キミは、白鳥座にまつわる神話を知っているだろうか。


星座の神話というものは確かにたくさんの種類があるが、
ここで取り上げたいのは、ギリシャ神話の大神ゼウスが変身した姿である、と言う説だ。
ゼウスは恋多き男であり、女神ヘラという妻がいたものの、たくさんの女神や人間の女性と関係を持ったらしい。
ある日ゼウスは、スパルタ王妃であり人間のレダという女性の美しさに魅了される。
そこでゼウスは白鳥に化け、鷲に追われている振りをしてレダの憐憫の情を誘い、まんまと思いを遂げた……そうな。


そう、男は白い翼をはためかせ、女に会いに行くものなのだ。



※   ※   ※   ※   ※   ※   ※


「ふーむ、ふむふむ」

ひんやりとした空気が漂う、海底の空間に男はいた。
海底ではあるが、男の白い巨体は少しも濡れている様子はない。
岩の上に腰を下ろし、黒く縁取られた目を瞑っている。

「なるほどなるほど」

男は満足げに呟く。
口角をニヤリと吊り上げるが、閉じた目は開かれることは無い。

「美しいな、可愛らしいな、凛々しいな、そうだな、ワタシの……」

好みだ。
そう言って男は目を見開く。
それから、急上昇。
海水を掻き分け、すさまじいスピードで海面に達する。

バ、シャ ア ア ァァァン――

もはや爆発音のような水音を轟かせ、男はその身を外界に晒した。
白く滑らかな肌、目元を飾る紺色、背や尾に生えたこれもまた紺色の突起。

男は――ルギアは、白い翼をはためかせ、音にも匹敵するかのスピードで飛び去った。





海底で、先ほどまでルギアが"視て"いたもの。
遠く離れた地の草原に佇む、一匹のポケモン。

ウインディ。

そのウインディが、今。
突如として現れた颶風に。
消えた。



※   ※   ※   ※   ※   ※   ※



そう、男は白い翼で女に会いに行ったのだよ。











キ ・ ス ・ が ・ 好 ・ き










「キミは、案外冷静なのだな」

ルギアはウインディに言った。
場所は、また戻って冒頭の海底空間。
ルギアは椅子代わりの岩に腰掛け、ウインディは海底の砂の上に座っている。

「もっとこう、大騒ぎをするものだと思っていたよ。
 泣いてみたり、叫んでみたり、ワタシに飛び掛ってみたり」

「……泣かれたり、叫ばれたり、飛び掛られたりする自覚はあるんですね」

二人の体格差から、ルギアがウインディを見下ろし、ウインディはその逆の構図である。
しかし、ルギアはウインディの顔を覗き込もうとするものの、ウインディはプイと顔を背けている。

「うーん、前の子はそうだったなあ、と思い出しただけだだけどね」

「前!? あたしは被害者二人目!?」

「ふた……り……? えーっと何人だったかな……」

「忘れるほどの人数なんですか! って指折り数えるの速い! もう50は突破しましたよね!」

「たぶん二桁はいかないはずだな、うん」

「…………はあ」

まあ、突然自分をさらったかと思えば、猛スピードで飛び、ましてや海底に連れ込むポケモンのことだ。
まともな精神を期待しても無駄だろうと思った。

「あれですよ、別に……驚くのに疲れちゃっただけです」

「疲れちゃっただけとな」

「あたし、飛べませんし、飛んだこともありませんし、突然飛んだかと思えばめちゃくちゃ速いし、本当に怖くて、
 しかもそれから、海に飛び込むだなんて、死ぬかと思いました。
 そのときに、泣いたり叫んだり攻撃してみたり、驚くだけ驚いちゃって、なんだかもう疲れちゃいました……」

「ああ、なんだか飛んでいるときに妙に強く抱きしめられていたが、あれは攻撃だったのか」

「暴れましたし、爪も立てましたし、噛み付きもしましたけど、むしろ攻撃以外になんだと思ったんですか」

「愛の抱擁。だからお礼にワタシも強く抱きしめたじゃあないか」

「そのおかげでむしろ圧死しそうでしたけどね!」

「まあいいじゃないか、生きている事だし」

「それにしても、すごいですね、ここ」

海の底なのに、息ができる。
ウインディはそう続けた。
そう、ここは確かに海の底だが、海水が無い。
海の底に半球状にできた見えないドームの中に、彼らはいるのだ。

「ワタシは、海水が苦手なんだ」

「へ?」

「しょっぱいじゃないか。目にも染みるし。それにワタシは泳げないんだ。
 羽根がぬれたら重くて飛べたもんじゃないし、乾いたら乾いたで結晶が析出して大変なんだ。
 だから、水が入らないようにしたんだよ」

「そういえば、海に飛び込んだときも濡れませんでしたね」

「あの時はあれだ、ワタシの周りに空気の層を作ったんだ」

「そんなこと、どうやってできるんです?」

「ワタシはエスパーポケモンだからね」

「エスパーだからといったって、万能なわけではないでしょう。
 並大抵の力ではできないですよね。……あなた、なんなんですか?」

「えっ」

「えっ、て」

「知らない?」

「知らないです」

「海の底に住んでて、すごいエスパーなポケモンっていったら、あれしかいないじゃないか」

「聞いた事も無いです」

「…………まあ、そうだな、そうだ。
 うん、一応伝説のポケモンらしいし、まあ、一般のポケモンが知らなくてもおかしくはない。
 うん、大丈夫、大丈夫、伝説だし」

「聞こえるように独り言で凹むのやめてくれません?」

「えっとね、ワタシはルギアっていうポケモンなんだ。海の神とか呼ばれる事もあるがね」

「はあ。海の神、ですか」

「そんなジト目で見ないでくれるかな、事実なんだから」

「海水が苦手なのになあ、と思いまして」

「仕方がないじゃあないか、種族的に海の神なんだから海に住まなくちゃあならないだろう」

「まあ、そうですかね。
 それで、海の神だとかなんとかのルギアとやらさんが、あたしになんのようですか?
 あれだけ怖い思いとかさせて、ぶっちゃけ乙女かなぐりすててまで抵抗させたんですから、
 何もないからさようならだとか、ちょっとチーゴの実ちょうだいだとかじゃあ許しませんよ」

「むしろキミはあれだね、すこぉし危機感が無さ過ぎるんじゃないのかな」

「もう危機感感じるのにも疲れちゃったんです。命の危機をどれだけ繰り広げたと思ってるんですか」

「危機感感じるって感がダブってるな。
 とりあえず、これからキミが感じるべきは命の危機じゃあなくて貞操の危機なのかもしれないよ」

「へ?」

「だってそうだろう、男が女を人気の無い所に拉致してすることがチーゴの実だと思うかい?」

「じゃあ、なんだって言うんですか……!」

「ナニだっていうんだろうねえ」

「そ、そうしたら、逃げますよ、あたしこう見えても走るのは得意ですから!」

「ワタシも飛ぶのは得意だねえ。それに、キミは海の底から走って逃げれるのか、すごいなあ」

「あ」

「この空間を抜けたら、海底だ。
 キミはわからないかもしれないがね、水にも圧力があってだな、ここからでたらすぐにぺしゃんこだよ」

「……な、なんで、あたし、なんですかっ。
 あ、さっき、前の子とか言ってましたよね、たまたま偶然、ってことですか……!」

「いや、選んだよ。選んださ。ちゃんとここから”視て”選んださ。
 ワタシはエスパーだからね、地上を見るくらい簡単だよ。ここにいると暇でね、たまに世界中を見渡すんだ。
 そうしたらいるじゃあないか! 草原に一匹のウインディが!
 美しい毛並みに、可愛らしい仕草で、凛々しい顔立ちの、素晴らしいウインディがいるじゃあないか!」
 もう、ぜひともお近づきになりたい思ったね」

「…………」

「おっとそうだ、付け足しておくかい?
 もしもキミがダイビングか何かが得意だったとして、運良くワタシから逃げられても、ワタシはすぐにキミを見つけるだろうねえ。
 そういえばキミはさっき『飛んでいる間に何度も攻撃をした』と言ったね。
 全然気が付かなかったなあ……。実力差も、あるんだろうねえ。歯向かっても、無駄だろうねえ」

「…………ご、ごめんなさい」

「ん?」

「すみ、すみませんでしたっ! 許して、許してくださ、ください……!」

「え、え、そんな謝らなくても! キミは何か悪い事でもしたのか! ワタシに!
 えっと、何されたかな、何されたかな、何もされてないはずだぞ!」

「だって、ナニするって……、言うから……」

「わ、泣いてる! なーかした、なーかした! って泣かしたのはワタシだよ!
 すまなかった、悪かった、少し怖がらせすぎたね、何もしないさ。
 ジョークのつもりだったんだよ」

「……ほ、本当、に?」

「本当本当! ほら、にっこり! にっこり笑顔の海の神がナニするわけ無かろう!」

「ご、ごめんなさい……」

「ぎゃあ、逆効果!
 笑顔は歯を剥き出しにする敵意行動から派生したって言うけれども、
 ワタシは今別にそんなにキミに敵意を表したいわけじゃあないんだよ! キミに危害は加えないから!」

「な、なんか、気を使わせて……ごめんなさい」

「じゃあ、泣き止んでくれる?」

「は、はい、もうちょっとしたら、……止まると思います」

「じゃあ、お互いごめんなさいのにっこり笑顔だ
 はい、にっこり」

「……にっこり」

「やっぱり笑うとかわいいじゃないか」

 

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