―静かに揺れる木々の音、 微かに枝の隙間から漏れてくる月の明かりだけが暗い森の中をやさしく照らしている…。 時折草や葉が風に乗って揺れているが、 揺れて生じるその音さえも森の静けさの中に溶け込んでしまうようだった…。 この静かで深い森の中を一匹のラグラージが木の間や茂みをかき分けて歩いてきた。 見たところ旅人のようであり、 青くすべすべしたその体はあちこち森の茂みでひっかいたような小さなすり傷ができているが、 本人はあまり気にも留めず、夜の森の中を歩を進めていた。 「ふぅ、すっかり薄暗くなっちまった。 …急がないとな。」 額の汗をぬぐい、ため息をつきながらラグラージが歩く速度を早めていく。 夜の森を早く抜けたいという気持ちと、 目的地に早くたどりつきたいという気持ちが混じっているような歩き方である。 彼はいくつかの荷物を持っていた、 木をくりぬいて作られた水筒を肩から紐で吊って下げ、水筒も彼の歩くリズムに合わせてゆらゆらと揺れている。 彼は手に一本の木の枝を肩に担ぐように持っており、 その木の枝の先端にはやわらかい葉で作られた大きな包みがぶら下がっていた。 その包みの中には彼の体の色と同じように青く、コロコロと丸い形をした木の実がたくさん詰め込まれていた。 「…お、開けた場所に出たな。」 茂みをかき分けラグラージが先へ進んで行くと月明かりが差し込んでいる広場のような場所に出た、 彼以外には生き物の気配はせず、木の葉が静かに風でざわめく音だけが彼の耳に届いてくる。 広場の中央には小さな切り株が生えており、腰をおろして休むのには最適な場所だった。 「ちょうどいい、少しここで休憩していくか。」 危険がないことを確認し、ラグラージは広場の中央の切り株に腰掛け肩の荷物を地面に降ろした。 すると荷物を降ろした時の衝撃で、包みの中の木の実がひとつ コロコロと包みの外に転がり出てしまった。 「おっとっと、あぶないあぶない…。」 彼は転がる木の実を掴み、しげしげとその実をながめた。 その実は比較的にどんな土地でも栽培することが容易であり、 ポケモン達に手頃な食料として広く知れ渡っている『オレン』と呼ばれる木の実だった。 ラグラージの手にしているオレンの実も、 青くてみずみずしいその実は中には、しっかりとした果肉とたっぷりの果汁がつまっていそうで、 食べればほのかな甘みや酸味などの味が口いっぱいに広がるとても美味しそうに見える木の実であった。 「しかし、こんな森の中にこんなにたくさんのオレンの実が生えているとはな…。」 ラグラージは自分の持って来た荷物を見ながら、独り言をつぶやいた。 彼の持っていた草の包みの中にも、手に持っているのと同じ形をしたオレンの実がぎっしりと詰まっていた。 ラグラージは手の中のオレンの実に視線を戻し、木の実を眺めながら物思いにふけり始めた。 そもそも彼がこんな深い森の中にまで来たのには理由があった。 彼はこの森からかなり離れた山にある集落で兄弟と共に暮らしていた。 彼らの村では住んでいるポケモンたちがそれぞれ自分達の手で作物を育て、 村人同士で食料を交換したり分け合ったりして生活をしていた。 しかし今年は作物を作るのに最適な季節である夏の月が冷害という異常気象に見舞われてしまい、 そのせいで作物がほとんど育たなかったのである、 そのためラグラージの家族はもちろん、他の村の住民達も満足に食べていけない状況であった、 そこで彼らは仕方なく普段はあまり出ない村の外に手分けして出て食料を探すことになったのだ。 ラグラージもいつものように村の外に食料を探しに出てきたのだが、 今日はいつも以上に食料となる木の実が見つからず朝からずっと歩き通しで普段は来ないこの森まで来たのである。 ところがここまで全く食糧を見つけられなかった彼にも運が向いてきたのか、 この森に入ったところで偶然にもこのオレンの実の群生地を発見したのだ。 しかし、夢中になって木の実を採っているうちにどんどん森の深いところまで入り込んでしまい、 その上いつの間にかとっぷりと日も落ちてしまっており、今に至るというわけである。 頭上がちょうど木の枝が張っていないらしく広場にはやわらかな月明かりが差し込み、 ラグラージが上を見上げると夜空に大きな丸い月がぽっかりと浮かんでいた。 「まぁ、これだけ多くのオレンの実があるってことが分かったんだしよしとしよう、 村のみんなにもこの森のことを教えてやれば今年もきっと無事に年を越せるだろう…。 …今頃あいつらも腹を空かしてるだろうな。」 彼は家に残してきた自分の兄弟達のことを考えていた。 ラグラージの兄弟は年が離れており食料探しに出ていけるほどには体力も実力もまだまだ未熟なため、 村にある彼らの家で留守番をさせているのである。 「なるべく早くに村に帰りつけるといいんだがな、少し休んだら出発するか…。」 軽く笑みを浮かべながらラグラージが手に持ったオレンの実を包みに戻そうとすると… グギュルルルル…! とラグラージのおなかが鳴ってしまった、 思い返してみれば、朝に村を出てきてから今までほとんど何も口にしていなかったのである。 誰も聞いていなかったとはいえ、 おなかの鳴った恥ずかしさに少し顔を赤らめながら彼は戻そうとしていたオレンの実を再び顔の前に持ってきていた。 「まあ、ひとつぐらいならいいよな。」 そう言って、ラグラージは手に持っていたオレンの実を口の中に放り込んだ。 シャリッとしたやわらかな触感とともに、 先ほど想像していたようなオレンの実独特の不思議な味わいが口の中いっぱいに広がり、 疲れていた体にまた元気が戻ってくるような感じだった。 「うん、身も詰まっているし上質なオレンのようだ。 これなら村のみんなも、あいつらも喜ぶだろう。」 満足のいける味に顔をほころばせながら、 家から持って来た木の水筒を開け、つめたい水で喉を潤した。 |
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