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▽レス始

「引越し先は。1(まるひとつめ)(GS+めぞん)」

cymbal (2005-01-11 22:36/2005-01-12 09:17)
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今日はやけに月が輝いて見えた。こんなに綺麗に見えるのは久し振りかも知れない。何だかこんな事を考えるのも自分らしくないと思うが。ここの所、雨続きだったしな。

自分の右手に持った銀行の袋の重さを実感する。ずっしりと、今まで手にした事の無い重み。勿論、札だけでは無く小銭も混じっちゃいるが、これからの暮らしの為に必要な資金の一部だ。明日、買い物に行こうかと思っている。

そろそろ引っ越そうかな・・・と考えたのは給料が人並みになったからだった。以前は時給250円だか、255円だか、上がっても500円と理不尽な金額で働かされていたものだが、最近は経営者のあの人も少し考え方を変えてくれたのか、それなりにまともになりつつあった。まあ薄給には違いないけどな。少し自嘲気味に呟く。あの人らしいといえばあの人らしいと思った。それでも充分満足してるし。

今まで住んでいたボロアパートを出る時、隣に住んでいた女の子は俺が引っ越すと聞いて、少し寂しそうだった。まあ仲も良かったし、正直いえばあの隣の騒がしい雰囲気も嫌いでは無かった。何かあったらすぐ連絡してくれれば良いからとは言っておいたけど。そういうとあの子は少し笑ってったっけ。後ろから変なのが出てこなきゃ良い場面だったのにな・・・。ところであの子電話持ってたかな?

とりあえず今から新居に向かう所だ。1DKだが今まで住んでいたとことは雲泥の差ともいえる綺麗な建物の筈。そう思うと何だか大声を出して叫びたい気分だ。何でも新しい事は良い事だ!と、まあちょっと極論だけど。古いものにも良いところはたくさんあるし。

あの角を曲がればそのマンションが見える。そうあの角を曲がれば・・・坂の上に。


「・・・そりゃっと、おおっこんなに綺麗なマンションがって・・・・・・・・・ありゃ?」


視線の先には坂の上に建つ古ぼけた木造のアパートが一つ。どこをどう見ても理想としていたものとはかけ離れていた。目をしぱしぱとさせて何度も何度も確認する。

「いやいや、そりゃねえよ俺の目。これはきっと道を間違えたな。ははっ。えーと・・・地図地図。」

額から落ちる汗を拭いながらポケットの中を探る。厄珍不動産というちょっと怪しげな所から貰った地図だ。その地図をまた何度も何度も確認する。

「えーと、駅を出て・・・あの喫茶店の角を曲がって・・・・・・あーいってこーいって・・・この角を・・・・・・合ってる・・・・・・・・・ねえ。・・・ええっ、マジで!!?」

確かにひげが怪しい不動産屋だとは思ったが・・・、建物は新築だって言ってて見に行こうとしたら、まだ作ってる途中だとか、写真しか見せてくれなかったし・・・その写真もなあ・・・いやそれで決めた自分も馬鹿みたいといえば馬鹿みたいだが。それに女の子がたくさん住んでるとか、そんな誘惑に負けてしまったという事実もあるにはあるんだが。良く考えたら建物が出来てないのに、誰か住んでるなんていう話がおかしい事に気付かなかった。自分の間抜けさにほとほと呆れるばかりである。

吹き出す汗が止まらない、後ろのポケットから携帯を取り出すと急いで不動産屋に連絡を取ろうとする。

「んだよ・・・ぜってー文句言ってやるかんな!!これは法律違反だろ!!あのひげをぶち抜いてやる!!」

ぷるるるるる、ぷるるるるる。がちゃ。

「この番号は現在使われておりません。もう一度番号をお確かめに・・・・・。」

ぴっ。

「・・・・・・騙された。ああーっ、なんてこったーーーーー!!!」

頭を抱えてその場に座り込む。こんな古い手口に引っかかるとは・・・激しい後悔の念。俺は一体何をしているかのと。東京という街の恐ろしさを久々に痛感する事になるのであった。涙も零れる。月明かりが妙に眩しい。

「ちくしょう・・・・・・、何だこの月は!!まん丸に輝いてんじゃねーぞ!!」

やつ当たりという奴だ。俺は地面に落ちている石を一つ拾うと、思いっきり月に向かって投げつける。誰かに当たるとか窓ガラスが割れちゃうとか、そんな事を考える余裕なんてこれっぽっちも無かった。

ひゅるるるるる。

「あいたーっ!!!」
「へっ?」

何かに当たった。・・・いや何もあるべき筈の無い場所に何かが居たと言った方がいいのか。「それ」は月に重なっていた一つのシルエットだった。そして何かは宙に浮かんでいるように見えた。

呆然とそれを眺めていると、そのシルエットがこっちに向かって急激な勢いで向かって来るのが見える。驚きで言葉も出ない。まさか宇宙人?そんな事まで頭をかすめた。そして「それ」はすたっと地面に降り立つと、すたすたと歩き寄って来ていきなり俺にこう言い放った。

「ちょっとあなた!!いきなり石なんか投げてくるなんて・・・何を考えてるんです!?」
「・・・あっ。」

・・・心底驚いた。シルエットの正体は女性だったのだ。それも黒尽くめの。黒い特徴的な帽子に長めの黒いロングスカート。まるで時代と逆行するかのような・・・それとほうきが一つ。おまけに横には黒猫が一匹。こいつぁ、ひょっとすると・・・。

「ぽりぽり・・・えーと、あなたはひょっとすると・・・魔女とか言っちゃったりするんでしょうか?」
「ひょっとしなくても魔女ですが。・・・何か文句あります?」

えー、いやいやいやいやいや・・・この平らに成った世の中とかいて平成の世の中にそれは無いだろう?ていうかまあ・・・空を飛んでいたのは事実だが・・・ちょっと冷静に考えても・・・まじかってちょっと待て!!良く見れば金髪!?・・・そんでもって・・・カワイイじゃないですか!!?正直魔女とかそんなもん、どうでも良いんじゃないか!?普通のお姉さんですよこりゃ!!そんな魔女とか猫とかほうきとかオプションなんて目に入れなければ問題無しと見る!!

「いやいやいや、文句なんてこれっぽっちも!えーと石とか投げちゃってごめんなさい。ちょっとむしゃくしゃしてたもので。そうだ!お詫びに食事なんて奢りますけどどうでしょうか?」

急に俺の態度が豹変したのを見て、彼女は少し警戒したようである。まずったかな・・・、もう少し冷静に話しかけるべきだっただろうか。案の定、訝しげな顔で彼女は即答した。

「・・・いえ、結構です。今から私、用がありますので。謝って頂けたので良いですが、もうこんな非常識な事はしないでくださいね!」
「そ、そうですか・・・ところで用ってなんでしょう!?良ければ手伝いますよ!」

押しの強い所は自分の長所だと思っている。同時に短所でもあるかも知れないが。こんなチャンスを逃してたまるか!!金髪のねーちゃんですよ!!いや別に外人さんが好きとかそんな訳じゃないけど!!

「な・・・ちょっと強引ですねあなた。結構ですって言ってるでしょう!!私が用があるのはすぐそこのアパートですから別にあなたの助けは必要としません!!」
「えっ、あそこのアパート!?奇遇だなあ・・・俺今日からあそこに住むんですよ。」

さっきまでは騙された事に後悔していたが、こりゃついてる!ひょっとしてこの人はあそこの住人!?あのインチキ不動産も嘘ばかりでは無かったか!!

「えっ、あなたが!?今日からあそこに来る人ですか!?・・・そ、それは申し遅れました、私、今日からあそこの管理人をする事になった魔鈴めぐみと申します。」
「あっ、管理人・・・でしたか。えっ、今日から?じゃあここに来るのは初めてなんだ。」
「ええ、そうなんです。・・・以前あそこを管理していた方がご高齢の方でして・・・母親の知り合いの人なんですが、身体を壊してしまったらしくて・・・それで私が・・・ちょうど仕事も無かったので、是非にと・・・頼まれてしまいまして。」

自分があそこに住む事になった住人にだと分かった途端、彼女はとても礼儀正しくこっちに接し始めた。逆にちょっとやりにくいなあ・・・と思う。上手い事、もっと軽い感じにならないだろうか。・・・・・・あっ、そうだこれ聞いてみるか。

「・・・あの、ちょっと聞きたいのですが・・・えーと魔鈴さん。魔女って言ってましたけど・・・。」
「ええ、そうです。生粋の魔女ですよ。人に誤解される事は多いけど、別に大して何か出来る訳でも無いんですが・・・。あなたも変だと思います?」
「あっ、いえそんな事は・・・ただ今まで聞いた事無かったから。」
「・・・あんまり驚いてないんですね。ふふっ。」

生粋の・・・ねえ。にっこりと笑って返してくれたけど。まあ世の中まだ知らない事はたくさんあるんだなあ・・・。世間は広い。

「にゃおーん。」
「あら?どうしたの?お腹空いた?」

彼女の横に居た猫が声を上げた。黒いスカートの足元にスリスリと頭を擦りつけている。羨ましい奴だ。

「・・・かわいい黒猫ですね。名前なんて言うんです?」
「え、名前ですか?・・・・・・輝彦さんっていうんです。」
「て、輝彦さん?・・・か、変わった名前ですね。へえ・・・。」
「ええ・・・・・・あっ、そろそろ行きましょうか。案内しますよ・・・って言っても私も来たばっかりですけど。」

黒猫はぎりっとこっちを睨んでいた。まるで近づくんじゃねえよって言ってるようだ。主人を守ろうとしているのかも知れない。しかし、まあ所詮獣。どうかなっても人間様には抵抗出来まい。ふふふ。

「ふー!!!にゃう!!!」
「あっ・・・いってー!!!!!」

俺の考えを読んだかのように、猫は俺の手の甲を引っかいた。めっちゃ痛い。ちくしょう。

「あっ、こら!!何してるの輝彦さん!!」
「いてててて、ああ、血が出とる。」
「・・・ごめんなさい!普段はこんな子じゃ無いんですけど。後で手当てしますね。」

魔鈴さんが猫を俺から引き離した後も、輝彦さんはこっちを威嚇し続けている。むむ、油断ならん奴だ。獣も侮れんな。俺も睨み返していると魔鈴さんが俺に向かって言った。

「あっ、着きましたよ。ここがそうです。」
「おお・・・・・・なんとまー、ぼ、ボロい。」

遠目から見るよりももっと、古ぼけて見えた。辺りが闇でちょっと見にくいがまるで幽霊屋敷のようである。俺が以前住んでいたところも大概悲惨だったがこれはちょっと・・・。今なら引き返せるぞ俺。

「あの・・・今日からよろしくお願いしますね。慣れないので色々私も迷惑をかける事もあるかも知れませんが。」
「えっ、いえ・・・そんな・・・はい。そうですね。よろしくお願いします。それとさっきはほんとごめんなさい。」
「もう良いですよ。ちょっと痛かったですけど。」

彼女は石が当たった所をさすりながら言った。もう引き返せなくなった。だってほんとに良い笑顔するんですよこの人。横の猫は本当に邪魔だが・・・相変わらず俺を良くは思っていないようだ。うーん。

「あっ、ところでこのアパートなんていうんでしたっけ?不動産屋から確認するの忘れちゃったもんで。」

実はそれも教えて貰えなかっただけなのだが・・・何で俺、契約したんだろう。世界の不思議である。

「えーと・・・そこに書いてあると思いますよ。そこの札に。実は私も余り良く聞かされていなかったもので・・・。」

この人も意外と抜けている部分があるっぽいな。自分の働く所だろうが。いや、ほんとに人の事いえないけどね・・・。

「えーと・・・・・・読めない。この一番上の文字は・・・「一」かな?」

その札の前に立って、携帯で明かりを照らしてみたが、大分かすれてしまっているようだ。結局一文字しか読み取る事は出来なかった。「一」・・・かどっかで聞いた事あるような・・・。

「今度、聞いておきます。すいません余りお役に立てなくて。」

ちょっと申し訳無さそうに彼女は答えた。いやいや別に魔鈴さんのせいじゃないしなあ。しかしまあ悲しげに俯く仕草も実に艶っぽいというか・・・何かおっさんみたいだな俺。まだ若いのに。

「あっ、そう言えばまだお名前聞いてませんでしたね。何て仰るんでしょうか?」
「いけねっ、すっかり忘れてた。えーと、横島忠夫っていいます。」
「・・・横島・・・さんですか。へえ・・・。」
「えっ、何か聞き覚えでも?」
「・・・いや、別に。何だか懐かしいような気がしたもので・・・何ででしょう?分かりませんね。・・・変な事言っちゃってすいません。気になさらないで下さいね。」

彼女は笑って俺にそう言うと建物の扉のドアに手をかけた。その時・・・

大きな轟音が鳴り響いた!


どごおおおおおおん!!!!!


「きゃあ!!!」
「な、何だ何だ!?」

辺りは煙に包まれている。暗さも伴って視界がゼロだ。そして扉の向こうから誰かの喋り声が聞こえた。

「ありゃあ・・・こりゃいかん。自動ドアはまた失敗のようじゃな、マリア。」
「イエス。ドクター・カオス。・・・・・・二つの生命反応が・あります。」
「何!?人がおったのか!!まずいぞっ!!おいっ!!大丈夫か!!」

ようやく目も慣れてきて、少しずつ煙の向こうが見えて来た。声の主がこちらへと近づいて来ているのが分かる。

「ん・・・。」
「魔鈴さん!?大丈夫ですか!?」

彼女には幸いにも外傷は見られなかった。多分、びっくりして気を失っただけだろう。俺は安堵のため息を漏らす。

「おおっ、無事じゃったか!!どうやら生きていたようじゃな。・・・んっ?ところでお主らは一体?」
「なーにが、生きていたようじゃなだ!!おっさ・・・じゃないなじいさんか。」
「失礼な事を言うな小僧。こう見えてもわしはお主の何十倍も生きておるのだぞ。」
「だからじいさんじゃねえか。それに何十倍って何だよ。普通何倍だろ。」
「ぬう、口の減らない小僧じゃな。細かい事を気にするでない。」

俺がじいさんと言い争いをしている間、じいさんの側に居た女の子が魔鈴さんの様子を見ていた。結構カワイイぽい。まだちゃんと顔を見てないけどそんな雰囲気だ。彼女のくるっとした髪がふわりと揺れた。

「二人とも・損傷は・ありません。」
「おお、そうかマリア。ご苦労さん。」
「へえ・・・マリアっていうんだ。外人さん?いや、あんたもカオスとか言ってたっけ。」
「・・・まあ、そうじゃな。お前さんからみりゃそういう事になる。ところでさっきも聞いたがお前さんら何者じゃ?あんまりここはカップルが来るような場所じゃないぞ。肝試しか?」
「・・・自分の住んでる所をそんな風に言うなよな。今日からここに住むんだよ。こっちの子は管理人とか言ってたけど。」

マリアが介抱している女性、魔鈴さんを指差して俺は言った。

「何?聞いとらんぞそんな事!?マリア?お前知ってたか?」
「イエス。何度も・言いましたが。」
「むう・・・そうじゃったか・・・。という事は前に管理しとったあのばあさんは死んだのか。まだ若いのにのお・・・。」
「死んでねえよ。身体を壊したんだってさ。それに若いって大して年かわんねえだろ多分。」
「ふむ・・・、まあそういう事にしておくか。じゃあそっちの娘を運んでやるとしよう。マリア、頼むぞ。」
「イエス。ドクター・カオス。」

手伝おうか?と言おうしたがマリアと名乗る女の子はひょいと魔鈴さんを片手で持ち上げた。まじびびった。すげー力。この子を押し倒すのは止めようと思った。

「ふう・・・。」

連中と魔鈴さんが中に入った後で、続けて中に入ろうとしたがちょっと思い当たって空を見上げる。何だか大して時間も経ってない筈なのにどっと疲れた気がした。不思議なものを一杯見たからかも知れない。さっき見た時と変わらず月はまん丸に輝いていた。こいつが無ければ多分ここに来る事は無かったかもな。失望と共に友達の家にでも泊めて貰っていただろう。そっちの方がひょっとすると幸せだったのかも・・・。しかし、もう後戻りは出来なかった。俺はそっと目を伏せると扉の方へ向かう。そして建物の中へ。

「あら?ひょっとしてあんたが新しい子なワケ?」
「はっ・・・・・・はい。」

肌が真っ黒に焼けたねーちゃんがそこにいた。しかもスカート短けえ!美人!うちの仕事場の経営者と並ぶなこりゃ!

「ふーん、結構若いのね。あたし小笠原エミっていうの。」
「・・・エミさんですか。よろしくお願いします!ところでお部屋はどちらで!!良かったらその部屋にでも行きましょうか!!」

ごすっ。

「あんたの隣の部屋よ。六号室ね。・・・覗いちゃ駄目よ、ここ壁薄いから。」

つまり俺は多分五号室な訳か。頭を抑えながら初めて知った事を確認する。そしてこのねーちゃんからはお水系の香りがぷんぷんした。何でこんな所に住んでるんだ。ひょっとして・・・借金か?ありそうな話だが。

「じっと見てるんじゃないわよ、金取るからね。えーと横島くんっていったっけ。部屋は二階なワケ。」
「は、はあ・・・。どうも。」

まいったなこりゃ。うはうはじゃ無いですかこの野郎。あの不動産屋も粋な計らいを・・・建物のボロさはこのさい目を瞑るとする!!

「あっ、そこの板腐ってるから踏んじゃ駄目よ。」
「えっ、あっ、はい。」

・・・やっぱり駄目かもしんない。せめて部屋がましならいいんだが・・・。エミさんに続きながら、ぼーっと考えていると視界に古ぼけた机が目に入った。年代物の机だ。なんでこんなとこに。

「愛子。新しい人来たワケ。挨拶したら?」

そう言って、エミさんは机を叩いた。何してんだ?と俺は頭を捻る。そういう儀式でもあるのかな?

「ほんと?うわっ、楽しみにしてたの。ちょっと待って!」

ごそごそと机の中から音がする。俺は非常に嫌な予感がした。さっきから魔女だの、年齢不詳のじいさんだの、怪力少女だの、お水の姉さんだの、とにかくあんまり普通じゃないものを一杯見ているのだ。ここは何かまた出てくるに違いないと思った。

「お待たせー!きゃあ、ほんとだー。ねえ、あなた青春してる!?」
「・・・・・・。」

やっぱり・・・。見た目は長い黒髪の普通の少女。格好はセーラー服。だが出て来た場所がまずい。彼女は机の中から飛び出して来たのだ。さすがに用意はしていたとはいえかなり腰を抜かした。・・・まあカワイイからいいけど。いや・・・いいのかな?自分の感覚が麻痺しているのかも知れない。

「あっ、やっぱりびっくりしたみたいね。」
「そりゃそうでしょ。驚かない方がおかしいワケ。まあ挨拶も程ほどにね。」
「・・・・・・えーと、愛子ちゃん・・・でいいのかな。よろしく。」
「よろしく!ねえねえエミさん今日は歓迎会とかするの?」
「知らない。メンドクサイし、しなくていいんじゃないの。」

メンドクサイ・・・。うーん、中々キツイ一言だ。普段から仕事上、こういう台詞には慣れてはいるがちょっと傷ついたぞ。

「ま、まあ、皆さん忙しいなら別に・・・。」
「じゃっ、こっちなワケ。」
「私も部屋の掃除手伝ったのよねー。」

無視された。まあいいか。こういうのは慣れっこさ。・・・ふと前のアパートの隣に住んでいた女の子を思い出した。あの子は良い子だったなあ・・・。まあ遠い過去だが。

「何ぼーっとしてんの?ここよ。」
「はいはいただ今。」

落ちこむ暇も与えてくれないのね。

「はい。これ鍵ね。」
「あっ、はい・・・ってなんで愛子ちゃんが持ってるの?」
「私が持ってる方が盗まれなくていいのよ。無くさないしね。」
「出かける時は預けていくといいワケ。」

こんなボロいところに盗みに入る奴はいないと思うが・・・。そうつっこもうとしたが止めた。正直そんな事はもうどうでも良い事だ。今、大事なのは部屋の中である。ではでは!っと貰った鍵を扉に差し込む。

かちゃり。と音を立てて扉は開いた。

ぎいっ。

「・・・・・・へえ。意外と綺麗だな。ほんと意外。」
「そりゃ掃除したもの。」
「じゃ、また私は寝るワケ。仕事の後で疲れてるから。」
「あっ、どうもわざわざすいません。おやすみなさい。」
「おやすみエミさん!」

そう挨拶した後、エミさんの仕事という言葉が気になったがとりあえず部屋の中をじっと眺める。もっとボロいかと思ったが部屋の中は予想以上に綺麗だった。畳も青々としていて、張り替えたばかりみたいにピカピカだ。押し入れの中もほこり一つ見受けられなかった。まあ暗くて良く見えないから多分ね。気になる事といえば壁に穴を修復した後があるぐらいで他は立派なものだ。

「どう?気に入った?」
「えっ?・・・あっ、そうだね。悪くないな。」
「悪くない・・・微妙な表現ね。でもまあ青春ぽいでしょ。この雰囲気。」

さっきから彼女はやたら青春、青春と言っている。口癖なのかも知れない。

かりかりかり・・・。

「んっ?何か音がする。なんだ?」
「えっ、どこどこ。」

急に妙な音がした。何かを掘っているような・・・そんな音だ。壁の方から・・・かな。

「ほらそこの壁のとこ。ちょうど修復してある場所の。」
「・・・あっ、ちょっと雪之丞君!また何しようとしてんのよ!!」

彼女は壁に向かってドンドンと叩きながらそう言い放った。雪之丞って・・・隣の住人かな。


どかんっ!!


「どわあっ!!?」
「ああ・・・また・・・折角綺麗にしたのに。」
「よお。あんたが新入りか。よろしくな。俺は雪之丞ってんだ。」

またまたびっくりだ。一体このアパートは人をどれだけ驚かせれば済むのだろう?壁を破って隣の住人が入って来ようとは。なんつーか、目つきの悪い男だな。別にこっちゃ男にゃなんの用も無いんだが。

「何度言ったら分かるのよ!また修復しなきゃならないじゃない!私の一部みたいなもんなんだからもっと大事に扱ってくれる!?」
「悪い。でもついな。人恋しい方なんだよ。」

会話に入り込む余地もありゃしない。大体この二人が何を言っているのやら理解出来ない。自分は結構変わった人間だろうと思っていたが、その自信は確実に薄れつつあった。ここの奴等には到底勝てそうも無い。何だかちょっと一人きりになりたい気分だ。ていうか休みたい。この人達には早々と退散してもらおうと思う。

「えーっと、話しの途中で悪いけどちょっと一人にしてもらいたいんだけどな・・・。」
「えっ、なんで邪魔?手伝うわよ色々と。」
「つれないな横島。」

駄目だ。どうやら彼等に言葉は通じそうに無い。ここは日本では無いようだ。大体いつこの雪之丞とかいう奴と呼び捨てされるほどの仲になったのか。

がちゃ!

「ちょっとうるさいワケあんたら!!眠れないじゃない!!」
「あっ、エミさん。雪之丞君が。」
「よう姐さん。」

・・・人が増えてしまった。と思う間も無く。

「おお、ここか小僧の部屋は!!邪魔するぞ!!」
「お邪魔・します。横島さん。」

次々と人が。

「・・・横島さんすいません何も手伝えなくて。心配をかけました。」
「魔鈴さん!」
「きゃあ!!」
「何してんのよアンタ!」

俺が魔鈴さんに飛びかかると同時にスパン!とエミさんの平手打ちが飛んだ。頬にじわっと痛みが広がる。

「若いのお小僧は。」
「やるなさすが親友だぜ。」
「今の反応速度・・・測定不能。」

思わず魔鈴さんが視界に入って来たので反応してしまった。だって・・・心細かったんだよ!変な奴ばっかりだし!

「・・・まあ、とりあえず歓迎したげるワケ!目も覚めちゃったしね!」
「そうね!それこそ青春!さすがエミさん!」
「ただ飯なら食う。」
「酒ならわしの作った密造酒があるぞ。」
「イエス。持って・来ます。」
「マリアさん私も行きます。どこにあるんですか。」

魔鈴さんがマリアに話しかけている。どうやら二人はいつの間にか仲良くなったらしい。こうして明かりの下で見るとやっぱりマリアも可愛かった。四人も美人が・・・。これはおいしいな。いや普通じゃないのは置いといてね。

「目標・・・真下。最短ルート・確保します。発射まで・・・十秒。」
「おっ、おいちょっと待つんじゃマリア!!」
「だあー!!お、おっさん早く止めなさいよ!!」
「9・8・7・・・。」
「わ、私、用思い出したから!」
「俺もだ。」
「6・5・4・・・。」
「はっ???」
「どーしたのですかマリアさん。」

みんな急いでここから離れようとしていた。しかし扉は一つ。我先にと外へ出ようとする彼等に道を譲るという考えは全く無いようだった。俺と魔鈴さんは訳も分からずマリアのカウントダウンが減っていくのを聞いていた。

「3・2・1・・・発射・します。」


どごおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!


「だあー!!!!」
「きゃあーーー!!」
「なんでこーなるワケ!!!」
「マリア!!わしの言う事を聞かんか!!」
「仕方ねえな・・・こりゃ。」
「わ、私の身体がーー!!!」


・・・気が付いたら畳には大穴が開いていた。後から聞いた事によるとマリアはアンドロイドだったらしい。もう驚きもしなかった。それぐらいあるだろうと思った。それよりかこの大穴が開いた部屋で普通に宴会をしている住人達の方がよっぽどか異常だ。しかも大いに盛り上がっていた。横では魔鈴さんがまた気を失っていた。俺はちょっとまた昔のアパートが恋しくなった。

「おおっ!起きたか小僧!先にやっとるぞ!!」
「いやー親友!!お前本当に良い奴だ!!」
「ほんと・・・、ちょっとカワイイんじゃない。お姉さん恋しちゃいそうなワケ。」
「わたひのからだー・・・くすん。」

目の前には豪勢な料理が置いてある。ここの住人達が用意してくれたのだろうか?異常ではあるが良い人達じゃないか!っと少しだけ思った。それも束の間の間だけだったのだが。

「あれ?ところで・・・マリアは?いないけど。」
「おお、小僧の用意してくれた金で食料買いに行っとるぞ。ありがたいのお。」
「はっ!?」
「久し振りにこんな上手い飯食ったぜ!!ありがてえ!!」

・・・嫌な予感がした。俺は急いで自分の荷物を確認する。・・・・・・・・・・無い。無い!!銀行の袋が無い!!!・・・俺の後ろの料理が美味しそうな匂いをさせていた。そしてそれを食べる住人達。

「・・・・・・おいっ!!!何してんだ俺の金で!!!てゆーか・・・えぇー!!??」
「怒ると健康に悪いぞ小僧。」
「全くその通りだぜ親友。」
「ほらほら、飲んで機嫌を直すワケ。」
「・・・・・・。」

やっぱり彼等には言葉は何も通じないと思った。ここは日本でありながら治外法権なのだ。そんなこんなで俺の引越し先での初日は過ぎていったのであった。

「うーん・・・、輝彦さん。」

続く・・・かも知れません(笑)

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