「あれからもう一年か…」
「ええ、私が先生のところから独立してから、もうそんなになるんですね…」
「ああ、早いもんだね、本当に」
今日も今日とて、唐巣神父の教会に入り浸っている美神。一人で事務所にいてもヒマだし、決して口に出したり、認めたりはしないだろうが彼女は寂しがり屋だったりするので、気を許しているいい人でいい師匠な――モードが切り替わりさえしなければ――唐巣に頼っているのだ。
そして今、2人が何について話しているのかというと。
「GS試験か。私はもう何年前になるのかな…」
遠い目をしてそう言う唐巣。パワーも負けん気も、そして髪の毛も今よりも旺盛だったあの頃。それを思い出しているのだろう。
トントン
「はい、どうぞ。どなたですか?」
そんな何となくゆったりした空気に満たされた空間に、ノックの音が木霊した。そしてここは教会。誰に対しても門は開かれている。
「あ〜……魔族なんだが入っていいかい?」
………………多分、誰に対しても。
「それで、何の用だね?」
さり気なく聖書を手にして、いつでも立ち上がれるように腰を軽く浮かせつつ、招かれざる客にお茶を勧める唐巣。
一方、それを受け取る側は椅子に深く腰掛けて、余裕たっぷり。お茶の香りを楽しみさえしながら、話を始めた。
「私の名はメドーサ。聞いたことは無いかい?」
「メッ…」
メドーサ。国連が賞金をかけている賞金首の中でも、かなりの大物だ。
隠れて隙をうかがっていた美神が、そのメドーサの名を耳にした事で驚いて、つい声を上げてしまった。
「ちぃっ!」
すかさず美神とメドーサの間に跳び、聖書を開いて結界および攻撃の準備体勢を取る唐巣。メドーサもそれに対して軽いけん制の霊波攻撃を放つ。
「そらっ!」
「神よ、悪しき力を退けたまえ!」
ここは唐巣の教会、唐巣の神の領域だ。その神域そのものから力を引き出し、メドーサの攻撃を防ぐなど唐巣にとっては軽いもの。
「あんまり舐めないでよね!」
攻撃を防いだ時の爆発にまぎれて、いまだ腰掛けたままのメドーサの足を狙って神通棍で斬りかかる美神。しかしメドーサはそれを面白くもなさそうな表情で、手の平から出したさすまたでアッサリと受け止める。
「あのね?話は…」
「アーメン!!」
そしてメドーサが何かを言おうとしたのを遮って、詠唱の終わった唐巣の最大霊波攻撃が放たれる!美神も巻き込まれないように既に退避している。打ち合わせ無しのアドリブだったが、ここで巻き込まれるようなら、唐巣は美神に一人前の許可を出していない。
ズガン!!
重苦しい炸裂音がして、爆発。撒き散らされた霊波やほこりがメドーサの姿を隠す。
美神と唐巣は部屋の隅、窓の傍に陣取り、退路を残しつつどこから襲われてもいいように背中合わせに警戒する。
「あれでやったと思います?」
「解らない。ダメージはあったと思うが…それにあいつだけで来たとは限らない。油断は禁物だ」
小声で会話する師弟。油断どころか、充分以上に警戒していたはずだったが…
ゴ、ゴンッ!!
「がっ!?」
「痛っ!?」
第六感まで含めて何の感知も許さず、メドーサの攻撃が2人を襲い、頭部に衝撃と痛みを与えた。
「だから、人の話は最後まで聞けって言ってるだろう?」
ま、アタシャ人じゃないけどさ。
所々こげたり、ただでさえ大胆なボディコンだった服が破れてエライ事になっているメドーサは、それでもそんな事は些細なことだと言わんばかりに椅子に座りなおしてそう言った。
「で、アンタホントに何しに来たのよ…」
さっきどうやって攻撃されたのか検討も付かないので、美神は極上クラスに警戒しながらメドーサに問うた。
「いや、その前にさ。一つ確認しておきたいんだけど」
「何だね?」
やはり警戒しながら聞き返す唐巣に、苦笑してメドーサはこう言った。
「さっき、痛かったろ?」
「当たり前でしょっ!」
「まぁ、痛かったね。それだけで怪我は無いようだが」
まだ痛いのか、涙目で激高する美神と、こっそりヒーリングでもしているのか苦笑ですませる唐巣。
「お互い様さね。こっちもそこの神父の攻撃は少し痛かったよ?さて、そこで、だ」
ここでタメをつくりってニヤリと笑い、2人の興味を掻きたててからメドーサはここへ来た本題を切り出した。
「お互い痛いのは嫌だから、なぁなぁでやらない?」
「「は?」」
「わけが解らないってツラだねー。ま、そうだろうけど。説明、いる?」
「あったり前でしょっ!!」
呆けた状態から一瞬で立ち直ってツッコミを入れる美神。最近色々あったせいか、ツッコミが板についてきたようだ。
「今、神と悪魔はデタント、緊張緩和ってやつが基本方針なのさ。対立から冷戦へ、そして緊張を緩和ってね?」
「なるほど。で、あんたら神魔は今なぁなぁでやってると?」
「そんなバカなっ!!」
美神がメドーサの言いたいことを先読みして、言い当てた。その内容に憤る神父。神は魔を滅ぼし、悪しき者を倒す。そして幸せを作ると信じているからだ。それが実はなぁなぁでやってます、と言われたら…
「ウソじゃないさ。アタシらが本気でやり合ったら……アンタが持ってる聖書に書いてある通り、ハルマゲドンだよ?今いる生物が、どんだけ生き残れるもんか、そもそも生き残りがいるのかどうかも怪しいもんさ」
「………………デタラメだ、と言えたら……幸せなんだ、ろう、ね…」
唐巣は短い沈黙の後、十字を切ってそう言い、受け入れた。
単純に、何も考えずに神の教えに従っていた頃からそう信じていた。だが神を疑い、もう一度信じた今、理屈で考えればそうなるだろうと神父は理解できてしまった。
そう。理解できてしまった。
唐巣は、そんな自分が呪わしく思えた。
「…それで?神族とだけじゃなくって、人間ともなぁなぁでやっていこうってわけ?」
そんな師匠を見ていられずに、話をさっさと終わらせようと先へ進める美神。メドーサも面倒になってきたのか、乗ってきた。
「いや、正確には人間の一部。GSの、それも魔族を狩れるような極一部の例外と、だけさ。そもそも、力も無いようなやつらと馴れ合ってどうするのさ?」
「ま、それもそうね。私も、魔族全部と馴れ合うつもりは無いわ。アンタくらいの厄介な奴なら、別だけど」
ニヤリ
同時に黒っぽい笑みを浮かべて、アイコンタクトで合意する女性2人。
「一部の上層部同士の結託。ま、良くある話よね?メドーサ」
「まーね。何も知らない下っ端は哀れだけど、ま、だからこそ下っ端なんだし。令子もそう思うでしょ?」
どこからツッコもうか悩みながらも、ここで話を壊すと美神とメドーサ両方を敵にまわしそうで躊躇する唐巣をよそに、じゃ、これからは仲良くやっていきましょうとばかりに握手する女2人。いつの間にか名前で呼び合う息の合いようだ。それでいーのか、GS美神。
「もう、勝手にしてくれ…」
唐巣がボヤく目の前で魔族とGSの談合は進み、メドーサがもう一つの本題を持ち出した。
「それでね?さっそく一つお願いがあるんだけど……弟子をね、預かってくんない?」
「弟子?」
「さっきも言ったけど、デタントってやつのせいでさー、私ら魔族は勝っちゃいけないって事になってる」
「ふんふん。それで?」
「で、大きな事件や企みはやってもいいけど、失敗が前提。成功してもいい小さな事は、こっちにとってもどーでもいいから成功しようがどうしようが知ったこっちゃない」
「あ〜…だから実際には戦ったりしないで、八百長仕込めるGSが欲しいって話でしょ?それで弟子ってのはアレ?見込みがありそうなのをそういう因果含めて、育てようって事?」
「そう。そういう事。さ。入っておいでお前達!」
メドーサの合図と共に教会の扉が開き、ぞろぞろと入ってくるイロモノ3人衆。
一人は顔から体から傷だらけで、髪は白髪。目つきの悪いチンピラっぽい小男。もう一人はやはり背が低くて目つきが悪く、何か欲求不満でも抱えていそうな暴力の臭いのする男。そして最後に入ってきたのは背の高い、オカマ。
「誰がチンピラだ!?」
「欲求不満たぁなんだ!?」
「何でアタシだけ一言で説明終わりなのよ!?」
出て早々にナレーションにツッコむ3人衆。だが、そんなベタな登場ではリアクションすらしてもらえず、話は進む。
「「「オイ!」」」
進むったら、進む。
「こいつらにはそれぞれ魔装術を仕込んである。勘九郎、雪之丞、陰念の順に習得度が高い」
「魔装術!?魔族と契約……ってキミは魔族だったっけ」
「へぇ〜。で、誰を預けるつもりなの?」
魔装術の方には驚くリアクションをする唐巣と、感心する美神。
「そいつは、これから決めるのさ。あんたたち、コイツらの誰が一番強いと思う?」
バチッ!
そう言われて、プロのGSの眼で3人衆を観察する唐巣と美神、そして自分を売り込もうと霊力を高める3人の気迫がぶつかり、火花を立てる。
そして先に結論を出したのは唐巣神父。
「勘九郎くん、だろうね」
「いえ、私は雪之丞を押すわ」
しかし美神が直後に、別の答えを出した。
「霊力の大きさ、出力から見て完全に勘九郎くんが上だろう?」
「いいえ!霊力の大きさだけが全てじゃないわ!それ以外にも勝負を決める要素は沢山ある!私は私の霊感を信じる!」
ニヤリ。
どうやら自分の意見を弟子に瞬時に否定された事が、唐巣神父のモードを切り替えてしまったらしい。影の濃い、黒い笑顔でニヤリと笑ってこんなことを言い出した。
「ほほぅ…ならば勝負といこうか?美神くん」
「勝負?」
「これからGS試験まで!お互いが一人づつ預かって…」
「それで上位に入った方の霊感が正しかったって事ですね!解りました受けて立ちましょう!!」
「ふふふふ…」
「ほほほほ…」
「「あーっはっはっはっはっは!!」」
お互いのけぞるように胸をそっくり返して笑う唐巣と美神。それにメドーサが割って入る。
「ふ〜む。少し面白そうだねぇ、私も混ぜてくれない?」
「「ソレだけど、いいの?」」
「あ、そっか。じゃ、やめとくわ」
同時に陰念を指差してソレ呼ばわりする師弟に、納得してアッサリ降りるソレの師匠。
チンピラ陰念はそれにキレそうになるも、面倒を嫌がった勘九郎と雪之丞によって即座に沈められていた。
「ふふふ、唐巣!霊能が強いからといって、教えるのが上手いとは限らないでしょうっ!!」
「その言葉……そのまんま、そっくり返してやるぜ美神ー!!」
繰り返し言うが、この2人は師弟である。
そしてその日からGS試験まで。彼らの特訓の日々が始まる。
「さっそく、アンタのできる事を見せてもらいましょうか!」
「おう、解ったぜ!」
預かった他人の、しかも魔族の弟子にいきなり高飛車に出る美神。もっとも、雪之丞も細かい事は気にしないタチなのか、威勢良く答えて、自分の技を披露する。
「まずこれが俺の得意技だ!」
霊波砲を連続していくつも放ち、そのまま放ち続ける。しかも一つ一つが手抜きではなく、きちんと力が篭っている。同程度以下の実力の相手なら、何もさせずにKOできるだろう。
「そしてコイツが俺の魔装術だ!!うおぉぉぉ!!」
一瞬で霊波を身に纏い、生態的な装甲とする雪之丞。胸から肩、頭部にかけて甲殻類のような赤い装甲が纏い、それ以外は黒い何かが覆っている。手足の先は鉤爪のように変化し、格闘能力も増しているようだ。
「強化装甲を着てるようなもんだ。こうなった俺は普段とは比べ物にならんくらいの身体能力と、霊力を行使できる……!」
「それだけじゃないわね…単純な防御力は勿論だけど、触れただけで生身の人間ならダメージがあるくらいの濃密な霊気…!霊的な防御もハンパじゃない…っ!」
初めて目にする魔装術の特性を瞬時に見抜く美神。そして、同時にその弱点をも看破する。
「でも、これだけの出力……当然、長くは持たない」
しかし、こうなってしまった雪之丞は力に魅せられ、そんな細かい事は気にしない。
「ふふふ……今、俺は間違いなくカッコよく、強く、美しいっ……ママーー!!」
………………しまった。預かるヤツ間違えた……美神がそう思ったとして、誰が責める事が出来るだろう。
しかしその頃、唐巣も似たような事を考えていたりする。
「うふふ…ベッドは一つでかまわないわよね?」
「な、なぜそうなるのかね!?」
「神父って生涯を神に捧げるから、結婚って禁じられてるんでしょう?ふふ、その代わりに女性にじゃなくって、その対象を…」
「違う!!私は違うからなっ!!私はノーマルだっっっ!!!」
以下略。
そんなこんなで、短いながらもGS試験への特訓の日々は過ぎ…
美神の事務所では。
「アンタには足りないものがあるわ!それが何か解る!?」
「何だ?何が足りないって言うんだ!?」
美神は考える。
(ここで普通言うセリフは、「自分で考えろ!」よね…そうやって自分で気付かないと、いざ実戦でそういう気付き、ヒラメキが必要になった場面で、気付けないもの…)
美神は、更に考える。
(でも、今重要なのは、コイツを育てることじゃなくって、GS試験でトップを取らせることよね♪)
「教えてあげるわ!私が裏まで含めて、全部教えてあげる!!」
一方、唐巣の教会でも。
「うむ!なるほど…で、きみはそれで全力を出せていると思うのかね?」
「え?そのつもりだけど…」
太陽の位置は変わっていないのに、逆光背負ってニヒルに笑う唐巣はこう言った。
「僕はそう思わないなぁ」
「え?でも…」
「もっともっと霊力を高めなきゃダメだ!あっちには美神くんが付いたんだ…何をしてくるもんか解ったもんじゃないっ!!」
「は、はぁ…どうすりゃいーのよ?」
でもアンタの弟子でしょ?とはツッコめない勘九郎。前にツッコんだら、半日ほど酒びたりになって、あっち側へ逝ったままこっちに帰ってこなかったのだ。
そして、唐巣も考えた。
(………………じっくり修行させている時間は無いな…)
そしておもむろに唱え出す。
「草よ木よ花よ虫よ――我が友たる精霊たちよ!その力を今ここに分け与えたまえ…!!」
「凄い……生身の人間にこれだけの出力が…!」
周囲に存在する霊力をその手に集め、束ねる唐巣。
「私の力じゃないさ。この世は数多くの魂で満ち満ちている。その力を借りればいい。さぁ…この力を受け入れるんだ!」
「え?い、いいの?てゆーかできるの?」
「問題無い。2〜3日で元に戻ってしまう、いわば一時的なドーピングに過ぎないが…試験は明日だしね」
「あ、ありがとう!必ず勝ってみせるわ!」
しかし、GS試験当日。2次試験でトップを取ったのは、雪之丞と勘九郎のどちらでもなかった。
それは………………
あ、陰念じゃないですよ。念のため…
それは…………………
「本年度GS試験トップ………………ミカ・レイさん!!」
「って言うか、美神くんじゃないか、アレ…」
トップを取ったのは……教えてこんでいるうちに、なんか面倒くさくなって変装して自ら出場した美神令子だったという。
「しまったぁ!!その手が………ってズルいじゃん!それって!!」
「ふふふ、先生、私の勝ちですね?」
「反則負けだぁぁ!!!」
「いいなぁ、楽しそう…」
試験後の会場で怒鳴りあう2人を、どこか羨ましそうに見ている魔族の女がいたりしたが。
まぁ、今回も…
銀河の歴史がまた1ぺぇじ
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