産まれてすぐに見た景色を、未だにあたしは覚えている。厚い殻を漸く破ると、目に映り込んだ景色は壮観だった。 そして、目に映る全てが、どうしようもなく大きかった。 * * * 「――っ!」 足下を掠めた巨大な手に、羽ばたき疲れて朦朧とする意識を立て直した。 私の後方すぐ下には、やんちゃそうなチビ猿と、小生意気そうなこれまたチビの鼬が追いかけてきている。 ――ただ、残念なことに、そいつらに比べるとあたしは更にチビチビチビチビだ。 つまり、あたしの体は凄く小さいということ。 昼飯を食べようとしていた時に奴らに見つかって、以来ずっと追いかけられている。森の中をどれだけ彷徨ったことか。 横目に空を見ると、いつの間にか、真っ赤な太陽が遠くの山に掛かっていた。ってことは、昼間中ずっと追い回されていた訳だ。こいつらホントしつこいな。 そう思った直後、少し気が抜けてしまい、高さが落ちた。 そこをすかさずチビ猿がジャンプ。影に覆われたと思ったら、次の瞬間にはチビ猿の手の中にあたしの体は収まっていた。 「へへーん、捕まえたぁ!」 「離せ! このチビ!」 「お前のがチビじゃんか」 ケラケラ笑いながら顔の前にあたしを引き寄せる。 必死に足掻いてみるも、奴は結構キツめにあたしのことを握り締めていて、びくともしない。息苦しい。加減を知らないガキだ。 炎を吐いてみる。だけど、相手は炎タイプのヒコザルと、水タイプのブイゼル。どっちにも効きやしない。 そもそも、あたしが吐く炎なんて、火の粉に毛が生えた程度の勢いしかなくて、空中でパッとすぐに消えてしまう。 散々逃げ回ったし、昼飯を食いそびれた所為で、そろそろ体力は限界を迎えている。抵抗は無駄だと悟って、あたしは項垂れた。 「今日はこいつで何しようか」 「そうだねぇ」 悪戯な笑みを浮かべながら、ガキ共は頭を捻る。 その間あたしは、来るべき屈辱の時をただ待つだけだ。下手に暴れようものなら、抑えようとして力加減を誤ったガキに握り潰されかねない。悔しいけど、大人しくしといた方が安全だ。 こいつ等の悪戯ときたら、最悪この上ない。見た目は馬鹿っぽいのに、悪戯のこととなると、あたしの気が滅入りそうなことを次から次へと考える。 ある時はアーボの住処に放り込まれた。ある時は体を蔓で縛られて、昼寝中のカビゴンの口元にぶら下げられた。 一番許せなかったのは、地面に掘った穴の中にあたしを入れて、上から小便をされたことだ。あの時は溺れ死ぬかと思ったし、少し飲んじゃったし、臭いは暫く取れないし――何よりも、雌としてのプライドをズタズタにされた。 もしもあたしが、せめて普通の大きさのリザードンだったなら、このガキ共を黒焦げにしてやるのに。本当に残念だ。 「……なぁ。もう結構暗くね?」 「本当だ」 ガキ共が空を見上げる。 西の空が僅かに夕日の色を残してはいるけど、辺り一帯は薄暗くなっていた。冬も近いから、余計だ。 「どーする?」 「そういえば僕、お腹空いてきたなー。今日は走り回ったし」 「俺も。こいつが逃げやがるから……なっ!」 あたしは、顔の左半分に凸ピンという名の暴力を受ける。簡単に顔が持って行かれた。 だけど、じんじん痛む頬なんて気にしている暇はなかった。“奴ら”が“あたし”の目の前で“お腹が空いた”と言う――これがあたしにとって、どれほど絶望的な状況なことか。 ヒコザルの手の中で、橙色の顔から血の気が引く。どうか悪戯に結び付かないでほしい。 「帰るか」 「うん」 ホッと。ガキ共に気付かれないほど小さな溜息をついた。 そうだ、その調子。そしたら今度は、「今日はもう遅いから逃がそう」と言え。そう念じると、ヒコザルの方が口を開く。 「こいつどーする? 逃がしとく? 流石に持ち帰るのは無理だろ」 よし、よく言った。 後はブイゼル、お前だ。お前が賛成してくれさえすればいい。 さあ、「うん」と言え! 早く! 「――いや、ちょっと待って」 あれ? 「散々追い回して、やっと捕まえたんだ。ここで逃がすのは勿体ないよ」 おい。何を仰っている。 「それもそうだな」 お前も何故賛成した? 「でも、どーするんだ?」 そうだよ。どーするんだ。 「そんなの、蔓かなんかでそこら辺に縛っとけばいいんじゃない? キツく」 おいいいいいい!! もう黙ってなんかいられない。 「ふざけんな! 一晩中身動き取れねぇじゃねえか! 夕飯だって食えないし、 お前等が来なきゃ、明日の朝飯も食えねぇんだぞ!?」 「うるさい」 不満を吐き出す口を、ヒコザルに指で押さえられた。上顎と下顎を挟まれて、どうしても開かない。 ヒコザルはそのまま話を再開する。 「それ名案! じゃあ蔓を採ってきてくれ」 「うん!」 ブイゼルは頷くと、蔓を探しに行った。その元気な返事、もうちょっと前に聞きたかったよ。 ブイゼルが蔓を見つけるのは、恐ろしく早かった。細過ぎず太過ぎず、青青としていて長い、立派なやつを持ってきやがった。ヒコザルが思い切り引っ張った けど、びくともしない。 かくして、あたしは近くにあった大きめの石に縛り付けられた。縛られる最中、一瞬の隙を見て逃げようかと思ったけど、無駄だった。あいつ、余計な力入れ過ぎなんだよ。 「――これで良し。続きは明日だな」 「うん。じゃあねー」 「おう」 ガキ共は本当に帰りやがった。薄情者だな。 奴らが見えなくなった後、脱出を試みた。 奴らは蔓をあたしに巻いてから、石にも巻きつけた。二重、三重にも重なっていて、それが脚の付け根から、首の辺りにまで及んでいる。 首が締まるのを避けてか、胴の方よりも首の辺りは少し緩めだ。それでも、頭を充分には動かせないので、口から炎を吐いて蔓を燃すことができない。 結局、どうやっても無理だった。 「……畜生、これから一晩このままかよ」 独り呟いて、空を仰ぐ。 冬が近い所為か、辺りはすっかり暗くなった。見回しても、ポケモンの気配は全く無い。今夜は冷えるだろうな。 あたしは俯いて地面を見つめた。 何であたしばかりが、こんな目に遭わなきゃいけないんだろう――。 |
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