昼過ぎ。丘の頂点にある一本桜の下。
アーボックはそこに着いた途端に落ち着かない様子で辺りを窺い始めた。
暫くすると、一匹の動物がこっちにかなりの勢いで近づいてくるのが見えた。
ヘビに近づくなんてよっぽど勇気のある肉食動物だと思うだろう。
あっという間にそいつは息を切らせながらようやく到着。
現れたのはそんなごっついのとは掛け離れた、アーボックより少し幼く、可愛らしい容姿のパチリスだった。
『危ないじゃないか。俺だと合図するまでこっちに来ちゃいけないって言ったろ』
『普通の動物ならそう簡単に近づかないよ。…それよりさ』
もじもじしているパチリスを見て、少し呆れながら、
『わかったわかった。アーン』
口を開くと只でさへ丸い眼が更に開き、まじまじと見つめ、
『あー…口の中いつ見てもいいなー…ねぇ?』
さっきまでもじもじしていた表情を一層深くさせて一言、
『中に入ってもいい?』
『何ぃ』
いきなりの問いに不意を付かれて一瞬戸惑るが、
そんな事は御構い無しにパチリスは口腔内へと入り込んでいく。
『あぁー、凄い暖かい、見てるだけじゃわからなかったけど…うーん、もっと〜』
『(お、おい、そんなに入るとあぐぐっ)』

ゴクッ

しまった、と思ったが遅かった。いつも食べている様につい体が反応してしまった。
まごまごしているうちにパチリスが喉奥から胃の中に入っているのが鮮明に感じられた。
一方、そんな慌て狼狽するアーボックはよそに胃の中のパチリスはというと、
『凄いなぁー、全身が暖かくてもう…あぁー…動いてる…』
既にパチリスは今までに無い恍惚に満たされていた。
周りからの蠕動運動に身を任せ、その中で分泌されているものが全身を包み込み、更にその気持ちを向上させる。
『回りもトロトロというかヌルヌルというか…気持ちいい…
 もう溶かされてもいいかなぁ…、でもこれが最後だと思ったら何か寂しいかなぁ』
そう思った時、
胃の動きが急に下から押し上げられるようになった。
それに飲み込まれるかのようにパチリスはどんどんと胃から押し出されていき、
とうとう口から胃液諸共吐き出されてしまった。
数秒前まで見ていた太陽の光に目が眩む中、上から安心か微かに入り混じった怒涛の声が聞こえた。
『馬鹿!そんなに入り込む奴があるか!!もし吐き出せなかったら死んでいるんだぞ!!』
『ごめん…』
『まぁ、いいよ。無事だった事だし』


二匹がこうやって顔を合わせるのは恒例の行事みたいなものだ。
最初に逢った時、威嚇をしても逃げない。寧ろ食べられたいとまで顔を赤めた恍惚の表情。
見つかったとき、逃げようとしなくても食べようとしない。いつでも捕まえられるのに何かヘンな顔するだけ。
互いに思った。
『なんじゃこりゃ』
そして、
『君も同じ考えなのか…』
この森の中で「食という常識」を通り越して事実を改めて考える二匹、話し合えばすぐこうやって逢う仲になれた。
唯一の理解者が捕食の関係であるのは皮肉にしかないが自分達の考えが考えだけに必定なのかもしれない。
互いにそう思っている。が、互いの心の底ではこう少し思っている事も知っている。
「おかしい」いつだって「食べられる」のに…と。
でもこうして逢って生きている。今日もこうして傷一つ無く逢えただけでも二匹は十分嬉しかった。
『しかしこんな慌ててここに来るなんて珍しいな、何かあったのか?』
『それが群の中で凄い噂話を聞いちゃってね。いち早く君に聞かせたくってさ』
『で、凄い噂話って何だよ』
『うん、それがね、僕の群の長老がひそひそ声で言ってたんだけど…ちょっと耳貸して。…どこが耳だっけ?』
アーボックのシッポが指す所を探って耳を見つけると近づいて来てそっと囁く。
『あのね、肉食のポケモンでも食べられる木の実が見つかったんだって』
黙ってパチリスの話の続きを聞いた。実は言うと声が出せなかった。
『今見えるでしょ?正面にあの凄く高い山。あの向こうにね、その木の実があるんだって!』
ようやく声が出た。
『あの山は誰も近づいてはいけない禁忌の山じゃないか・・・でも、それ…本当なのか!?』
『…わからない』
わかるかわからないかはどうでもいい、
アーボックは鬱蒼した気分の中から光を見つけたように歓喜が心の中で弾けとんだ。
とうとう楽園を見つけた。
まさしく自分の夢を通り越して野望そのものを実現している場所だったのだから。
生命を屠らずに済み、互いに共存しあい、血も涙も流さずに住める場所が。
『でもね、一つだけ問題があるの』
『何だ問題ってそんなものいくらでも乗り越えてみせらぁどんとこいってんだ!』
『前から僕達の間でこんな話があるの。
 あの山を乗り越えるとね、自分の一番大切な物を失なってしまうんだって』
そんなの関係ないと言おうとしたが少し戸惑った。考えてみれば一番大切なものって何だろうか?
命か?三食きちんと揃ったご飯か?それともパチリスか?
漠然とした疑問にすぐさま答えを導こうと思ったがそれは無理だった。
『…そんなのその木の実を見つけられる事と比べたらどうってことない。パチリスはどう思う?』
『僕も平気さ、互いに暮らせるのであればこんな事はねっ!じゃぁ今夜またここに』
『ちょ、ちょっと待て!…もしかして今夜出発するつもりか!?』
『うん』
アーボックは突然の返事に少し呆れたがパチリスの顔を見ていると嫌だとも返事できず、
それに、いち早く発見しようとすれば今日中に出発するというのもまんざらでもなかったので
流れに身を任せてうんと返事をしてしまった。
あの山を乗り越えれば夢を叶えられると同時に大切なものをひとつ失う。二匹の覚悟は出来ていた。

 

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