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「試しの大地  第1話  (除霊委員シリーズ外伝)(GS)」

犬雀 (2005-01-08 22:16)
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金曜日 都内Gメン本部

美神美智恵は先ほど自分の手元に届いた数枚の地図を見て考え込んでいた。
天野唯が眠りについてからしばらくの間、横島は今までと変わらないように見えたが彼を知る者たちは彼が苦悩していることを察していた。
当然、彼女も横島の苦悩には気がついている。

おキヌからは食事中に溜め息をつく彼のこと、シロからは散歩中に何かを考え込むように遠くを見る先生のこと、タマモからは事務所の窓から外をぼんやりと見つめている彼の様子、その様子はかって夕焼け空を見つめる様に似ていたということだが、などを聞けば嫌でも気がつくだろう。

美智恵なりに唯の眠りを覚まそうと考え付く様々な手段は試した。
人の力では及ばぬこととかと小竜姫にも相談したが芳しい答えは返ってこなかった。
斉天大聖にも物が命を持つことに関する知識はあったものの、半ば物と化した人を元に戻すという知識は無かったのだ。

一縷の望みをかけてヒャクメの心眼を頼って見たものの、あまりに漠然とした情報ゆえにハッキリとした返答は得られなかった。
だが一言だけ「北に何かあるのねー」と言った彼女の言葉が唯一の手がかりと言えば手がかりだった。

そんな漠然とした言葉にさえ目を輝かす横島の姿に心中で手を合わせながらも遅々して進まない方法探しに焦燥の思いを募らせる日々。

そんなある日、六道女史からの提案を受け、知る限りのダウナーたちに声をかけて探索した結果が目の前の地図にある。


彼女の手元にある幾枚もの地図にはすべて「北海道」に印がついていた。


第1話 「北へ」


金曜日 美神令子除霊事務所

天野唯を目覚めさせる方法がわかるかも知れないという美智恵からの連絡を受け、
待ちわびる横島たち。
人工幽霊壱号が彼女たちの来訪を告げる。
やがてひのめを抱いた美智恵が入ってきた。
待ちきれないとばかりに勢い込む横島にひのめを預ける。
自分の腕の中で「ダアダア」とはしゃぐひのめの姿に少しは頭が冷えたのか落ち着きを取り戻す横島。

一通り室内を見渡し全員がいることを確認すると美智恵はテーブルの上に地図を広げた。

「これを見て頂戴…」

そう言って彼女が指し示したのは日本地図の最も北にある地、北海道。
その地図の北海道の場所には幾色ものペンで丸が書かれている。

「ママ?これは何なの?」

「これはね。唯ちゃんの件でGメンや六道ゆかりのダウナーたちが示した手がかりがある場所を示したものなの…」

「色が違うのはそれぞれ別な人が予言したってことですか?」

おキヌの問いに「そうよ。」と答えて先を続ける。

「唯ちゃんを元に戻す手がかりって漠然とした情報だけだから、円は北海道全域を覆っているけど、でも10人が10人とも北海道を示したわ。ここに何かの手がかりがあるのは間違いないわね。」

「けど、これじゃあ解らないわよね…北海道と言っても広いし…」

娘の言葉に「そうね。」と美智恵。だがそれまで考え込んでいた横島が口を挟んだ。

「北海道に行けば何かの手がかりがつかめる可能性があるってことっすね。」

「そうだけど…どこに行けばいいかは全然わからないわよ?」

「でも、もしかしたら行けば何かを得られるかもしれないじゃないっすか…俺、行きます。」

真剣な目で訴えかける横島に「この子もやっぱり男の子よねぇ…」と心の中で感心する。本能的に鼎の軽重を取り違えないあたり、自分の娘より優れているかも知れないと思いながら。

「ちょっと横島君!明日の仕事はどうするのよ!」

娘の台詞にちょっとだけがっかりする。照れ隠しなのか嫉妬に類する精神作用のせいなのか知らないが、今の横島に目先の現金なんてものは何の意味も成さないだろう。

「すんません。美神さん。ちょっとの間バイト休ませてください。」

「確か北海道警察にもGメンからの霊能者が出向していたわ。その人に頼めば何かつかめるかもね。私が連絡しといてあげる。」

「ありがとうございます…」

「ちょっと!ママ!!そんな勝手に!」

「何よ令子。明日の仕事って横島君が居なきゃ駄目なの?」

「そ、そんなこと無いわよ。明日のは霊的な結界を張りなおす仕事だから荷物とかも少ないし…ただ行き先が京都なのよ!」

「だったらいいじゃない。その程度ならあなた一人でも充分でしょ?」

「う…わかったわ…」

こういう娘なのだ。令子とて何が大事かそうでないかぐらいはわかっている。
それが理解できないなら、この業界でトップを張り続けるなんて無理な話だ。
にも関わらず、最近は横島のことになるとその目が曇りがちになる。
それが小学生レベルの恋愛感からくるものであろうということは察しがついている。
本人は絶対に認めないだろうし、無理に認めさせようとすれば意固地になるだけだろう。搦め手から行くのがこの天邪鬼な娘には最も有効なのだ。

「すみません…美神さん…」

「あ〜もう。でも北海道行くってあんたお金あんの?」

「う…バイト代の前借って駄目っすかね?」

「あの…横島さん私少しなら貯金ありますから…」

金銭という現実の壁に突き当たり、表情を曇らせる横島におキヌが健気に申し出る。
彼女は直接、天野唯という少女と面識はないが、その少女と横島やピートたち除霊委員のメンバーたちとの絆の深さは知っている。
ピートやあのタイガーでさえ自分の指導の元で、何度も針を指に刺しながらも必死にぬいぐるみを作っていた。もちろん横島もである。
たった一日でそれほどまでに人とつながることが出来た彼女に奥手のおキヌは多少の羨望を感じる。
そして思うのだ。会ってお話してみたいな…と。
だから自分が唯という少女に出来ること…そう考えていた彼女にしてみれば当然の申し出であった。

「しょうがないわねぇ…これもって行きなさい。」

いかにも呆れたという風情を見せながら、令子が自分の財布をポンと放る。結構な厚みがあるようだった。

「あ、カードは返しなさいよ」

「は、はいっ!!」

ビックリしている横島。まあ無理もない。

「何、声を裏返しているのかしら…」

室温が下がる。

「い、いや…何か美神さんらしくないって…」

「いらんことを言うなっ!!」

「ぐばっ!」

腰の入った素晴らしい切れのコークスクリューが横島の顔面にヒットし、彼を回転させながら背後の壁にめり込ませた。

汗を足らすおキヌたちだったが。それまで黙って会話を聞いていたシロが口を挟んできた。

「拙者も行きたいでござるっ!!」

「ちょっとシロちゃん!」

「却下…なんであんたまで行くのよ」

驚くおキヌと冷たく実にあっさりと却下する令子。
どーせ大好きな先生と遠くにお出かけしたいとか何とかそんな理由だろう。とにべも無い。
しかしシロからの返答はある意味、彼女の想像を超えるものだった。

「理由はござらん…けど行かなきゃない気がするんでござるよ…」

「ジンギスカン…」

ためしに呟いてみる。

「うっ…」

「シロちゃんよだれよだれ…」とおキヌに言われてハッと口元を拭うシロ。

色気より食い気だったらしい…。

「却下ったら却下!!遊びに行くんじゃないわよ」

「でも…横島君だけってのも危険かもね」

「ママ!!こんな煩悩男とシロを一緒に旅行させたりしたらっ!!」

「何?焼いているの?」

「んなわきゃないでしょーがっ!!」

「確かに危険かも…」

「でしょ。おキヌちゃん。」

「ええ。だって北海道ですよっ。熊が街中をあちこちを歩き回っていたりするんですよっ!この間もテレビでやってました。」

「そっちかぁぁぁぁ!!」

北海道の人が聞いたら怒られそうなことを言うおキヌ。
さすがに街中にはめったに出ない。

「熊なら拙者にまかせておくでござるっ!!」

「あんたねぇ〜。年頃とはまだ言えないけど男と女の二人旅なんて保護者代理として認めれらるわけないでしょっ!!」

勢い込んで訴えるシロの希望を令子が完璧な理論武装(令子主観)で粉砕しようとしたとき、まったく予想もしてなかった人物がシロの加勢に出てくる。

「だったら私も行くわ…」

「タマモっ?!」

「私も行けば問題ないわよね。あの唯って娘にはシュークリームの恩もあるし、なんか予感もするのよね。」

「ますます「はい。決まりねっ!」ってママぁ!!」

「黙ってて令子。シロちゃんとタマモちゃんはGメンの補佐として行ってもらうわ。旅費はこっちで持つから横島君のフォローお願いね。」

妖狐の超感覚、そして人狼の超感覚…これが何かを感じとったのかも知れないと考えた美智恵は強引に話をまとめることにする。

「了解でござるっ!!」、「オッケー」

「いいわね。横島君?」

ぶつぶつ言う娘を視線のみで黙らせて、先ほどから沈黙している横島に確認をとろうと彼を見れば…


横島は先ほどのコークスクリューからまだ帰ってきてなかった。


土曜日 羽田空港

「いい。横島君。危険なことは絶対にしちゃ駄目よ。シロやタマモだっているんだからねっ!」

空港の待合ロビーで北海道行きの飛行機に乗ろうとする横島を引き止めて、その襟首を
掴みながら念を押す令子。
実はそう言いながらさりげなく彼のシャツの乱れを直しているのだが、横島はただコクコクと頷くだけ。
その顔に浮かんだ恐怖の色にムカっと来る令子は彼を突き飛ばすように押しやるとニヤリと魔女の笑みを浮かべる。

「もし…シロとかタマモに手を出したら………コロスわ…」

(この目はマジやっ…マジでタマ獲る気やっ…)

「は…い…」

ガクガクブルブルと震えながら返答することしか出来ない横島であった…。

二手に分かれる美神令子除霊事務所の面々。
先に飛び立つ北海道行きの航空機を見送る令子とおキヌ。

「横島さんたち…大丈夫でしょうか…」

「大丈夫よ…シロもタマモも居るんだし…。」

「でも…美神さん。シロちゃんはお肉に目が行っちゃいそうだし…」

「タマモもいるじゃない。」

「あの…美神さん知ってました?」

「何?おキヌちゃん?」

「北海道って国産大豆の名産地なんですよ…大豆と言えばお豆腐とかお揚げとか…」

「え゛……」

彼女らの心配は尽きないようだ…。


土曜日 千歳空港

「ここが北海道でござるかっ!!なんか空港ってところにそっくりでござるな!!」

「そのボケはもういいわっ!!」

「あうっ!先生痛いでござるっ!!」

「でも…同じ空港なのになんか空気が違うわね。」

一通りお約束のボケと突っ込みをかます似たもの師弟を醒めた目で見ながら初めて踏む地に対する感想を述べるタマモ。

「そうか?」と聞く横島に「そうよ」とだけ答えると空港ロビーに向かって歩き始めた。

「おい。待てってタマモ。まず道警に行って隊長から紹介されたGメンの人に会わないと…」

「そうでござるよ。女狐!迷子になったらどうするでござるかっ!!」

「私はあんたみたいにドン臭くないわ…」

「なにを…「やめんかっ!恥ずかしいっ!!」ヴっ!」

いつもの掛け合いを始めようとしたシロを鉄拳によって沈黙させる横島。
まったく知った人の居ないところだといつものやりとりもかなり恥ずかしいと感じるのか…。

何気なくあたりを見れば、言いあいをする美少女を鉄拳制裁する少年という奇妙な図に足を止めて見ている通行人もいて、さすがの横島の顔も朱に染まる。

とりあえずこの場を離れようとした横島の耳にクスクスと笑う女性の声が聞こえた。

反射的にそっちを見ると、20台前半ぐらいの紺色のスーツを着た女性がこちらに笑顔のまま近寄って来る姿が目に入る。

「あ…ごめんなさい。あなたたちが面白くてつい…。失礼でしたわね」

ペコリと頭を下げて謝罪する女性に「いや…いつものことですから…」と軽く流す。
見れば栗色のボブカットの下でクリクリと大きく動く目が魅力的な、スーツを着ていなければ10台後半の少女という感じの女性。
ちょっと感じが唯に似ている。
ただ唯と決定的に違うのは、スーツの上からでもわかる白いブラウスの胸の盛り上がりであろうか。
その化粧が無ければ童顔であろうと思われる容貌と体型のアンバランスさが横島の目には新鮮に映った。

(うむ…全然違う…日本アルプスと甲府盆地ぐらいは違う…)とセクハラ思考に陥りかけるが、どっかで(へう〜)と言う声が聞こえた気がして思わず苦笑する。

そんな横島をその大きな目でキョトンと見つめていた女性だったがニッコリと笑うと横島に話しかけた。

「あの…霊能者の方ですよね。」

「へっ?」

「そして、そっちのお嬢さんがキツネさんで、そっちのメッシュのお嬢ちゃんが狼さんかしら?」

突然の問いかけに驚く横島に構わずタマモとシロを順に見ながらその正体を簡単に言い当てる女性。しばし驚いていた横島だが美知恵が言っていたことに思いあたった。

「あの…北海道のGメンの人ですか?もしかして、わざわざ俺たちを出迎えに来てくれたんすか?」

「ええ…あなた方をお迎えにあがりました。あ、いけない。自己紹介がまだでしたね。」

そう言ってクスリと笑うとスッと流れるような動作で頭を下げる。

「私は「雪代 霧香」と言います。これからしばらくの間ですが宜しくお願いします。」

「横島忠夫です。」

「犬塚シロでござる。」

「タマモよ」

「うふっ。よろしくね。シロさん。タマモさん。そして…横島さん」

一人一人と挨拶しながら手を握ってくる霧香と名乗る女性。
その手の冷たさと、しかしそこから伝わってくる優しげな暖かさを感じて横島の頬がかすかに赤くなる。

「は、はあ…これから宜しくお願いします」

「はい…。それで早速なんですが…」

「なんでござるか?」

「お腹すきませんか?」

「空いたでござるっ!!」

「お、おい…シロ…」

「うふふ…じゃあ早速ご飯食べに行きましょうか。あ、車は外の駐車場なんです。こちらです」

そう言うと先に立って歩き出す。
ついていくシロと、シロを追いかける横島の後にタマモはいつもの台詞を呟きながら歩き出すのだった。

「バカ犬…」


土曜日 都内Gメン本部


今日も膨大なデスクワークの処理をこなしている美智恵。
やっと書類も一段落して、自分でコーヒーを入れる。
インスタントコーヒーではあったが、それでも気持ちは落ち着くものだ。

「ふー」と息を吐きながら横島君はそろそろ札幌かしらね…と考えていた時、卓上の電話が鳴った。

「はい。美神です。」

受付の女性が北海道からだと告げる。つなぐように言うと程なくして相手が変わった。

「もしもし、あ、道警の片桐さん?今回はごめんなさいね。急に無理なこと言って…」

(…)

「え?」

(…)

「横島君?確かに乗ったわよ。私の娘が見送ったし…」

(…)

「まだ着いてない?でもこの時間ならとっくに…」

(…)

「ええ、お願いします。もう少し待ってみて、それでも来ないようならまた連絡頂けるかしら…」

(…)

「ええ。本当にごめんなさいね。私も確認してみるわ…」

チン…

電話を切る美智恵。

コーヒーはすっかり冷めていた…


後書き

どうも。犬雀です。
こちらの話は拙作の「除霊委員の事件ファイル」の外伝というか、私のオリキャラである天野唯が眠りについた後に何が起きたかという話になります。
犬の前作を読まれていない方には何のことかさっぱりだと思います。ごめんなさい。
ご覧の通り舞台は北海道、そこで横島やシロタマが古の神々と出会うお話としてプロットは作っておりますが、移り気の犬のことゆえ変わるかも知れません。ご容赦ください。
この話には除霊委員は出てきません。ギャグもほとんど無いでしょう。(多分)
本編に比べて更新速度は週1回程度と遅くなりますが、宜しければお付き合いください。

では…

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