ーセイラン南部 ドレイク城玉座ー

「ほら、綺麗になったな。おめぇの名前は?」
「・・あ、アスナ・・」
「アスナ・・いい名だな。オレの名ぐらい知ってるだろう?」
私は言葉の代わりに頷いた。
「ろ、ロウエン・・さんっ・・」
「その通りだ。」
ニッと笑うロウエン。アスナは体を小さく震わせている。
その手はアスナを鷲掴み出来るほど大きく、その鉤爪はその身を容易に引き裂ける。口には軽く噛むだけで噛み砕ける牙がずらりと並んでいる。
「アスナ。そんな恐がんな。ほら、飯だ飯。」
「ぇ・・あ・・」
小さな兎の手を引いて階段を降りる狼。
運命の歯車が音を立て、回り始めた・・

 * * * 

黄金や宝石の散りばめられた紅い豪華な椅子・・・玉座。
その周りにも黄金や宝石が散らかっている。
ロウエンは今、食堂で仲間と共に酒を飲んでいる。
一人孤独になったアスナは玉座に戻っていた。
「あぁ・・綺麗・・」
それらが放つ光に引かれフラフラと近寄る。
これ一つ売れば、アスナにとって、有り余る程の大金が手に入ることだろう。
一つ取った所で分からない、気付くはずがない。
ロウエンがいつまでも世話をしてくれるとは思わない。
一つぐらい盗ったって・・・
アスナの手が宝石へと伸びて・・・
「おい。」
「っ!!?」
その手をロウエンの手が掴んだ。
そして、その目線まで持ち上げられた。
「アスナ。おめぇ・・今、盗ろうとしてたな?」
「・・・・・・・・」
アスナは小さな耳を垂らせ、俯いたまま。
気まずい沈黙が続く。
ゴクリ・・
と、その沈黙の中、喉が鳴った。
鳴ったのはアスナではなく、ロウエンの喉だった。
その瞳に何か焦りが現れ、目を逸らす。
「ロウエン・・さんっ?」
アスナは床に降ろされ、キョトンとしていた。
下手をすれば殺されている事をしたために、何も言われなかったからだ。
「ご、ごめんなさい・・」
異様な空気が漂い、それを悟ったアスナは早く去りたい一心で頭を下げて、身を翻した。
グッ・・ググッ・・
「!?」
が、右腕を掴まれ、去ることを許されなかった。
「ロ、ロウエンさんっ・・・」
「っ・・あ、悪りぃな・・」
慌てて手を離し、また目を逸らす。
この時、ロウエンには欲望にうなされていた。
簡単に潰せる。引き裂ける。噛み砕ける。
その華奢な白い身体。
喰いたい。アスナを喰らいたくて仕方がなかった。
「ア、アスナ・・・」
当然、そんな事を言えるはずはなく、絞り出した声はとても届かないものだった。
アスナもまた慌てたようにこの部屋から去ろうとしている。
餌が目の前から遠ざかっていく。
逃げられる。逃すか!
バッ!ガブッ!
「痛っ!?」
嫌な気配を感じ取ったアスナが足を早めようとした矢先、その肩口をロウエンががっぷりと咥えこんだ。
すぐさま振り向くアスナ、その瞳とロウエンの目がピタリと合う。
「ロ、ロウエンさんっ・・何を・・?」
「・・・わ、悪りぃ!」
我に返ったロウエンは慌てて身を翻し背中を見せる。
「・・わ、私を・・食べるつもりですか?」
「・・・・・・・・・」
ロウエンは沈黙を装う。
本当は涎が滴りそうで、必死に口内に溜まる唾液を飲み込んでいる。
アスナは・・・・美味い。
肩口を咥えただけで体が、本能が叫んだ。


ーこいつを喰ったらどれだけ幸せかー


今は理性で何とか押さえられているがそのうちそうも言ってられなくなる。
アスナの姿は食欲をそそりすぎる。
柔らかい肉。華奢な体つき。
どんな極上の肉を喰うよりもアスナを喰うほうがいい。
「・・・酔ってるみてぇだ・・先に寝る。」
額に手を当て、ロウエンが歩を進める。
一刻もここから離れたほうがいい。
喰ってしまってからでは遅い。
ロウエンが玉座の間から去っていく。
アスナは咥えられた肩を押さえ、体を強ばらせていた。

 

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