鬱蒼と茂る木々の間を潜り抜けた先、鳥とも獣とも分からぬものの鳴き声をBGMにして、その建物は悠然とそびえ立っていた。
「ふぅむ、ここで間違いないんじゃな、マリア?」
「イエス・ドクター・カオス。周辺温度の低下・及び・磁場の偏向・確認。報告通り・です」
コート姿の老人――ドクター・カオスの問いかけに、傍らに立つ愛娘にして自身の最高傑作である人造人間の少女が素っ気なく答えを返す。生みの親に対する態度としては少々問題があるような気もしないでもないが、自分の娘がそう言う性格、と言うよりも性質なのは元より承知の上である。そもそもカオス自身礼儀にうるさい方ではない。まあ、たまに敬老精神を発揮して欲しいと思うときもある。最近ちょっぴり扱いが酷いような気がするし。
益体もない事を考えつつ、目の前の建物に向き直る。正式なGSになってからは初めての除霊仕事、それも自分の今後を直接左右する仕事である。失敗する訳にはいかない。やや散漫になっていた意識を切り替え、カオスは建物に向かい、足を踏み出した。
さて、成り行きでカオスの事務所の立ち上げを手伝う事になった横島だが、流石に『事務所開きますっ♪』と口にするだけで営業が開始できるほど世の中は甘くない。法的手続きに資金の確保など、やらなければならない事は山ほどある。しかもこの手の作業にカオスがまったくと言って良いほど役に立たない事が発覚したので、余計に大変であった。
法的手続きに関しては唐巣神父が全面的に力を貸してくれたのでそれほど問題はなかった。資金に関しては公的機関からの融資など望める立場ではなかったので、色々検討した結果、六道家にスポンサーになってもらう事で解決した。代わりにカオスが週一回六道系列の大学で隠秘学の講師をする事になったが。
問題は事務所として使用する。二度目のGS試験に何とか合格したカオスだが、生憎カオスはアパート暮らしである。事務所となる場所がない。厄珍と美神に良い物件はないかと頼んでみたものの、中々見つからなかった。元々カオスはそれほど蓄えがある方ではない。スポンサーがついたとは言え、今後のことを考えると無駄遣いは出来ない。よって提示できる金額が小さいのである。にもかかわらず、カオスは研究施設も一緒に望んだ。無謀である。高望みし過ぎである。ではあるが、カオスとしてもそこだけは譲れなかった。元々カオスは錬金術師だ。GS稼業は生活の糧を得るための副業に過ぎない。ある程度生活できるだけの余裕が出来たら、来日以来滞っている研究を再開したいと考えている。マリアのバージョンアップを始め、新たにやりたい事もいくつか出来た。今まではアパートの自室と厄珍堂の一角で細々とやってきたが、いくらカオスが天才とは言え、流石に限界に達してきていた。とは言えこれ以上六道家に借りを作るのも怖い。
結局、決め手になったのは、毎度のごとく食事をたかりに来ていた雪之丞の一言だった。「それならこんなのはどうだ?」と、懐から書類を取り出して一同の前に広げる。内容はごく普通の除霊依頼だった。報酬が『物件:敷地及び付属建築物』となっている以外は。
「一応調べてみたんだがこの屋敷、今でこそ依頼主が別荘として使っちゃいるが、元々とあるオカルト狂いの華族のものだったらしいぜ。今回の件も、封印された地下の実験室が原因じゃないかって話だ。確かめた訳じゃねーがな」
ご飯粒を飛ばしながら、雪之丞はそう話を締めくくった。彼の場合、一応自分の所に回って来た話だが、報酬が報酬なだけに二の足を踏んでいたと言う。そんな時にカオスが事務所用の物件を探している話を聞き、それならばと話を切り出してみたと言うのが、今回の件の顛末らしい。
何はともあれ、カオスにとっては渡りに船の良い話だ。早速引き受けようとして、
「っとと、忘れとった。小僧、おぬしはどう思う?」
事務所の立ち上げに一緒に付き合うことになった横島の意見を聞いてみる。
「あー、流石に山の中だと通うのが面倒臭そうだなー。ちゅーても、あんまりゼータクは言えんし……ま、問題ないだろ」
学校、アパートとその建物との距離を計算しながら少々考え込んだ後、そう答えが返ってきた。カオスの事務所の財布を握る男、横島の発言権は所長(予定)のカオスよりも大きい。ちなみに次点はマリアである。カオスの信用のなさが知れるというものだが、これは余談。
「おお、そーかそーか。では、引き受けさせて貰うとするかの」
などと言うやり取りがあったのが三日前。そして話は冒頭に戻る。
玄関ホールから屋内へ進入した二人は、計器で場の霊圧や瘴気濃度を計測しながら手早く各部屋のチェックを行っていく。途中、襲ってくる低級霊はカオス式吸霊機(掃除機を改造した除霊機械。電源はマリアから取っている)で排除。その様子には余裕すら窺えた。
……二人?
そう、二人である。今日は平日の昼間、横島は学校に登校中だ。報告書にあるとおりであれば彼の手は借りずとも良いと判断したカオスが学業を優先するように言ったため、今この場に彼は来ていない。一応、最悪の状況に備えて幾つか手は打ってあるものの、カオスは出来る限り自分(とマリア)で事を進めるつもりだった。何と言うか、所長の威厳を保つために。
「そろそろ件の地下実験室とやらにつく頃じゃな。何があるか楽しみじゃの」
以前にここの除霊を担当したGSの手によるものであろう、注連縄と封魔札で厳重に封印された扉をこじ開け、階段を下へと降りる。報告書によると実験室の扉はさらに強固な封印で閉ざされており、その中がどのようになっているかは不明との事。いやが上にも好奇心をかき立てられると言うものである。怪しげな含み笑いをもらしつつ、カオスは最後の一段から足を下ろ……
「ドクター・カオス」
「む、なんじゃマリア?」
す前に、マリアから警告を受けた。
「吸霊機の・警告音が・鳴っています」
言われて手元の装置に視線を落とす。リミットオーバー寸前だった。
「おお、すまんすまん。……確かこのボタンを――」
うろ覚えで適当にスイッチを押す。
ドカン!
爆発した。どうやら自爆装置のボタンだったらしい。吹き飛ばされたカオスが階段を逆に転げ上がり、同時に圧縮封印されていた低級霊が開放され、襲い掛かってきた。
「――くくぅ……こ、腰が」
『ケケケケケ――――――ッ!!』
腰を痛めたカオスが苦痛に呻き声を上げたが、低級霊にはどうやら敬老精神がなかったようで、奇声を上げながら一直線に突っ込んでくる。狭い階段の中央、おまけに痛みで身動きが取れない。一転してピンチに陥るカオス。
轟!
だが、あわやと言う所で飛んできたマリアの拳に命を救われた。ワイヤーで繋がれたロケットアームが低級霊を斜め後方から殴り飛ばして撃墜する。霊核まで粉々にする瞬速の一撃。当然、きちんとカオスに被害が及ばないように色々計算されているのである。角度とか。
「大丈夫ですか・ドクター・カオス?」
「う、うむ。重ね重ねすまんの」
マリアに身体を支えてもらい、何とか起き上がるカオス。低級霊が完全に破壊された事を確認して、ほっと安堵の溜息をひとつ。
「……しかし、念のためにとおまえのロケットアームに魔術付与を施しておいて正解じゃったな」
アンドロイドであるマリアは、基本的に霊体のような非実体存在に干渉する事が出来ない。一応人造霊魂による霊波の励起や電力を霊力に変換するシステムなどの研究はしてはいるが、まだ実用化までの目処が立っていないと言うのが現状である。
そこで一時的な対策として用いたのが、昔ながらの『呪刻による魔術付与』と言う方法。魔剣などの作製と同じように、霊体に干渉する術式をマリアの両腕に書き込んだのである。当初カオスは既に解明し尽くされた古代の技術を用いる事に難色を示したが(研究者・発明家としてのプライドに触れたらしい)、マリアの安全のためと横島に押し切られた。ちなみに、両腕にしか付与が施されていないのは理由がある。いま少し時間と予算が……と言う涙なしには語れない訳が。
多少のアクシデントはあったものの、除霊にさしたる影響はないと判断したカオスは、先へ進む事を選択し、マリアと共に奥へと歩き出した。
後にカオスはこう述懐している。あらかじめ奥に何があるか知っていれば、そのような無謀な判断をしなかったのだが、と。
ぽすとすくりぷと。
はぢめてのおしごと。
ようやく書きたいシーンまでいけました。ちょっぴり満足。
それはそうとして、前回までの言い訳ですが。
・横島とタマモが問題になった訳
アレです。実家の問題。おキヌちゃんとシロはきちんと保護者と契約結んでますから、美神さんもそれほど無茶はしませんし、わざわざ書類を誤魔化す必要もない訳です。
対して横島とタマモは個人として契約を結んでいるので……と言う感じ。
……御免なさい。詳しい事考えるの面倒なので考えてませんでした。今考えました。ハッタリです。
・ルシオラはどーした。
横島は割と(良い意味でも悪い意味でも)過去に拘らない性格なのですよ。多分。
後悔はするけど引きずらない、みたいな。私の中の横島はそんなイメージです。
まぁ、この辺は内容にはあんまりかかわってこなさそうな感じです。今の所は。
さて、次辺り大きめのバトルシーンを書けると良いな、と思いつつ。
のんびりまったり次回へ続きます。