言う蛍。その身体は白地の浴衣に包まれ、足下からは草履のカラカラとした音がリズミカルに響いている。

「しかしここは東京とは大違いだな・・・」

 すっかり暗くなった周りから聞こえるのは虫の声と俺たちの足音だけ。

 お盆休みに蛍と二人でやってきた温泉地。そこは夜でも明かりが絶えない東京とは違い、夜らしい静寂と空気、そして星空に包まれている。

 今俺たちが歩いているのは旅館へと続く街道。

 旅館の女将さんに聞いた縁日からの帰り道。ちなみに蛍が着ているのは、旅館でレンタルした浴衣だ。

 白地に花の模様が描かれた浴衣は、清楚な雰囲気で蛍によく似合う。


「そうだパパ、実はこのあたりでホタルが見れるんだって」

 『もちろん私の事じゃないからね』と念を押す蛍。

「そうなのか?とてもじゃあないけど、ホタルが見れるほどきれいな川はないと思うんだけど・・・」

 確かにここは田舎だ。とはいえそれなりに開けた温泉街なので、とてもホタルが住めるような清流があるとは思えない。それに川にも温泉が多少流れているから、ホタルの好むような水温にはならないと思うのだが。

「そんなことないって。ほら・・・よく見てパパ」

 そういって草むらを指さす蛍。しかしその先には何も・・・


「・・・え?」


 『ぽうっ』


 草むらのあたりで、わずかに光る小さな灯り。

 今にも消えそうな灯りは、しかし消えずに小さく点滅を繰り返している。

「本当にホタルがいるのか?」
「そうだよパパ・・・ほらあっちにも・・・」

 蛍が指さすのと同時に、違う草むらにも灯りがともる。


「・・・そっちにも」


 今度は後ろ。


「・・・こっちにも」


 今度はまた目の前。


『ぽうっ』『ぽうっ』『ぽうっ』『ぽうっ』『ぽうっ』『ぽうっ』『ぽうっ』『ぽうっ』『ぽうっ』

 光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光

 ホタル、ホタル、ホタル、ホタル、ホタル、ホタル、ホタル、ホタル、ホタル、ホタル


 蛍。


「・・・・・・・」

 気がつくと俺の周りは、何百、何千という小さな光で溢れかえっていた。

 そうそれはまさしく『ほたる』の灯り。

 そしてその光の渦の中で、俺に向かってほほえむ『ほたる』。


「どう、パパ?」

 呆然とした俺を現実に引き戻す蛍の声。

「ま・・・さか・・・幻術・・・なの・・・・・か・・・・?」

 声が震える。

 思考がまとまらない。

「うん。どう、すごいでしょ」

 自慢するように腕を広げてくるくる回る蛍。それはまるで光と踊っているようで・・・光たちも蛍に会わせるようにチカチカと点滅している。

「あ・・・ああ・・・すごい・・・・・な・・・・」

 声がかすれる。

 左手に巻かれたバンダナの下がうずく。

 焦点が定まらない。

「ねぇ・・・どうしたのパパ?」

 異常を察知したのか、怪訝な顔で蛍が近寄ってくる。

 それと同時にあれほどいたホタルが消えてゆく。ひとつひとつ、瞬く間に消え去るホタルたち。

「ねぇ、ホントに大丈夫?」
「あ、ああ。大丈夫・・・だよ。ちょっと・・・疲れただけで・・・」
「ホント?なら早く旅館に戻って休まないと」

 そう言って俺の手を引く蛍。

 後ろを振り返る。

 ちょうどその時、最後の一匹が・・・


「・・・・ルシオラ・・・・」


 最後の『ほたる』が消えた。


 あれから一週間、あの時の光景が頭から全く離れない。

 幻術。

 光を操り空間に像を結びつけるそれは、ルシオラが最も得意としていた術だ。それが、蛍に受け継がれている。

「・・・ルシオラ」

 どんどん大きくなってゆく蛍。

 どんどんルシオラに似てくる蛍。

 なるべく考えないようにしても、蛍のふとした仕草にドキッとする自分がいる。思わず『ルシオラ』と重ね合わせてしまう自分がいる。

「父親失格・・・だな・・・」

 蛍がルシオラの術がつかえるのは当たり前だ。蛍がルシオラに似てくるのは当たり前だ。蛍はルシオラじゃあない。けれど『ルシオラ』なのだから。

 思い出すのは、封印した記憶。俺の心の奥底で決意の鎖によってがんじがらめにされた決して語ることのない『思い出』。

 それを知っているのは、その瞬間を一緒にすごした俺とベスパとパピリオ、それだけ。それは例え蛍が大人になっても、俺が死ぬようなことになっても、語ることはないし・・・語らない。

 俺はベスパやパピリオよりも早く死んでしまうだろうけど、きっとあの二人も語ることはないだろうから、俺が墓場まで持ってゆけば、その真実は幻になる。

 それは誓いであり、俺の罪の象徴。


 しかし俺はその誓いを本当に守れているのだろうか?

 自嘲する。

 本当に守れていると思うのか?お前が?笑わせてくれる。自分の娘にときめくような変態が?


 うるさい黙れ。

「・・・くそっ」

 目を閉じる。

 思い浮かべるのはルシオラの姿。

 しかし本当にそうか?本当に俺が思い浮かべているのはルシオラなのか?俺が思い浮かべているのは、風化してしまったルシオラじゃあなくて、蛍じゃあないのか?

「娘に欲情してるのかよ・・・俺は・・・」

 ルシオラじゃあない。あれは蛍だ。ルシオラと俺の、大切な・・・大切なたった一人の娘だ。

 そう思いこもうとすればするほど、蛍の影が『ルシオラ』と重なってゆく。

「ははっ、最低だな・・・俺は・・・」

 本当に最低だ。

 蛍に対する侮辱であり、ルシオラに対する侮辱だ。


「パパ〜」

 蛍の声。

 頭を振ってバカな考えを振り払う。

「パパ〜晩ご飯どうす・・・どうしたのそんなとこで?」
「いや、なんでもないよ・・・それより今日はどっかに食べに行こうか?」
「ホント!それならね、私行ってみたいとこがあるんだけど。この前雑誌に載ってたところで・・・」

 雑誌を取りにゆく蛍。笑う俺。

 ルシオラとの誓い。自分への誓い。


 『どんなものからも、例え目に見えないものからも蛍を守る』


 だから俺は、蛍に心配かけないようにしなければならない。蛍に悲しい思いをさせたくないから・・・だから思いを押し込め、葛藤を隠す。

 頭を振り、笑顔を浮かべる。

 そして左手のバンダナを、決してはずれないようにきつく結ぶ。

 蛍は、絶対に悲しませない。


 だから俺は・・・・・


(藤沢 都子)
「ごめんね都子ちゃん、こんな時期におじゃましちゃって」
「べつにかわまないよ」

 待ち合わせの時間通り現れた蛍。私は自分の部屋に通し、クーラーをかける。今日の蛍の姿はキャミソールの上にサマーセーター。

「それで、どうしたの?」

 夏休みも残り一週間と差し迫った時、昨日突然電話をかけてきた蛍。その雰囲気に何となくいつもと違うものを感じ、家に呼んだのだが。

「あのね、この前からパパが変なの・・・」
「横島さんが?」

 小さく頷く蛍。

 蛍が言うには、お盆に行った旅行から帰ってきて以来、横島さんの様子がおかしいらしい。

「見た感じいつも通りのパパなんだけの・・・私わかるの」

 うつむいてそう言う蛍。

「パパ、すごい無理してる。無理していつも通りの生活してるの。私の前で無理して笑ってるの・・・」

 蛍の目からぽろぽろと涙がこぼれる。

「パパ、何も言ってくれないの。私が『どうしたの?』って聞いても・・・なんにも言って・・・くれなくて・・・いつもみたいに笑うの。それが・・・そ・・・すごく・・・つらそうなのに・・・わかんないから・・・私、わかんないから・・・なんにもしてあげれなくて・・・パパがつらい・・・のに・・・なんにもして・・・あげ・・・ない・・・私・・・パパに・・・私・・・わた・・・・・・あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 私に飛びつくと、声を上げて鳴き出す蛍。

 こんな蛍を見るのは、小学校以来だ。小学校4年生の時、父親と結婚できないことを知ったときの蛍以来の・・・悲しい泣き声。

 しゃくり上げる蛍の背中を撫でる。横島さんが昔していたように。


 クーラーの効き過ぎで肌寒くなってきたころになって、ようやく蛍の泣き声が止んだ。

「落ち着いた?」
「うん・・・ぐすっ・・・ごめんね都子ちゃん。服汚しちゃって・・・」
「いいよこのくらい」

 蛍の背中をぽんぽんとたたいてやる。

「ねえ・・・私どうしたらいいのかな・・・」
「そうだね・・・横島さんには聞いてみたんでしょ?」
「うん。・・・でもなんにも教えてくれなくって」

 また泣き出しそうになる蛍。

「ほら、泣かないの・・・じゃあ他に誰か知っていそうな人は?」
「ベスパお姉ちゃんやパピリオお姉ちゃんなら何か知ってると思うけど・・・」

 実際にあったことはないが、話は聞いている。蛍のお母さん妹・・・つまり横島さんの義理の妹、蛍のおばさんに当たる人たちだ。

「でも簡単には会えないんでしょ?」
「うん・・・」

 よく知らないが、なんでもものすごく遠くに住んでいて、年に数回しか会えないらしい。

「そっか・・・」

 頭をひねる。

「他にいないの?ほら、前によく来てた女の人とかさ・・・」
「誰のことか分かんないけど、実は・・・一応色んな人にも聞いたの。おキヌお姉ちゃんやタマモさんやシロさんや美神さんや・・・」

 しかしそれでも何も分からなかったらしい。何か心当たりがありそうな人もいたらしいが、そんな人たちもそろって口を閉ざしているそうだ。

「お盆からおかしいって言ったよね、蛍。いったいお盆に何があったの?」

 原因が分かれば、何か分かるかもしれない。

「多分、私が幻術を使ったからなの・・・」
「幻術?」
「うん・・・」

 こういうの、と蛍が言うと、私達の顔の横に小さな光が出てきた。その本当に小さな光はチカチカと点滅して・・・


「・・・これだけ?」
「うん・・・」

 蛍が言うには、最近目覚めた能力らしい。ただ蛍と同じような幻術を使う人が、知り合いにいないらしく、ほとんど独学でやっているので、ぜんぜん上達しないらしい。だから出来るのは小さな光を結ぶことだけ。精神感応で意識に直接介入するタイプや、相手の隙をつき五感をあざむくタイプの術者なら知り合いにいるらしいが。

「それでね・・・パパをびっくりさせようと思って・・・内緒で特訓してたの。旅行に行ったら、見せてあげようと思って」

 横島さんのために特訓した蛍。横島さんに喜んでもらうためにがんばった蛍。

 しかしその結果は・・・

「私・・・なにか大変なことしちゃったのかな・・・?」

 不安そうに言う蛍。しかし私に聞かれてもよく分からない。

「でも変な事したわけじゃあないんでしょ?」
「うん。ただ光をホタルに見立てて・・・出しただけ」
「そっか・・・」

 分からない。

 いったい何が横島さんに影響を与えたのだろうか。

「それじゃあ・・・」

 どうしようもない。

 横島さんが口を閉ざしている以上、何も分からないのだ。


 それが分かったのか、蛍の目からまた涙があふれ出してくる。

「・・・私・・・どうしたらいいの・・・」

 顔を覆う蛍。指の隙間から涙が絶え間なく流れ落ちる。

「・・・ねえ・・・・教えてよう・・・だれか・・・私・・・どうしたらいいの・・・ねえ・・・どうし」


『ぱたっ』


 次の瞬間、糸が切れたように私にもたれかかってくる蛍。まるで泣き疲れて眠るように穏やかな・・・

「こら蛍、こんなとこで寝るんじゃ・・・・蛍?どうしたの蛍?ほた・・・ちょっ、蛍!?大丈夫!・・・蛍!しっかりしなさい蛍!・・・ほたる!ほたるっ!」

 どんなに呼びかけても、蛍はぴくりとも動かなかった。


(横島 忠夫)
 文殊を出し、そこに『魂』の文字をこめる。

 深呼吸。

 文殊の発動と共に周囲から霊圧をかける。連鎖崩壊する文殊の霊殻構造が無理矢理押し固められ、二次霊殻を形成してゆく。発動させられた内部基質霊波は高活性状態となり、強固な二次霊殻の内部で縦横無尽に吹き荒れながら発散収束を繰り返す。その影響で発達過程の宝珠は淡く発光しながら、だんだんと澄んだ色になってゆく。そして・・・

「・・・また失敗か」

 そして出来たのは、中に白いもやの入った透明な宝珠だった。

 ため息をつく。

 オカルトアイテムというならばこのくらいでも問題ない。多少、内部基質霊波の活性にムラがあるが、性能としては問題ないだろう。しかしプロとして、こんな出来損ないを売り物にするわけにはいかなかった。

「・・・くそっ!」

 『自壊』の術式を手早く刻み、一気に飲み込む。こうすれば宝珠に込めた霊力の8割ほどが還元されるからだ。

 コーヒーで流し込み、一息つく。

 ここ最近、宝珠の成功作は一つも出来ていない。必ずと言っていいほど内部に『濁り』が出来てしまい、そのたびに宝珠を飲み込み続けてきた。

「こりゃあいよいよやばいかな・・・」

 霊力の結晶であり『魂』の欠片・・・『宝珠』。だが文殊と同じようにその仕組みは全く分からない。もともと偶然に出来た物をヒントに作り上げたのだから当然だろう。ただ分かっているのは、『魂』という生命の性質を利用して出来ていると言うことだ。

 宝珠とは『魂』の欠片であり、その魂が汲み上げる『命』の結晶。

 だから頭の中がぐちゃぐちゃな今の俺に、澄んだ宝珠を創り出すことが出来ないのは当然のことだ。

 こんな事など何年ぶりだろうか。

 今までは、どんなに悲しいことがあっても、どんなに心乱されることがあっても、蛍がいてくれさえいれば、決して宝珠を失敗することはなかった。

 それが今になって、蛍がいることに動揺している自分がいる。

「なんで・・・思い出しちまったんだろうな・・・」


 ルシオラが本当の意味でいなくなって、もう15年もたつ。

 通り過ぎた時間は俺の心にぽっかり空いた穴を埋めてくれたし、いまなら苦い思い出として笑いながら話すことだって出来るだろう。

 もちろん好き好んで話すつもりはないが、蛍には一度じっくり話してやらなければと思っていた。


 蛍の母親・・・ルシオラのことを。


 もともと蛍が中学を卒業したおりに話そうと思っていたこと。ずいぶん前から決めていたこと。

 しかしここに来て、蛍のことを『ルシオラ』と意識しだしてしまってから、その決意は崩れ去ってしまった。

 蛍の存在が、蛍の笑顔が、俺の心をちくちくと蝕んでゆく。

 心が摩耗していったあのころのように・・・

「潮時・・・かな・・・」

 このままではいけないことは十分わかっている。

 一応蛍には隠しているつもりだが、聡い蛍のことだ。そのうち俺の変化に気がついてしまうかもしれない。いや、もう気がついているだろう。

 真実を話すことはしない。これだけは、例え何があっても俺が墓場まで持ってゆくことだから。 そのかわりにあの過ぎ去った思い出を話すときが来たのだ。

 真実を隠すための嘘と一緒に。

「覚悟を・・・決めますか!」

 わざと元気な声を出してみる。

 蛍は都子ちゃんのところに遊びに行っているはずだ。もしかしたらお泊まりするのかもしれないが、もし帰ってきたら、その時は・・・


『プルルルルルルルルルル・・・・』


 その時なり出した電話。工房にある子機に手を伸ばす。

「もしもし、よこし・・・」
「もしもし!横島さんですか!」

 ひっぱくした聞き覚えのある声。これは・・・

「・・・都子ちゃん?いったいどうしたの?」
「蛍が!蛍が急に倒れて!呼んでも揺すっても全く動かなくて・・・!」
「・・・なんだって!?」

 胸騒ぎ。いやな予感。

「ちょっ、すぐ行くから!」

 たたきつけるように電話を切る。都子ちゃんがまだ何か言っていたようだが、気にしている場合じゃあない。

 ペンダントを鎖ごと引きちぎる。

 俺が都子ちゃん家に行ったのなんてずいぶん昔のことなのでしっかり覚えていない。しかしそこに蛍がいるなら、この宝珠が必ず導いてくれる。


「待ってろ!蛍!!」


 俺は『追尾空間転移』の宝珠を発動させた。

 淡い燐光を残して。


(後書き)

 どうも、セラニアンです。『宝珠師横島 〜The Jewelry days〜』 8日目『母の面影・蛍の秘密T』をお送りしました。

 いよいよラストエピソードに突入いたしました。宝珠と蛍の秘密。ほんの少し明かされる横島くんの過去。<The Jewelry days>編の基本コンセプトを壊さない程度に、シリアスに行きたいと思っております。

 さて、残すところあと2話。

 それでは明日の第9話『全ては想い出に・蛍の秘密U』でお会いしましょう。お楽しみに。

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