それはある雨の日。
ボロボロのフードを纏った青年は傘も差さずに歩いている。
右腕からは血が流れ、左手には小さな小太刀を持っていた。
足も怪我をしているのか、真っ直ぐ歩けないでいた。
「っ……」
痛みに顔をしかめ、途中にあった電柱に身体を預け……
そのまま座り込んでしまった。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
必死に呼吸を整えようとしているのだが、上手く行かず。
必死に目を開けようとするのだが、段々と瞼は下がっていく。
「ぐっ……」
それでも身体に鞭打ち、立ち上がろうとする。
雨に濡れたフードはふらふらの身体には重かった。
「どないしたん?」
そんな青年へ声をかける少年。
「……はぁ……はぁ……はぁ……」
肩で息をする青年は顔をどうにか上げた。
そこには黒髪の少年が軽く傘を傾け、立っていた。
「お腹痛いんか?」
少年は青年の頭を傘の中に入れ、首を傾げてる。
自分の肩が濡れたが……気にしていない。
「にぃ…りー……」
「??」
青年は小さく何かを呟く、だがそれは少年は聞いた事も無い言葉だった。
それは何処か……外国の言葉。
少年に通じていないのを感じ取ったのか、青年はすぐに違う言葉で話し掛けてきた。
「お前は……日本人か?」
「うん、兄ちゃん外人さんか?」
背のランドセルを鳴らしつつ、少年は不安げに問いかける。
どうやら学校帰りの様子。
「なぁ……どないしたん?」
問いかけには答えず、青年は重い腕を上げた。
「?」
「これを……」
そう言って差し出されたのは小太刀。
鍔の部分には黒と白の対極図が刻み込まれ、鞘には鈴が縛り付けられていた。
「へ?」
渡され、少年は素直に受け取った。
小太刀は受け取った瞬間、小さく『チリン』と音を出した。
その音は何処までも透き通り……心に残った。
青年はその音を聞き、心安らかに目を閉じ……
「大切に……してくれ」
そのまま倒れて行った。
「えっ!?へ、平気か?!兄ちゃん!!!」
慌てて身体を支えようと手を出すが……少年が瞬きをした瞬間。
青年の姿は消えていた。
まるで……最初からそこには誰も居なかったかの様に。
だが。
チリン・・・
それを手の中の小太刀が否定していた。
少年は家に帰り、母親に青年の事を言おうとした。
「母ちゃん!さっき……」
だが、玄関のドアを閉めた瞬間……口を閉ざしてしまった。
「おかえりー」
その声を聞き、母親が台所からやって来た。
「ほら、体育着!ちゃんと持って帰って来た?」
エプロンで濡れた手を拭きながら、母親は手を差し出す。
だが子供はしばしきょとんとした表情を見せ……
「あっ……これか」
腕に下げていた袋に気が付き、母親へと渡した。
「おやつは用意しといたから、手を洗って食べな」
そう言い残し、母親は小走りで奥へと向かった。
まだまだやり残した家事は多いのだ、ノンビリしている暇は無い。
「はーい」
子供は返事をし、ゆっくりと靴を脱ぎはじめた。
「……」
自らの手を見つめたり、肩を見たり……子供は自分の身体を確かめていた。
母親が視界に入らなくなったのを確かめ、ゆっくりと壁にかけられている時計へと目をやる。
時刻を確認した瞬間、黒髪だった前髪の一部は銀髪となった。
「……四時……卯の時刻か……
この世界の時間の流れはまだよく分からないけど……成功かな?……とりあえずは」
靴を脱ぎ捨て、少年は無邪気に笑った。
先程まで銀だった部分も黒に戻っている。
「おやつ~♪」
「忠夫!!手を洗ってから!!」
奥から母親の怒る声、その声に「はーい」と返事を返した。
母親は無邪気にケーキを食べる我が子に。
「……?何か隠してない?」
「ふへ?何を??」
様子がおかしい事に気が付き、首を傾げていた。
父親に似、隠し事をしようものならば一発で分かってしまう。
だから直球で問いかけたのだが……それらしい雰囲気は無かった。
「……なら良いわ」
「???」
頭上にハテナを出現させつつ、目の前のケーキを食べた。
「おーい、横島」
頬にそばかすがある少年が机に突っ伏して眠っている相手の肩を揺らす。
「ふにゅ?」
寝ぼけた声を出し、横島は顔を上げた。
目をこすりながら小さく欠伸をする。
「ん~……なんか昔の夢見てた……なぁに?」
「お前……あれだけの事をしておいて……そこまで無邪気に答えるなよな」
横島の反応に溜め息をつく。
「ん?あれだけ……って?」
自分が何処に居るのかすら微妙に分かっていないらしく、首を傾げる。
学生服を着ていなければ、その雰囲気の幼さに小学生に見えていただろう。
「ほれ」
「あう?」
指差した先……教室の黒板に頭を打ちつけ、号泣している教師の姿が。
「うおおおー!!!こんな事なら実家を継いでるんだったー!!!!」
「……どしたの?」
一体何が起きてこの様な事態に陥ったのか?そう思い、問いかけた。
そばかす少年は「覚えてねぇのか?」と溜め息混じり。
「ん。さっきまで寝てたから……覚えてない」
「はぁ……お前、ちゃんと病院行けよ」
そう言われ肩を軽く叩かれてしまった。
「…………」
横島は残された言葉に落ち込み、顔を下げてしまう。
その姿は……何処か捨てられた子犬に似ている。
その後ろでは……一部の女子が箒を持ってそばかす少年を撲殺していた。
「ちょっと!アンタ、横島になんて事言うのよぉー!!」
「そうよ!横島君に謝りなさい!!」
「ぎゃー!!」
だが、その様子を横島は全く気が付いていなかった。
「……病院……かぁ……」
「き、気にする事無いわよ!!横島!」
片手に血が滲んでいる箒を持った女子が笑う。
「そうそう!気にしない方が良いですわ!!」
「……有難う」
女子の言葉にようやく顔を上げ、横島は心の底からの笑顔を浮かべた。
その笑顔をまじかで見た女子は……
「「……きゅう」」
半分魂が抜けていた。皆顔が真っ赤である。
「畜生……煩悩野郎とガキが同居してるなんて……反則だぜ」
頭から流血しながらそばかす少年は呟いた。
中学を出、横島は地面を見つめながら歩いていた。
「はぁ……どうしたんだろう、オレ」
憂鬱そうに呟く姿を見、道行く女性達は視線を知らずに向けていた。
その中には男も居たが……まぁ誰も気が付いていない。
「もしかして……悪霊にとりつかれてるとか……
もしくは、精神病?!……けど原因……思い当たる事無いし」
ぶつぶつ呟いている横島の耳に大声が聞こえてきた。
「宝石にとりつく邪悪なる者!!
主、イエス・キリストの御名に命ずる!!」
突然聞こえてきた声に驚き、足を止める。
「ふえ?何!?」
声のした方へ反射的に視線を向けて見ると、そこは教会が建っていた。
横島は驚いて涙で滲んだ目じりを拭いつつ……教会の窓へ。
中では一人の神父が聖書片手に宝石へ何か叫んでいた。
宝石の上空では恐ろしき形相の女が浮いている。
その形相に驚く前に。
「消え去れ!!悪魔よ!」
『ぎゃあああああああああ!!!!!』
神父の言葉と共に放たれた光。
放たれた光に包まれ、女は絶叫を上げ……そのまま姿を消した。
「……ふぅ」
完全に消えたのを確認し、神父は額を拭った。
少しずれてしまった眼鏡を直しつつ。
「これでもう大丈夫です、宝石にとりついていた悪霊は完全に消滅しました」
テーブルの上に置かれていた宝石を箱の中に戻し、神父は笑った。
「有難う御座います、唐巣神父!お礼はいかほど……?」
箱を受け取り、女性は頭を深々と下げた。
その上品な立ち振る舞いに窓の外に居た横島は少し頬を染めた。
「いや、金などけっこ……」
「一千万ですわ!」
神父の言葉を遮り、女子高生が言葉を続けた。
その笑顔に神父は絶句し、女性は「そうですか」と答える。
「では……こちらを」
「小切手ですね、毎度ど~も!」
何かを言おうとする神父を押しのけ、女子高生は小切手を受け取った。
横島は自然と教会のドアへと視線を向けていた。
向けた瞬間、ドアからは女性が出てきた。
名など知らないが……テレビで見た事はある高級ブランドの服に身を包んだ女性。
目が合った瞬間、軽く会釈をして何処かに歩いて行った。
「うわ~……綺麗な女の人だなぁ……」
素直に呟く横島の関心は、再び教会の中へ。
「み、美神君!!君は……神聖な仕事を一体何だと……」
「貰える相手から貰える額を貰ったんだからいーでしょ?
神様だって文句言いませんよ!」
笑う女子高生、美神の言葉に神父は心の底から嘆く。
「それにしても一千万は法外……」
「あんな馬鹿でかい宝石持ってるんですよ!?それに楽勝で出したじゃないですか!」
確かに迷う事無く小切手にサインをしていた。
だが……神父は納得しようとしない。
「おぉ……神よ!!許したまえ……」
「あぁ……もう、この人は……」
その様子を美神はうんざりとした表情で見ていた。
そしてそんなうんざりした表情を浮かべている美神を横島は見ていた。
「……もしもオレに何かとりついてたとして……あの神父様なら、見てくれるかな」
そう呟き、横島は鞄の中を覗きこんだ。
現在財布の中には四千円が入っている。
「う~ん……四千円と小銭が幾らか……見てくれるかなぁ??」
自分の残金を見、少しばかり不安を覚えた。
「……もしも駄目だったらお金を貯めて来よう!!とりあえずは悪霊が居るって分かるかも!!」
そう自分に言い聞かせ、横島は教会のドアを思いっきり開け。
「た、たのもーう!!!」
まるで道場破りのような事を言いながら……横島は教会の中へと入って行った……
「ん?いらっしゃい」
まだ神への懺悔が終わっていなかったのか、神父はまだ手を組んでいた。
「あら。中学生?」
「あ、あの……見て欲しいです!!」
かなり言葉が足りないが、神父は優しい笑顔を浮かべて近づく。
「まずは落ち着いて、何を見て欲しいんだい?」
「は、はい……あの……とりつかれてるか分からないんですけど……見てくれますか?」
不安でいっぱいなのだろう、横島は瞳に涙を浮かべている。
その子犬の様な姿を見、美神は頬を染めていた。
だが、その赤みもすぐに消え……本人ですら気が付かなかった。
神父は落ち着かせる為に椅子に座らせ、頭を撫でる。
「良いとも、ほら……君の話を聞かせてくれないか?」
何度か床と神父を見比べ、横島はポツリポツリと話し始めた。
後半へ続く・・・
書いている最中……柳野雫様の書かれる横島が脳内支配をしました。
あの可愛い横島は自分には書けねぇですね。