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「新世界極楽大作戦!!第八話前編(GS+エヴァ+α)」

おびわん (2005-04-06 05:14/2005-04-06 10:52)
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何故?


彼女の心を占める言葉は、唯この一言だった。

何故? 何故私はここに居るの? 
何故私はこの世界にまだ在るの?

この石の卵の中で、永遠に眠り続ける筈だったのに・・・。

世界を腐らせる大妖と蔑まれ、人から追われ続けた数百年。
何度も追手を殺し、何度も追手に殺され、しかし自身は死ぬ事が出来ない存在故に絶望し、疲れ果てた。

殺す事も殺される事ももう嫌だった彼女は、この名も無い高原を揺り籠として終わらない夢に沈んだ。
硬く冷たい石に身を変じ、その中で時が果てるまで眠り続ける事を選んだのだ。

もう『外』の世界と関わる事は無い筈だったのに・・・。
誰も私を起こす事は出来ない筈だったのに・・・。

何故こんな事・・・。

そして、

そして、


・・・アンタ達、一体誰よっ!?


「久方振りの目覚めの気分は如何ですか? 金毛白面殿?」

白衣の男はそう言って薄く笑う。
しかしその笑みは、温度を感じさせない嘲りと侮蔑に満ちた物だった。

深夜。

昼間の暑さを残した様な生暖かい風が吹きつける、某県某高原。
観光名所として名高いこの場所も、今は流石に人影は無い。

この数人の男達以外は。

大きな岩の前で彼らが見下ろしているのは、不気味な風の為か、それとも恐怖からか、フルフルと小さく震えている一匹の仔狐だった。

獣らしくない、豊かな表情を見せるその仔狐。
美しい金毛に包まれたその顔も今は恐怖を形作っていた。

「せっかく蘇ったんですから、・・・役に立って貰いますよ?」

嬉しそうに、とても嬉しそうに男は微笑む。
その笑みは仔狐に強い警戒心を抱かせた。

・・・この男からは危険な匂いがする。

一歩、また一歩と、少しずつ後退しようとする仔狐に、男は白衣の懐から
銀色に鈍く光る筒を取り出して、その先端を向けて来た。

ピクリッと仔狐は何かを感じたのか、その筒に目を向ける。

やばいっ!! あの筒はすごくやばい気がするっ!!

筒の先端が光を放った時、仔狐は男達の間を通り抜けて逃げ出した。

やばいっ! やばいっ! やばいっ!

後ろから聞こえてくる怒鳴り声も、自分の周りで音を立てて爆ぜる光も無視し、
仔狐は出せる力の限り四肢を回転させる。

遠くへ逃げなくちゃっ、少しでもアイツ等から遠くへっ!

暗い森の中を感覚に頼って仔狐は転がるように駆けて行く。
美しい体は泥と、逃げる際に傷ついた怪我から流れる血で汚れていた。


ちくしょうっ、ちくしょうっ!!

私が何をしたっ!!

ただ眠っていただけなのにっ!!

ただそれだけだったのにっ!!

人間め、人間め、人間めぇっ!!

ちくしょうっ、ちくしょうっ、ちくしょうっ!!


森を抜け、川を飛び越え、山を幾つか越えた所で、とうとう仔狐は力尽きた。
そこは一面に花が咲き乱れる小高い陸だった。

月の光に照らされた、薄紅色をした花々が仔狐を優しく包む。
怪我の事も忘れ、仔狐はしばしこの風景に見入っていた。

多分、私はもうすぐ何度目かの死を迎える。
しかし・・・またすぐに復活してしまうのだろう。

復活してすぐの死。それは別に構わない。
だけどこの花の名前を知らずに死ぬのは、ちょっと残念かな・・・。

傷口から血と霊気が抜けていく。
それと共に睡魔に似た心地よさが仔狐の瞼を引き下ろそうとする。

・・・せめて、次の世は少しはマシな生を生きれますように。

徐々に暗くなっていく視界の中、『彼女』が最後に見た物は、
こちらに向けて走ってくる、黒い狼の巨躯だった。


人がその存在を知る事の無い山。という物は、まだ日本にも多数ある。
妙神山もその一つだが、かの山は半ば異界化しているので除外しても良いかも知れない。

そんな山々の中に、人では無い者達が形成した小さな村があった。

人口、という言葉を当て嵌めても良い物か、とにかくその村は二百人ほどの
住民が住んでおり、外界との接触を殆ど絶った生活を送っていた。

山で獣を狩り、小さいが十分な作物が採れる田畑を耕す。
夜が来れば眠り、朝日が昇れば目を覚ます。そんな単純な世界。

そして空いた時間を『武』に費やす毎日。

この村の住人は老いも若きも男も女も関係なく、すべての者が刀を握り、
己を鍛え、そして心を研ぎ澄ましていた。

結界に守られたこの小さな世界の存在を知る僅かな人間は、
この村をこう呼んでいる。

『人狼の村』と。


のんびり、ゆっくり、自然と調和し、静かに暮らしていく。
それがこの村に流れる風の匂いだった。

必要以上に人と交わらず、けして自分を叫ばず。
ただ、仲間の為にのみ生きる。

長老の犬村ジロと、この村で最強の腕を持ち『三本剣』と呼ばれる三人の剣客達の元、そうやって人狼達は日々を平穏に過ごしていた。

だがしかし、その風に抵抗する岩もまたあった。
『三本剣』の一人、犬飼ポチである。

彼は未来を憂いていた。
仲間達を、自然を、人以外の総ての者の未来を。

それ故に、今の状況が許せなかった。


おのれ、人間め・・・。
どれだけ、どれだけ世を蹂躙すれば気が済むのか!

この世に生きるは人間達だけに非ず。
それを忘れては、貴様等にも未来は無いという事が何故判らんっ!

我等は主流よりはずれし古き一族。
もはや嘗ての栄光を取り戻す事はかなわない。それは認めよう。

しかし我等の誇りだけは屈する事はない。
拙者は一族の剣、牙となって貴様等にそれを教えてやろう。


村人が静かな毎日を送る中、彼だけはその心に暗いモノを抱えて過ごしていた。

人憎し。
奢れる奴等に誅を。

その想いに取り付かれた犬飼の雰囲気には、
いつしか『狂気』と呼ばれる物が混じり始めていた。

刃のような相貌になってきた彼に接する者も少なくなり、近寄る者といえば、
同じ三本剣の犬塚タロウ、犬丸ギン、そして犬塚の幼き娘、シロ位だった。

ある晩、そんな彼を長老の犬村ジロが宅へ招いた。

七百の年を生きていて、一度も所帯を持たなかった長老の自宅は、
その役職に反し質素極まり無い寂しいものだった。

囲炉裏の中で、古びた鍋の底を舐める小さな火を挟み、
犬飼と長老は向いあって座った。

暫しの間、二人は火に見入った様に黙していた。

パチンッ

生木が爆ぜ、中空に火の粉を巻き上げる。

「・・・長老、話とは。」

それを合図とした様に、犬飼が先に口を開いた。

「いやなぁ。最近、お主が別人の様に感じられてきてのぉ。」

火に顔を照らされた長老は、俯いた顔をそのままに、
視線だけを犬飼に向けて返事を返した。

「・・・・・何を考えておる、犬飼よ。」

年を感じさせぬ矍鑠とした声で問う長老。
犬飼はそれに即答で返した。

「『誅』を。」

「・・・斬るのか、人を。」

「斬ります。」

やはり揺ぎ無い声で犬飼は返す。

長老は黙したまま徐に立ち上がると、炊事場の壁に掛けてある魚篭から
見事な山女を二匹取り出し、その口から竹串を差し込んだ。

「食うじゃろ?」

犬飼から返事は無かったが、その尻尾が忙しなく振れている事から手を付けない事は無いだろうと判断し、長老は山女を炉辺に突き刺して炙り始める。

しだいに食欲をそそる匂いを上げて来た魚の肉に粗塩を振りかけながら、
長老は話を続けた。

「結果、人狼族を危険に晒す事となってもか?」

「・・・無論。拙者には大儀が御座る故。」

視線を魚に固定したまま答える犬飼。
長老も彼同様に、魚から目を離さない。

「大儀じゃと?」

「我等人狼族の誇りを護るという大儀に御座る。」

犬飼は魚から視線を動かさぬまま、胸を張って答えた。

魚からは油が滴り落ち、部屋は香ばしい匂いに満たされて来る。
それを見つめる二人の尻尾も動きを荒げて時を待っていた。

「それは大儀とは言えんのう、犬飼よ。」

「なん、ですと・・・?」

長老の言葉に微かに眉を上げて反応する犬飼。
顔を上げて鋭い視線を長老へ向ける。

「お主のソレは、大儀でも何でもないと言ったのじゃ。」

此方に向けられた犬飼の眼光を気にした様子も見せず、
長老は変わらない態度で魚を裏返した。

「同朋を危険に晒してまで行うべき行動ではないじゃろう。
お主は大儀の名を借りて、ただ自分の憂さを晴らしたいだけじゃな。」

「何を仰る!! 拙者は虐げられし者達に変わり、その怨を晴らそうと・・・。」

激昂して腰を浮かした犬飼だったが、初めて顔を上げた長老の視線を受けて、
その言葉を切らざるを得なかった。

「人狼族の誇りの為とお主は言うがな、では実際に命を賭してまで護りたい者が
お主には居るのか? 誇りや名誉などどうでも良いと思える程大切な者は居るのか?」

「な・・・な、にを・・・。」

「誇りや名誉という形だけのモノに囚われ、本当に護るべき者を危険に晒す。
・・・これでは本末転倒も甚だしいわい。」

長老の厳しい言葉に、犬飼は歯噛みしながらも項垂れるしかなかった。
力を無くした尻尾を垂らして目を伏せる彼から視線を逸らし、長老は再び口を開いた。

「武士が戦うという事。その意味を今一度考え直すのじゃな・・・。」

そう締めて長老は年相応の好々爺然とした顔で笑いかける。

「お主ならば、ワシの言った事の意味を理解し、その答えを見つけるのは容易い。
そう信じておるよ・・・。」

項垂れていた犬飼は、長老とは目を合わせずに立ち上がり、そのまま踵を返した。

「・・・左様なれば、拙者ここで失礼つかまつる。」

そう陳べて部屋を出て行く犬飼。
後に残った長老は、彼の背を見つめながら大きく嘆息した。

「やれやれ、これで判ってくれれば良いのだがなぁ。ど〜もこういう話は苦手じゃわい。それにしても犬飼の奴、山女だけはしっかり持って行きおって、意地汚い奴じゃ。」


帰宅後、山女を骨まで綺麗に食し終えた犬飼は炉に火もつけず、
縁側から月を見上げて一晩中考えつづけた。

人に誅をくださんとした自分の行動は、唯の私怨であり大儀とは言えない。
長老のその言葉を反芻しながら、犬飼は月下に一人月と対峙しつづけた。


翌日。一晩中思考の海を潜行し続け、結局徹夜をしてしまった犬飼ポチ。
だが一睡もしていないというのに彼に疲れた様子は見られない。

今、彼は村外れにある、村人達が大神大社と呼んでいる古い神社に参りに来ていた。

拍手を打ち、頭を垂れる。
一晩考えつづけても得る事が出来なかった『答え』を、神頼みで求めようとしたのかも知れない。

社に向かい、暫しの間黙祷を続けていた犬飼の背に、快活な男の声が掛けられた。

「お主に信心は似合わぬぞ、犬飼。」

「・・・・・もう、体は良いのか。犬塚よ。」

社に向いたまま、振り返らずに犬飼は呟く。
彼の背後に立つ男、犬塚タロウはその問いに笑い声で返した。

「心配要らん。たかが片目、生活に何の不都合も御座らんよ。」

カラカラと笑う犬塚の右目は、額から頬にかけてはしった刀傷によって完全に塞がれていた。これは数日前に急な大病を患った彼の娘、シロの為に受けた物である。

原因不明。シロが患った病は、村の医者の手では治せない物だった。
故に犬塚は近隣の山中に棲む天狗に会い、彼が持っている秘薬を分けて貰おうとしたのだった。

だが修験者の変化たる天狗は、その交換条件として犬塚との勝負を持ち掛けたのだ。

勝てば秘薬は手に入り娘は助かる。
しかし負ければ死、そして娘も遠からずその後を追う。

妖に身を変じて尚、永き時を武に費やして来た天狗の技は、
人狼最強の剣士たる犬塚のソレを遥かに上回る。

それでも犬塚はその条件を拒否する事は無かった。

床に伏せ、夢見る余裕すらなく苦しみ魘され続ける愛娘の為。
犬塚タロウは刀を抜いた。

その結果、愛娘は命を得、彼は右目を失ったのだった。

「貴様の身など誰が気にするか。・・・シロの事に決まっておろうが。」

振り返り、暢気に笑う剣友を睨む犬飼。
冷たい言葉だが、それだけの意味では無いという事を犬塚は知っていた。

「おお。バイソウ、で御座ったか。いや凄い効き目で御座った。病魔を退じたのみで無く、シロの身の成長までさせてしまったんで御座るからなぁ。驚きで御座る。」

「ふん、娘の身が一夜にして成長してしまったにもかかわらず、それを楽しんでいるのだからな。
シロも親を間違えたな・・・。哀れなものよ。」

そう言って犬飼は歩き出す。
そろそろ昼餉の時刻である。崖から村を見下ろせば、村人達が疎らに歩いているのが見えた。

二人は村へを続く石段に腰を下ろし、ポッカリとした空を見上げる。
そのまま暫く、二人は口を開ける事無く座り込んでいた。

「・・・その隻眼では、もはや貴様に以前の様な戦い方を求めるのは適わんだろうな。」

空に浮かぶ雲の形に様々な食物を当て嵌めながら、犬飼がポツリと呟いた。

「剣の道、残った眼で零から見つめ直すで御座るよ。」

犬塚もやはり雲の形に好物を夢想しながらそれに答える。

「拙者は片目を失い三剣を名乗るに値せず・・・、ギン坊も所詮は女子、いつかは所帯を持ち、自然と剣から離れざるをえん時が来る。犬飼、後の事はお主に託すで御座るよ。」

一流の剣士らしい精悍な顔を友に向ける犬塚。
しかし犬飼は彼の隠された真意に気付いていた。

「・・・貴様、そうまでして三剣の責から逃れて遊び呆けたいか。」

「う。な、何の事やら・・・。」

犬飼が放つ鋭い眼光に、犬塚はそっぽを向いてその追求をかわそうとする。
だが犬飼は彼のこめかみを流れ落ちる一筋の汗と、大きく膨らんだ尻尾を見逃しはしなかった。

「ソレが無ければ今頃はあの『二振り』を継承していただろうに、貴様は才を無駄にしたな。
シロの事は仕方無かったが、貴様・・・後悔は無いのか?」

その問いに犬塚は少しだけ微笑むと、裏の無い真面目な声で返事を返した。

「後悔・・・。美しく成長するに決まって御座るシロの花嫁姿を、二つの目で見る事が出来ん事で御座るかな。」

「・・・フン、『父親』だよ、貴様は・・・。」

再び場に心地よい沈黙が訪れる。
優しい風が、何処からか昼餉の匂いを運んで来た。

今日は何を食べようか。
そんな事を考えていた犬飼だったが、不意に呟いた犬塚にその意識を戻された。

「『欲』・・・が出たんで御座るよ。」

「?」

何の事か? そう思い犬塚を見やると、彼は右目を塞ぐ傷を指差している。

「天狗殿との戦いの折、拙者の心に『欲』が生まれたんで御座る。」

「それは、・・・どういう。」

「我々武士たる者、真剣勝負には無心をもって臨むべし、で御座ろう?
しかしそれでは、それだけでは勝てない。それほど天狗殿は強かった。本当に強かった・・・。」

その時の事を思い出しているのか、犬塚は利き手である右手の平を見つめながら
震える声で告白する。

「一太刀も浴びせる事は適わぬまま、拙者は右目を潰され、満身創痍、血塗れになって・・・、それで思ったんで御座る。このまま無心で臨んで、天狗殿に勝てるので御座ろうか、と。」

「・・・・・。」

「無心、すなわち技に頼って自動的に戦っては勝てない。天狗殿の一撃を眼前した刹那、拙者の脳裏にシロの顔が浮かび、その時初めて拙者は無心では無く、死ねない、死にたくないという『欲』を持って対峙したんで御座る。」

犬飼の見た事の無い表情で話しつづける犬塚。

「思うに、『欲』というもの、私欲は身を滅ぼし、他者の為のものは力となる。・・・欲にも種類が有るんで御座るな。拙者があの天狗殿に打ち勝てたのは、シロを死なせたくないという『欲』があったからで御座ろう。」

「『欲』の種類、か・・・。」

犬塚の告白に、犬飼も新ためて長老の言葉を思い出す。

人に誅を与えんとする自分の『欲』は、矜持の為の唯の我欲・・・だったのか?
一族の為と大言を吐いておきながら、実は誰の事も想っていなかった?

自分は犬塚のように戦えただろうか。
片目を失っても、彼のように笑っていられるだろうか。

自分の『欲』は、果たして一族の者の為のものだったのだろうか。
ふと、唐突に犬飼は気付いた。いや、犬塚によって気付かされたのだ。

『欲、以前に、自分は愛した事も、愛された事も無い!?』

・・・ならば、自分こそ責ある三本剣たり得ない。
我欲でのみ抜刀する者に、他者が着いて来る筈が無いのだ。

故に彼が誅として人に為さんとした行為は、一族の者達の為でも他の人外の者達の為でも何でもなく、ただ単に、今の己の状況に対する鬱憤を晴らさんとする身勝手な行動でしかない。

・・・長老の言った通り、確かに自分には大儀など無かったのだ。

「そうか、そうであったか・・・。」

苦い笑いが込み上げて来る。
犬飼は自分の余りの愚かさに呆れてしまった。

「? どうした、犬飼。」

「いや・・・。初めて自分というものを認識してな、死にたくなった。」

涙混じりに笑う友という極珍しい姿に、犬塚は不思議そうに首をひねる。

そんな二人の耳に、昼餉の支度を準備し終えたシロの声が微かに聞こえてきた。


それからの犬飼は、またもや以前と違った雰囲気を纏い、
更に人前にも余り姿を見せなくなっていった。

村外れの森の中に小さな東屋を建て、一人そこで隠居した様に暮らし始めたのだ。

昼間は極少数の友人としか会おうとはせず、深夜に近隣の山中を走り回って
無益に獣を狩ろうとする人間を追い立てる毎日を続けた。

犬塚タロウとの一件以来、彼は刀に触れる事は無かった。

そんな彼が珍しく青い顔をして長老の宅に飛び込んできたのは、
まだ暑さが残る早秋の晩だった。

人の姿でも人狼の姿でもなく、完全な狼の姿で長老を叩き起こした彼の口には、
血塗れで喘ぎ続ける小さな仔狐の姿があった。

「ど、どうした犬飼っ、何があったっ!?」

飛び起きた長老が荒い呼吸を続ける犬飼に尋ねる。
彼は狼の姿のまま、縋るような目で長老を見やった。

「・・・頼む、この仔を助けてやってくれ・・・。」

聞けば、いつものように山中を夜回りしていた犬飼。
今夜は何事も無く平穏に日の出を迎えられると思っていた所、急速に小さくなっていく霊気を感じたのだという。

何か有ったのか?

そう思い駆け出す犬飼の鼻が霊気の他に濃厚な血臭を嗅ぎ付ける。
それを辿って行った彼の前に、鮮やかな薄紅色が広がった。

花畑の中、花びらを撒き散らしながら走る犬飼。
やがて彼は周りの花の色などよりも、更に紅い色に染まって倒れ伏す仔狐を見つけた。

「この仔狐・・・、妖狐か。」

既に多量の血と霊気を失っていたのだろう。まるで断末魔の悲鳴の様に痙攣していた体もゆっくりと動かなくなっていく。

静かに死んでいく仔狐に対し、犬飼は考える前に己の霊気を分け与えていた。

「・・・・・死ぬな。死んではならん。」

犬飼は治癒の様な高度な治療技術を扱えないため、自分の霊気を仔狐に補填して死を遅らせる事位しか彼には出来なかったのだ。

時既に遅し。

仔狐の状態は既に手の打ち様も無いほどだったが、犬飼は無視して霊気を送り続ける。

この自分が何故その命を削ってまでこの仔狐を救おうとするのか。それは当の犬飼にも判らなかったが、ただ死なれたくないという、初めて憶えた感情に身を任せる事にしたのだった。

「・・・キュ・・・。」

どれほど霊力を送っただろうか。

小さな体の癖に信じられないほどのキャパシティを持った仔狐に、流石の犬飼も眩暈を覚えそうになったその時、漸く仔狐に変化が見られたのだ。

浅いながらも息を吹き返し、その体内に再び霊気が廻り始めたのが視てとれた。

深い息を吐き出す犬飼。
どうやら何時の間にか無意識に呼吸を止めていたようだった。

恐らく峠は越えたのだろう。しかしそれでも安心は出来ない。
犬飼はその口に仔狐を慎重に咥えこむと、村へ向って風のように走り出した。


その夜、人狼の村は予期せぬ客の来訪にざわめいた。

長老の家には何人もの住民達がやって来ては、入れ替わり立ち代りに仔狐に霊気を分け与えて行く。
そして犬屋ユキという老女医が、ヒーリングと秘伝の薬草でその生を確かなものに変えていったのだった。

結局、仔狐が意識を取り戻した時には、既に日は高く昇り始めていた。

「これでもう大丈夫じゃろう。後はゆっくりと養生する事じゃな・・・。」

そう陳べて老女医は部屋を出て行く。
彼女を見送った長老は振り返り、ただ一人残って部屋の隅に蹲っている犬飼を見て溜息をついた。

静かに戸を閉め、布団に横たわり落ち着かなさげに辺りを見回す仔狐に歩み寄る。

「お主、名は何と言う?」

警戒して硬くなった心を解きほぐすような、柔らかい笑みを浮べて仔狐に問い掛ける長老。
突然話し掛けられて驚いたのか一瞬表情を凍らせた仔狐だったが、やがて警戒を解いてその身を起こした。

ポワンッ

突然仔狐から煙が上がり、それが晴れた後布団の上には素肌に包帯を巻いただけの半裸の少女が俯いて座っていた。
犬飼達は彼女が同属である妖狐だと悟っていたので、その変化に驚きはしない。

「・・・タマモ。・・・そう名乗っていたわ。」

か細い声で答える少女。
彼女は何故自分はまだ生きていて、そして此処は何処なのか未だに理解していない様である。

「私、何で・・・。」

「そこの男がな、死にかけていたお主をこの村に連れて来たのじゃ。」

長老の言葉を受けた少女は、壁を背に座り込んでいる犬飼へ視線を向ける。
それを受けた犬飼はたじろいだ様に目を背けた。

「・・・何故?」

何故助けた、だろうか。何故死なせてくれなかった、だろうか。
少女の質問の意図は知れなかったが、犬飼は自分に向けられた彼女の視線に得体の知れない居心地の悪さを感じ、顔を歪めて目を背けた。

「拙者にも、・・・判らん。」

「・・・・・。」

そう言い捨てると、犬飼はプイと立ち上がり部屋を辞そうと草鞋を履いた。そんな彼を少女は無言のまま視線で追い続ける。
戸に手を掛け、そのまま出て行こうとする犬飼に、徐に長老が話し掛けた。

「待て犬飼。この少女の世話、お主がせよ。」

「ぬなっ!? ち、長老、悪い冗談は・・・。」

慌てて振り向いた犬飼に、長老は至って真面目な顔で首を振る。

「聞け。村で一番この少女と縁の深い者は誰じゃ? お主じゃろう。しからばこの子の面倒はお主が見る。
それが道理じゃろ。それとも何か? この様に美しい娘じゃと自分が抑えられなさそうで恐ろしいか。」

「そんな訳無いでしょうがっ!」

老人の言葉が冗談だと判っていても、根が真正直な犬飼にはそれを冗談として受け止める事は出来なかった。
いい年した男二人の喧騒を、少女は呆れたように眺めている。

「・・・とにかく、拙者には子守りなど到底適わんで御座る故、誰か他の者に命じてくだされ。」

年長者に口では適わない。そう察した犬飼は新ためてその依頼を断ると、
このまま退散しようとそそくさと外に飛び出した。

「では、ご免つかまつる。」

戸外にて頭を下げ、返事を聞く前に踵を返した犬飼の袖を、何時の間にか傍に寄って来た少女が摘んでいた。

「う・・・・・。な、何?」

少し青ざめた顔で少女を見下ろす犬飼。
この村の誰の物かは知れないが、鮮やかな紅い小袖だけを包帯を巻いた素肌の上に羽織ったタマモは、素足なのも気にせずにその大きな瞳で犬飼を仰ぎ見ていた。

「・・・・・嫌なの?」

「な、何がっ!?」

無下に振り払う事も出来ず、焦ったように犬飼は声を上げる。
しかし少女は気にせず再び口を開いた。

「ならどうして、私を助けたの?」

「・・・・・。」

「私の中に、私の物以外の霊気を沢山感じる。でも、あんたのが一番多く感じる。
こんなに注げば、自分の体も危なかったでしょうに。・・・何故?」

「・・・・・理由など俺にも判らん。だが死なせたくないと、何故だかそう思った。」

おずおずと、犬飼はまるで少女を恐れているかの様に震える手を少女の頭に置き、
そのまま静かに金色の髪をくしけずる。

気持ち良さそうに目を細める少女を見やりながら、犬飼は観念したように嘆息した。

「・・・子供の相手など、どうすれば良いのか俺には判らん。それでも良ければ、
ついて・・・来るか?」

「うん・・・。」

「話は決まった様じゃな。」

タマモの為の帯と草鞋を手に、長老が話し掛けてきた。
どうやら、ずっと立ち聞きしていたらしい。

「完全に納得した訳では御座らんがな・・・。」

少々険のある声で答える犬飼。
だが長老はそれを無視してタマモに笑い掛けた。

「良かったのう、今日からこの男がお主の父親じゃ。存分に甘えい。」

「父・・・親?」

長老の語った言葉を、タマモはよく判らないといった顔で首を傾げる。
だが、慌てたのは犬飼である。

「ちちちち、ちょうろぉーっ!? ちちちち、ち、ち、父親ってなんで御座るかぁぁっ!?」

「『ち』が多いわい、犬飼。」

煩げな顔を犬飼に向ける長老。

「父親って、拙者そんな事・・・。」

「仕方ないじゃろう。この村に居る以上、子には親が必要じゃ。たとえそれが偽りの物であってもな。」

「それはそうかもしれませんが、親子の真似事など拙者に出来る筈が・・・。」

「ええい、煩い男じゃな。武士が細かい事に何時までも拘るんじゃないわい。」

「んな適当な・・・。」

わいわい、ぎゃいぎゃいと。
再び騒ぎ出した馬鹿二匹をしり目に、少女、タマモは『父』という言葉をかみ締めるように呟いた。

「ちちおや・・・、お父さん、パパ? そんなの初めてだけど・・・。悪くは・・・無いわね。」

遥か昔に生まれ出でてからこれまで、自分に肉親などという存在が居た事は一度も無かった。
気恥ずかしく、くすぐったい感じがする『父親』という存在。

まだ私は「お父さん」なんて言葉、言えないけれど・・・。

それでも、タマモは少しだけ微笑んだ。


だが、それからの二人の暮らしは『ぎこちない』の一言に尽きた。
タマモではない。犬飼が、である。

あの後、長老から村の年寄衆を通じてタマモは正式に犬飼の養女となり、名を『犬飼タマモ』と改めた。

しかしそれは犬飼の意思とは関係の無く進められ、彼が気付いたのはその旨が村中に触れ渉った後だった。

犬飼は大いに悩んだ。

これまで家族という物を持った事の無い犬飼である。(無論、幼い頃には父がいたが、直ぐに亡くなった。)
同じ家に住む他人でない同居人。そんな得体の知れない相手に、彼はどう接すればよいのか全く見当もつかなかった。

何よりこれだけ歳の離れた同居人。しかも異性である。

犬飼はまるで他人の家に上がり込んだような錯覚を覚え、『娘』と顔を合わせる事に気恥ずかしさを覚える。
言葉の受け答えも油の切れた機械の様にギクシャクとしてしまい、二人の会話を確実に減らしていった。

(仕方の無い事だ。仕事と割り切ってあの娘に接すればよい。・・・それで良い。)

犬飼はそう結果付けた。
所詮自分達は親子ではないのだ、ならば割り切るしか無いだろう・・・と。

元々、こうなる事は判っていて、あの娘もそれを了承したではないか。
現にあの娘は自分を『父』と呼んだ事さえない。・・・まあ、それも仕方ないが。

犬飼は神社から一人、村を眺め降ろしながら考える。

親とは・・・何だ?

子に対し衣食住を保証すれば親か?

子を育てれば親なのか?

あの娘の事を『仕事』と割り切った筈なのに、こうして頭を悩ませている俺は一体何なんだ?

犬飼は考える。
前にあの娘と会話したのはいつだっただろうかと。

今夜もまた表情を見せないあの娘と向かい合って、味のしない飯を食うのだろうか、と。

頭を振り、苦く呟く。

「・・・・・何をやっているんだ。俺は・・・。」


犬飼の放つ重い雰囲気は、元々言葉少ないタマモを、さらに寡黙に変えていった。
永遠を生きる妖狐だとて、今の彼女は子供である。会話の無い家に居る事は苦痛でしかなかった。

(ま、やっぱりどうでも良いと思ってるのかもしれない。私。)

山道を一人歩きながらそう考える。

朝早く家を飛び出し、夕食の時刻まで彼女は家に戻らない。
お腹が空いても、この山にはそれを慰める色々な食べ物があるのだ。

「・・・お揚げさん、食べたいな。」

草笛を吹きながら、タマモはいつも行く、彼女だけの秘密の花園へ足を運ぶ。
せせらぐ小川を跨ぎ越え、自分の背丈ほどもある草むらのその向こう。

そこに広がるのは、あの名も知れぬ花が咲いていた場所。
今ではすっかり姿を変えてしまい、ただの草原と成っていたのだが、何故か彼女はこの場所が好きだった。

タマモは草鞋を脱ぎ、素足のまま草を踏みしめ進んでいく。

そろそろ風を肌寒く感じる季節である。
しかしそれすらも、今のタマモには生きている実感を与えてくれる好ましいものだった。

草原の中心には、何時から在るのか定かでない古い巨木が倒れており、
その欠片がタマモにとって丁度いい大きさの椅子の形となっていた。

玉座のように窪んだそこに腰掛け、一日中物思いにふけるのが最近の彼女の毎日である。

「犬飼ポチ・・・。私の『お父さん』になった人。あの時はそれが嬉しかった、と思う。
でも今は、それが・・・苦痛?」

古木の固い感触を尻に感じながら、タマモは己を探るように呟いた。

「『親子』・・・判らない。私には縁のなかったモノ。犬飼ポチとどう接すれば良いのか判らない。」

犬飼が彼女とどう接すれば良いのか悩んでいるのと同じ様に、彼女もまた『娘』として悩んでいた。
二人の違いは、犬飼は『仕事』として逃げ、タマモは歩み寄ろうと模索している事だった。

偽りの物だったとしても、家族が出来た事はタマモにとってはとても嬉しい事だったのだ。
それが永遠に続く物でないとしても、手放すには余りに惜しかった。

「どうでも良いと思ってる癖に、でも手放したくない、か。・・・無様ね。」

強者の庇護下に入りたいという妖狐としての本能などではなく、本当の意味での『自分の居場所』を見つけたかもしれないのだから。

『昔』の自分なら不都合があればすぐに見切りをつけて、とっとと何処かへ去っていただろう。
その潔さが無ければ、当の昔に自分は消滅していた。

「・・・どうかしてる、私。でも、嫌じゃなかった・・・。」

素足をぶらりぶらり、振り子のように揺らしながら、タマモは柳眉を曲げて思案する。
だからだろうか、自分の周りだけが暗くなったのをすぐに気付かなかったのは。

「っ!?」

彼女の鼻が、真後ろにたたずむ第三者の臭いを捕らえる。
その場からとっさに飛び退き、振り返った彼女が見たのは、この世ならぬ美しさを持った髪だった。

風にたなびく銀の髪。
そして炎の様な一房の赤。

そこに居たのは、タマモと同年齢ほどの美しい少女だった。
腰までありそうな長い髪は風を受けて大きく膨らみ、特徴的な前髪の色が日を受けて鮮やかに映える。

お尻からのぞく尻尾をパタパタと忙しそうに跳ね回し、彼女は好奇心で溢れそうな瞳をタマモに向けている。
古木の上に立っていた彼女は、タマモを追って軽やかに地に降り立った。

「いい天気でござるなぁ。」

「・・・はぁ?」

身構えるタマモをよそに、少女は空を仰ぎ見ながら心底楽しそうに呟いた。

彼女の尻尾を見て人狼族であると察したタマモだったが、同年代の少女との会話などした事が無かったので
どう対応すればよいのか判らなかったのだ。

「もうすぐ秋祭りでござるよ。」

「・・・ってゆぅかアンタ、誰?」

ナルホド、祭りが楽しみで仕方ないからこんなにも楽しそうなのか。
少女笑顔の理由を悟ったタマモだったが、ふと彼女が誰だったのか思い出した。

「あぁ、アンタ・・・シロだっけ?」

幾度か村で見かけた事のある少女だった。
いつも元気に走り回っていたのでよく憶えていた。

「拙者、犬塚シロでござる。お主は最近犬飼殿の娘になったタマモでござるよな?」

ニッカリと笑ってシロは懐から何か取り出し、タマモに差し出す。
タマモが覗き込むと、手の平には黄金色に輝く飴が幾つか乗っていた。

「・・・くれるの?」

「お近づきのしるし、でござるよ。」

『黄金糖』とプリントされたセロハンを剥いて飴を摘んだタマモは、隣のシロがなにやら変わった事をしているのに気付いた。

摘んだ飴を掲げ、それ越しに太陽を覗いている様である。

「?」

タマモにはそれの意味が判らなかったが、ためしにと自分も真似て飴を掲げ上げてみた。

彼女の目に飛び込んできたのは黄金の太陽。
光の華の夢幻の輝き。ただの飴が、まるで宝石のように煌いて見えた。

「・・・きれい。」

「・・・でござろう? 拙者、この飴を食べる前は必ずこうするんでござるよ。」

だから雨や曇りの日は食べられないんでござる。
そう言ってシロは笑った。

ずっと雨なら飴も無くならないのにね。
とタマモも笑った。

秘密の花園に、少女達の笑い声がしばし転がり続けた。


それから二人は色々な話をした。

毎日の生活の事、育てている作物の事、果実がたわわに実った木の事、
魚がよく採れる小川の穴場、果ては誰かが誰かに恋した噂。

村には自分達の他に同世代の子供が居なかったせいだろうか、
すぐに二人は十年来の親友のように打ち解けあった。

更に二人は話しつづける。

シロの話。
この前、自分は謎の病に冒されて生死の境を彷徨った事。
そのため父が天狗に薬を貰いに行ってくれた事。結果として自分は助かったが、父が片目を失った事。
秘薬によって自分の体が一夜にして成長してしまった事。

タマモの話。
自分はあの『九尾の白狐』である事。つい最近まで石に変じ眠っていた事。
そして、謎の男達に追われ、傷ついた自分を犬飼が助けて貰った事。

・・・今、家に帰る事が少し辛い事。

「・・・ねえ。」

それまで見せていた朗らかな表情から一変、タマモは沈んだような声でシロに問い掛けた。

「どうしたんでござるか?」

「シロはさ、家でお父さんとどんな事話してるの?」

唐突な質問に、ただでさえ本能以外の部分で使われる事の少ない脳みそを捻らされたシロだったが、結局は深く考える事を放棄したらしく、単純な答えで返した。

「そうでござるな、その日見たこと聞いたこと、感じた事なんかをご飯の時に話すでござるな。」

カラリと微笑んだシロだったが、
その答えもタマモにとって満足のいくものではなかった。

タマモの暗い顔に気付いたシロは、そっと彼女に話し掛けた。

「もしや・・・さっきの家に帰るのが辛いとは、犬飼殿との事でござるか?」

「・・・・・うん。」

頭を垂れ、霞の様な声でタマモは訊ねる。

「あの人、いつも私を避けるようにしてる。全く会話しない日もあるし・・・。
私は妖狐の癖にあの人に『娘』として見てもらいたい、そう思ってる。でもどうしていいのか判らない。」

「タマモ・・・。」

「『親子』『家族』・・・判らない。ねえシロっ、私はポチとどう接すればいいのっ!?」

彼女はシロへ振り向くと、縋りつくようにして身を乗り出す。
かなり重大な悩みの様でござるな。おぼろげながらもシロはそう察した。

「・・・たぶん、子は親に甘えていれば、それで良いんでござるよ。」

「甘え、る?」

シロの口から出た思いがけない言葉に、タマモは不思議そうな目で彼女を見た。

「そう、甘えるんでござる。抱きついて、泣いて、笑っていればそれで良いんでござる。」

「よく・・・判らないわ。」

「子供扱いされている内は、子供らしくしてれば良い。拙者、父上にそう言われたでござるよ。」

そう言うとシロは優しくタマモを抱きこみ、まるで幼子をあやすようにその頭を撫ぜる。その感触は何か懐かしいような心地よいものだったが、照れたタマモは慌てて声を上げた。

「ふにゃあ・・・って、ちょっ、な、何よシロっ!?」

「おまえも、犬飼殿も、深く考えすぎなんでござる。・・・歩み寄る事なんてとても簡単な事なのに。」

年齢にそぐわない、まるで慈母の様に優しい眼差しのシロ。

「あ、あんた、ホントに子供?」

村で彼女を見かける度に、なんて単純で、能天気で、天真爛漫な奴なんだろうと思っていたけど。
実はこの子、私が思っていた以上に深い心を持っていたんだ。

シロを少しだけ見直したタマモは、今日ここで彼女と知り合えた事を素直に喜んだ。

「あんたって結構いろいろ考えてたのね。」

そう賛辞したタマモだったが。

「? いや拙者、熱が出るでござるから頭を使う事は苦手でござるよ? ただ思った事を口にしただけでござるが。」

キョトンとした瞳で首を傾げるシロ。
その様子にタマモは呆れながらも彼女の言葉に納得していた。

(ああ、やっぱり私は深く考えすぎていたのかもしれない。)

自分はもっと気楽に生きても良いのかも知れない。
そう思うと、何故だか急に笑いが込み上げてきた。

「くふっ。」

「な、何で笑うんござるかタマモっ!?」

びっくりして立ち上がったシロの様子に、

(こいつ、アタシの背を押してくれたの、全く気付いてない。)

込み上げてくる笑いはいっそう強くなっていく。

「あんたのせいに決まってんじゃないっ、馬鹿ね。」

「ば、馬鹿ぁ〜!? アホと言われるならまだしも、武士に向って馬鹿と言ったでござるかっ!?」

「いーじゃん、ホントの事だし。あんたは頭のいい馬鹿よっ。」

「? よ、よく判らんがおにょれぇ〜!!」

飛び掛ってくるシロからきゃいきゃいと逃げるタマモ。
だが彼女と、そして追いかけるシロも笑顔であり、二人はじゃれるように地を転げまわる。

(アリガトね、シロ。)

既に溶けきってしまい、口の中に微かな甘さを残すだけの飴の残滓を舌でなぞりながら、タマモはシロがまだ飴を持っているか訊ねてみようと考えた。


夜。

数匹の野ウサギと娘の為の油揚げを手に、犬飼は帰宅する。
彼は隙間から明かり漏れている扉の前に立ち、静かに深呼吸をして中の気配をうかがった。

いる。

対象は炉辺に座り、こちらが自分に気付いた事に気付いたようだ。
しかし何故だかやけに柔らかな視線を感じる。

それに夕餉の支度でもしていたのだろうか、なにか良い匂いが彼の鼻をくすぐった。どうやら自分の帰りを待っていたらしい。

この様な事は始めてである。
犬飼は一度手荷物に視線を送り、少しばかりの間手を開け閉めした挙句、意を決したように中へ入っていた。

「おかえりっ。」

「!? ・・・あ、た、ただいま?」

「ふふ、なんで疑問形なのよ。」

手荷物を受け取り、笑いながら奥へ向うタマモに驚いた犬飼。
まさか自分を笑顔で出迎えた挙句、声を掛けてくるとは想定していなかったのだ。

目を白黒させて突っ立っている『父』に、『娘』が催促の声を掛けた。

「何してるの? ご飯の用意出来てるよ?」

首を傾げてこちらを見やるタマモの視線に、いささか居心地の悪さを感じながらも、
犬飼は美味そうな匂いを上げる食事に惹かれて炉に足を運んだ。

炉の中には、味噌を基本にしたと思われる鍋がグツグツと音を立てている。
荒削りだが実に美味そうである。

「持って帰ったウサギは明日食べて、油揚げは鍋の中に入れるね。」

「・・・あ、ああ。」

かいがいしく世話を焼いてくるタマモの、朝までとは全く違う柔らかい態度に疑問に感じた犬飼は、思い切って彼女に尋ねてみた。

「一体、何なんだ。」

「・・・え?」

鍋を混ぜるお玉を手に、タマモは犬飼へ振り向いた。

「な、何って・・・。」

「何を考えているのかと聞いている。」

厳しい視線を向ける犬飼。
タマモはたじろいだ顔をして目を見開いた。

「いきなりこの様な事をして、何のつもりなんだ。」

「え、あの・・・私。」

怯えたようにか細い声のタマモだったが、しかし犬飼がそれに気付く事は無かった。
タマモは顔を伏せる事こそ無かったものの、両手で着物の裾を握り締めて小さく震えていた。

「う・・・あ、わ、わた、私・・・ただ・・・。」

震えのせいか、言葉の節々を詰まらせながらもタマモは必死に犬飼の誤解を解こうとするが、犬飼はまたも彼女のその姿の意味を解しはしなかった。

畳の目を数えるように目を伏せて、犬飼はタマモを問いただし続ける。
不幸な事に、彼はタマモに対して怒っている訳ではなく、単に訊ねているだけという認識だったのである。

人付き合いに乏しい彼の経験では、今、自分がどのような態度でタマモに接しているのか全く理解していなかったのであった。

「どうした、ちゃんと言わねば・・・!?」

ポタリ

「う・・・く・・・。」

とうとう堪え切れなくなったのか、タマモの目から幾つもの雫が流れ落ち、握り締めた彼女の拳に墜落し始めた。
驚いたのは犬飼である。視線を上げると何故か(気付いてない。)タマモが泣き出していたのだから。

「く、あ・・・、ひっ、ひっく・・・。」

「な、どうし・・・。」

慌てる犬飼を無視し、ついにタマモは感情を爆発させた。

「・・・わ、わたし、私っ、アンタと仲良くなりたかったっ! 偽りの父親でも、私は本当に嬉しかったっ!
いつか本物の親子に負けないくらい、仲の良い親子になりたかったっ! ただ、ただ、それだけだったっ!!」

「お・・・おい・・・。」

犬飼は唖然としてタマモに声を掛けようとした。
だが彼女はそれにかまわず泣きながらなおも叫びつづける。

「ご飯食べて貰って、『おいしかったよ。』って頭を撫でて欲しかったからっ! だからこうしたっ!
私、不器用だけどっ、何にも知らないバカだけどっ、だけど、私ぃっ!!」

「・・・・・。」

嗚咽交じりのタマモの告白に、さしもの犬飼も己の所業に気が付き青ざめる。
しかし総ては遅かったのだ。

「・・・・・ふっ、考えてみればこんな事になるの、最初から判ってた筈なのにね。なに熱くなってんのかしら・・・私。」

両腕で乱暴に涙を擦り、タマモは赤く腫れた顔のまま自嘲するように口を歪めた。

「アンタには迷惑かけたわね。怪我も治ったし、私、もう行くわ・・・。」

「な、何を言って・・・。」

タマモの唐突な言葉に犬飼はおもわず腰を浮かせた。
手を伸ばす彼の前で、少女の姿はにじみ溶けるように揺らめいていく。

「!? 幻術っ!?」

「・・・・・さよなら。」

短い別れの言葉を残し、少女は春の雪のように溶けて消えた。

「くそっ!!」

犬飼は素足のまま外へ飛び出し、タマモの霊気を探る。
しかし幻術を使ったのか、彼女の気配は四方八方に広がっていき、探索を困難なものにしていた。

それでもとにかく追うしかない。
そう判断した犬飼は、一番残留霊気の強い方向にむかって走り出した。
悔恨を胸に、己を罵りながら。

愚かっ、愚かっ、全く持って救いようの無い愚か者だ、この俺はっ!!

悩んでいたのはあの娘の方だったのだろうにっ!!

泣いていたっ、泣いていたんだぞっ、あの気丈な娘がっ!!

貴様は一体あの娘の何なんだっ、犬飼ポチィっ!!


犬飼は走る速度を少しも緩める事無く、タマモの姿を追い求め続ける。
彼の脳裏に、あの花畑の風景が浮かび上がった。

「行くなっ、行くんじゃないっ、『タマモ』ォっっ!!!」


幾つかの獣の匂い、幾万の草木の香り、幾億の蟲達の気配。
人間以外の生命で溢れかえる秋の山中を、タマモは一人、棒の様な足を引きずりホテホテと歩いていた。

既に涙は乾き切り、赤く腫れた頬が微かにその名残を残すだけである。
虚ろな目を瞬かせる事無く、彼女は彷徨うように歩き続けた。

「これで・・・いいんだ。」

寂しい声が夜の闇に消える。
力無い足取りは何度も彼女を転ばせ、へたりこませる。

孤独な闇に追われる事にも一人で眠る事にも慣れている。
安全な場所を失ったのは惜しかったが、それでも昔に戻っただけだと思えば諦めもついた。

その筈だったのに。

あの時頭を撫でてくれた犬飼の無骨だが暖かい手。
初めての友達、シロがくれた飴の甘さ。

「なんで・・・、涙、流れんのよぉ・・・。」

それらを思い出す彼女の頬を、再び流れ出した涙が道を造る。
今度はそれを拭おうとはせずに、タマモは懐に手を差し入れた。

「もう諦めたじゃない、棄ててきたじゃない。・・・・・でも。」

取り出したのは、シロから貰った金色の飴。
彼女は泣きながら一つ口に放り込み、夜空を見上げた。

「・・・甘いよぉ、シロ・・・。」

鼻を啜りこみ、トボトボと歩くタマモが辿り着いたのは、やはりあの花園だった。
月の光を受けた夜露が輝くその場所は、まるで幻想の世界に彼女を招いているように見えた。

おもわずあの夜の事を思い浮べた彼女だったが、頭を振っていつもの玉座に向けて歩き出した。

「・・・未練、ね。」

「キ、キ、キ。ソリャア、アンタ泣イテルカラナァ〜。」

「!?」

突然聞こえた異質な声。
例えてみれば、普通は言葉を話せない動物が、無理やり喋っているかのような。

濃い獣臭を嗅いだタマモが振り向いた先には何とも奇妙な猿が笑っていた。
大きな肉色の体にはまばらに毛が生えており、異様に長い手の先には禽獣の様な爪を揃えている。

タマモは遥かな昔に大陸で見た狒狒や猩猩を思い浮かべたのだが、
この猿はあきらかにそれらとは違っていた。

「・・・・・。」

彼女は無言で逃走を図ろうと相手の気配を探る。
猿はそんな彼女の、体の上から下までを舐るように見つめ、口を歪めて一言。

「・・・美味ソウダナ、オマエ。」

ひゅぼっ!

ひゅぼひゅぼひゅぼっ!!

その言葉を認識した瞬間、タマモは猿に向けて全力で狐火を飛ばした。
幾つもの青白い炎が空気を焦がして迸る。

ぼひゅんっ!!

全弾命中。
しかしタマモは結果を確認する事無く背を向けて逃げ出した。

彼女の使った狐火とは、その名に反していわゆる『火』ではない。
分子を摩擦させて熱を生み出している訳ではないのだ。

狐火とは霊波を応用した技術の一種であり、言ってみれば霊波砲に近い。
それ故、彼女には判るのだ。今の攻撃が何の意味も為さなかった事が。

少しの傷も負わせる事が出来ず、全く効いていない事が。

ザッザッザッザッザッ

ここに来るまでと違い、風のように彼女は走った。
首筋をそそけ立たせ、あの謎の男達からのものと同種の恐怖を感じるタマモ。

あんな妖怪など見た事も聞いた事も無かった。
それに、アレはどこか自分達とは異なったモノの様に思える。

「・・・追って来てるっ!」

妖狐としての超感覚が、彼女に危険はまだ去っていない事を告げた。
認識を集中すると、自分の頭上、木立の上に追手の存在を感じる。

と、

「!?」

ズドンッ!

急に目の前の地面が爆発し、巻き上がった砂煙におもわず立ち止り目を瞑ったタマモの前に、あの魔猿が立っていた。後ずさる彼女を嘲笑うかのように歯を剥き出している。

「・・・クッ。」

「ドーシタァ? モウ逃ゲナイノカヨォ?」

歯噛みするタマモに対し、猿はあくまでおどけた態度を崩さない。
それは、追い詰めた獲物を嬲る捕食者の姿だった。

「モウ熊ヤ鹿ヲ喰ウノニモ飽キタカラナ。」

恐ろしい事を呟いた猿は、緊張するタマモの前でさらに不気味な行動に移った。

ズブッ!

なんと己の両腕を、でっぷりと膨らんだ腹、その肋骨の下辺りに突き刺し、
ついで上下に引き裂き始めたのだ。

肉の裂けるびちびちという吐き気を催すような気味の悪い音を立て、猿の腹はどんどん開いていく。

とうとう体の半分まで開いたその傷口からは、驚く事に巨大な歯が生え始め、
体内からは長い舌が顔を覗かせた。

「うげ、・・・気持ち悪ぅ。」

猿のその変態を見て顔をしかめるタマモ。
こいつにだけは絶対に殺されないようにしよう、彼女はそう心に決めた。

「キ、キ、キ、変身完了ォォォォォ〜。」

腹部に出来た大口を誇示するかのように仰け反らせ、猿は楽しそうに笑う。
大口に生えている歯が総て人間の物なのが異様であった。

「ちくしょう・・・。」

対してタマモの方は、既に自分には後の無い事を悟り、どこまでこの不気味な相手に抗えるのか算段するしかなかった。

ここで死ぬにしても、こんな奴にだけは喰われたくは無かった。

両手から狐火を立ち昇らせ、いつでも攻撃に移れるように身構える彼女に対し、
猿は腹部の大口から生臭い息とともに、身も凍るような言葉を吐いた。

「・・・オレサマ、オマエ、マルカジリ。」

「舐めんなぁっ!!」

身を竦ませる恐怖を振り払うように、タマモは狐火を撃ち放った。
何度も何度も、猿の姿が炎に包まれ視認できなくなってもタマモは撃ち続ける。

怯えに駆り立てられて続けるその攻撃も、やがて彼女の霊気の減少とともに終わりを向かえた。

「ハア、ハア、ハア・・・。」

ふらつく体を意志の力で何とか持ちこたえさせ、タマモは土煙が晴れる様をじっと見続けた。
今の状態で出来る最高の攻撃を与えたのだ。これで駄目なら自分は終わりだ。

ゆっくりと、土煙が風によって霧散していく。

「ハア、ハア、ハア・・・・・くそっ。」

絶望がタマモを襲う。
そこには、やはり無傷の猿がにやけた顔のままで立っていた。

「モウ齧ッテイイ?」

そう言って埃を払おうともせずに近寄ってくる猿。
タマモは死を受け入れたかのように目を瞑った。

もう、いいや・・・。
脳裏に浮かんでは消える、シロや犬飼の姿に別れを告げるタマモ。
抵抗しなくなった彼女に向けて、猿はその手を伸ばした。

「スグニ喰ウノハツマンネエ。朝マデ嬲リマクッテ遊ンデアゲヨウ。」

禍禍しい爪を備えた大きな手は片手で彼女を掴み、易々とその体を引き裂くだろう。手を向けられても避け様としないタマモを見て、猿はニタリと笑った。

その手が後数センチで獲物を手中に収めんとした・・・その時!!

ドンッ!!

「ッ!?」

「な、何っ!?」

剛毛に覆われた猿の長い腕、その肘から先が、まるで鎌鼬に遭ったかのように切断されて吹き飛んだ。
転がっていく自分の腕をにやけ顔から一転、無表情に見つめる猿。

生半可な攻撃ではダメージを受けない上に痛覚も無いのだろうか、猿は少しも痛がるそぶりを見せず、タマモから視線をはずして顔を横にめぐらせた。

猿の視線の先、少し小高い丘の上、蒼然と輝く大きな月を背にして立つその男。
立ち昇る霊気に揺らめく手刀を構えたその眼光。

「・・・アンタ。何で・・・。」

猿の切断された腕から噴出す体液に濡れる事も気にせず、タマモは呆然と呟いた。
二度と遭う事は無いと思っていた筈のその男。

「間に合ったか・・・。」

安堵の瞳で彼女を見つめる犬飼ポチ。

彼はタマモを気遣いながらも猿からは注意を逸らさない。
そしてその手には再び霊力が収束していく。

「テメエ・・・ナニモンダ。」

タマモの方へじりじりと近づきながら、厳しい視線で犬飼に問い掛ける猿。
先程までの余裕を見せなくなった猿に対し、犬飼は手刀を振りかざしながら答えた。

「その娘の・・・『父親』だっ!!」

ヴァシュッ!!

一閃。
気合とともに振り下ろされた犬飼の手刀は衝撃波を生み、霊気を混合したそれはあらゆる物を切り裂く強大な光の刃となって猿に襲い掛かった。

「ギキッ!?」

猿は残った左腕を突き出し、その筋肉を膨らませて刃を防ごうとする。
一瞬で元の三倍以上の太さに膨張した左腕だったが、そう簡単に防ぐ事は適わず、
刃をその肉に食い込ませて漸く防ぎきる事に成功した。

「キ、キ、今度ハコッチカラ・・・ッ!?」

光の消滅を認識した猿が攻撃に転じようと腕を下げたその瞬間。
その眼前に両拳に霊気を漲らせた犬飼が飛び込んできた。

「俺の『娘』に近づくんじゃないっ!!」

怒号と共に繰り出される無数の攻撃。
圧倒的な量の霊気を纏いつかせた犬飼の拳が、手刀が、掌打がっ!!
『娘』を傷つけんとした敵を撃つっ、貫くっ、吹き飛ばすっ!!

「ちいぃええええええいっ!!」

最後、胸部に密着させた両手から噴射した霊気の爆発により、犬飼は猿を十メートル以上も吹き飛ばした。

倒れ伏した猿に動きが無い事を確認してから、犬飼は傍らに佇むタマモに目を向けた。

懐から手拭いを取り出し、返り血と泥に塗れた娘の顔を丁寧に拭ってやる。
その優しい感触に、タマモは彼が何故ここに居るのか訊ねる事もできず、そっぽを向いて目を瞑ってしまった。

「・・・・・すまなかったな。」

「・・・え?」

犬飼の突然の言葉に、真意を測りかねて聞き返すタマモ。
優しい瞳を彼女に向けて、犬飼はそっと身を翻した。

「俺の至らなさ故にお前を泣かせてしまった・・・。」

「ポチ・・・。」

意外な言葉を掛けられて、タマモは目を丸く見開いた。
関係を捨て去ったこの自分を、彼は追いかけて来てくれたのだと気付いたのだ。

「あ、あの、・・・私。」

手拭いを握り締め、おずおずと話し掛けようとしたタマモを、
犬飼は何かに気付いたように手で遮った。

「・・・すまないが、ゆっくり話すのはもう少し後になりそうだ。」

「えっ?」

驚いたタマモが追った彼の視線の先には、少しばかり崩れた猿が立ち上がっていた。全身の筋肉が不気味に蠢動し、その顔は何かを堪えているかのような厳しい表情をしていた。

「ギ、イィィ〜。チキショオ、『時間』ガ来ヤガッタァ〜。」

体をふらつかせながら、猿は腹部の口を大きく開けてこちらに向き直った。

「デモォ、テメェラノドッチカダケハ絶対ニ喰ウカラナァアアッ!」

「タマモ、少し下がっていろ・・・。」

戦いの余波に巻き込まれないよう、タマモを近くの木の陰に下がらせ、
犬飼は地に落ちていた手頃な木の枝を手に取った。

長さ八十センチ程。
刀の代わりとするには程よい重さだった。

右足を出し、霊気を纏わせた枝を左の腰溜めに構える。

「ギイイイイイイッッッ!!」

「すらぁっ!!」

大口を開けて砲弾のように突っ込んできた猿の軌道上から半歩ずれ、
交差する瞬間に犬飼は神速で枝を斬り上げた。

すれ違った二人。
結果、犬飼は枝を捨てうずくまり、猿は上下に分かたれた。

「ギ、キ、チクショオォ・・・テメエラァ、顔覚エタカラナァ・・・。」

驚く事に、体を上下に斬り裂かれても猿はまだ生きていた。
立ち尽くす己の下半身によじ登り、ヨタヨタと茂みの向こうへ消えていく。

「イツカァ・・・必ウゥ、喰ッテヤルカラナァァァ・・・。」

怨嗟に満ちた捨て台詞を残し、最後まで正体不明だった敵は去って行ったのだった。

「・・・・・ポチィッ!!」

忌まわしい気配が完全に消えたのを確認し、タマモは木陰から飛び出した。
ゆっくりと立ち上がった犬飼に駆け寄ろうとしたのだが。

「っ!?」

彼の姿、その一点を視界に入れて彼女は立ち止まった。
その目は極限まで見開かれ、ガクガクと体を震わす。

「ポ、ポチ・・・、アンタ・・・。」

猿と対峙していたとき以上の恐怖。
そして・・・・・後悔。

「お前が無事ならそれで良い。」

「だってアンタっ、・・・・・『腕』がっっ!!」

勝利の代償だろうか、犬飼の左腕は肘から先が『消失』していた。
傷口を抑え、霊気で血の噴出を食い止めながら犬飼は笑って言った。

「お前の命に比べれば、安いものだ。」

「・・・う、ぎ・・・ひっ・・・。」

あふれ出る涙を止めようともせず、タマモは『父』にむしゃぶりついた。
大きな背に手を回し、温かい胸に顔をうずめて彼女は泣いた。

「う、ひっ、うええぇぇぇぇぇ〜ん。」

「俺はな、怖かったんだ・・・。変わっていくお前が、そして変わらざるをえん俺を。」

自分の胸に縋り付いて咽び泣くタマモの背を撫でながら、犬飼は悔恨の言葉を囁く。

「お前との生活が『居心地の良い』ものになっていくのを認識した時、変わる事を恐れた俺は、お前を拒絶した・・・。愚かな事に、俺は何も判っては、いや、判ろうとはしなかった。」

「・・・ポチィィィ。」

「馬鹿な俺の事だ、またお前を泣かせてしまう事もあるだろう。だが俺は今度こそ、お前と『家族』になりたい・・・。タマモ・・・良かったら、俺の元へ帰ってきて・・・くれないだろうか。」

やはり犬飼も不安なのだろう。
普段の彼には見られない震えた声をタマモに掛ける。

彼の見せたあまりのギャップに、タマモは涙混じりにクスリと微笑んだ。
そんなに硬くならなくても私の答えは決まってるのに、と。

「帰ろ・・・、『私達の家』へ。」

「タマモ・・・。」

安堵の表情を浮べる『父』の手を、『娘』は確りと握った。
もう、何があっても離れないように。

強く、二人は手を繋いだ。


二人の関係は、それから特に大きく変わった訳でもない。
少しばかり会話が増えた、ただそれだけである。

「おはよう。」「おやすみ。」、そう声を掛け合い、二人して猟に行き、畑を耕し、一つの布団で眠りにつく。

ただそれだけ。

でも、それが二人の絆を強く固めていくのだ。
『親子』。その意味を言葉でなく心で理解した二人には、それだけで十分だったのだ。

犬飼は相変わらず寡黙であったし、タマモも朝早く家を飛び出してシロと遊びまわっていたし。
だがしかし、犬飼は丸くなったと村人達は囁きあい、村で見かける二人の姿はまぎれも無い親子の姿に見えた。

タマモはまだ照れがあるのか、犬飼に対して「お父さん。」と呼びかける事は出来なかったが。そんな事は犬飼も気にしなかったし、以前よりは歪みも減り、より自然な形で二人は毎日を暮した。

犬飼はタマモと犬塚に引っ張られる形で他人との交流を少しずつだが増やしていき、タマモはシロとの交流を重ねる事で、本能レベルで染み付いていた孤独を好む性質を改めていった。

秋を経て冬を越え、春を迎えて夏を過ごし、この村でのタマモの生活は二年の月日を数えた。

「『父の日』、でござるよ。」

「乳の日? アンタ私をバカにしてんの?」

ある日、シロがどこからか仕入れてきた知識により、二人は自分の父親に日頃の感謝の気持ちを込めて贈り物をする事にした。  

贈り物といっても、人間の子供と違って一銭も持たない二人にはその当ても無く、
山を歩いて『贈り物』に値する良い物を探すしかなかったのだが。

そして結局、二人は花と絵を贈る事に決めた。

深夜、犬塚タロウに酒を誘われた犬飼が少々千鳥足気味で帰宅すると、
家の灯は既に消されており、座敷の隅に敷かれた布団の中では愛娘があどけない寝顔で眠っていた。

「・・・・・。」

足音を立てぬよう布団に近づいた犬飼は、枕元に置かれた紙包みとそこに貼られた
『ポチへ。』と書かれた紙切れをみつけた。

何かと思い包みをひろげてみると、そこには一輪の花とキュビズムの極地の様な彼の似顔絵、
そしてタマモからの手紙が入っていた。

『 
  ポチへ。

  いつも家族でいてくれてありがとう。

  自分に『家族』があるという事がこんなに素晴らしい事だったなんて。

  昔の私には全く判らない事でした。

  あなたの『娘』でいさせてくれてありがとう。

  これからも私の『お父さん』でいてください。

  大好きです。

                         タマモ
                                 』

拙い字だが、心の篭った文を目にした犬飼は無言のまま家を飛び出し、大神神社の更に上、通称『おさびし山』の頂上まで駆け登り、蒼く輝く月を仰ぎ大声を上げて泣いた。

途中、近くの山から自分と同じ様な調子の狼の遠吠えを聞いた。
その声は犬塚のものにとてもよく似ていた気がしたが、犬飼は意識しないようにした。


タマモは幸せだった。
こんな風に自分が笑える日が来るとは思ってもいなかった。

家族、友人、仲間。

「拙者とお前は家族、姉妹でござるよ。」

シロのその言葉が嬉しかった。

「明日、釣りにでも行くか。」

父のおかげで、明日という言葉が好きになった。

幸せだった。本当に幸せだった。
この幸せな日々は、望むまま永遠に続くかもしれない。そんな夢想を見ても良いのではないかと思い始めた、そんな矢先。

少女の平穏な世界は、暴虐の手により無残に引き裂かれた。

タマモが村に来て三年目の春。
その日もいつもと変わらぬ朝を迎えた村人達は、いつもと変わらぬ一日になると無意識に信じていた。

駆け回る子供達、洗濯物を持った女達、刀や鍬を担いだ男達。
彼らの前に、十数匹の奇妙な猿が現れたのだ。

大きさは、背丈が一メートルほど、毛むくじゃらで、でっぷりと太った体と長い腕。鋭い爪と牙を持ち、感情の無い瞳は、ただ無限の飢えの光を放っていた。

・・・誰も気付かなかった。
彼らが目の前に姿を見せるまで、誰も侵入者に気付かなかったのだ。

村人達は愕然とした。
自分達の鼻は数キロ先の草花の匂いを嗅ぎ分け、その耳はどんなに小さな音も聞き逃さないはずだったのに。

なにより、この村には強力な結界が二重に張られており、それを破るには年寄り衆が管理している通行手形を使用するより他に無い筈だったのに。

この不気味な者たちは、忽然と姿を現したのだ。

まず、近くにいた老人が殺された。
老いたりとはいえ一人前の人狼の武士が、敵を敵と認識する間もなく殺されたのだ。

村中が騒然となった。

第六感と言う物だろうか、すぐに危機を察した若者達が手に刀を持って駆けつけたのだが、彼らが到着するまでに、さらに二人の村人が猿の群れに貪り喰われた。

若者達が猿と相対している間に、村の老人、女子供の避難を終え、長老と共に駆けつけた犬塚タロウの指揮により害敵の掃討が始まった。

いずれも腕に憶えのある一流の侍達である。
事件はすぐに幕を引く、誰もがそう思っていた。

しかし。

「長老・・・何かおかしい。」

犬塚がそう告げたのは、正体不明の猿達との交戦が始まって暫くの事だった。
数匹目の猿を切り倒した長老も、犬塚の感じた違和感の正体に思い当たって目を見開いた。

「か、数が減っておらんっ!?」

この場に到着した時、数瞬だったが敵の数は大体確認できた。
多くとも十五匹以上は居なかった筈である。

自分と犬塚を含めた八人の侍達が斬った敵の数は、最初に確認した数を大きく上回る。しかし、恐らく敵の数は少しも減ってはいないのだ。

「っ!? 長老、あれをっ。」

そう言って犬塚が指差した先、少し前に若者の一人に斬られた猿の死体が、まるで意思を盛っているかのように蠢いていた。
不気味な現象を見守る二人の前で、肉の動きは激しさを増していく。

次の瞬間、二人は息を飲んだ。

驚く事に、死んだ筈の猿の肉体についた傷が一瞬にして塞がり、立ち上がった猿は再び戦いに加わったのだ。
『不死』。長老の脳裏に浮かんだ絶望的な言葉。

際限なく復活する猿達に対し、此方は少しずつ体力を減少させ、血に塗れていく。
今は此方が優勢だが、このまま戦いが長引けばどういう事になるのかは明らかだった。

「いかん、ここはひとまず退くぞっ。」

「しかし長老、いかにして!?」

不利を悟った長老は、この場からの退却を犬塚に指示したが、人狼である自分達よりも奴等の足は速そうである。そう簡単に引けられるとは犬塚は思わなかった。

「ワシがしんがりを引き受ける。みなっ、退けいっ!!」

胸元に下げた数珠を引き出し、猿達に突きつけるようにして長老は叫んだ。
その言葉を信じ、次々と場を退いていく侍達、そして犬塚。

「長老っ。」

「応っっ!!」

全員の退却を確認した犬塚が合図する。
猿達の一匹も通さんと睨みを効かせていた長老は、それに応じて気合を上げた。

「貴様等一匹も通さん・・・・波ァッッッ!!!」

カッ!!

迫り来る猿達に向け長老が気合と共に投げ撃った数珠が閃光を放ち、隙を窺っていた彼らの目を、鼻を、そして肉体を焼き尽くすっ!!

「・・・所詮は時間稼ぎじゃろうが、な。」

年齢を感じさせぬ動きで犬塚に追いつき、長老は嘆息した。

「犬塚、村の者の退避は完了しておるな?」

「その筈です。・・・大神大社に半分、天狼寺に半分、後は結界の範囲を収束、強化するだけです。」

人狼の村に伝わる二振りの妖刀。
それを一本づつ納めた聖域が、緊急時の避難場所となっているのだ。

「・・・我等の『剣』だけではやつ等は滅せぬ。」

「・・・・・はい。」

村の北に位置する大神大社に向けて走りながら、長老は口惜しそうに呟いた。
犬塚も村を蹂躙された怒りに顔を赤黒くさせ、苦渋の同意を示す。

「共闘者が必要じゃ。強き力を持った共闘者が・・・。」


その頃、タマモとシロの二人は、いつものようにあの花園へ向っていた。
シロの手には何処で拾ってきたのか、数冊の雑誌があった。

「えへへ、拙者らの山にゴミを捨てるのはけしからんでござるが、こういうのなら、偶には良いでござるな。」

「アンタ漫画から読むんでしょ、私その綺麗な服が載ってるやつね。」

山の麓近くには、偶に登山者が捨てたゴミなどが落ちており、彼女達はそれを拾ってはあの花園で検分しているのである。

今朝も幾つかの戦利品を手にし、ホクホク顔で二人並んで歩いていたのだが。
突然、二人は同時に立ち止まった。

「シロ・・・。」

「タマモも、でござるか?」

シロの言葉に、無言で頷き返すタマモ。
二人は今来た道を振り返った。その視線の先には・・・人狼の村。

『嫌な予感』がするのだ。それも、とんでもないレベルの嫌な予感が。

「・・・戻るでござる。」

「うん。」

顔を見合わせて一つ頷きあった後、猛然と駆け出す二人の少女。
後には、放り出された雑誌の束が散らばるのみだった。


「な、何よ・・・コレ。」

魂が抜けかけたような声で、タマモは呆然と呟いた。
無理も無い。朝に家を出た時に見た美しい村の風景が、全く別のものに変わっていたからだ。

「村が・・・燃えてるで、ござる。」

タマモと同様に、シロも虚ろな瞳で辺りを見渡す。
数戸の家屋から黒い煙が立ち昇り、まるで爆撃の後のように荒れ果てた道や畑。

村人の気配は全く無く、ついぞ嗅いだ事の無い異様な妖気が辺りに充満している。
いや、タマモにはこの妖気に対して心当たりがあった。

久しく忘れていたあの時の記憶。

「これって・・・、もしかして。」

何かを言いかけたタマモの口を遮るように、シロは毛を逆立て大声で叫んだ。

「どういう事でござるかぁっっ!!?」

「ば、馬鹿っ、シロッ!」

慌てて彼女の口を塞ぐタマモだったが、それは少し遅かったようだ。
どこからか定かではないが、此方に向って迫ってくる、幾つかの妖気の気配を感じるのだ。

もがもがと呻くシロの頭を抱え込みながら、タマモは確信した。
間違いない、村を襲ったのはあの時の魔猿か、それと同種の化け物だ、と。

それにこの複数の妖気。
あの時の猿の様な奴が何人も来たとすれば、自分達に勝ち目は無い。
ここは一刻も早く逃げるべきだとタマモは確信した。

「ぷはっ、何をするでござるかタマモっ!」

「ここに近づいて来る妖気を感じないの? さっさと逃げるわよっ!」

ようやくタマモの腕から逃れたシロが顔を赤くして文句を言うのだが、タマモは既にその事を忘れたかのように彼女の腕を引っ張るのだった。

「そ、そういえば。何でござるかこの妖気はっ!?」

「いいからさっさと逃げるっ!!」

そう叫んだタマモだったが、しかし、もう遅かった。
駆け出そうとした彼女達の前に、後ろに、肉を持った悪意が次々と現れたのだ。

新たな獲物を発見し、飢えを満たす喜びに顔を歪めていやらしく笑う猿達。
彼らのねっとりとした視線を全身に受け、シロとタマモは無意識に身震いした。

「こうなれば・・・。」

「・・・やるしか、ないわね。」

後がない事を悟り、いつでも攻撃できる様に身構えるシロとタマモ。
彼女等を包囲する猿の輪が、ゆっくりと狭まっていく。

き、き、き。     き、き、き。
      き、き、き。     き、き、き。

笑っている。
打つ手無く、勝ち目の無い戦いに臨むしかない二人の少女を笑っている。
圧倒的多数で彼女達を取り囲んだ猿達が、逃げられない獲物を嬲るかのように嘲笑っている。

「・・・くっ。」

「・・・なめてるわね。」

この不利な状況を前にしても、シロとタマモの二人は、敵に笑われた事に対して怯えるのではなく、逆に怒りを募らせて体に力を漲らせた。

シロは拙いながらも霊波刀を放出し、タマモも両手に狐火を燃え上がらせた。
そして近づいて来る猿達に向かい、二人はニヤリと笑って言い放った。

「「・・・来いっ。」」

それを合図としたかのように、飢えに狂った猿達は一斉に少女二人へ飛び掛った。

私達は無二の親友、いや、姉妹。生きるも死ぬも、すべては共に。
しかし、彼女には少しでも長く生きて貰いたい。それが適うなら、私は笑って死んでやろう。

その瞬間に彼女等が思った事は、奇しくも二人、同じであった。
シロはタマモを、タマモはシロを護る為、持てる力の総てを迎撃に込めた。

死んでもいい、だけど彼女は殺させないっ。
互いに庇い合う二人の想いは、しかし杞憂に終わった。

何故なら・・・聞こえたのだ。
最強の戦士の声が。

「・・・・・娘に近づくなと言ったはずだが?」

ズバゥンッ!!!

まさに瞬殺。
少女達に飛び掛った猿達すべてが、突然飛来した剣風に一瞬で屠られたのである。

ボタボタとミゾレの様に地に散らばり落ちる猿達であったモノ。

何が起きたのかよく判っていない顔で紅い雨に濡れる少女達。
ポカンと口を開ける彼女等の前に、隻腕の狼が立っていた。

「ポ、ポチィッ!」

「犬飼殿っ!」

満面に喜色を浮べて彼の方に走り寄るタマモとシロ。
彼女等の目には、犬飼の姿はまさにヒーローとして映った。

「怪我は無いな?」

血に塗れた少女達の顔を手拭いで拭きながら、犬飼は素早く彼女等の体を見まわして訊ねた。

「問題ないわ。」

「拙者も大丈夫でござるよ。」

心配顔の犬飼に、少女達は微笑んで無事を報告した。
彼女らの言葉を聞いて、犬飼は表情を少しだけ緩め、そうか、と安心したように呟いた。

「でも犬飼殿、あの猿は何だったんでござるか? あれが村をこの様にしたとは、拙者考えられんでござるよ。」

辺りに散らばる猿達の残骸に目をやり考え込むシロ。
数が多いだけの敵などに、一騎当千の侍達が遅れを取るとは考え難かったのである。

「たぶん、奴等は俺への意趣返しを狙ってこの村へ来たのだろうな。」

「なっ!? ポチっそれは違っ!」

原因はアンタじゃなく私だっ。
そう言おうとしたタマモの口を視線で閉じさせ、犬飼は大きく嘆息した。

「何にせよ、お前達は早く神社か寺に避難したほうがいい。村の者は皆そこに居る。」

「アンタはどうすんのよ。」

「俺は逃げ遅れた者が居ないかどうか、もう暫く村を周って確かめる。」

事も無げに犬飼が吐いたその言葉に、タマモは驚き縋りついた。

「何言ってんのよっ、奴等があれだけなんて限らないじゃないっ、危ないわよっ!」

怒りの形相で胸倉を掴んでくる娘に、犬飼は、フ、と微笑んだ。
自然と、タマモの手が離れる。

「心配要らん。たかが猿に俺がどうこうされるなどと思うか?」

「そ・・・んな事、無いケド。」

赤い顔で俯く娘の頭を撫でながら、犬飼は諭すように呟く。

「誰かがやらねばならん事、そうだろう?」

「・・・う、ん。」

理解はするが、納得は出来ない。
そんな顔で頬を膨らますタマモの姿に、傍で見ていたシロは面白そうに声をかけた。

「タマモはお父上と離れたく無いんでござるよなぁ〜。」

「なっ、ば、馬鹿言ってんじゃないわよシロっ!」

口喧嘩を始めそうな二人に、先程の物よりも遥かに重い溜息を吐きつつ、
犬飼は彼女らを止めようと口を挟みかけた。

だが、彼は何かに気付いたように彼方へ視線を投じる。
その表情は真剣な物になり、垂れていた尾も逆立つように膨らんだ。

「・・・だいたいアンタは「タマモっ、シロっ! そこに隠れろっ!!」って、・・・え?」

「どうしたんでござ・・・何か来るっ!?」

遅ればせながらシロも気付いたらしく、犬飼の視線の先へ顔を向ける。
素早く身構え、再び霊波刀を放出した彼女だったが、犬飼は怒ったように怒鳴りつけた。

「馬鹿者っ、俺は隠れろと言ったんだっ!!」

そう叫んで犬飼は近くにある食料貯蔵庫を指差す。
太い丸太を組んで造られた高床式のその中ならば、霊波を消しておけば見付からないと踏んだのだ。

「ポチっ、アンタ一人で!? ムチャよっ!!」

「そうでござるっ! 拙者らも協力するでござるっ!!」

「やかましいっ!! さっさと行けぇっ!!」

焦りにも似た表情を浮べ、少女達を急かす犬飼。
彼の放つ雰囲気に気圧されて二人の少女は後ずさった。

「で、でもぉ・・・。」

「行くでござるっ、タマモっ。」

それでも尚食い下がろうとするタマモを抱き止め、シロは犬飼に目礼した。
しかし犬飼はそれに答える事無く、彼女等に背を向けた。

「さあ、タマモ。」

「・・・う、うん。」

心残りながらも、タマモは渋々シロについてその場を離れる。

「心配なんかしないからねっ、ポチっ!」

そう言い残して倉庫に向ったタマモに、犬飼は腕を掲げて答えた。
何度も振り返り、彼の後姿をその目に焼き付けながら、タマモとシロはかび臭い倉庫に入った。

重い扉を閉めてしまうと中は完全な闇である。
しかし狐火で明かりを取ると、奴等に察知されてしまうので我慢するしかない。

米俵の陰に身を潜め、二人は犬飼を信じてその時を待つ。

「・・・大丈夫でござるよ。」

「・・・うん、うん。」

しかし拭い切れない不安感。
最後に感じた大きな妖気は、あの猿達と似ている様で全く違っていた。

ふとタマモは最後に見た犬飼の姿に違和感を憶えた。
刀。そう、彼は帯刀していたのである。

出会ってから今まで、タマモは犬飼が刀を手にした所は一度も見ていない。
まるで何かを忌避するかの様に、彼は無手でありつづけたのだ。

一度その事について尋ねてみた事がある。
その問いに対し、俺はまだ『答え』を見つけられてはいない。故に剣は持てん。そう返されたのだ。

しかし彼は今、刀を持っている。
その事の意味。

ポチ・・・アンタ・・・。

タマモは小さく震えた。


娘達が隠れた後、程なくして『それ』は姿を現した。
数年前に相対した時よりも巨大で、醜悪なその姿。

身長は五メートル近いだろう。
天から見下ろすような尊大な態度で、『それ』は口を開いた。

「・・・久しぶりだなぁ。」

まるで進化でもしたかの様に、あの時よりも高い知性を感じさせる口調で
犬飼に話し掛けてくる。

「あの時は中途半端な状態で『研究所』を抜け出してきたからな。体がまだ強くなかったんだが、・・・・・今ならおもいっきり遊べるぜぇ。」

「貴様の不細工な面など二度と見たくは無かったのだがな。」

ベラベラとよく喋る『それ』、数年前の夜に遭遇した正体不明の猿に対し、
犬飼は、顔にびっしりと玉の汗を浮べながらも鼻で笑って身構えた。

片方しかない腕を器用に操り腰に携えた刀を抜いた犬飼を見て、
魔猿はあの時と同じいやらしい笑みを浮べて嘲笑った。

「喰った俺が言うのもなんだけどヨォ、てめえ片腕で何が出来る?」

「・・・・・。」

犬飼は答えず、代わりに全身に力をこめて『変身』した。
ある一定以上の力を持った人狼は、月など無くても身を変えることが可能なのだ。

肉が盛り上がり、全身は濃い獣毛に覆われ、せり出した顎からは鋭い牙が伸びる。
身長は二メートルを越えて、犬飼が変わってゆく。

ぐぅぅおおおおぉぉおおぉおっっっ!!

太古より連なる古き狼神の血の脈動に刺激され、犬飼は戦士の雄叫びを上げる。
弱い妖霊ならば、聞いただけで消滅するような力ある咆哮。

完全に人狼に変身し終わった犬飼は、刀を手に不敵に笑った。

「我等を甘く見ない事だな。」

「話には聞いていたが、・・・面白れぇ。」

魔猿から薄く妖気が放射され、それに呼応したように、辺りに飛び散っていた猿達の残骸が蠢き始めた。

「てめえが何処まで粘れるか、見せてもらうぜぇ?」

復活した猿達に囲まれた犬飼に、魔猿は黄色い歯をむき出して口を歪めた。
その言葉に、犬飼は刀を正眼に構え、静かに、だが力強い言葉で返した。

「・・・人狼族三本剣が一刀、犬飼ポチ。・・・・・参る。」

そして死闘が始まった。


一筋の光も無き闇の中、タマモは震えながら縮こまっていた。
顔を伏せ、耳を抑えて丸くなり、外から聞こえてくる戦闘音が聞こえないよう耐えているのだ。

隣に蹲っているシロも似たような物だ。
真っ青な顔で「父上、・・・父上ぇ。」と震えている。

彼女と身を寄せ合い、タマモはじっと耐えていた。

どれほど時が経ったのだろうか。
彼女には数秒の様にも、数時間、数日の様にも感じられた。

気がつくと、何時の間にか外からの爆音と振動は途絶えており、まるで世界がこの蔵を残して消滅してしまったかの様な静寂だけが感じられていた。

「シロ・・・、シロっ、外に出るわよ。」

あの猿達の妖気が感じられない事を確認したタマモは、とにかく外へ出てポチの様子を知りたい一心でシロに囁きかけた。

「終わったんで・・・ござるか?」

「たぶん・・・。でも外に出てみないと。」

座り込んだまま顔を上げたシロに手を貸し、タマモは外へと通じる扉に手をかけて
外の様子を探った。

妖気は確かに感じられない。そしてこの気配は・・・ポチだっ!
彼の無事を喜び、彼女はシロと連れ立って外に飛び出した。

扉を開け、一歩踏み出した彼女等の眼前に広がる村の風景は、さらに酷い物に変わっていた。地面には幾つもの大きな破壊痕が穿たれ、さまざまな場所に獣の爪あとの様な傷が付けられている。

そんな広場の中心、へし折られた巨木の向こうに犬飼が立っているのが目に入った。想像を絶する激闘だったのだろう。彼は刀を杖代わりにし、辛うじて立っている様に見える。

辺りには猿達の姿は影も形も無い。どこかへ逃げて行ったのだろうとタマモは推測した。

「ポチィっ!!」

「犬飼殿っ!!」

全速力で駆け寄り、タマモは彼に抱きついた。
遅れて到着したシロも頬を緩ませて微笑んでいる。

「無事で良かった、ポチ。」

そう言ってタマモは目を潤ませる。
彼の体中にはいたる所に傷があったが、それでも生きていてくれた事が嬉しかった。

「タ・・・マモ、か。」

「? ・・・ポチ?」

しかしどうした事だろう。犬飼の様子が少し変である。
タマモは『嫌な予感』が再び湧き上がってくるのを感じた。

日は天の中心より少し外れ、地に在る物達の影を伸ばし始めている。
タマモの疑念は、その影により最悪の結果で晴らされた。

犬飼の体に抱きついていたタマモの視線が、地に映る彼の影を捉える。
だが、その影の形が異様であった。

「・・・・・ポチ? 何か、影が・・・。」

「・・・・・。」

犬飼は答えない。
彼の影。その背中の部分には、

・・・『ヤマアラシ』の『トゲ』の様な影が伸びているのだ。

少しづつ体を震わせ始めるタマモに代わり、シロが一つつばを飲み込み、
犬飼の背の側に移動し始めた。

ゆっくりと犬飼の後ろに回りこんだシロの目が見開かれ、ついでガクガクと身を震わせた。

彼女の歯が激しく打ち鳴らされる音がタマモにも聞こえる。

「ねえシロ・・・一体何が・・・。」

タマモは聞きたくなかった。目を塞いで何処かへ消えてしまいたかった。
だが、彼女の口は何かに取り付かれたかのように言葉をつむぎ、シロに問い掛けた。

「い、いぬ、いぬ、犬飼、殿の・・・背に・・・。」

恐怖により流れる涙にも気付かず、シロはどもりながらも言葉を形にしようとする。彼女の足は激しく震えて風に吹き倒されそうである。

「に、肉の・・・・・トゲが・・・無数に刺さって・・・。」

「ひっ!?」

もたらされた言葉に悲鳴をあげ、タマモも犬飼の背に周った。
そして・・・へたり込んだ。

「ぼ、ぼ、ぼぢぃぃぃぃ〜!!!」

あの魔猿の一部分だろうか、それが槍のような形を為して犬飼の背に無数に突き刺さっていたのだった。

あまりの衝撃的な光景に、タマモは幼子に還ったかのように泣き叫ぶ。

シロに至っては言葉も出ない様である。
その時、娘の泣き声に目が覚めたのか、犬飼がたどたどしくも言葉を発した。

「な、くな、タマモ・・・。」

「ポチっ!? ポチィっっ!!」

「犬飼殿っ!」

その小さな声を聞き、二人は慌てて彼の前面に戻った。

「ポチ、ポチっ!? 生きてるのっ? ポチィっ!!」

「・・・ほんの、ちょっぴり、だけな。」

閉じていた目を僅かに開け、犬飼は泣きじゃくるタマモに微笑みかけた。
しかしその瞳は翳み、既に何も写してはいないようである。

「すぐに医者を呼んでくるでござるっ!」

そう叫んで駆け出そうとしたシロを、犬飼は小さく首を振って止めた。

「なんで、なんでよぉっ!?」

「・・・そんな事より、お、まえ達、には・・・やらねばならん事、がある。」

「いやっ、いやだぁっ!!」

「聞けっ! タマモっ。」

泣き喚くタマモを叱咤し、犬飼は彼女等を抱きしめた。
人狼の大きな体に包まれて、二人の少女は静かになった。

「先程、長老よ、り遠吠えにて、伝達が・・・あった。奴等を滅するこ、とが出来る力を持った・・・者を連れて来い、と。」

「それを、拙者らが・・・?」

「ああ・・・。皆は神、社と寺に・・・別れて避難して、いる。おまえ達は一週間の内に・・・強き者を・・・ぐぅっ!?

腕の中の少女達を突き放し、犬飼は多量の血を吐いた。
タマモは青ざめ、血に汚れる事にもかまわず犬飼に縋りつく。

「いやっいやっ!! 私、ここにいるっ、あんたの傍にいるっ!!」

「頼む・・・タマモ。村を、一族を・・・救ってくれ。」

限りなく慈愛に満ちた『父』の瞳で、犬飼はタマモに囁いた。
タマモは歯を食いしばり、涙を流しながら父を仰ぎ見た。

「お前との生活・・・、俺に安らぎと、大きな幸せを与えてくれ、た・・・。」

「ぽちぃ、いやよぉ・・・。」

「幸せに・・・なってくれ、娘よ。・・・ありがとう、あいして、い・・・。」

その言葉を最後に、犬飼ポチは頭を垂れた。
消えていく彼の脳裏に、長老と犬塚が言った言葉が浮かぶ。

(そうか・・・。俺は『答え』を既に手にしていたのだな。くく、今になって気付くとは、おれはやはり・・・。)

動かなくなった犬飼を前に立ち尽くす二人の少女。
無言で首を振り、タマモは後ずさった。

「うそ、うそ、うそっ! ・・・・・お父さああぁぁんっっ!!」

初めて父を父と呼んだ日。
タマモは父を失った。


「畜生っ! 畜生っ! ・・・皆殺しにしてやるっ!!」

怒りに全身を震わせ、タマモは拳を握り締めた。
隠れていた彼女の九つの尾が揺らめき立ち、金色の妖気を撒き散らす。

「タマモっ、犬飼殿の言葉通り、山を降りるでござるよっ!」

「嫌よっ! 行きたけりゃアンタ一人で行きなさいよっ、私は奴等を・・・。」

ばしんっ!!

「!?」

敵討ちを叫んで怒り狂うタマモの頬を、シロの平手打ちによる衝撃がおそった。
初めてシロに叩かれた彼女は、そのショックで少し平静を取り戻したように見えた。

「な、んで・・・殴るのよっ!」

「バカ者っ!!」

シロは泣きながら叫んだ。

「今我々が山を下らねば、この村は全滅でござるぞっ! おまえは犬飼殿の御遺志、その死を無駄にするつもりでござるかっ!!」

「・・・判ってる、判ってるわよっ、でも悔しくてしょうがないのよぉっ!!」

怒りから一転、涙を流しながらタマモは返す。
彼女の手をシロは握り締め、引っ張るように駆け出した。

「まずは強い武士を味方にし、連れて来る。敵討ちはそれからでござる。」

「・・・・・ポチィ。」

村を抜け、麓への道を駆け下りながら二人は吠え叫んだ。
助けを待つ皆に届くよう、声の限りに咆哮した。

「ワォオオォオオォォォォ〜ンッッ!!」

「キュオォオオォォォォ〜ンッッ!!」

皆の衆、待っておれっ!
拙者が、私が、必ず強き武士を連れて来るでござるからっ!!
絶対に、絶対に、連れて来るからっ!!

その声は、確かに村に届いた。
結界を軽く越え、二人の想いは村人全員の心に届いたのだった。


              新世界極楽大作戦!!

                第八話・前編


「・・・その後、拙者らは人界にくだり、予感を頼りにこの町に辿り着いたのでござる。」

長い長い話を終え、シロは茶を一口啜った。
時は既に夕刻を越え、窓から差し込む光はおぼろげな物に変わっていた。

『・・・ゆ、ゆ、ゆ、許せませぇ〜〜んっ!!』

シロの語った人狼族の悲劇に、おキヌは憤慨したように中空へ飛び上がった。
突き上げられた彼女の右手には、鈍色をした鈍器が掲げられている。

それはいわゆる『バールのような物』。

しかしただのバールのような物ではない。以前横島たちが解決した事件でおキヌが手に入れた、魔を撃ち邪を砕く聖なる鈍器、名付けて『破邪のバールのような物』である。

妖魔に対しての効果は抜群、おキヌ専用最強武器なのだ。

『行きましょう横島さんっ、すぐ行きましょうっ!』

「部屋ん中でそんなの振り回しちゃ危ないよ、おキヌちゃん。」

興奮するおキヌを苦笑して嗜め、横島はシロの方へ視線を向ける。
彼の視線に、シロは再び床上に平伏すると、真剣な声で願いを陳べた。

「横島殿っ、どうか、どうか人狼族の明日の為に、ご助力をっ!!」

「俺で、良いのか?」

横島は膨れた顔のタマモに目を向けた。
シロの依頼は勿論引き受けるつもりだが、タマモにも納得してもらいたかったのである。

「・・・私も、別に良いわよ。」

「タマモ・・・。」

「この人からは、何かとてつもなく強い力を感じるし、我侭なんて言わないわよ。」

タマモの言葉に笑みを浮べて彼女を見やるシロ。
屋上での出来事から、シロは連れて行くなら横島しかいないと感じていたのだ。

「横島さん・・・。」

シンジも真剣な顔で横島を見る。
ネルフ本部に戦自が攻めてきた時の事を思い出したのだろうか。

横島は口を歪め、上目で恐る恐るこちらを見上げるシロに向って軽くウインクした。それを見たシンジとおキヌの顔に笑みが浮かぶ。

「もちろん引き受けるさ。」

「まことでござるかっ!?」

飛び上がって喜ぶシロ。タマモもホッとした表情をする。
彼女達を尻目に、横島は犬飼について思いをはせた。

(犬飼が・・・なぁ。そんな事もあるか。)

作戦を組もう。おキヌのその提案に円陣を組む少女達。
そこからシンジは一人、キッチンへ歩いていった。

「ねえ、ヨコシマ、だっけ?」

「ん、ああ、なんだ?」

紫銀の揺れる彼の背を目で追っていたタマモが、考え込む横島に何か尋ねてきた。
組んでいた両腕を解き、彼女に返事を返す横島。

「幽霊は別にして、アンタなら霊能力者って判るけど、あの女の子・・・何?」

「女の子って、シンジの事か?」

キッチンの方に目をやり横島は答える。
アイツなら女にでも間違えられるわなぁ、と苦笑した。

「アイツはシンジ、俺の助手だ。で、性別はたぶん男。」

「え、男の子ぉっ!?」

タマモは目を丸くし、先程まで椅子に座っていたシンジの風体を思い出す。
目を瞑った彼女の眉間に、薄く汗が浮き出た。

「アイツに対しては、あまり詳しく説明できんが、ま、仲良くしてやってくれや。」

「え、ええ・・・。」

タマモは呆然と呟いた。

そして深夜。
横島邸の前に、荷物を用意したシンジとおキヌ。そしてシロとタマモが立っていた。

しかしいくら春だといっても、深夜の風は身を斬る様な冷たさである。
四人は小刻みに震えながら横島が来るのを待っていた。

そんな彼らを車のヘッドライトが明るく包み込み、重いエンジン音と共に
一台のワゴンがその前に停車した。

「よっ、おまたせ。」

『「「「横島(さん)(殿)っ!?」」」』

ワゴン車の運転席から降りてきたのは、車の当てがあると言って何処かへ出かけて行った横島だった。

次々と荷物を車中に放り込み、横島はアホの子の様に口を開けっ放しの
シンジ達へと振り返り、乗車するよう言い渡した。

「でも横島さん。どうしたんですか、この車。」

人狼の里へ向う途中、高速道路を走る車内にて、全員に配った手製の弁当を食べながらシンジが訊ねた。

ちなみに運転中の横島は手が使えないため、助手席のシンジに食べさせて貰っている。

あーんとね。

「ああ、オカGに借りてきた。」

「美智恵さんに、ですか?」

タコさんウィンナーを横島の口に運びながら、シンジは彼が美神美智恵の臨時助手である事を思い出した。彼女なら車の一台や二台、軽く貸してくれるだろう。

「いや〜、凄いでござるなぁ。拙者、車に乗ったのは初めてでござるよ。」

「ふ、ふん。人間の発明にしちゃ、いい乗り心地じゃない。」

『速いですねー。』

驚くほど美味いシンジの弁当を食べながら、シロもタマモも尻尾を忙しく振りまくる。おキヌも上半身を車外に突き出して気持ち良さそうに呟いていた。

しかし、ふとシンジが何か思いついたように横島に尋ねた。

「・・・横島さんって、免許もってましたっけ?」

「持ってるよ? 女体ダイブA級免許証。」

冗談か本気かわからない返事を返す横島。
突っ伏しそうになりながらも、シンジは新ためて訊ねなおした。

「車のですよっ、車の運転免許証ですっ!」

そう言って横島の口へ乱暴に唐揚げを突っ込むシンジ。
横島はそれを何とか飲み下し、心配ないと答えた。

「・・・・・ゲーセンの『スリ○ドライブ』なら大得意だ。こんなの屁でもねえよ。」

「それってゲームじゃないですかぁぁっ!!」

泣き叫ぶシンジを無視し、横島はアクセルを全開にした。
グン、と増した車の速度に、おキヌを除く全員が悲鳴をあげた。

「わああああぁぁああーっ!?」

『きゃー!!』

「父上ぇぇっ!!」

「お父さぁ〜んっ!!」

オカGの黒いワゴン車は、深夜の高速道路を彗星のように突っ走っていく。

「誰も俺の前は走らせねえぇっ!!」

ノリにノった横島の叫びを聞く者は、この車内に一人も居なかった。


あとがき。

皆様お久しぶりです。
超遅筆バカ、おびわんでございますだ。

新世界第八話、書き終えました。
この話は難産でした。大部分が過去話なので途中で切ると気持ちが悪い。
なら全部いっぺんに投稿しようという事で、こんなに長い話になっちゃいました。

なにかその割には消化不良だったような気が。
ポチはカッコよく描けてるでしょうか?

次回、後編。
・・・予定では横島君がアレな事に。


感謝感激のレス返しです。

>柳野雫様。

私はワルQ好きなので、彼女にはオイシイ(かなぁ?)所を持って行って
もらおうと思ってます。
でも犬飼や犬塚などの男連中を書くほうが楽しいですv

>ファルケ様。

横島君似の大魔法使いが主人公(?)の漫画にでてくるアイテムですな。
確かに! イメージはあれから来てます。

>無貌の仮面様。

あのボス霊の生前のお名前は、「根須今太郎」とだけ設定しました。
アポロチョコはピンクの部分しか食べないというシャイなチンピラでした。
好きなMSはもちろんドムです。

>二郎三郎様。

シロタマの境遇はこんな感じになりました。
書いてる最中色々と迷いましたが、如何でしたでしょうか?
ご丁寧なレス、本当に有難う御座います。


それでは次回も宜しくお願いしますね。

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