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▽レス始

「よこしまな夜 前編(GS)」

Astaroth (2005-02-20 04:36/2005-02-20 05:20)
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 三年へ進級するにあたって、俺は美神除霊事務所を辞めることになった。

 別に劣悪な待遇に嫌気が差したわけでもなく(いや、ホントは改善を声高に要望したいんだが)、雇用主の露出が減ったことを嘆いたわけでもなく(最低限の雇用条件でもある、魑魅魍魎が跋扈する危ない世界に俺を引き込んだアノ露出を復活させろと切望する!)、いつまでたっても自分のモノにならないチチとシリにいい加減見切りをつけた、というわけでもない。

 正直なトコロ、バイトと学業の両立が難しくなった、っていうかもはや不可能な状況に陥ってしまったのだ。学校側の温情(と某協会の内々の圧力)でなんとか最高学年に上げてはもらったが、成績はともかく全教科の出席率80%以上が卒業の条件として突きつけられてしまった。

 もともと色香に迷って始めたGS、もとい荷物持ち稼業である。GSの資格を取ったのも成り行きなら、化け物相手に斬った張ったの命がけの闘いを繰り広げたのも状況に流された結果って気がしないでもない。両親のキツい説得や学年主任の泣きつきに抵抗して、高校を中退してまで目指したいなんて熱意は欠片も持ち合わせていなかった。「仕方ないよなぁ」なんて呟いてみると、意外なほどあっさりと俺自身が納得してしまっていた。

 それでも、美神さんから「休業扱いにしてあげるから、いつでも戻ってきなさいよ」と声を掛けられた時には、それまでの事(事件!? 厄災!?)が脳裏に浮かんでは消え、思わずホロリと涙ぐみそうになった。

「体ごとが無理なら、文珠だけ届けてくれてもいいから」

 そうでした、アンタはそういう人でした。
 だいたいバイトに休業も有休もないだろうと思うし。そもそも正式に契約を交わした覚えはなく……いや、あの条件で世間に通用するまともな雇用契約が結べるのだろうかと甚だ疑問である。

「横島くんに支払う給料がなくなっても雀の涙だし、これから嵩む経費が痛いわぁ」

 美神さんの最後の台詞は聞かなかったことにして、おキヌちゃんやシロタマに見送られながら事務所を後にした俺は、一般人としての生活を二年ぶりに踏み出したのである。

 柔らかな春の日差しの中に時折肌寒い風が吹き抜ける、桜の花が舞い散る季節のことだった。

 どことなくウキウキした期待を抱きながら再開した一般庶民の生活だった、のだが……。

 俺は気がつかされてしまった。
 学生とはとっても暇な職業なのだということを。

 空いた時間に教科書を眺めたところで、今更頭の中身が変わるわけでもなく豆腐は豆腐のままだ。将来のために役立つような資格を取ろうなんて気力も根性もなく。クラブ活動に励もうにも最終学年生はどこに行っても邪魔者扱いでしかなく。更衣室に忍び込もうとも考えたが、下級生相手の覗きは犯罪っぽくて気がひけた。
 結局何をしていたかといえば、文珠を使ってビデオのモザイクを外してみようと悪戦苦闘したり、残り1つとなった買い置きのどん兵衛を複製してみたりと、我れながら情けない体たらく……。何の目的もないヤツが時間を持て余したところで碌なコトをしないという良い見本だろう。ちなみに、複製したどん兵衛は外観はそっくりでもマズくて食えた代物じゃなかった。どこを間違えたんだろう?

 いっそのこと高校中退してGSを目指したほうがナンボかマシ、と自他共に認めざるを得ないダメダメな俺の生活に転機が訪れたのは、世間様がGWだ連休だと浮かれ舞い上がっている頃である。

「ポチ、遊びにくるでちゅ!」

 可愛い妹分が眷属を使って送ってきた便りがきっかけだった。遊びたい盛りのお子様には、人寂しい山奥での缶詰状態は我慢の限界を越えていたのだろう。たどたどしい日本語の文面からは切羽詰まった救助を求める想いがひしひしと伝わってきた。

 反対する理由もない、どころか連休中に何の予定も入れられなかった俺は喜び勇んで、暇にまかせて作り貯めた文珠を手土産に妙神山へと転移した。

 麗しい竜神さまに会いたい、というスケベ心を胸に抱いて……。

 パピリオ、ついでで御免な。

 しかし、なのである。

「ようこそ横島さん、修行ですか?」

 この可憐な竜神さまは何千里もの距離をはるばる越えて飛んできた男の純情をコレッぽっちも理解してくれてはいなかった。

 決して生足を見せるわけではなく、上衣は袖無しでも前の合わせをきっちりと締めているから裾野や谷間が覗けるわけでもなく、腕を上げたところで肌着に隙はなく横チチの可能性は皆無である。なんというか、この身持ちの固さというかガードの完璧さは、街の若い女性たちが露出癖持ちに思えるくらいだった。お風呂の見学、と意気込んでも小竜姫さまが入浴中は結界が張っているらしく、どんなに歩き回っても自分の部屋に戻ってきてしまう……。

 もっとサービスを!

 いや、本人は本人なりに精一杯のもてなしをしてくれているのだ、と思う。

「横島さん、今日は新しい太刀筋をお見せしますので、きちんと覚えてくださいね」

「横島さん、書庫に古い符術の妙本があったのですがご覧になりますか?」

 あ〜、え〜、俺、GS休業中なんすけど……?

 結局、昼は修行の真似事、夜はゲーム大会できれいに連休は消費された。

 その後、俺の生活はちょっとだけ変化した。
 週末に妙神山へ通うようになったのだ。
 遊び、というか小竜姫さまに会うための訪問だったが、行けば一人でゴロゴロしているわけにもいかず、当然の流れでパピリオと一緒に修行する羽目になる。

 平日、出席日数を稼ぐために高校と安アパートとの間を往復する。

 金曜の放課後、帰宅するとすぐに着替え、アパートの玄関先から妙神山の玄関先へ転移する。
 小竜姫さまお手製の夕餉に舌鼓を打った後は、居間で老師を交えてのゲーム三昧。最初の頃は横で見ているだけだった小竜姫さまも、いつからかコントローラーを握るようになっていた。
「あぁ、んんっ……そ、そんな、あっ、あ」
 小竜姫さま、その声はヤバイです。ゾクゾクとこう込み上げてくるものが……。
「あっ、い、いや……あ、あぁ、だ、ダメ、そこは」
 当人は大真面目でも、隣に座っている俺は何度トイレに立とうと迷い悩んだことか。スッキリさせたいけれど、この場を離れたら声が聞こえなくなる。あぁ、このジレンマ! いつかきっと俺自身の手で、あのほっそりとした肢体をベッドに組み伏せて、その艶やかな声を……。
「ふぉっ、ほっほほほほ」
 こら猿、人の崇高な妄想の邪魔するな!
「ダメでちゅね、小竜姫は才能ないでちゅよ」
 あぁ、パピリオよ、一気に萎えていくじゃないか……。
「くっ、明日の鍛錬でも同じ台詞が言えるかどうか」
「ず、ずるいでちゅよ、小竜姫!」
「ふぉっほほほ、修行が足りんの」
 こうして平和な夜は更けていく。

 土曜の午前、板張りの小さな部屋で、俺とパピリオは円卓の対面上に座って学習する。パピリオが取り組んでいるのは“くもん”だか“くおん”だかのドリルで、俺の前に並べられているのは妙神山所蔵の古い綴じ物だ。今では伝える者もいない、時代の流れの中に置き忘れられた術が記された書が主である。なんで俺が、とも思うのだが、昼食前の一時間が学習の成果を試す実習に当てられているために真剣にならざるを得なかった。無論、俺がスラスラと読解できるはずもなく、小竜姫さまが椅子を隣に寄せ、事細かに注釈を加えてくれる。
「いいですか、これは反語になっていてこの言葉に掛かります。ですから……」
 シャンプーの残り香なのだろうか、それとも本来の体臭なのか、小竜姫さまが身じろぎするたびに甘い匂いが俺の嗅覚を刺激する。
 肩口からしなやかに伸びる白い腕が体の近くを通るたびに、触れてもいないのに温かな体温と肌の柔らかさを感じさせてくれる。
 耳の下で切り揃えられてサラサラと揺れる髪が、窓から差し込む陽光にキラキラと輝いている。
 白磁のような頬と、何もつけていないのに濡れ光る赤い唇のコントラスト。
 紡がれる言葉は呪文のごとく俺の脊髄を浸食して、理性をボロボロに崩壊させていく。
 つまり、ここで「ガオ〜!」と逝かなければ男じゃないってわけで。
「しょ、小竜姫さ……」
「理解してもらえましたか?」
「……ほぇ?」
「横島さん?」
「…………す、すんません、もう一回」
「もぉ、いいですか」
 ニコリと笑って、小竜姫さまは再び書面に視線を落とす。
“もぉ、横島さんったら仕方ないんだから♪” (←勝手に脳内変換)
 な、なんか雰囲気が甘くはないか!?
 相手は待ちなのか! オッケーなのか!? ならば、やっぱりここは!
「しょ、小竜姫さ……」
「こら、小竜姫! ポチに近すぎでちゅ!」
「なにっ!?」
「パ、パピリオ?」
「ずるいでちゅよ、わたし一人のけものにして、なに二人でイチャついてるでちゅか」
「い、イチャついてなんていません!」
「だったらもっと離れるでちゅよ…………ポチ、どうしたんでちゅか?」
「…………なんでもない、あぁ、なんでもないよ」
 どうせ俺なんて……。

 土曜の午後、昼食後の二時間は基礎的な鍛錬に当てられ、その後はパピリオは修行という名の敷地内清掃、俺は模擬刀で小竜姫さまから剣技の指南を受ける。
 俺は戦士じゃなかったし、急いで戦闘力を上げなければいなけい状況にあるわけでもなかったから、指導は殺気立ったものではなくて、どことなくのんびりとした雰囲気の中で行われていた。もちろん体のあちこちをこっぴどく打ち据えられて痛い目に遭うわけだが、それでも俺は小竜姫さまと二人きりという時間を心から楽しんでいた。
 銀色の刀剣を振るう小竜姫さまは奇麗だった。文句なしで眩しい存在だった。
 以前に誰かが“アイツの剣は正直過ぎて実戦では役に立たない”と揶揄していたのを思い出す。その評価が正当なものなのか俺には判らなかったが、別にどうでもいいじゃないかと感じる。
 凛とした内面を素直に表した可憐な竜神さまの立ち振る舞いは、ある意味一つの完成した世界を築いている。それも余人には到底手の届かない遥かな高みにで、だ。殺しの技を極めるためにこの美しい世界を壊す必要なんてありはしない。小竜姫さまは小竜姫さまのままで変わらずにいてほしい。そう願うのは俺の我が侭か。
 とりあえず、この修行での俺の目標は、小柄な舞姫の懐に飛び込み、なんとか組み技に持ち込んで寝技の応酬に……。

「横島さん、声に出ていますよ」
「あ、あれ」
「判りました。全力で掛かってきてください。私も容赦なく応じます」
「い、いや、全力で容赦してください」
 心躍る楽しい二人きりの修行は、しかし最初の数回だけだった。
 何をトチ狂ったのか、老師が参加すると言い出したのだ。
「ワシが軽く揉んでやろう。二人とも覚悟せい」
 老師、いや敢えてこう呼ばせてもらおう、猿爺と。
「なに考えてんだ、この猿爺! 小竜姫さまとの大事な時間を邪魔するんじゃねぇ!」
「ふぉっ、ほっほほほほ」
 だめだコイツ、聞く耳を持ってねぇよ。
「よ、横島さん、な、なんてことを言うんですか!?」
 あ、あれ、小竜姫さまの頬がほんのり紅く染まっている?
 脈ありだろ、これは!
「しょ、小竜姫さまぁ〜!」
「きゃっ」

 グシャ

 不意をついた俺の生涯最高のダイビングは、キセルを咥えた猿によって見事に撃墜されてしまった。
「そういうコトは夜にせんか、バカもの」

 ガバッ

「小竜姫さま、老師のお許しが出ました。俺とめくるめく夢の時を!」
「私は許していません!」

 グシャ

 紫煙をくゆらせた猿による、二度目の完膚無きまでの撃墜。

「横島さん、ちっとも懲りないのですね」
 いやぁ、ここで反省するようなら俺じゃないでしょ?

 日曜は基本的に土曜の繰り返し、だ。
 違う点といえば、小竜姫さまの心づくしの夕食で腹を満たした後、東京のアパートに転移するということぐらいか。

 いつ頃からだろう、気持ちの上で、俺の戻ってくる場所はいつの間にか妙神山になっていた。

 安アパートは高校に通うための仮宿であり、週末には妙神山へ出掛けるのではなく帰っていく。
 誰もいない四畳半一間の部屋よりも、家人が温かく迎えてくれる家に心が傾くのは人として当然の結果だろう。

 俺が俺らしくいられる場所。間違いなく、美神除霊事務所もその一つだった。
 が、あそこは“仕事場”という枷がどうしても付きまとう。気を許せる仲間たちは仕事の同僚であり、共に戦うメンバーでもあった。魔族が出没するようになってからそれが顕著になり、あの大事件後もピリピリした緊張感は薄れたが枷が外れることは決してなかった。
 俺があの場所にいるためにはGS見習いであることを求められ、僅かばかりの拘束料と引き替えになけなしの能力と体力を提供する。
 現に、GSを続けられなくなった俺は事務所に行く理由を失った。

 妙神山は違った。

 身分や立場に関係なく、人間横島忠夫を無条件で迎え入れてくれる。

 無邪気な妹分パピリオは大切な姉を見殺しにした不甲斐ない俺を責めるでも恨むでもなく、肉親に向けるのと同等の想いを真っ直ぐにぶつけてくる。美神さんトコでは名前を上げることすらもできなかったルシオラの思い出話で笑えるのも、パピリオがいるここだからだ。まあ、亡き姉の後釜に座ろうとマセた発言を時々かましてくれるのが難点ではあるが。十年早いってぇの。

 斉天大聖、なんて大層な名前がついているらしい老師は一見するとただのゲーム猿だが、なんだかんだで妙神山の支柱でもある。俺が自由に出入りできるのも老師が黙認してくれるからだ。修行の時は厳しいが、普段は気の良い爺さんで、パピリオともども孫にでもなったような気分にさせてくる。アパートへ向かう時、倉から持ち出した小判をこっそりと掌に握らせて、小竜姫さまに聞こえないようゲームソフトのタイトルをそっと告げる老師は……やっぱりただのゲーム猿かもしれない。どうでもいいことだが、有耶無耶のうちに俺のコト弟子扱いしないでほしいっす。

 そして……。

「お帰りなさい、横島さん」
「はい、ただいま、です」

 俺はこの人の笑顔に癒される。

 素直に認めてしまおう。
 俺はこの古風な竜神さまに惹かれている。

 知人たちは俺のことを“人外専”と言ってからかうが、あながちその評価も外れてはいないらしいと自覚する。なにしろ蛍の精の次にマジになったのが竜のお姫様なのだ。

 出会った当初は“きれいな神さま”なだけだったと思う。畏れ多い、なんて感じはまるでなく、黙って立っていれば“隣のお姉さん”的な印象を抱かせてくれる、純朴な魅力を湛えた人だった。
 特別なきっかけなんてなかった。
 接する時間が増えるにつれ、“妙神山の竜神さま”から“我が家のお姉さん”へと距離感も変わり、その存在が俺の心の中で占める割合も次第に大きくなっていく。
 気がつけば、高校の教室で女子と話している時でさえ、小竜姫さまの姿を脳裏で追いかけていた。そして、目の前でお喋りする女の子と無意識のうちに比較しては、憧れの人の良い点を再確認して安堵する俺がいた。
 街中で擦れ違う女性たちを評価する時も、判断の基準は小竜姫さまだった。
 ショーウインドーの中に格好いい服があれば、まず最初に彼女に似合うかどうかを思い描く。
 何か面白い出来事があれば、真っ先に彼女へ伝えようと頭の中でシミュレーションする。
 行動を起こす時には、彼女ならどう反応するかを考える。

 かなりの重症だよ、これは。
 自分のことながら苦笑してしまう。

 ルシオラの時は、こんな事を考える余裕なんて俺たち二人にはこれっぽっちもなかった。あの短かった日々、俺たちはただ互いを強く求め合い、熱い激情に任せて駆け抜けた。
 後悔なんてない。
 あんな恋もあれば、こんな恋もありだろう。
 今はまだ、一方通行な俺の独りよがりな想いではあったが、いつかあの世か来世で再会した時に、いい恋をしてきたよとアイツに胸を張って自慢したい。
 俺らしいだろ?

 そのためにも、ぜひ人と神様との禁断の恋の成就を!

「というわけで、小竜姫さまぁ〜!」

 ガバッ

「えいっ!」

 グシャ

 南無ぅ〜

「今の踏み込みは大変よかったですね。でも動きが直線的過ぎるので、簡単に後の先を取られてしまいます。その点に注意して、もう一本いってみましょう」
「お、鬼やぁ〜」
「私は竜ですよ」
 いや、そこはツッコむところじゃないっす。


あとがき
 勢いに任せて書き殴った「第一夜 妙神山の竜神さま 前編」をお送りします。
 思いの丈をそのままぶつけられるのが小ネタ掲示板のいいところ。続きが書けなくなったら逃げちゃえばいいだけだし(←無責任)。
 とりあえず、皆さんの反応を恐る恐る窺いながら、後編をどの程度ピンク色に染めるか考えます。
 あ、ちなみにタイトルに深い意味はありません。『夜華』に尊崇と哀悼の念を込めて。

 でわでわ

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