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▽レス始

「愛しい二人のために(2)(GS)」

さみい (2005-02-13 03:32)
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すっかり春らしくなった今日この頃、おキヌは臨月になっていた。巨大なお腹を両手で支えるようにしないと歩けない。日中は大抵ソファにいる。おしめを縫ったり子供服の裁縫ブックを読んだりしながら。今はソファで赤ちゃんのサマーセーターを編んでいる。
「今日はタマモちゃんがお手伝いに来てくれて助かったわ」
「美神も「今日はおキヌちゃんどうかしら」って頻繁に言うのよ。横島から毎朝聞いているのに。だから気にしないで」
私は物干し竿から洗濯物を取り込みながら言う。


今日は美神・シロ・横島の3人は除霊に行っている。私も普通だったら行くんだけど、『留守番』ということでここにいる。事務所には人工幽霊一号がいるので本当の意味での留守番は要らない。おキヌが予定日間近なので美神は私を留守番名目でおキヌの傍に置きたかったのだ。シロでもいいんだろうけど、シロには妊婦の手伝いは無理だし、横島だと事務所が営業できなくなる。まして今日の相手は下級魔族。前衛を務めるシロは重要だ。

おキヌが何気なくTVを点ける

「・・・。東京駅を占拠した魔族に動きはありません。オカルトGメンと機動隊で二重に包囲しています。交通への影響も懸念されます。JNRによりますと、中央線は神田で折り返し運転、京浜東北線と山手線は神田−有楽町間を運休し折り返し運転、新幹線は上野ないしは品」

タマモはTVに駈け寄り本体の電源ボタンで消す。

「おキヌは今は妊婦さんなんだからこんなの見ちゃダメよ」
そう、今日の相手は本来はおキヌ含めた事務所全員で戦うような奴。延期すべきでは無かったのか。相手の魔族は大量の悪霊を率いている。ネクロマンサーがいないと魔族にたどり着くのも困難だ。しかし延期は出来ない。魔族は昨日から東京駅を占拠している。交通への影響・経済効果を鑑みると延期はあり得ない。では応援を頼むべきではなかったのか。しかし冥子は母親付添いで長崎で除霊中、エミとタイガーは福岡で除霊中、唐巣神父とピートは佐賀で除霊中。ちなみに雪之丞は香港で行方不明、魔鈴と西条は先日結婚しヨーロッパに新婚旅行中。見事に東京の守りが空いている。現在、都内の大規模霊障は美神事務所でしか対応できない。

(何かウラがある...)

何かに心臓を掴まれるような不安がタマモを襲う。

「忠夫さん・・・」
一寸振り向いておキヌの方を見る。おキヌは編みかけのサマーセーターを握りしめ不安そうに呟いている
「おキヌ、安心しなよ。横島も美神もシロも簡単にやられるような奴じゃないわ」
「そうよね、どんな反則技を使ってでも元気に帰ってくるわよね」
「当たり前じゃない。あの美神よ。すごいズルして絶対勝つわ」
「そうですよね・・・あっ」
おキヌの陣痛が始まった。今朝タマモが横島家に来たときに3回目の陣痛があった。そろそろ入院させるべきだろうか。

「忠夫さん」
「横島!」
病院に電話をかけようとしたタマモに、陣痛に苦しむおキヌに、同時に何か「虫の知らせ」のようなものが届く。
(忠夫さんに何かあった!)
(横島が死んだ?!まさか)
その時、おキヌは破水していた。


白井総合病院の産婦人科分娩室。おキヌが入ってから随分と時間が経っている。美神たちとは連絡が取れていない。オカルトGメンの捜査官に美智恵への伝言を頼んだが、まだ連絡がない。

タマモは分娩室の傍の家族専用待合室にあるTVを見に行った。妊婦の家族用の待合室なので幼児用のオモチャや絵本もあり、上の子が退屈しないで出産を待てるようになっている。タマモは何気なくアヒルのぬいぐるみを手に取りながらTVを点ける。
「今入った情報では中に入った美神除霊事務所のGSたちにより魔族が放逐されたもようです。残念ながらGSが1名殉職しましたが、乗降客で生存者が3人いるそうです!」

1名殉職?今日は美神事務所しか出動していない。美神か横島かシロの誰かが死んだ?

そんな馬鹿な! 
美神はどんな卑怯な手を使ってでも勝つ。
横島は世界最強のGSで規格外の人間だ。
シロは人狼の驚異的な回復力がある。

誰も死ぬわけがないじゃない!!

でも泣いているのは何故? 妖狐の力で、さっきの虫の知らせのことが判っているから?!

TVのニュースが続ける。
「繰り返します。生存者が3名いたもようです。なお殉職したGSは美神除霊事務所所属のGS横島忠夫さんとの情報が入りました。同時に入った情報によりますと、美神除霊事務所代表の美神令子さん・GSの犬塚シロさんも大ケガを負ったとのことです。現在オカルトGメンが中に入って美神さん・犬塚さんの救出をしています」

その時、産声が聞こえた。底抜けに元気な産声が。
間もなくもう一人の産声も聞こえた。優しさにあふれた、しかしどこか悲しげに聞こえる産声が。

あなたたちのお父さんはもう居ないのよ。
バカでスケベで楽しくって優しい横島は、もう居ないの。
とめどなく流れる涙を隠す事なく号泣したタマモだった。


「ご家族の方ですか?」
医師が出て来た。
「ええ」
「横島キヌさん 11時37分、2800グラムの男のお子さん・11時38分、2650グラムの女のお子さんをご出産です。母子ともに元気です。おめでとうございます。
ところで顔色すぐれませんが平気ですか?」
「ええ」
「どうされたんです?」
私は家族待合室のTVを指さす。TVでは東京駅魔族占拠事件と死亡したGSについての報道。
「・・・! 何と言ったらいいのか。本当にお気の毒です。」
医師は頭を下げて産科診療室へ戻っていった。入れ替わりにおキヌがストレッチャーに乗せられて出てきた。
私はTVを消しておキヌに近寄った。
「お疲れさま。頑張ったね、おキヌ」
「見た?可愛い男の子と女の子なのよ。とっても可愛い。ところで忠夫さんは・・・」
「まだ除霊中よ。だから...ゆっくり休養して待ってて。」
「ええ、そうするわ。これから子供たちにおっぱい飲ませなきゃいけないしね。」
私は嘘をついた。
病室へ向かうストレッチャーに乗せられたおキヌの目を見ないように、私は真っすぐ前を向いて付き添った。


「ここは何処だ?」
先程まで東京駅地下で魔族と戦っていたのに、今は雲の上のような所に立っている。もやのようなものがかかって見通しが良くないが、ここが広大な土地であることは判る。踏んでいる足元もコンクリートではなく普通の土だ。
体を確認してみる。手足は...何ともない。胴は...何ともない!先程の戦闘で魔族の霊波砲で穴が開いたはずの腹も、魔族の槍が刺さったはずの左肩も何ともない!
自分の身を確認した横島は次に美神とシロを探し始めた
「美神さん!シロ!」
大声で叫んでも返事がない。コダマすらなく、静寂だけが横島を包む。
(ここは何処なんだ?時空移動にしても美神さんが居ないんだから有り得ないし...)
ふと、はるか向こうで人の声がした。その場所に向かう横島。そこには巨大な門と門番を務める弥勒菩薩がいた
(ここはひょっとして・・・。俺、死んだんか?)
横島は衛視の鬼に見つけられ弥勒菩薩の前に連れて行かれる。
(この菩薩は弥勒菩薩・・・ということは俺はこれから閻魔大王のとこに連れてかれるの〜?)
不意に横から鬼が記録を読み上げる
「横島忠夫。享年20歳。対アシュタロス戦で功績が大であり、神界・魔界両方から許可が出ています。度数+8」
意味が判らない横島だったが、どうやらGSの仕事は評価されているらしい。
弥勒菩薩が言う。
「おまえのような奴は200年ぶりだぞ。神・魔界両方から誘いが来ておる。どちらを選ぶつもりだ?」
「あの〜、質問なんすけど、俺は死んだっすか?魔族と戦っていたんですが、魔族はどうなりました?美神さんやシロは無事ですか?おキヌは無事赤ん坊を産めましたか?赤ん坊は元気ですか?」
「そう急いでいうものではない」
横島は少し焦っていた。ここが冥土だとすると、これからもっとわけがわからない菩薩が出てくる。まだ弥勒菩薩は優しい方だ。今の内に知りたいことを確認せねば・・・。

弥勒菩薩は(やれやれ)という顔をすると、横島に話始めた。

「おぬしは全霊力をふり絞って魔族を魔界に放り投げることで任務を果たしたぞ。偶然なのじゃろうが、お主が放り投げた先は魔界軍の演習地内じゃ。勝手にやられてくれるじゃろう。お主が護っていた子供3人と一緒に戦っていた女と人狼の少女は無事じゃ。おぬしの妻はまだ陣痛で苦しんどる。これでよいか。
さて、わしの質問は神界・魔界どっちにいきたいかじゃ。おぬしはアシュタロス戦の功績でどちらからもお声がかかっておる。閻魔大王に申し出れば裁判なしにどちらでも行けるぞ。小竜姫やヒャクメがいる神界でもよし、ワルキューレやベスパがいる魔界でもよし。どっちもお主を歓迎してくれるぞ」
「あの〜、生き返るって選択肢はないので?まだ子供に会っていないし、おキヌにさよならも言えなかったし、俺、生き返りたいっす。前にも一度死んで生き返ってますし・・・」
「今回それは無理じゃな。前回は生き返る定めだっただけじゃ。おぬしのような者は死後、神か魔になるのじゃ。」
(これでは子供たちにも会えずおキヌにも会えない。どうしよう)
「それでは小竜姫さまの着替え生写真もあげますから〜」
「えっ」
驚いた顔をする弥勒菩薩。
「おまけして月神族のかぐや姫のシャワー中の写真もつけます」
「うっ」
ますます動揺する弥勒菩薩。
「え〜い、大盤振る舞いでワルキューレの」
「もうよい! ここを何と心得る。閻魔大王様のところに直接飛ばすぞ」
比較的話のわかるはずの弥勒菩薩すら怒らせてしまったようだ。横島は弥勒菩薩の言葉を最後まで聞かない内に、冥界の閻魔大王の前に転移させられた


目の前には巨大な閻魔大王。髭や髪形など幼い頃祖母から聞いた通りだった。
(ばあちゃんが言ってた話、ホンマやったんだな〜)
「横島忠夫。弥勒から聞いたと思うが、神魔界どちらを希望するのか?」
「生き返っておキヌに会いたいです。駄目なら人界で生まれ変わりたいです」
「生き返るのは無理だ。となると輪廻転生道を希望するのか?人間に生まれ変わるのに2〜300年はかかり、どちらにしてもお主の妻・おキヌや子供たちには会えんぞ」
「それでも人界がいいです。美神さんと俺が前世で一緒だったように、おキヌや子供たちといつか一緒になります。ルシオラともそうです。」
「そうか。では輪廻転生道を言い渡す。」

鬼が横島を引き連れて機械のところに連行していった。

その頃、冥界の輪廻転生コントローラの陰に、2つの怪しい人影があった。
「ヨコチマとルシオラちゃんがすれ違いなんて許せないでちゅ」
「横島忠夫は余の壱の家臣じゃ。妻子にも会わせてやりたい。」
魔族の少女パピリオと竜神族の少年天竜童子である。妙神山でヒャクメから横島忠夫の死亡を聞いた二人は、悲しむだけの小竜姫を置いて、こっそり妙神山を抜け出した。
「神界の連中は石頭ばっかりでちゅ。横島は輪廻転生道に決まったでちゅから、適当な時期に転生させればいいでちゅ」

輪廻転生コントローラについた鬼と横島。横島は機械の中に入れられる。
「閻魔大王さまからは人間転生時期や速度の指定はなかったから、+8だし200年コースかな」
鬼が輪廻転生のスタート時期と輪廻の速度を設定する操作盤を操る。
ピッポピッ
「じゃあ頑張っ」
鬼が横島を輪廻転生に送り出そうとしたまさにその時、鬼は背後から殴られ気絶した。パピリオが普段横島から禁止されているグーで殴ったのだ、鬼は死ななかっただけでも幸運だろう。
「バカ殿、このボタンでちゅ。早く早く!」
「急ぐでない。余は今、取扱説明書を見ておるのじゃ。この機械、±500年で輪廻転生のスタート時期を設定できるようじゃ。大雑把すぎてパピリオの姉と同時代に人間として生まれるように設定するのはとても難しいぞ。」
「ゆっくりしてたらバレてしまうでちゅ。え〜い、ままよ!」
パピリオは思いっきり操作盤を叩く。機械が轟音を立てて作動し、横島を転生させる。
同時に白煙を上げてコントローラが壊れる。
「パピリオ!これではどこに飛ぶかわからんではないか!同時代に人間として生まれなければいかんのだぞ!」
「ヨコチマは悪運がいいから、きっとどうにかなるでちゅ」

「どうなるというのじゃ?」
パピリオと天竜童子の背後に弥勒菩薩が立っていた。


「バカ者!」
サル爺こと斉天大聖老師の一喝が二人に落ちる。ここは妙神山。
横島を200年の輪廻転生道から救うべく、ルシオラが横島忠夫・おキヌの娘として転生するあたりの時代に飛ばしたパピリオ・天竜童子は弥勒菩薩に捕まった。身元引受人として冥界に行った老師は二人の悪戯を閻魔大王・弥勒菩薩に詫びて、先程二人を連れて帰ったばかりだ。
「童子は竜神の後継者というお立場を何と心得る!パピリオもそうじゃ。お主はまだ保護監察中でここ妙神山に預けられているのじゃぞ。二人とも立場を考えろ!まして横島は自分から輪廻転生道を選んだのじゃ。関知すべきではない!」
下を向いている二人を老師が叱る。
「じゃがな、ここだけの話、二人ともでかしたぞ。」
驚いて上を向くパピリオと天竜童子の目には舌を出すサル爺が見えた。
「家臣の身を案ずる天竜童子・姉と横島の幸せを願うパピリオ、二人とも優しい良い子に育ったのう」

横に控えているヒャクメの方を向く老師。
「ヒャクメ、横島がどこに飛んだか判るか?」
「勿論なのね〜。『役に立つ神族』のヒャクメはすでに横島さんの人間への転生を確認、現在の時間軸・座標軸も確認しております。」
この言葉に目を輝かすパピリオと天竜童子。内心、変な場所や時間に飛ばしたのではとヒヤヒヤしていた。
「どこでちゅか、会いに行くでちゅ。」
「どこじゃ?早く教えるのじゃ」
せかす二人にヒャクメは信じられない言葉を言った。
「今日の11時37分に横島忠夫・おキヌの子として誕生した男の子に、自分の息子に転生したのね〜」
(気がついたのは12月だったけどいろいろ調べてる内に横島さん死んじゃたのね〜)
「ということはルシオラちゃんのお兄ちゃん?」
「そうなるのね〜。横島さん、よっぽどおキヌちゃんやルシオラさんに会いたかったのね〜」
パピリオや天竜童子の目にとめどなく流れる涙。でもそれはさっきの小竜姫の涙とは違う。失ったことを悲しむのではなく、再び会えることを嬉しく思う涙。パピリオも童子も笑いながら泣きじゃくっている。それを老師がいとおしむ。
「パピリオ、おキヌさんに知らせてやれ。そして姉と横島に会ってこい。ただし病院では大人しくするんじゃぞ」
「そんなこと判っているでちゅ。」
「童子、このことを部屋に籠もって泣いておる小竜姫にも教えてやれ」
「はい、老師。」
天竜童子は駆け足で小竜姫の部屋に向かう。強いけど泣き虫の教育掛にこのニュースを伝えるために。パピリオも用意してあった誕生祝いのプレゼントを持って妙神山を出て行った。生まれ変わった姉と兄に会うために。


「そう、あなた上手いわよ。今時の初産婦さんとしてはビックリするくらい・・・」
新生児室そばの授乳室で私はソファに座って年配の看護師さんに指導を受けながら男の赤ちゃんに授乳していた。江戸時代に孤児だった私はいつも近所の農家で子守(今で言うべびーしったーかな)やお手伝いをしていた。当然、赤ちゃんへの授乳も良く見ている。上手くて当然だ。勿論、見るのとするのは大違いだけど。
授乳待ちの女の赤ちゃんをタマモちゃんが覗き込んでいる。
「赤ちゃんってホント可愛いわね」
「タマモちゃんもいつか産んでお母さんになるのよ」
顔を真っ赤にするタマモちゃん。この子ともいつの日かこんな会話をするのだろう。

そのとき、オカG隊長の美智恵さんが訪ねてきた。憔悴しきった顔の隊長さんが。
「隊長さん、何かあったんですか・・・。忠夫さんの身に何かあったんですか?!」
赤ちゃんに乳を与えながら尋ねた。
「ごめんなさい。今日の除霊で横島くんは、横島忠夫さんが殉職しました」
そう言って美智恵さんは深く頭を下げた。


「じゃあさっきの虫の知らせ、本当だったんだ・・・」
タマモちゃんの方を見る。タマモちゃんも頭を下げている。
そっか、タマモちゃん出産する私のこと気遣って言わなかったんだ・・・

GSは危険な職業。殉職者も極めて多い。自分だって判っていた筈。でも美神除霊事務所では、そんなこと、あり得ないと思っていた。いつまでも美神さん・忠夫さん・私・シロちゃん・タマモちゃんの5人で仕事が出来ると思っていた。永遠に続くと思っていた。

ふと胸元を見る。赤ちゃんが私の乳を一生懸命飲んでいる。とても美味しそうに。私のことを信頼しきった目でとても気持ちよさそうに飲んでいる。そう、私はお母さんなんだ、この子たちのお母さんなんだ。私がへこたれてたら、この子たちは生きていけない。

「隊長さん、美神さんやシロちゃんはどうなったんですか。それに忠夫さんのその時の状況を教えてください」
椅子を勧める看護師さんを断り、隊長さんが立ったまま話を始めた。
「令子やシロちゃんは全治3ヶ月の傷だけど、とりあえず無事よ。今は東京駅の近くの病院に入院させている。それに生存者の子供3人も無事」

再び胸元を見る。生まれたばかりの赤ちゃんは乳を沢山飲むことができない。もうお腹いっぱいのようだ。慎重にげっぷをさせてから、かごに寝かす。もう一方の乳を用意し、女の子の口に乳を含ませる。元気よく飲み始めた。
「ごめんなさい、こんな時にこんな話をすることになって...」
「いいえ、お願いします。忠夫さんの最期はどうだったんですか」
「横島くんの最期なんだけど、彼は生存者の子供を守りながら魔族を魔界へと放逐したわ、命を引換にして。後には何も残らなかったわ。完全に消滅したようなの。令子が正常に戻れば詳しく判るんだけど、横島くんのことで令子もシロちゃんも取り乱していて、現段階ではこれ以上は私も判らないの。それに今回人界に現れた魔族は、人間にとって初めて存在が確認された魔族。ワルキューレ経由で正体を確認中だけど、今は名前もないわ。」
「そうですか・・・。ありがとうございました」
とりあえず私はこう謂うのがやっとだった。隊長さんは今回の魔族騒動で犠牲になった乗降客の方の御遺族を廻るとのことで、足早に去っていった。普段隊長さんが強いのは霊的災害でお亡くなりになった方の御遺族すべてに会ってお詫びし続けているから。二度と同じことを繰り返さないために。もっとGメンが強ければ、もっと都市の結界を強くできれば、との思いを抱きながら。


隊長さんが去っていく足音を聞きながら、私は忠夫さんの事を想う。

この子達を忠夫さんはとても楽しみにしていたのに。
事務所からの帰宅途中、忠夫さんに妊娠したことを告げたら、私をお姫様だっこして「やった〜!」と言いながら町中を走り廻った忠夫さん。家に着いたとき私は目を回していたっけ。
いつも私のお腹をさすって「お〜い、父ちゃんだぞ〜」とか「予定日になったら元気に出てこい。待ってるぞ〜」とか言って、この子達がお腹を蹴るとニコニコしながら「赤ちゃんにも判ったみたいだぞ!」とか言っていた忠夫さん。
この子達が生まれてくるのを待ちわびて、既に1歳までは何も買わなくっても済みそうな程、ベビー用品を買いそろえた忠夫さん。
そんな忠夫さんはもう居ない。

私は忠夫さんを心の底から愛している。
「旅行に行こう!」って半ば強引に私を人骨温泉につれてきて、私たちが初めて出会ったあの崖下でプロポーズしてくれた忠夫さん。
結婚した日、新婚旅行に行く前に都内の高級ホテルに泊まった。部屋のベットの上で私に
「俺はこんな性格やから面倒かけるかも知らんけど、よろしく頼みまっせ」と関西弁に戻って土下座して挨拶した忠夫さん。
そんな忠夫さんはもう居ない。

ひとしきり回想していると、赤ちゃんがむずり始めた。慌ててあやそうとするおキヌの頭の中で声が聞こえた。
[ママ! パパは、ヨコシマはお兄ちゃんに転生したわ]
「えっ」
私はかごの中の長男を見た。さっきおっぱいをあげたので満足そうにスヤスヤ寝ている。再び胸元の長女に目を移す。長女は気持ちよさそうにおっぱいを飲んでいる。
(気のせい?)
もう一度かごに目を移す。この赤ちゃんが忠夫さん?
「タマモちゃん、この子の霊波どう思う?」
「どうって、横島みたいに優しくって暖かい霊波だしてるけど・・・!全く同じ!!」
「そうよ!その子は忠夫さん。忠夫さんは死んでしまったけど、生まれ変わった忠夫さんにまた会えたのよ、私たち。」
そう言った私は涙が止まらなくなった。
スヤスヤ寝ている長男をタマモちゃんは泣きながらやさしく撫でる。
「横島、また会えたね」
長女ももうお腹いっぱいのようだ。長男同様に慎重にげっぷをさせてから、かごに寝かす。仲良く二人並んでいるのを見るとヤキモチやいてしまいそうだ。でも私はこの子たちのお母さんなんだから...。


コン・コン
不意に窓をノックする音が聞こえた。パピリオちゃんだ。ここは2階なのにと驚く看護師さんを横目にタマモちゃんが窓を開けて中に招き入れる。
「失礼しま〜す、窓から入ったけど不審な者ではないでちゅ。アタチはヨコチマの妹みたいな者でちゅ。」
パピリオちゃんは看護師さんにも挨拶する。最近行儀が良くなったパピリオちゃんは赤ちゃん言葉さえ直れば完璧なんだけどね。
「おキヌ、おめでとう。今日はプレゼントとビックニュースを持ってきたでちゅ」
「にゅーすって、ルシオラさんと忠夫さんの転生でしょ!」
「何だ、知ってたんでちゅか?」
「私はこの子達の母親ですよ。」
「あと、プレゼントでちゅ!」そう言ってパピリオちゃんが包みを私に渡す。
包みを開けると、手作りのぬいぐるみが出てきた。何とケルベロスとキャメラン!
ケルベロスもぬいぐるみにすると可愛いわ。キャメランのぬいぐるみはクッションとしても使えそうだ。
パピリオちゃんの心の籠もったプレゼントに私は目頭が熱くなった。このセンスも、傍に使い魔たちがいれば姉も安心して寝られるだろうとの思いからだろう。一時期ケルベロスと同じ檻だった忠夫さんが悪い夢を見なきゃいいけど。
「パピリオちゃん、ありがとうね。2人とも喜ぶわよ」
「えへへ」照れくさそなパピリオちゃんは振り返って赤ちゃんたちを覗き込む。
「パピリオちゃん、ヨコチマ。こんにちは。パピリオお姉ちゃんでちゅよ」
「パピリオ、姉と妹が逆じゃない?!」
「いーんでちゅよ!」
タマモちゃんのツッコミにプーッと脹れるパピリオちゃん。仲の良い姉妹みたい。ここにもとの忠夫さんが居ればどんなに良かったか。でも息子として転生した忠夫さんが居る。
娘として転生したルシオラさんが居る。
頑張らなくちゃ!
もとの忠夫さんが居ない分、私が頑張らなきゃ。
転生した忠夫さんとルシオラさんのためにも。


今日は病院を退院する日。会計はタマモちゃんが済ませ、私は仲良くなった看護師さんたちに挨拶してタクシーに乗り込む。
「先に美神除霊事務所に行きましょう」
美神さんとシロちゃんはまだ入院中。でも人工幽霊さんにも挨拶しなきゃ。
タクシーには待っててもらって、私とタマモちゃんは赤ちゃんを抱いてタクシーを降りる。
人工幽霊さんが私たちに呼びかける
「おキヌさん、無事ご出産おめでとうございます。その子達が・・・」
「そうよ、忠夫さんとルシオラさんの生まれ代わり。よろしくね」
「はい、渋鯖人工幽霊一号、喜んでお二人の御養育のお手伝いをさせていただきます」
「あなたたち、人工幽霊さんにご挨拶しなさい」
勿論二人は赤ちゃんだから私の言葉が判るはずもないけど、でも二人とも笑った。まるで友だちに再会したかのように。
「じゃあ、まだ肌寒いから、もう家に戻りますね。」私たちはそう言って再びタクシーに乗り込んだ。


家に着く。誰もいないはずの家に。でも電気が点いている。暖房も入っている。
「ただいま〜」
うっかり言ってしまった。
「おかえり」
返事がある。えっ、という顔をした私を、タマモちゃんは「いいから」とせかす。
スリッパに履き替えてリビングのドアを開けた。

「おキヌちゃん、御出産おめでとう!」と書かれた横断幕。その前には弓に魔理、タイガーさんや雪之丞さん、ピートさん、エミさん、冥子さんにカオスさん・マリアさん、唐巣神父がいる。テーブルには料理の数々が並んでいる。

「赤ちゃん抱かせて!」弓が私から長男を預かると雪之丞さんと二人で覗き込む。
「赤ん坊、可愛いもんだな」真っ赤になっている雪之丞さん。
「そうね〜」
タマモちゃんから長女を預かった魔理は長女を抱きながらタイガーさんに惚気る。
「可愛いわね〜。私も欲しいな」
タイガーさんに秋波を送る魔理、ちょっと怖い。

私は唐巣神父に挨拶する。
「おめでとう、おキヌくん。それと忠夫くんのことは「いいんですよ」」
「皆さん一流のGSなのに判らないんですか。神父、ぜひ二人の霊波を観てもらえません?」
「おキヌくん、それじゃあ・・・」
長男と長女を撫でるように手で霊波を感じ取る唐巣神父。
「!」
唐巣神父は驚いて思わず手を引いた。
「忠夫くんとルシオラくん」
「そうなんですよ、二人は忠夫さんとルシオラさんの生まれ代わり。忠夫さん戻ってきたんです」
「横島なのか?此奴が?!随分若返ったじゃねえか」
雪之丞さんが泣きながら笑う。
「どれどれ、カオス爺じゃぞ〜」
カオスさんが弓から長男を抱かせてもらう
「ぎゃ〜」
忠夫さんが泣き始める。慌ててマリアさんが替わりに抱くと、さっきの泣き声が嘘のように収まる。
「この・赤ちゃん・横島さんの・可能性・99.8%」
「男にゃ抱かれたがんねえ処なんか、まさにそうだな」
「やっぱり横島なワケ」
「横島さんは〜赤ちゃんになっても〜横島さんなのね〜」
「やっぱり横島さんはこうじゃなきゃ」ピートも泣いている。
みんな泣き笑っている。
「さあ、私たちが作った美味しい料理を食べなよ。おキヌは美味しいものいっぱい食べて、美味しいおっぱいを子供達に出して貰わなきゃならないんだし」
「魔理、私はウシじゃないわよ!」
「でもおキヌでもこんな立派になったんだ〜」
弓が私の胸元を見て言う。
「弓のエッチ」
女子校時代のノリ。なんか懐かしい。


チャイムが鳴った。お客さんだ。
「こんにちは。ヤドロクの仕事がなかなかキリがつかなくってやっと帰国できたのよ。いろいろお手伝いするつもりだったのに...」
忠夫さんのご両親、私の義父母だ。
「おキヌさん、ご苦労さま。この子達が孫なのね」
「おばあちゃんですよ〜!」
顔を崩して百合子義母様が子供達を覗き込む。
「おキヌさん、ここでいいかな?」
義父は2つのベビーベットの中間にお土産のガラガラを吊す。
「ええ、すみません。どうもありがとうございます」

「ところで忠夫は今日も除霊なのかい?折角お友達や神父様にも来ていただいているというのに、まったくあの子は!」
百合子義母様が言う。みな静まりかえっている。
「何かあったんか」
義父様が雪之丞さんに尋ねる。雪之丞さんは答えた。
「アイツは、横島忠夫は1週間前の魔族との戦闘で死んで、ここにいる男の赤ん坊に、自分の息子に転生した」って。

「えっ、そんな」
義父母は絶句する。ナルニアでの仕事が長引いて漸く一時帰国できたら、息子は身重の妻を残し除霊で死亡していた。その身重の妻が産んだ子供は息子の生まれ代わり。
「この子が忠夫なの・・・。大きくなったらシバいたる!親に先立つのは不孝者と教えとったやないか〜。おキヌさんにもさんざ心配かけて!」
「おばさん、落ち着いてほしいッシャー」と宥めるタイガーさんを息子の代わりにシバきながら百合子義母様は徐々に落ち着きを取り戻した。

「そやな〜、この子が忠夫なんやなぁ」
百合子義母様が赤ちゃん(忠夫さん)を抱きながら呟く。
その傍ではボロボロになったタイガーさんを冥子さんのショウトラと魔理さんがヒーリングしている。
「じゃあ女の子の方は?」義父様が赤ちゃん(ルシオラさん)を抱きながら何気なしに呟く
「そっちはルシオラの生まれ代わりなワケ」
「えっ、この子も生まれ代わりなの?」
「ええ、アシュタロス戦の時に横島くんが敵味方を超えた大恋愛を繰り広げた相手です。瀕死の横島くんに限界を超えて霊基を分け与え、惜しくも亡くなりましたが」神父が告げる。
「そうやったか、アイツ、俺達に何も言わんかったなぁ。男の子は何も言わんからな」
そう言った義父様の顔はとても寂しそうだった。


再びチャイムが鳴る。タマモちゃんが玄関に出る。
「おキヌ!早く来て!! 美神とバカ犬よ!」
美神さんとシロちゃんは全治3ヶ月じゃ?そう思いつつ玄関へ向かった私には2体のミイラ男(女?)が見えた。
「おキヌちゃん!」「おキヌ殿」
美神さんとシロちゃんの声だ。
「おキヌちゃん、ごめんなさい。謝って済むことじゃないけど」
「病院抜け出したんですか!、ダメじゃないですか。安静にしてないと」
「でも私、ひとめでもおキヌちゃんに会って謝らないと気が済まない。シロも同じ」
「いいんです。誰が除霊に行ってもこうなったでしょうから。運命なんですよ。
それより子供の名前、考えてくれましたか?忠夫さんの生まれ代わりなんですよ」
「おキヌ殿、気が?」
考え込む美神さん。シロちゃんも二人とも私が気が狂ったとでも思っているのだろうか。
私は「義母様・義父様、ちょっと連れてきて下さい」と言った。
義父母が玄関に赤ちゃん達を連れてきた。
「令子さん・シロちゃん、この子達の霊波を観て下さい」
「えっ?!」
シロちゃんは男の赤ちゃんの胸に手を当てる。
「この霊波、先生と全く同じでござる」
令子さんは女の赤ちゃんの胸に手を当てる
「ルシオラと同じ」
慌てて男の赤ちゃんにも手を当てる
「横島クン・・・。生まれ変わったのね・・・。良かった〜。こうなったら、この子は『ただお』よ。アイツの生まれ代わりなんだから、この名前以外はあり得ないわ」
そう言った美神さんはその場で気を失った。タマモちゃんが慌てて救急車を呼ぶ。美神さんと一緒に救急車に乗せられるシロちゃんは私に言った。
「拙者、先生に霊波刀を教えるでござる。早く元気になって修行をして、今度は先生に教えて進ぜるでござる。おキヌ殿」
「そうね。それが前の忠夫さんとも約束だったしね。早く元気になってね」
救急車のドアが閉まり、走り去る救急車。見送るGSのみんなと義父母様。
エミと冥子さんは二人で話をしている
「令子は妙なとこで責任感強かったから心配だったケド、今日は横島が生まれ変わったのを見れて良かったワケ」
「令子ちゃん ミイラ女で〜いつもより〜怖くなかったのね〜」
冥子さん、普通はミイラ女・ミイラ男の方が怖いと思うけど...。

今日、男の赤ちゃんに名前がついた。『ただお』。横島ただお。お父さんと同じ名前。
翌日、小竜姫さまがワルキューレさん・天竜童子さま・パピリオちゃん・ベスパさんをつれて我が家にやってきた。そして女の赤ちゃんにも名前がついた。『ほたる』。横島ほたる。ルシオラさんの生まれ代わりらしい、いい名前。


1ヶ月後。横島忠夫の『葬儀』も終わり、すっかり落ち着いた家のリビングでおキヌは双子の赤ん坊をあやしながら呟く。


ただお・ほたる。ママですよ〜。

みんなあなた達の味方よ。
タマモちゃんも令子さんもシロちゃんも人工幽霊一号さんも。
雪之丞さんも弓さんもタイガーさんも魔理さんもピートさんも。
カオスさんもマリアさんも唐巣神父も隊長さんもひのめちゃんも。
冥子さんもエミさんも愛子さんも美衣さんもケイちゃんも。
小竜姫さまもワルキューレさんもパピリオちゃんも天竜童子様も
ジークさんも老師様も。

みーんなあなた達が好き。

だから安心して早く大きくなってね。そしてみんなで仕事しましょうね。
忠夫さん、私たちを見守って下さいね。私と、ただおと、ほたるを。


2つ並んだベビーベットではただおとほたるがスヤスヤ寝ている。兄妹を見守るおキヌの目は潤んでいた。廻りにはケルベロスやキャメランのぬいぐるみ。


後に母のおキヌを支えながらGSとして活躍することになる横島ただお・ほたるの兄妹はこうして誕生した。この兄妹の行く末や如何に?

(一応続く)
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誕生編ということで連休を使って一気に書きました。
急展開、のつもりだったんですが、自分が思うほど急には曲がっていないみたいです(まるで車の運転?)。

二人にはこれからおキヌ母さんと共にGSとして活躍してもらうつもりです。勿論美神さんやシロタマと一緒。パピリオや天竜童子とも一緒です。
また元々の横島が魔界に放逐した魔族も再登場し、成長したただお・ほたるが戦う予定です。その為ある程度自由度を残しておきたいと思っていたら、横島がやられるほどの魔族の割に扱いがぞんざいになってしまいました。誠に済みません。


前回を読んでいただいた皆様、ありがとうございます。

法師陰陽師さま:
結局ヨコシマとルシオラが兄妹になってしまったので恋愛対象とした場合は母親のおキヌ含めると途轍もなく”イ”になるので、私はほのぼの路線で行きたいと思います(ブラコン程度)。
wataさま:
確かに『氷室おキヌ』ではなく『氷室キヌ』でしょうね。原作で魔理と出会った本人が「氷室…おキヌって言います」と言ったからって正しいとは限らないんですね。『…』実に恐るべし(汗)。御指摘ありがとうございました。
LINUSさま:
この話は同時期に2人ヨコシマが存在してしまうんでLINUSさまの
>生きてる間に生まれ変わってどうする > 横島!!
って指摘、実に痛いです。本人と生まれ代わりが同時に居ても、生まれ代わりはおキヌちゃんのお腹の中だし許容範囲かと思って書きましたが、やっぱ変でしょうか?

これからも読んで頂けると嬉しいです。宜しくお願いします。

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