私は、フウ、と息をついた。
東北の山奥。私が居る所を端的に表してしまえばそんな所である。
空気が薄いが、こんなもの。剣山に比べればどうというものでもない。
「し、死ぬー!」
馬鹿兄貴にとっては、死ぬほどキツイらしいが(それはそうだろう)
事務所の仕事も軌道に乗ってきて、ちらほらとでかい仕事もやっている中。ゆっくりしたいなぁという私の内面からの望みに答え、私はこの仕事をそこはかとなく美神さんの仕事リストに入れた。
温泉に出る幽霊を除霊する。これが、今回の仕事だった。
「ほら兄さん、遅れてるよ?」
後ろを向いて、けしかける。クスッ、なんて微妙に見下して笑うところがポイントだ。
「おまえは(ひゅーっ、ひゅーっ)ホウキに、荷物を(ひゅーっ、ひゅーっ)乗せてるから(ひゅーっ、ひゅーっ)楽だろうが」
確かに。白き疾風には私と美神さんの荷物が入った鞄が吊り下げられていて、私たちは手ぶらだ。
でもそれは自らの力の一部を使っているわけで。筋力に劣る私は道具を使っているだけの事だ。言うなれば土木工事で一輪社を使うか自分で運ぶかの違いだ。詭弁じゃない。
兄さんはどんどん遅れていく。
少しも迷わず、私は美神さんについて行った。
「ちくしょー!何で俺の妹はブラコンじゃないんやー!」
横島は、文句をぶちぶち言いながらも必死で歩いていく。
そんな彼を、岩の影から見つめるモノが居る。
『あの人がいいわ…』
ご存知、おキヌちゃんであるが――
「ん?」
横島が彼女に気付いた。気付いてしまった。
即座に彼の中で美醜判定が行われる。
黒髪ロング!巫女服!美少女!
言ってしまえばこれだけだが、横島のハートにはクるモノがあったらしい。
荷物を降ろし、ルパンダイヴ!
『きゃーっ!?』
「美少女やーっ!」
空中で何故か脱げていく服。
パンツ一丁で横島はおキヌちゃんの所に到達した。
押し倒してから、彼は気付いたのである。
「幽霊…?」
しかし、彼であるが故に――
「ま、いいか」
『よくなーいっ!』
おキヌちゃんは、ヒュッと、原作序盤の方でしか見せなかった瞬間移動で消えてしまったのであった。
「15,6の女の子の幽霊?」
兄さんの証言に、美神さんがこのホテルのオーナーに目線を送る。
オーナーは首を振り、
「うんにゃー、ウチに出るのはむさっ苦しい男の幽霊ですわー」
と言った。
「――ま、今回とは別件みたいね」
「そーなんすか。俺もあんな可愛い娘は除霊したくなかったんスけど…」
「兄さんが除霊するわけじゃないでしょ」
それにしても鍋が美味しい。
沈む兄さんは今着たばっかりで何も食っていないけど。そして、
「それじゃ、現場を見に行きましょうか」
何も食えなかった。
さて。私たちが居るのは露天風呂だ。
ちなみに混浴。兄さんがなにやら萌えているようなので殴って矯正。きちんと目の前の除霊に目を向けさせる。
見鬼君はぐるぐると回って霊波を探しているが、まだ反応は無い。
「う~ん…ここに地縛されてる霊じゃ無さそうね…」
「やややっぱり、誰かが風呂に入っていないとだ駄目なのんでは?」
脳内いつでもピンク色兄貴が言う。どうやら勇気を振り絞って言ったようだが、こんな事に振り絞るなと力いっぱい言いたい。というか、殴っても除霊に目が向いてなかった。今度から箒で殴ろうかな?
「じゃ、兄さん入ってみる?」
首をぶんぶん横に振った。反応が素晴らしく早い。
反射神経だけは美神さんにも負けていない。もちろん、それだけなのだけど。
ぴこ、と見鬼君が私の方を向いて停止した。
すうっ、と現れたのはむさ苦しい男だ。
『じっ、自分は明痔大学ワンダーホーゲル部員であります寒いであります、その、た、助けてほしいで、ありま…』
いけない。
目の前に現れて怒鳴るからつい睨んでしまった。
兄さんがサバンナのライオンの群れのように怯えているのが分かる。
「どうしますか?」
「う~ん…そんなに弱い霊でもないわね。下手に手を出して暴れられたら少し手こずりそうだけど…」
『自分は暴れたりなど――』
「除霊するときって、滅茶苦茶痛いのよ。死ねない電気椅子に座るみたいに」
「それでも耐えられるって言うなら蛍クンに頼むけどね。神通昆だってタダじゃないのよ――それにめんどくさいし」
ワンダーホーゲルは私たちの言葉にびびったのか引いている。美神さんの最後の言葉は聞かなかったことにしておこう。
美神さんはため息をつきながら言った。
「で、アンタどうすれば成仏するの?」
『じ、自分は遭難したのであります、雪に埋もれて死んだのでありますが、今だ死体も発見してもらえず…』
こちらを伺いながらワンダホ(略)が言った。
「なるほど、死体を見つければ成仏するのね――場所は?」
『それが、大体の場所しか見当がつかず…』
美神さんが兄さんのほうを見た。私も視線を送る。
「も、もしかして俺に行けと…!?」
「「そのとおり」」
予期せずハモった。兄さんが逆らえるはずも無く。
兄さんは、装備こそ厳重だが、服装はいつものジージャン・ジーパンで春になりかけの冬山に挑む事になったのだ。
「いい湯ですねぇ…」
「そーねぇ…」
私たちは露天風呂(色々と口実をつけて貸切だ)に入っている。
色々と薬効があるらしく、全身から疲れがじんわりと抜けていく感じがする。
こんな時にも萎れない私の触角(癖っ毛)が少々嫌になってくるが、それすらも些細な事と言い切れるくらい気持ちいい。
「ふは~…」『きゃー!』
「こうしていると、人間の争いとかそーゆーモノがすごくちっぽけな物に思えてくるわ…」「ぐわー!」
思えてくるだけだと思う、と言おうとするけど、私の脳内小人(脳→口・口調変換役)が慌てて言葉を差し替えた。
「飲み放題食べ放題ですしね~…」ドドドドド…
「暫く居座るのもいいかも…」『横島サーン!』
私たちは、タオルを手に取った。
越えられない壁を目にしながらも、私は影に、美神さんは持ってきた酒肴の所の神通昆に手をやる。
「でゃーっ!!!」
幽霊・兄さん・ワン(略)の順で、風呂に突っ込んできた。
竹をぶち破るだけの出力を兄さんが発するとは。ううむ、御兄様、とでも呼んでさしあげようか?
「ね、ねーちゃーんっ!」
私のほうを見てから美神さんへ突撃。
――兄に女として見て欲しくは無いが、それでも――
「――「ふんっ」って鼻で笑われたのはムカつくのよっ!!!!」
私は、白き疾風を、全力で投げた。
~しばらくお待ちください~ただいま折檻中~
「女がいいんやー、死ぬのは嫌やー、男は嫌じゃー…」
『友情っスよ~、漢っスよ~!』
「…こっちの事情はわかったわ。で、アンタはなんなの?」
くすん、くすんと泣いていた女の子の幽霊が美神さんに説明を始めた。(いい娘だ)
『私はキヌといって、300年ほど前に死んだ娘です。山の噴火を沈めるために人柱になったんですが才能無くて…成仏できないし、神様にもなれないし…だからあの人に入れ替わってもらおうとしたんですが』
「確かに他人と入れ替われば地縛は解けるけど…何でアイツなの?」
『なんだか良い人そうでしたから』
「おいっ!良い人そう…で人を殺そうとすなー!」
「死んでないんだから良いじゃないの」
その言葉で、兄さんはどこかに走り去って行った。
ブラコンの妹が欲しいよー、と叫びながら。
――その後。
「よし、おキヌちゃん!あんたの給料は、日給50円!」
美神さんが、帰り道に言った。
私の時給は2000円、兄さんがその10分の1だ。
あこぎだな、とは思うが口は開かない。
『はいっ!せーいっぱいがんばりますっ!』
「相変わらず鬼やなー…」
口を開いた兄さんは。
「ペガ○ス流星拳っ!!」
ずどどどどどぎゃっ!!!
――キジも鳴かねば撃たれまい、と。南無。
母の居ぬ間に命の洗濯。
どーも、斧です。
冬休みが終わるまでにどうにか一区切り付けたいのですが、どうなる事やら…お見捨て無きよう、お願いします。