―まえがき―
世の中にはあらゆる物や現象が存在する中で
不動、絶対に在り得ないと言われる事柄が稀に起こる場合がある。
それもこれも不動、絶対に在り得ないと言われる事柄全てが現在の常識から成り立っている為だ。
そういった中で「異端者」と言われる者が誕生した場合、
その者等に課される運命の重さは計り知れたものではない。
彼等にとって常識とは今の社会的秩序や構成に基づいて作られているだけの概念でしかなく、
その共通感から生まれる真理の価値は微塵にも満たないと思っているからだ。
つまり、大衆が信じ込んでいる当たり前の事に疑問を投じてそれと同時に喧嘩を売る事になる。
そしてとある二匹がそういった思想を抱いたところでこの物語は始まるのだが…
問題はその真理が本当に「現在における常識そのもの」から外れているのかどうかという事だ。



森の夜が明けた。雲の合間から光が差し込んで辺りが鈍い緑へと変わり始める。

今日もか…。
一匹の小さいアーボックが憂鬱が混じった溜息を吐きながら目を覚ます。
周りを見ると仲間達は既に出かけたらしく、気が付けば縄張りの中にいたのは自分だけだった。
そんな事は毎度の事、十分承知。今では何とも思わずに二度寝さへ出来る。
最初のうちは出かけた仲間の背後を見ると気が重かったが、
毎日仲間の後姿を見続けているとそんな罪悪感は次第に薄れていった。
別に起きるのが面倒臭くてしているわけじゃない。ただ朝になるとどうしてもしなければならない事がある。
仲間も当たり前にしているし、もちろん自分もしなけりゃ死んでしまう。
ここだけの話、俺はそれをするのが大嫌いだ。寝ているのもそれをしない為。
だが、そんな意識とは違って体は常に「それ」をしろと絶え間なく囁いてくる。


狩りだ。


生命を保つにはそれしかない。「食べ物」を探すのだ。
どこかの世界みたいにポフィンも無い、フードも無い、センターなんて所も無い。
当たり前だと思うだろう。もちろん、自分でもあの時までは当たり前だったと思う。
生きる為だし、仲間も同じ事をしていると思えば平気で成し遂げられた。それが当たり前の事だった。
しかしある日、俺は茂みの中でうんうんと苦しんでいるピカチュウを見つけた。
今思えばそれが運命の日だったのかもしれない。
小腹も好いていたし、おやつタイムにも最適だったというのもタイミングが悪いとしかいい様が無い。
牙を剥き出して涎を垂らして全身を湿らすが抵抗する素振りを見せない。
これはチャンスだ、そのまま頭を咥えるとピカチュウはずるずると吸い込まれるかのように喉の奥へと入っていく。
体の大半が体内へと入り、一飲みしようとしたその時、
『ギヤァー×××!!!この×××!!私の×××××を返して!』
声に驚いて後ろを向くと形相を変えたライチュウが口をポカンと開けてこっちを見つめていた。
鼻歌交じりから一転、仰天して口の中の物を一気に喉奥へと滑らしてしまった後、
こっちへ近づきながらも猛烈な勢いで電撃を放つライチュウから一目散に逃げ帰った。
あまりの出来事だった。あのライチュウから距離を稼ぐ為に力が続く限り一頻りに走った。
走って走り尽くして、ふと後ろの様子を見るとそこにはもうライチュウの姿は無かった。
助かったと一息置くと、ぐにゅぐにゅと胃の中が動くのがはっきりとわかり、
いつもと同じように恍惚と支配感、満足や安堵が頭の中を駆け巡る。
俺が食べたピカチュウはあのライチュウの子だったのか、
どうして全く抵抗しないで俺に食われたのか、真相は全く持って謎であった。
いつの間にか夕日も暮れてそんな事を考えながら群れに帰る途中、
謎だらけだったあの時の中でたった一つだけ、しかもくっきりと確信して覚えていた事がある。
それはあの悲愴と憤りが入り混じった様な言葉と捕らえられないような声だった。

その日の夜、普段ならとっくに寝ているの俺は目を開けていた。
覚えているというよりも忘れられない、まるで頭の中に烙印でも押されたかのようにこびり付き、
響き渡る声にに魘されて何度も目が覚めた。寝たいのにあの声が頭をぐるぐるぐるぐると回る回る。
翌日、ヘビなのに目の下にクマが出来た。
とにかく、あれから声が離れた事は一度もたりとて無い。断言できる。
何故なら狩りをしていざ獲物を捕らえようとするとあの叫び声が蘇ってくるのだ。
聞こえたら最後、体は硬直してその間に獲物はとんずら、仲間からも非難の目。
それが嫌だったし何せもうあんなピカチュウのような無辜の命を取るのが嫌だった。
とはいえ、この前やった死体探しもうんざりだ。
蝿が集って蛆が這い蹲る死肉を何が好きで頬張らなければならないのか。
一回試したがとてもじゃないが食えたものではない。仮に都合良く新鮮な肉を見つけたとしても
食べられる部分なんて殆ど無いだろう。3日で飽きた。やっぱり鮮血が迸る生肉が思いっきり食べたい。
だったら狩りをすればいい。だけどしたくない。狩りをしないで生肉を食べたい。
そんな事は出来ないと十分に承知なのに本能から湧き出る葛藤を抑えられない。
だからこうして狩りをしなくてもいいように、生肉を食べなくてもいいように今でも寝ているのだ。
仲間からのお裾分けもあるし、寝てれば今までのように活動しなくても多少は生きていける。
生命を殺して生きるならば自分が死んだ方がいい。
あんな声、もう聞きたくない…二度と…

気配に気付いてうっすら目を開くと少し大きめのアーボックが自分を見下ろしていた。
構わずさっきと同じように目を閉じると呆れたような声が上から聞こえた。
『お前さぁ、ずっと気になっていたんだけどそうやってずっと寝ているわけ?
 他の仲間も呆れているぜ。狩り行かずの木偶の坊だとさ。悔しくないのかよ?』
『別に狩り自体にいけなくて寝ているわけじゃないもん』
『そうかい、でもな、ずっと一日中、目を閉じて真っ暗な世界で楽しいか?』
更に無視して目を閉じると何とも嘆かわしい事かと言わんばかりの表情を浮かべ、
『言っておくがな、こんな事して喜んでいるのはお前だけだぞ。
 それにな、俺達がいるからこそ、余ったお裾分けを貰う事ができるんだ。
 俺達がいてこその今のお前なんだよ』
わけがわからない。自分は更に不貞寝する。
『だったらそれでいいじゃん。僕一匹がこんな事しても群に迷惑かけないだろ』
『聞くがな、本当に腹が減った事がお前には在るか?今にも餓死しそうな程にだ。
 もし、そうなってみろ。お前は目の前の物を食うはずだ。賭けてもいい。
 何故なら俺達は常に生き物を捕まえて食べなくてはらない、そういう種族に生まれたんだ。
 その事をそっちのけで自分は殺すのが嫌だーだから食べないー食べないから殺さないー。
 自己満足に浸って一端の善人気取りか。ご立派だな。
 いいか?どんな理由があってそんな事しているか知らんがな、
 生きたいと思うなら食われる者の気持ちなんて考えるな。心を鬼にして食え。
 雨の中、無残な姿になったブイゼルの子供を食べた奴だってこの群の中にいる。
 無論、この話をして涙を流す奴も群の中にいるがな、悲しむのは別に構わない。
 だが、それに囚われて生きる意味や術を見失うな。お前は故に見失いつつある』
『だったらこのまま野垂れ死ぬのを見守っててくれよ。絶対にそんな事は無いから』
それは大いなる失言だった。年上のアーボックが瞬時に威嚇の体制に入り真上から大喝が降り注いだ。
『仲間だから忠告しているのに何だ、そうでなければお前が死ぬんだぞ…わかっているのか!!
 お前なんかブイゼルに生まれれば良かったんだ!!いっその事仲間に飲み込まれてしまえ!!』
感情のまま言いたい事を吐き尽くすと年上のアーボックはさっさと立ち去ってしまった。
別に年上の忠告を無視して逆鱗に触れてしまった事は百歩譲ってどうでもいい。
自分が『絶対にそんな事は無い』と言えるのにもきちんとした根拠があっての事だから。
考えてみればもう昼時だ。彼も獲物探しで必死なのだろう。
呑気にぐぅぐぅと寝ている奴を見ればいきり立つのも無理は無い。
『あ、太陽が真上に来た』
太陽の位置を確認すると地に伏せていた体を起こし、その場からゆっくりと歩いていった。

 

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