「儂ら黒狼一族と交わるには人間では耐えられぬ。交わる前に血の契りを行わなければならぬ。」
「だから僕は母さんの血を飲まされたんだ。」
「黒狼一族の血は人間を狼に組み換えるんじゃよ・・人狼となった人間なら儂らと交わることができるのじゃ。そして・・・儂は主を産んだのじゃよ。」
「じ、ジンロウ・・って?」
目を瞬かせ、仔黒狼は首を傾げる。
「人間でありながら狼になった人間の事じゃ。儂の血を飲んだこ奴は儂らを護ってくれるよい奴じゃ。」
「お兄ちゃんっ、かっこいい!」
「ううん。そんな事ないよ。僕はあまり狼に変身はしたくないんだ・・やっぱり平和がいいよ。」
“ハッ、何、間抜けな事を言っておる。”と黒狼は小さく首を降ろし腕を枕代わりに目を閉じる。
「儂は嬉しかったぞ。儂の血がそなたを人外にしてしまうのは気が滅入ったが、それでも、“いい”と言ったじゃろ?」
「うん。あなたと一緒にいられるなら、それでも良かったから。そういったんだから。」
「クフフ・・舐めた口を・・」
毛繕いをする僕を黒狼の尾が襲う。
だけど、痛くない。むしろ、自然と笑いがこみ上げる。
僕が笑うと、黒狼が笑う。みんなが笑う。
ーカサッー
「?・・・」
森が揺れる音。音源は近い。
人狼となった僕はかなり遠い微かな音でも聞き取れる程に聴力が鋭くなっていた。
毛繕いする手が止まり、笑いも止まる。
「・・どうしたのじゃ?」
「嗅ぎ慣れない匂いの奴が来てる・・それに・・結構近いよ・・」
「・・この匂い・・」
どうやら黒狼には嗅ぎ慣れた匂いらしく、記憶の断片をひたすら探し回っているようだ。
「どうやら、その様子じゃと、儂のことは忘れているようじゃのぅ?・・のう、黒狼や。」
「・・何をしに来たんじゃ?主とはとうに縁を切ったはずじゃぞ。」
森の木々から姿を現したのは純白の毛に包まれた九つの尾を持った狐・・九尾だった。
乾いた血のようなドス黒い紅眼が僕らを舐めるように見据えた。
「お兄ちゃんっ・・恐い・・」
「大丈夫。僕が護るから。」
仔黒狼が震え、僕の後ろに回る。
僕は安心させるために一声かけ、一歩前に出る。
「ほぉ・・仔を成したのかの?その人間はお主のなぶりものじゃろ?」
「そういう主は未だに婿探しじゃろ。」
「フン。おい、そこの人間。」
不意に九尾が僕を見据えた。僕は身構え、秘めた狼を解放しようと・・・
「悪いことは言わぬぞ?そこの黒狼はお主をただの人形だと思うておる。交わり、仔を成し、仔が成長した時、お主を容赦なく喰らうじゃろうて。」
「なーにを言うておる。儂が黒狼一族と交わらず、その人間と交わったのは儂が初めてじゃ。そんな訳がなかろ・・・・」
「お兄ちゃんをバカにするなーッ!!」
仔黒狼が吼え、九尾に突撃していた。
「主っ!?止せっ!!」
バッ・・シュルルッ、グイッ!
「!?ぅうっ・・」
飛びかかった仔黒狼はいとも簡単に九尾の尾に絡め取られ締め上げられてしまった。
「フフッ、もとからこのつもりじゃったから、手間が省けてよかったのぅ・・どうするんじゃ?黒狼や?」
「き、貴様っ・・・」
「その仔を・・離せ・・離せっ!!」
怒りの感情は狼を解放させるのに十分だった。
体に秘められた黒狼一族の血が、体を狼に細胞レベルで組み換え始める。体の毛が黒く長く。筋肉が強く、大きく。
爪が鉤爪へと変化する。
「人狼とな?・・厄介じゃのぅ・・・」
「九尾や、その仔を離さねばどのような目に合うか分こうておるな?」
僕は構えを取り、牙を剥く。黒狼も身を起こし牙を剥いた
「分かった、分かった。この黒狼は離そうて、じゃが、そこの人間と交換じゃ。」
狼狽えていた九尾がニタリと笑う。
「・・分かった・・だから、その仔を離せ。」
「!?そ、そなたっ・・」
今度は黒狼が狼狽える。だから僕は耳にそっと呟く。
(僕は人狼だよ?あなたの血が流れてる。大丈夫・・何とかするから・・)
「じ、じゃがっ・・」
(大丈夫・・また、長い間会えないけど・・)
黒狼が渋々、頷いた。
「今回はそなたに感謝する・・」

 

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