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「お祓いしませう!? その零(GS)」

Astaroth (2005-03-28 17:09)
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   お祓いしませう!? その零


 横島忠夫、享年15歳。
 名もない寂れた裏通りにて、鴉も跨いで通る未分別ゴミに埋もれながらその短い生涯を終え……。

「てたまるかぁ!」

 少年は脳裏にフェードインしてきたバッドエンドの文字を慌てて掻き消すと、あらん限りの声を張り上げた。
 下腹に力を込めたことが功を奏したのか、絶望の淵に半分ほど突っ込んでいた彼の生存本能が復活の兆しを見せ始める。

「こんなん俺は認めんぞぉ〜!」

 僅かに残っていた気力と体力を身体中から掻き集めて、少年横島はなんとか立ち上がった。
 それに伴い、ゴミの山が雪崩式に散乱する。何やら得体の知れないモノが詰まったコンビニ袋が湿った音とともにアスファルトの路面に落ち、刺激臭を放つ泡だった液体を撒き散らしながらペットボトルがコロコロと転がっていく。
 気に留めている余裕はなかった。
 クラッ、と一瞬の眩暈が彼を襲う。精気を吸われすぎて貧血と同じ症状を引き起こしていたのだ。
 が、その程度で済んでいたのは僥倖だろう。もっとも、今のところ、という注釈がつくささやかな幸運ではあったが。
 横島は萎えた足腰に鞭打つと、路地の出口を目指して、明日に繋がる一歩を踏み出した。

「うぅ〜、期待させやがって……コンチクショー」

 その振動で、カビカビになったティッシュやら粘糸を曳く野菜屑がポロポロと横島の衣服から落ちていった。

「チェリー卒業かと思った俺がバカだったよぉ」

 はだけて脱げかけたジージャンを着直す余裕もない。色褪せた細綾織の綿布のあちこちに汚物の汁が染みを作っていたが、それこそ眼中になかった。
 シャツの前ボタンの半分以上は引き千切られ、少年の意外と逞しい胸元が露わになっていた。首筋から鎖骨にかけて、朱色の虫さされのような斑点が幾つも散っていることが、直前までの状況を如実に語っている。
 ホックとチャックが全開になったジーパンはかろうじて腰骨に掛かっていて、派手な柄の下着が夜気に曝されていた。つい先刻までそこに籠もっていた熱気は、今や見る影もない。先走った情欲の名残が小さな染みとなってトランクスの前部に残っているだけだ。

 額からずり落ちてきたバンダナで目元の涙をグイッと拭う。再び生え際まで押し上げてから、グジッと鼻をすする。

 決して後ろは振り返らない。

 そこにいるのは判っていた。

 横島にとっては恐怖と絶望の象徴であるソイツ。

 少しでも気を緩めたなら、終焉の顎(あぎと)が彼の全てをたちまちのうちに喰らい尽くすだろう。

 汗と涙と鼻水をポタポタと地面に垂らしながら、横島は歯を食いしばって身体を前に進める。

 ほんの数分前、彼は幸せと興奮の絶頂にいた。
 この連休中、ことごとく迎撃されていたナンパがついに成功したのだ。いや、逆ナンされたと言ったほうが正しいだろう。最近に限ったことでなく、あと一ヶ月ちょいで16年になろうとする少年の短くもなければ長くもない人生の中で、これは初めての出来事だった。
 女のウィンク一つで横島は冷静な判断力を霧散させ、手招き一つで身体の支配権をあっさりと放棄した。
 誘われるがまま、フラフラと路地の奥へと連れ込まれた。

 昔から勘の良い子供だった。いわゆる虫の知らせ、危機察知能力は人並み外れて高かったが、経験値と知識がそれに伴わず、胸騒ぎを逆の意味に捉えてしまい、結果的に巻き込まれて後悔することもしばしばだった。
 今回もそうだ。
 胸の奥では警鐘がにぎやかに打ち鳴らされていたものの、桃色の濃霧に包まれていた横島の意識には届かなかった。反対に大人への階段を昇ることに対する期待と勘違いしていたのだから、いよいよもって度し難い。
 甘い誘惑には代償がつきものだ。
 少年は高い授業料を払って身をもって経験した。その体験をこれからの人生に生かせるかは、ひとえに彼に逃げ足に掛かっていた。

 カラカラと哄笑が路地に響き渡る。

「小僧、妾から逃げるのかえぇぇ」

 二本の腕を操り、二本の足で直立歩行する生き物を人間と呼ぶならば、ソイツは人の外的特徴を充分に満たしていた。しかし、見掛けと本質はまったく別だ。

「若い男の精をたぁんと馳走してたもれぇぇ」

 妖。
 たびたびニュースで取り上げられるから、誰もが存在を知っている。
 そして、誰もが対岸の火事の事として考えていた。一人の人間が生きている間で霊障に遭遇する可能性は、街中で車にぶつかる確率よりも低いのだ。

「勘弁やぁ、なんで俺なんやぁ!」

 もちろん、横島も同様の認識を持っていた。

「あんなんが初めてで最後なんて、死んでも死にきれんん!」

 必死の形相で背後の気配から遠ざかろうとするが、気が焦るばかりで身体はいっこうに前へ進もうとしない。まるでコールタールの中を泳いでいるかのように、空気の抵抗が手足の動きを極端に鈍くしていた。

「くっくく、この妾から逃げ切れると思いかえ?」

 明らかに妖女は横島の逃げる反応を見て愉しんでいた。本気を出せば瞬く間に獲物を捉えるだろう。そうはせず、愉悦の笑みを顔に貼り付けながら、路面の上を滑るようにして後を追う。
 この路地は妖女の狩り場だ。
 罠に飛び込んできた間抜けを逃がしたことは一度もない。
 人払いの結界も万全だ。

 頃合いかと舌なめずりした直後に、変化は起きた。

 完璧だったはずの結界に綻びが生じたのだ。

「なにやつ!?」


 横島は気づかなかった。
 ひたすら足下だけを見つめ、身体を前に運ぶことだけしか考えていなかった。
 だからか。
 視界に忽然と白いスニーカーが出現した、と思った次の瞬間、何か柔らかいものに顔面からぶつかっていた。
 といっても、妖術に絡め取られていたために衝突の勢いはない。
 膝が崩れる。
 咄嗟に両腕を前に出し、正面に現れたものに抱きついて転倒を回避する。

 抱きついた手触りから、それが電信柱ではないことはすぐに判った。

「なんじゃコリャ!?」

 スリスリ
 フニフニ

 その感触があまりにも素晴らしく、もう一度その物体に顔を押しつけてみる。

 スリスリ
 フニフニ

「あ〜、なんて言うか、ボリューム感には欠けるけど、この弾力性は実に見事のひと言に尽きるわけで、もうここは将来性に期待して一票!」

 スリスリ
 フニフニ

「えぇ〜感じやぁ〜」

 熟し切らない青い果実の甘い匂いと感触に、横島は状況を忘れて酔いしれる。


「こ、こ……このぉ」

 抱きつかれたほうは堪ったもんじゃない。
 妙な気配を感じて路地に足を踏み入れた直後、いきなり見ず知らずの男にスリスリフニフニされたのだ。おまけに、手に入れたばかりだが結構お気に入りだったワンピースの胸元は、正体不明の汁でベタベタにされた。
 なによりも……。
 ボリュームが乏しい!?

「いい度胸してんじゃない」

 横島は頭上から聞こえてきた低く押し殺した声に、慌ててスリスリを中断して仰ぎ見た。
 灼熱の憤怒の焔をともした少女の瞳と、ばっちり正面から目が合ってしまった。

「か、堪忍や、出来心なんやぁ!」

 恥も外聞もなく、その場に身を投げ出して土下座する。そのプライドを捨てた神速の行動が、二重の意味で横島の命を救った。

「死んでこい!」

 身を伏せた直後、横島の頭のすぐ上を、猛烈な勢いで火球が通過した。タンパク質の焦げる嫌な匂いが立ちこめたが、それだけで済んだのは幸いだ。

 そして……。

「うぎゃあ〜!」

 背後から聞こえてきた叫び声に、そっと振り返ってみれば……。
 オレンジ色の炎に包まれた妖女の姿があった。昇天は間もなくだ。

 ギチギチと錆びついたロボットみたいにぎこちなく顔を正面へ戻す。

 そこには、右手を前方に突き出して仁王立ちする一人の少女。

「あ、あれを俺に当てようとしたんかい!?」

 どっと冷や汗が全身から吹き出した。自業自得だと言われたらそれまでだが、さすがに生身の人間にアレはどうかと、横島は身震いを禁じ得ない。

 あらためて目の前に立つ少女を観察する。

 掛け値なしで、美少女だった。
 年の頃は、横島よりも一つ二つ下ぐらいだろうか。
 細く尖った顎に、ややきつめの吊り上がった目元。顔立ちは東洋系だが、腰まで届く豊かな髪は黄金色に輝いていた。
 ノースリーブの白いワンピースに包まれた肢体は細身ながらもバランスよく、同年代の少女たちが羨望と嫉妬の眼差しを浴びせるのは間違いない。

 と、吊り上がっていた目元がフャニリと崩れ、少女はヘナヘナと地面に座り込んでしまった。

「へっ!?」
「もぉ……せったく溜めた霊力が今のでパーじゃないの」
「れ、霊力?」

 TVで何度も特番が組まれていた。
 妖を滅する現代の祓い屋。

「おまえ、GSだったのか?」
 横島にとってはTVの向こう側の世界の住人だった。こうして出会い、まして自分よりも年下だなんて、想像の埒外だ。
「じぃ〜えすぅ? なによそれ」
 どうも違うらしい。

「それよりも、あんた、何か言うことはないの?」
「なに?」
「あんたねぇ、仮にもあたしはあんたの命の恩人よ。なにって何よ」
 どんなに思考回路が断線していようとも、彼女が謝礼を要求していることは明白だった。
「あんたのせいで霊力は台無しだし、今の術で追っ手に感づかれたかもしれないし」
「お、俺のせい?」
「他の誰のせいだって言うのよ」

 経過がどうであれ、横島が少女に命を助けられたのは事実だ。それによって彼女がまずい状況に陥ってしまったことも理解できた。
 さしあたって横島が今できる事と言えば……。

「とりあえず、俺んチに来る?」
「あたし、夕食がまだなのよね」
「……金ねぇぞ」
「お稲荷さんかキツネうどん、それ以外は却下よ」

 横島には反論する気力も根性もない。年下の少女にやり込められても反感を抱かないのは、きっと相手が見目麗しい美少女だからだろう。

「わかったよ、ほれ」
 立ち上がり、横島は座り込んでいる少女に右手を差し出す。

 と、見る見るうちに彼女の頬が赤く染まっていく。

 その視線を追ってみれば……。

 脱げかけたジーンズに、ずり落ちたトランクス。
 さきほどのスリスリのせいで、彼の愚息が元気一杯にコンニチワをしていた。

「あっ……」
「こ、このぉ不埒もぉん!」

 ブンと唸りを上げて少女の右手が閃いた。

 ボキッ

「ぐはっ!」

 横島は股間を押さえて地面を転がり回る。

「お、折れた……」
「うわぁ、変なの触っちゃったよぉ」

 これが、後のGS界最凶のおさわがせコンビ、横島とタマモの出会いだった。


あとがき
 当初は、横島君がぶつかるのは冥子ちゃんでした。でも、書いてて気づいてしまったんですね。
 うわっ、他の人のSSと思いっきしネタが被ってるじゃん!
 相手を魔鈴さんやエミさんに変えても同じようなもんだし。ここは思い切って年下に……。
 なんだ、タマモしかいないじゃん。
 高校生と中学生のカップリングならそう世間様に後ろめたいこともないだろうし。
 先の展開が楽々読めてしまえるお話ですが、そのヘンは深く考えないようにしてもらえると助かります。とりあえず、もぐりなお祓い屋タマモとその従者、とだけ。

 前作にレスを送っていただいた方々、この場を借りてお礼を申し上げます。日にちが経ち過ぎてしまったため、個別のお返しは控えたいと思います。第二話は書いたのですが、この板の読者層にはそぐわない内容になってしまったため、封印決定、です。ごめんなさい。

 それでは、そう遠くない未来に、その壱、でお会いしましょう。
 でわでわ

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