「大画面テレビとDVDはいいなぁ~。も~迫力満点、女優さんの肌も綺麗だし」
横島は美神除霊事務所応接室にある37型液晶デジタルテレビでえっちなDVDを見ていた。テーブルにはコーラやポテチ、みかん、ティッシュなどが所狭しと並んでいる。
今日から学校は冬休み。しかも事務所は10日間の完全休業である。
と言うのも正月連休を利用して、美神さんが母でオカG隊長の美智恵さん・妹のひのめちゃんと3人でザンスに行っており、おキヌちゃんは氷室の実家に1週間の予定で帰省中。同様にシロ・タマモも人狼の里へ帰省中。事務所の外壁に巣を作っている妖精の鈴女までがドイツに帰省している。
こうなると普段から仕事の有無に関わらず事務所で晩メシを食べている横島は普通だったら当然飢え死にするところだ。
が、今年は違う!
昨年の惨状を知ったおキヌちゃんが1週間分の食事を作ってフリージングしてくれたので事務所の電子レンジで温かい食事をとることが出来る。菓子や果物も大量に買い置きしておいてくれた。勿論お正月の餅も用意されている。
おキヌちゃんはホンにええ子や。
さらに、事務所では人工幽霊に宿題の手助けをさせれるので、宿題も昼間のうちに片づけてしまった。事務所は全館暖房も入っており横島のアパートみたいに凍えることもない。
「夜は長い!極楽じゃ~♪」。
まさしく「鬼の居ぬ間に洗濯」状態の横島だった。
「横島さま、神魔族と思われる飛行物体2体が高速で接近しています。」
突然テレビの画面が消え、天井から人工幽霊が警報を発する。
(神魔族?小竜姫さまとワルキューレかなぁ。
きっと一人寂しく正月を迎える俺を慰めに来てくれたんじゃ~。
来年2日は小竜姫さまとひめはじめじゃ~、なんちって)
「あと7秒で2階に激突します。横島さま、対閃光対衝撃防御を。4.3.2.1」
人工幽霊の「0」という声は聞こえなかった。
何かが事務所の結界に接触しておきた眩い光のあと、轟音とともに事務所が大きく揺れる。
横島は2階へ駆け上がった。2階の執務室の壁に大穴が開いて外が丸見えになっており、部屋の中は瓦礫で埋まっている。人工幽霊はよくぞ被害をこの部屋だけで留めたものだ。
「小竜姫さま~!ワルキューレ~! 横島ですよ~」
・・・
返事がない。
「横島ですよ~!」
・・・
そもそも小竜姫さまだったら玄関から入るのでは、という疑問が漸く横島の脳裏をかすめる。
そのとき瓦礫の山から何かが飛び出した。
「ヨコチマ、助けてほしいでちゅ」
「横島、苦しうない」
パピリオと天竜童子であった。
「おまえら玄関というものを知らんのか!後で美神さんにシバかれるのは俺なんだぞ!」
1階の応接室に天竜童子とパピリオを連れて戻った横島は、土埃まみれの2人の顔を濡れタオルで拭きながら叱る。
「横島は予の家臣であろう。追っ手から予とパピリオを守るのじゃ」
「ヨコチマ、私たちをかくまってほしいでちゅ」
2人して何かから逃げて来たらしい。以前、天竜童子がメドーサに狙われたことを思い出す横島。
「敵は誰なんだ。まさかメドーサでも復活したのか?
でもあいつの乳・尻・太股は俺んだぞ」天竜童子に言う。
決まり文句を入れるあたり、横島にはそれ程緊張感はない。
だがパピリオが逃げる程強い奴というのは誰だろうか。
「パピリオ、おまえたち何に追われているんだ?」
(パピリオは大事なあいつの妹、つまり俺の義妹だ。
相手がどんな強敵であろうとも、俺はパピリオを護るぞ)
決意を新たにする横島だったが、返事は意外なものだった。
「言ってなかったでちゅか。追っ手は小竜姫とイーム・ヤームでちゅ」
「え゛?」
「それでお前達は家出してきたんだな」
ここは美神所霊事務所。2人を応接室のソファに座らせ、おキヌちゃん謹製『鮭と帆立のしーふーどしちゅー』を食べさせながら、横島は話を聞いた。
「かけおちといってほしいでちゅ」とパピリオ。
「そうじゃ、予とパピリオはかけおちしてきたのじゃ」と天竜童子。
アタマが痛くなるような話だった。
龍神王様が来年早々に息子の天竜童子の許嫁を決めることになった。
天竜童子は見た目6歳程度、パピリオと同じくらいだ。本人こそ「大人になった」というものの、体も心もまだ幼い。そんな童子に許嫁?
許嫁の話を聞いて、童子は悩んだ。
現在こそ気軽に妙神山に行ってパピリオと遊ぶことが出来るが、許嫁が出来ると言うことは次期龍神王として正式に神界でデビューすることであり、以後はおいそれとは妙神山には行けなくなる。
それはつまりパピリオと会えなくなることを意味する。
それにデタント反対派の神族である父・龍神王は、次期龍神王である童子が魔族と親しくするなぞ、もっての外であろう。
パピリオの笑顔がアタマにちらつく。
(予は許嫁なぞ要らん。パピリオに会えなくなるのはいやじゃ)
パピリオも悩んだ。
天竜童子は初めて知り合った同年代の子供であり、妙神山で修行という名で幽閉の日々を送るパピリオにとって、無くてはならない者だ。
実姉のベスパとは滅多に会えない。
義理の兄の横島や元ペットのベス(ヒャクメ)も時々会いに来てくれるが、学校や仕事があり2~3日で帰らざるをえない。
寂しいパピリオの気持ちを埋めたのが「バカ殿」こと天竜童子だった。
サルとのテレビゲームもいいが、自分と一緒になって妙神山を所狭しと駆け回る童子には敵わない。
そんな童子に会えなくなってしまう。
(バカ殿に会えなくなるのはいやでちゅ)
そして2人は家出した。いや、本人たちによれば「駆け落ち」した。
横島は真底腹がたった。
身内のひいきかもしれないが、パピリオはとても芯の強い子だ。
だがパピリオが同年代の子と遊ぶことも出来ず妙神山で幽閉に近い修行の毎日を送るのは、あまりに可哀想なのではなかろうか。
小竜姫さまはパピリオをいろいろ気遣ってくれているが保護者であって友達ではない。
「サル」こと斉天大聖老師も同様だ。
このまま行けばパピリオは寂しさで参ってしまうのではないか、そういった危うさを救ってくれたのが天竜童子だ。俺やヒャクメでは埋めきれない彼女の心を、暖かい気持ちで満たしてくれた。その童子との別れは再度彼女の心に大きな傷をつくるだろう。
それに龍神王さまも龍神王さまだ。まだ幼い童子に勝手に許嫁を決めて他の子と引き離すようなことをよく出来るものだ。
童子も最初会った時は、メドーサの騒動の時は、不遜で我が儘な子だった。
小竜姫さまの教育の成果もあるだろうが、パピリオと出会って物事がすべて自分の思い通りにならないことも学習し、家族を喪ったパピリオの寂しさを埋めて行くうちに思いやりのある子になった。童子にとっていま何より必要なのは同年代の友達だろう。
「われらが竜神族の未来の長にふさわしい、強く優しいお子になられた」
先日イームとヤームが嬉しそうに言っていたのを思い出す。
(この駆け落ち、助けちゃおう...)
ずいぶん長く考えていたのだろう。いつの間にか2人はシチューを食べ終え、ソファで寄り添うように寝てしまった。横島は食器を片づけ、毛布を取りに2階に上がった。
「そういえばあいつら美神さんの執務室をこんなにしやがって!」
瓦礫もそのままの美神令子の執務室で横島は一人呟いた。
リ~ン、リ~ン、リ~ン、リ~ン
執務室の電話が鳴りビクッと慌てる横島。4回目でようやく受話器を取った。美神からだった。
「横島クン、一人で留守番させてごめんね。ママやひのめも元気よ。
思ったよりいいもの買えるんで滞在を3日程延ばすことにしたから帰国は9日後になるけど、ちゃんと横島クンにも土産買って帰るからね。」
アシュタロス戦後、2人きりの時だけ優しくなった美神が言う。
「ところで私の執務室のものに少しでも触ったらコロスからね」
訂正。優しくない。
「応接室のテレビやDVDは自由に使っていいけど変なの見るんじゃないわよ。
じゃあね。」
一方的に話して美神は電話を切ってしまった。
(どうしよ~。さすがにこれほど壊れると文珠じゃ修復できんしな~)
青くなる横島であった。
リ~ン、リ~ン
また電話だ。今度は2回目で取る。
「はい、美神除霊事務所です」
「横島さんですか、小竜姫です」
最近漸く電話を引いた妙神山の管理人・小竜姫からだった。
「あの~、天竜童子様とパピリオがそっちに行かれていませんか?
遊びに出かけられたきりこの時間になっても帰ってこられないんです」
「いえ、来ていませんね。」
小竜姫さまに嘘をつく。心が痛む。
「すみません、ヒャクメでも居れば居場所もスグ判るんですが、
私とイーム・ヤームじゃなかなか見つけられなくて...。」
「どうされたんですか?」
「いえ、殿下に来年許嫁ができ、名実ともに次期龍神王となられることが正式に決まりました。ひょっとしてメドーサのような輩にお命を狙われているんじゃないかと心配で心配で。
もしそうじゃなくてもどこかでお腹を空かされて居られるんじゃないかと。」
「そんなことはないと思いますよ。
根拠はないっすけど、2人とも必ず元気に戻ってきますよ。
だから安心してください。」
「はい、ありがとうございます。
でもこれから私とイーム・ヤームで探せる範囲で探します。
もし万一、殿下とパピリオがみえたら連絡下さい。
夜分にどうもすみませんでした」
(小竜姫さま、すみません!本当にすみません!)
横島は受話器を置きながら心の中で小竜姫さまに土下座して詫びるのであった。
たまたま隊長が事務所に忘れていった行楽用ビニールシートで美神の執務室の大穴を塞いでから、横島は毛布を2枚持って階下に降りた。そして応接室のソファで寝ている2人を簡易ベットに運び、そっと毛布を掛ける。
「人工幽霊、すまんがこいつらを隠すように結界を造っておいてくれ」
天井に向かってこう言うと、念のために『隠』の文珠を簡易ベッドのそばに置いてから、自分は応接ソファに横になった。
翌朝、横島は事務所の食堂でおキヌちゃん謹製パンケーキに蜂蜜をたっぷりかけて二人に食べさせていた。蝶の化身であるパピリオは勿論、天竜童子も甘い食べ物が大好きだ。冷蔵庫から牛乳を取り出して渡す。
「「いただきます!」」
「散らかすんじゃないぞ、こぼすんじゃないぞ」
「判っているでちゅ。」
言っている端からテーブルの下にパンケーキの屑が落ちる。
「あっ」
今度は天竜童子が牛乳を床にこぼす。
「あーあ、全く...」
慌てて雑巾で拭く横島。
(これじゃまるで子持ちの男やもめみてーだ)
「ごめんなさい、横島」
天竜童子が横島に謝る。
前の不遜な童子を知っているだけに成長ぶりには驚かされる。
「いいから早く食べな」
「横島は食べないでちゅか?」
「お前達が食事終わったら食べるよ」
パピリオの服に落ちたパンケーキの屑を拾いながら言う。
「そうでちゅか。今日はデジャビューランドに行きたいでちゅ」
「予もぜひ行きたい。アトラクションが増えたようじゃ。」
「ちょっと待て!お前達は小竜姫さまたちから追われている身じゃないのか」
(意地悪かな)
そう思いながら横島は言う。
「ヨコチマが文珠で隠蔽すれば問題ないでちゅ。」
確かに神魔族は人を探すときに霊波のパターンや色で探すコトが多い。
ルシオラたちが美神さんを捜した時もそうだ。
だから文珠で簡単にジャミングできる。
「そうだな、メシ食い終わったら行くぞ」
「やったでちゅ!ヨコチマ」「横島、ありがとう」
東京デジャビューランド。
常に先進的なアトラクションとロナルドドックなど人気キャラクターでリピーターも多い。実際、パピリオや天竜童子はここに何度も足を運んでいる。
3枚のワンデーパスポートと引換に窓口のお姉さんのものとなった福沢先生を偲びつつ、横島はゲート前で待っているパピリオたちに向かって歩きだした。
パピリオが横島に向かって手を振っている。
天竜童子に至ってはただ立って待っているのも耐えきれないのか、飛び跳ねながら横島を待っている
「大人しく待てないのか、お前ら」
「コドモでちゅから」パピリオが言い返す。
「確かにそうだな。じゃあ行こうか、殿下・姫様」
そのコドモたちが家出の事を忘れてしまえるように今日は目一杯楽しませよう、そう思う横島だった。
その頃、美神除霊事務所の上空では、小竜姫がイームと一緒に事務所の様子を眺めていた。2階の外壁に開いた大穴がアン○ン○ンのレジャーシートで塞がれている。重厚な煉瓦造りの事務所の2階。穴が空いた場所にちょうど顔が位置していた。そのミスマッチに事務所の前を通る通行人が笑っている。
小竜姫は事務所の様子を眺めながら考える。
相応の結界があり神魔族でない限り防げる筈の美神事務所にこれだけの被害を起こせる者はそう居ない。その時事務所に降りていたヤームが戻って誰もいないことを報告する。
「やはりここに来てたのね!」
小竜姫は怒っていた。
(後編へ続く)
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いつもROMで投稿は2度目のさみいです。
前回投稿での問題点(改行で読みにくい、等)は対策したつもりです。
よろしくお願いします。