「はぁ、はぁはぁ・・・・・・」
息を切らせて薄暗い森の中を走る人物がいた。
それは、頭に赤い布を巻き、所々黒い色に変色したジージャンを身につけたまだ少年と言っても差し支えのない存在だった。
左の二の腕あたりを押さえている右指の間からは、赤い、生命力にあふれた命の水があふれ出ていた。
少年は、負傷していた。
体のいたるところに、数多くの浅からぬ傷を持っていた。
抑えている傷ほどのものはない。が、それでも命の水は流れ零れ落ちることをやめようとはせず、彼の有名な物理学者の提唱した理論を肯定するかのように、天よりの恵みの変わりだというかのように、ぬかるむ、足場の悪い大地へと向かっていた。
少年は、自分の身から命の水を溜めていた瓶の底が見え始めていることに気がついていた。もう、残りわずかしかない、と。
それでも、少年は足を止めることを是とはしなかった。
なぜなら、少年の命は、無駄に使っていいものでは決してないのだから。
少年の命は、初めて、心の底から惚れ、初めて、自分のことを無条件で信頼してくれ、初めて、自分のことを無条件で信じてくれ、初めて、あの世に九割がた逝きかけた自分を呼び戻し、もう一度命を刻む時間をくれた、三千世界を探してもいない最高の女がくれた、他の人間とは違う、二人分の重みを持つたった一つの命なのだから。
最高の女に釣り合うように、胸を張ってまた会えるように、お前の愛した男は最高の男だ、と大声で言えるように使わなくてはならないのだから。
こんな、こんな理不尽なことで散らしていいものではない。
理不尽な現状に対し、屈せようとする自分の弱い心に怒りをもち、決して折れぬように、倒れぬように心を奮い立たせ、少年は足を動かす。
一歩でも、一秒でも、刹那の時でも自分の命に意味を持たせるために。
少年の目の前に、紅色の光が差し込んできた。
今まで光の進入を拒んでいた木々の密度が減ってきていた。
少年は、こことは違う、最高の女が好んだ景色のある、暖かい場所を目指し、少年はさらに足を早く動かした。
少年は、光を目指し、そしてその光の中へと飛び込んだ。
少年の目には、自分の国の代名詞でもある山と、沈み行く太陽、そして、映画の中でしか見たことのないような凶悪な鉄の塊をこちらに向けている数十人の兵隊たちだった。
実際に目の前の集団が本当に兵隊かどうかは少年にはわからない。
わからないから、自分のわかるように理解した。
そう、目の前の兵隊たちは自分を殺し尽くす気だ、と。
「は、はははは・・・」
少年の口からは、何の力も、意味もない、ただの単音が零れだしていた。
命の水を流しすぎたのか、少年は軽い眩暈を感じ、自分の足元を見た。
泥まみれになった、履き潰したスニーカーの爪先のほうに赤い点があった。
自然のではない、人工的な光のものを。
それの意味に気がつき、少年は顔を上げる。
遠く、海の向こうの映画の都でよく使われる演出―心理的圧迫感を相手に与えるための手法―を、まさか自分に使われる日が来るなどとは、想像したこともなかった。
少年は、この理不尽な現実に対して、ただただ怒りしか湧いてこなかった。
それは決して、憎悪ではなく、怨嗟でもない。生きとし生ける者全てが持つ、生命への侵犯に対する正しき怒りだった。
少年は力ある言葉を口にする。
これから訪れる結果を容認できないので。
暗雲たる明日を切り拓く刃とするために。
「ぜってー死んでやんねー!!!こんちくしょーーーーーー!!!」
少年はそう宣誓すると同時に、両足を薄く光らせながら兵隊たちに向かって駆けた。
その様は、まるで蛍の舞踊を見るような、そんな幻想的な残像を残す走りだった。
少年の目は、絶望に飲まれた暗い色ではなく、明日を渇望する鮮烈な光を宿した黒曜石だった。
だが、その光を消す、侵食する、貪り尽くす、無慈悲なる強欲に染まった音が響いた。
「全体、構え!!目標、一級国家反逆者 横島忠夫!!!撃てえぇぇぇぇ!!!!」
その号令とともに、空を裂く音が無数に発生し、少年―横島忠夫―のいるであろう場所に赤い霧が生じた。
「なんて面白いことをするんだろうね〜。人間は。だから大好きさ。捻り千切ったあとに、体中にこすり付けてその臭いに抱かれて眠るほどね」
闇が笑っていた。
醜悪だと。滑稽だと。落ちなしだと。人間たちの行動に対して笑っていた。
闇が嘲笑していた。
ここではないどこかここに存在している場所で、片手に小型の本を持ちいじくりながら。
純粋に、凶悪に、狂乱に、無垢に、機械的に、笑っていた。
闇は笑っていた。
ただ笑っていた。
闇の持つ本の表紙にはこうあった。
『GS美神 極楽大作戦 39巻』と。
「ああ。これはこれで面白いんだけどね。少し僕の好みに合った話にさせてもらうよ。世に言うSS作家としてね」
闇はそういうと同時に、手にある本をどこかに消した。
「ああ。君は一体どんな物語を僕に届けてくれるんだい?『人類の裏切り者』『魔人殺しの英雄』『無欲の英雄』『恋人殺しの英雄』。君は一体どんな英雄物語を囁いてくれるんだい?楽しみだよ。楽しみだよ、横島忠夫君」
闇は笑う。
ただただ笑う。全てを思い通りに動かすために。
「・・・・・・・・・・・」
その闇を見つめる異なる闇がいた。
その闇は、消える。
同じ闇なのに、同質ではなく、相容れぬはずなのに反発をせずに。
いま、運命と言う名の巨大な歯車は廻り始めた。
くるくると。
それが決してどのような未来を生み出すのかはわからずに。
クルクルと。
それでも、運命の歯車は廻り始める。
彼の運命を祝福するかのように。応援するかのように。激励するかのように。
狂狂と。
物語の開幕のベルは静に、厳かになり響いた。
光との別れ、闇との出会い
プロローグ その1
To be continued……
―あとがき―
初めまして。ANDYというものです。
のっけから意味不明な出だしの拙作ですが、皆様のお眼鏡に適うように日々努力をしていくつもりですので、暖かい目でどうかよろしくお願いいたします。
今作品の時系列は、最終巻の未来との変なリンクが起きる数週間前です。
どうしてこのような状況になったのかは、次回以降掘り下げていきます。
ただ、一言言えるのは、どんなに立派な聖剣を持っていたとしても、万人が必ず勇者になれるわけではなく、勇者は無条件で愛される保障はどこにもない、ということです。
では、次話でまたお会いいたしましょう。
そういえば、これは「壊」等の標記をつけたほうがいいんでしょうか?一応つけますが。(ボーダーの基準がいまいちわかりません)