季節は春、桜の花も咲き乱れる4月のある日曜日。
ここ美神除霊事務所でも、春の陽気に誘われ、のんびりとした午後の時間が流れていた。
「あーっ、暇っすねー美神さん。」
横島忠夫は事務所のソファーに体を横たえ、だらけた声でそう話しかける。
「んー、そうねえ。まあ今日は除霊の依頼も無いし、仕方ないわね。」
マホガニー製の大きな机に突っ伏し、顔だけを窓の方に向けて外を眺めながら美神令子が答える。
ソファーの近くにはベビーベットが置いてあり、その中ではひのめ嬢がお休み中だ。
春の陽気も手伝い、実に気持ちよさそうにスヤスヤと眠っている。
「ひのめちゃんはおねむの最中、シロタマコンビは遊園地へお出かけ中と静かなのは良いんすけど・・・」
横島は顔だけを令子の方に向け、
「でもこれじゃあ体が鈍っちゃいますよ。」
などとまっとうな事を言う、・・声はだらけきっていたが。
「まあ偶には良いじゃない、それに・・・」
令子はそこまで話してから顔を横島の方に向け、
「誰かさんは春休み中もずいぶん忙しかったみたいだし・・・・・補習で。
ちょうどいい骨休みになるんじゃない?」
クスクスと笑いながらそう言う。
「グッ! それを言いますか美神さん。」
横島の顔が強ばり、意見しようとするが、
「いいじゃない別に・・・・・進級できて良かったわね横島君。」
笑いながら軽くウィンクをする令子。
それを見た横島は、顔を少し赤くしてそっぽを向く。
横島のそんな態度が可笑しいのか、令子は更に笑い続ける。
そう横島忠夫は春休み中も補習を受ける為に高校に通い続け、貴重な春休みが無くなってしまいうっすら涙する教師と学校に住み憑いている机妖怪の愛子のおかげで、何とか3年生に進級できることになったのであった。
「ああっ! 落ちこぼれたクラスメイトを正しい道へと誘(いざな)う。これも青春ね!」
両手を胸の前で組み、涙を流しながらそう言う愛子を見て、
『落ちこぼれとはっきり言うな!』
色々丁寧に勉強を教えてくれる愛子に声に出して言うことも出来ず、心の中で突っ込みながら一人いじける横島であった。
回想シーン終わり。
そこへ、
「お茶が入りましたよ。」
そう言いながら台所へと通じるドアを開けておキヌが入ってくる。クスクスと笑いながら横島を見ている令子と、そっぽを向いたままの横島を見て首を傾げ、
「何かあったんですか美神さん?」
と、おキヌが訊く。
「ん? ちょっとね(クスッ)。まあいいわ、お茶にしましょうか。
ほらほらぁ、いつまでもいじけてないで、お茶にするわよ横島君。」
「うーっす。」
令子の誘いにそう答えた横島は、ソファーから起きあがりテーブルへと向かう。
「あら、このクッキー美味しい。おキヌちゃんが作ったの?」
「はい。このあいだ買ってきた本に作り方が載っていたので、早速作ってみました。美神さんに誉めてもらえて嬉しいです。」
「うん、本当に美味い。おキヌちゃんは器用だね。」
一口食べた後そう笑顔で言い、バクバクとクッキーを頬張る横島。
「えへへ、嬉しいなー。」
横島の嬉しそうな顔を見て、おキヌも幸せそうにしている。
(モグモグ、ズズー、ゴクン。パクパク・・・・・)
「あんたもう少し味わって食べなさいよ。おキヌちゃんの手作りなんだから。」
眉間にしわを寄せた顔を向けて令子がそう話しかける。
「(ムゴッウゴッ、ゴクリ)いやー、この美味しさを体で表現しようとして、つい。」
爽やかに笑う横島、それなりに格好は良い・・・・・辺りにこぼれたクッキーの粉が無ければ。
「はぁー、もういいわ。」
ため息を吐き、再び紅茶を飲み始める令子。
おキヌはそんな二人を見てクスクス笑った。
陽も傾き、そろそろ夕暮れの時間帯に差し掛かった頃、
「ただいまーでござる。」
「ただいま。」
シロとタマモが帰ってくる。
「ん? ああお帰り。」
「おー、お帰り。どうだ楽しかったか?」
やや気の抜けた声を令子は返し、横島は腕に抱いたひのめをあやしながらそう話す。
「はいでござる! でも拙者今度は先生と一緒に行きたいでござるよ。」
「まあ楽しかったかな。ほんと、人間ってああいうくだらないものを造ることにかけては天才ね!」
「何が『まあ楽しかった・・』でござるか! ずいぶん鼻息を荒くしてはしゃいでおったくせに。
本当に素直じゃない狐でござる。」
「なっ、何を言うのよ・・。あんただって尻尾をブンブン振り回してはしゃいでいたじゃないの。
私だけが騒いでいたように言わないでよね、このバカ犬が!」
「狼でござる!!」
「だいたいバカ犬のくせに・・・・・」
「狼だと言っておるでござろう・・・」
お互いの顔をこれでもか!っという程近づけ、口論を始めるシロタマ。
「おいおい、落ち付けって二人とも。せっかく楽しんできたのが台無しじゃないかよ。」
冷や汗を流しながら横島は宥め、
「あんたたち、それ以上やると1週間肉抜き・油揚げ抜きにするわよ。」
令子は冷ややかに最後通牒を叩き付ける。
「キャイン!」
「クーン!」
とたんにおとなしくなるシロタマコンビ。やはり財布を握っている者が一番強いようだ。
「夕飯の準備が終わりましたよ。あっ、シロちゃんタマモちゃんお帰りなさい。」
おキヌが台所から出てきてそう声を掛けるが、
「おキヌどの・・・ただいまでござる。」
「・・・ただいま、おキヌちゃん。」
と、元気の無い二人を見て首を傾げ、
「何かあったんですか? 美神さん。」
そう問い掛ける。(こればっか)
「ん? まあたいしたことじゃないわよおキヌちゃん。
ほら二人も! いつまでもそうやってないで手を洗ってきなさい。夕食にするわよ。」
「「はーい(でござる)」」
洗面所の方に歩き出す二人の後ろ姿を見ながら、意味がさっぱり分からないおキヌはまだ首を傾げ、横島はひのめを抱いたまま苦笑いを浮かべる。
楽しくも賑やかな夕食の時間も終わり、
「じゃあそろそろ帰ります。」
横島がそう告げる。
「ん? そうね。じゃあまた明日ね横島君。」
「横島さん、また明日。」
「先生、また明日でござる。」
「じゃあね、横島。」
「また明日、美神さん、おキヌちゃん、それにシロタマ。」
「「こいつと一緒にしないで(でござる)!!」」
笑いながら横島は部屋を出て行こうとする。その時、
『美神オーナー、お客様のようです。』
人工幽霊一号がそう告げる。
「こんな時間に? まあいいわ通して。
おキヌちゃんお茶の準備を。シロとタマモは一度部屋に戻って。ああ、ひのめもお願い。
それと横島君帰るのは少し待って、遅くなったら私が車で送っていくから。」
「「はい(でござる)。」」
「分かったわ。」
「うーっす。」
それぞれ返事をし、全員が動き始める。
コンコン
「どうぞお入りください。」
ノックの音に令子が対応し入室を促す。
「失礼します。」
グレーの特徴のないスーツを着た男が入ってくる。
「はじめまして、私が美神除霊事務所の所長美神令子です。」
「はじめまして、私は外務省より来ました鈴木です。」
「外務省? あっ、お掛けください。」
「それでは。」
令子は疑問に思いながらも席を勧め、外務省から来たという鈴木も腰を下ろす。
おキヌがお茶を運んできて「どうぞ。」と勧め、横島は令子の後方にじっと立つ。
「それで鈴木さん、今回はどのような用件で?」
鈴木がお茶を一口飲んだのを見てから令子が話しかける。
「はい、実はある国で長い間封じ込められていた悪魔が結界から抜け出し地上に現れ、かなりの被害を与えていると外務省に連絡がありまして。」
「ある国? しかも悪魔・・ですか?」
「まあ代々口伝えで継承されてきた話が残っているだけですし他国の言葉、特に宗教上でしか使わないような言葉を日本語に直すのは難しくて、最適と思われる表現が悪魔なのです。よって正確には何なのか判ってはいません。
それでですね国連からの依頼により我が国のGSも派遣することになりまして、こちらに依頼に来たというわけです。」
「あまりにも情報が少ないですわね、質問を何件かよろしいですか?。」
「私が答えられる範囲内でしたら。」
「では第一にある国とは何処なのか? 第二になぜ結界が壊れたのか? 第三にそれを発見した人は誰なのか? 第四に被害の程度はどの位なのか? 最後に本来ならばこのテの依頼はICPO、オカルトGメンに持って行くのではありませんか?」
令子は首を傾げ、鈴木に問い掛ける。
「一つ目と二つ目の質問にはここではお答えできません。第三の質問は、被害があったことを聞いたその国の宗教指導者の側近と聞いています。第四の質問は、主に人的被害がかなりとしか・・・。
最後の質問は、もちろん最初はそうでした。国連及びICPOも動き、状況を分析する傍ら各国のオカルトGメンを招集しようとしました。しかし事件の起こった国の状況を考えますと本来主力となるはずの欧米各国のオカルトGメン、特にキリスト教より派生した除霊方法をとる人員の派遣は危険と判断されまして。
その為、比較的キリスト教より派生した除霊方法をとる人が少ないアジア各国より人員を集めることになりました。
ただ問題なのはアジア各国ではまだまだオカルトGメンの人材が不足しております。その為にこうして民間GSの方々にも声を掛けているというわけでして。」
「ふーん、つまり宗教上の対立によってキリスト教徒は特に危険だという訳ね。それを聞けばある国がどこ辺りかの見当は付く。それで私たちにもお鉢が回ってきたと?」
「そうです。それで依頼は受けてもらえますか? この件は国連から我が国の外務省に依頼されたものなので報酬もかなりの額を用意しておりますが。」
鈴木の問いに令子は笑顔で、
「もちろんお受けしますわ。このGS美神令子にお任せください。」
と返す。
「そうですか、ありがとうございます。それでは明後日、火曜日の朝9時までにオカルトGメン本部の大会議室まで集合してください。そこでお答えできなかった質問や現地の最新情報もお伝えできるでしょう。その後直ちに現地に飛んでもらいますので、除霊道具や衣類・パスポート等もお忘れなく。」
そう言いながら笑顔で鈴木は立ち上がる。
令子も立ち上がりながら、
「明後日? 急を要している割にはずいぶんゆっくりなのね?」
と疑問を口にする。
「何しろ日本全国の有力なGSの方々を集めていますから。それと・・・」
鈴木が令子をチラチラと見ながら言い淀んだのを見て令子が、
「何かしら?」
と促す。
「言いにくいのですが、その・・・先程美神さんが推察されたその国の宗教上の問題もありますので・・・
集合される時は極力その・・・肌の露出を控えた服装でですね・・・あの・・・」
令子はガックリと肩を落とし、
「あー、分かった、分かりました。」
とだけ答える。
「ではこれで失礼します。」
と言い、鈴木は帰っていく。
鈴木を見送った後令子は振り向き、
「いつまで笑っている!!」 「ヘブッ!」
と怒鳴りながら、笑い続けていた横島を殴った。
横島は事務所の壁まで吹っ飛んだが、何事も無かったかのように立ち上がり、
「ひどいっすよ美神さん! でっでもクックック・・」
「何よ!!」
「その服が宗教的なタブーになる国もあるんですね。クックック・・」
と笑い続ける。
「笑うな!!」
少し顔を赤らめた令子が横島に詰め寄ろうとすると、
「まあまあ美神さん。そんなことより依頼の件を話し合いましょうよ。」
とおキヌが宥める。
「くっ、まあいいわ。おキヌちゃんシロとタマモを呼んできて。」
「はい。」
「・・・・ふーん、そういうことなんだ。やっかいなのね。」
「そんな悪い輩を野放しにはできんでござる。ここは先生と拙者で成敗を。」
「まあまあ、シロちゃんも落ち着いて。」
「落ち着けシロ。で、どうすんすか美神さん? 全員で出張ります?」
「そういうわけにも行かないわ。ママがひのめを預けっぱなしなのもきっとこの件が原因だろうし、それに全国からGSを集めることを考えるとシロやタマモは連れて行けない。」
「何故でござるか美神どの!」
「落ち着きなさいシロ。全てのGSが人狼などの種族に理解を示している訳じゃないし、ましてタマモは金毛九尾白面の妖狐として政府に追われたことがある。とても連れて行けないわ。」
「うー、しかし!」
「追いかけたのは美神だけどね。」
「何か言ったタマモ?!」
「べーつに。」
「どうどう美神さん。「あたしは馬か!!」まあまあ。そんじゃ出張るのは美神さんと俺、それにおキヌちゃんの3人ですか?」
「ふー、いいえあたしと横島君の2人よ。」
「えっ、美神さん! 私もダメなんですか?」
「ええ、政府からの依頼ということを考えるとGSライセンスを持っていないおキヌちゃんも連れて行けない。それに・・・ひのめにシロ、そしてタマモの面倒も見てもらわないといけないし・・・ね!」
「うー、分かりました・・・残念だけど。」
おキヌとシロは不満そう。タマモは平然としているし、ひのめは横島の腕の中でスヤスヤと眠っている。
「そんなわけで横島君、美神除霊事務所の誇るメンバーも2人だけになってしまう。しっかり頼むわね!」
「分かりました、頑張ります。」
令子からここまで期待された声を掛けられると、いつもなら横島が令子へとダイブを敢行するところなのであるが、ひのめを抱いていてはそれもできない。
「じゃあ今日はここまでね、横島君送っていくわ。」
そう言い令子は立ち上がる。
「はい、お願いします。じゃあおキヌちゃん、ひのめちゃんをお願い。」
「はい分かりました。おやすみなさい横島さん。」
「おやすみおキヌちゃん、シロとタマモもおやすみ。」
「おやすみなさいでござる。」
「おやすみ。」
その言葉を背に横島は部屋を出て行く。
『おやすみなさい横島さん。』
「おう、人工幽霊一号もまた明日な。」
『はい。』
玄関を出たところでそんな会話をしていると、ガレージから令子の運転するコブラが出てくる。
「お待たせ横島君、乗って。」
「それじゃあお願いします。」
横島が乗り込むと令子はコブラを発進させる。
ブロロロロ・・・・・・・
周囲に野太いV8サウンドが響き渡る。
「今度の依頼も大変そうですね美神さん。」
「そうね、しかも全国から集めたGSと共同作戦。頼りになるのかお荷物なのか。」
「美神さんって共同作戦苦手そうですもんね、やっぱ女王様体質・・」
「うっさいわね! まったくあんたは。」
「まあまあ冗談ですって、全力でサポートしますから。」
「ふん! まあいいわ・・・・・・・・・頼むわね。」
「了解っす。」
素直じゃない令子の言い方に苦笑いを浮かべる横島。
程なく横島のアパートに到着し、
「じゃあね、おやすみ横島君。」
「ありがとうございました、おやすみなさい美神さん。」
V8サウンドを響かせてコブラが遠離っていく。
「さあて、もう寝るか。」
コブラが見えなくなると横島はそう言いながらアパートの階段を上っていった。
『あとがき』
どうも「小町の国から」です。
拙作を読んで下さった方々、どうもありがとうございます。
前作からだいぶ時間も経ち、ほとんどはじめましてかもしれませんね。
少しずつ書き進めていきますのでよろしくお願いします。
それでは。