イーブイは逃げていた。 目の前の光景がどうしようもなく恐ろしく。 走っていた。 主人を見捨てて逃げた訳でもない。 ただ、今の自分がどうしようもなく非力で。 主人を守れないから。今は逃げていた。 イーブイは知っていた。 シャワーズに進化する為には水の石。 ブースターやサンダースに進化するのにも相応の石が必要である事。 リーフィアへの進化も特殊な地形と何かが必要だった事。 そしてグレイシアへの進化も。リーフィアと同じく。この近くにそういう類の場所があるという事を。 イーブイは見つけていた。 どこか、小さな小屋の近く。 主人が休憩の為にと寄ったあの家。 自分を進化させる為に、その場所を探していた主人だが。 疲れのためか、まずは街を目指そうという事になったがイーブイもまだ進化は後回しでよいと考えていた。 だが今は進化が必要だ。 アレに立ち向かうにはもっと力が必要だ。 こうしてイーブイはたどり着く。 進化の出来ると思われる岩のあるところへ。 だが…もっと何かが必要だった。 ここで進化するには何かもうひと押しが必要だった。 その為にイーブイは奴等を連れてきたのだ。 森の暗闇の中から赤い目が光る。 ひとつではない。 ふたつ。みっつ。。それいじょうはたくさん。 イーブイは考えるのをやめた。 こんな場所でやられるようなら…アレには敵わない。 …暗闇の中から飛び出して来たのはニューラ。 群れで獲物を襲う氷タイプの狩人達。後にはもう退けなかった。 * * * 敵う筈もない。 1対1ならまだしも相手は5匹だったのだから。 2度3度と繰り返し、奴等の爪を受けてボクの体からは血が滴り落ちて足元の雪がほんのり赤く染まっている。 敵う筈がなかった。 こんなとき…姉さんが居てくれたら。こんな奴等… 敵う筈が…… いや。そんな考えでいては進化は出来ない。 覚悟を決めなくてはいけない。 ここでそんな甘えた考えをしていては奴等の餌になるだけだ。 流石に一匹ぐらいは。この手で倒したい。 もしかすると、それをきっかけに相手は逃げてくれるかもしれない。 ボクはこういう時の為に、ブースターから、ブラッキーから使えそうな自分が使えそうな技を教えてもらっているんだ。 例えばこの…『すてみタックル』 敵は油断していた。 血に塗れたボクの渾身の力を込めた『すてみタックル』が相手のリーダー格であろうマニューラに命中する。 凄まじい反動がボクを襲う。悲鳴もあげられない。 骨が砕けそうなダメージが返ってくるがその一撃を受けたマニューラはもっと酷いダメージを受けている筈だ。 なんとか立ち上がり…残りの相手がどこにいるか調べる。 丁度よく…ドシャ―――っと音がした。 音がした方向を良く見ればマニューラと他4匹のニューラが集まっていた。 あのドシャっという雪が落ちたような音はマニューラがようやく、宙から落下した音だったのだろう。 もはやマニューラは動かない。ボクも…もうこれ以上は動けない。 文字通りに最後の力の一撃だった。 だが、相手はまだ4匹だ。 もう…相手が向かってくるようなら勝ち目はない。 もっとも、今のマニューラがまだ動けるようならもう… これ以上はもう――― ……… ……………… ……………………… だが、何時までたっても相手は襲ってこない。 それどころか。ニューラ達は威嚇したままボクとの距離を保っていた。 なぜだろう。もうボクはこんなにも。。。 (おめでとう) ―――声が響いた。 (グレイシアになれたのね) ―――頭の中に直接。 (早くそいつ等をやってしまいまさい?) ―――姉さん? (今のアナタなら出来るわよ。。。多分―――) ―――そう…見てるんなら。 「助けてくれたっていいじゃないか!!!」 ボクの怒りの叫び声と共にはなたれたのは『ふぶき』だった。 距離をとり、様子を伺っていたニューラ達は吹き飛ばされ、マニューラもいつの間にか消えていた。 ボクは、グレイシアへと進化していたのだった。 「姉さん……」 そしてボクは姉さんと呼んでいる…頭の中に直接話しかけてきていたその声の持ち主は確かに姉さんだった。 「良くできました。」 まるで突然そこに現れたかのように、ボクの正面から何事もなかったかのように話かけてくるポケモン。 ボクの姉さんであり、同じイーブイの進化形であるエーフィ。 今回の旅で寒いのは嫌だ、という理由で待っている筈だったが。 どういう理由でか、今ボクの目の前にその姉さんが居る。 「それじゃあ、早速だけどワタシと一緒に帰りましょう。」 そして現われて早々、一緒に帰ろうとボクにそう言った。 しかし、ボクがこうして進化をした理由はご主人様を守るため。 「姉さん、知っているの?ボクは…」 「知っているわよ。だけどもう手遅れ。アナタはワタシと一緒に帰るのよ。」 「なんで?まさか…、もう食べられちゃった…の?」 「いいえ、まだ生きてはいるわ。みんな…ね。」 「だったら助けにいかないと!」 「そういう意味で手遅れなんじゃないの。アナタは行ってはいけない。」 「見捨てろっていうの?ボクは…行くよ!」 「アナタが行ったところで、何が出来るっていうの?頭を冷やし…」 「頭は冷えてるよ。氷タイプだしね。姉さんこそ…みんな居なくなってもいいの?」 「分かっているわ。でも、アナタまで居なくなったらワタシ…どうすればいいの?」 「そんなの、姉さんも来ればいい事だろう?ボクはもうみんなの所へ行くからね。」 「待ちなさい! 分かっているの? アナタが行ったところで!」 ……………… ……………… 「あーあ…、行っちゃった。」 エーフィはその場に取り残された。 悔しそうに尻尾で周りの雪を乱暴に払いのけ… 「時間稼ぎ、できなかったなぁ…ついにあの子も氷タイプ…かぁ」 2度、3度…雪を払う。 体についた雪を二股に分かれた尻尾でたたき落とし… 「まぁ…別にいいか、あの子はあの子で結構可愛いものよね。」 音もなく…『みらいよち』が発動していた。 グレイシアの居たその場所の雪が全て消し飛んでいたが。 あと数秒、グレイシアがその場を動くのが遅ければ、その技の威力はグレイシアが受けていたのだろう。 「何しているのかしらねワタシは…こんな事していてもしょうがないのに。」 途中、エーフィは体についた雪が気になるのか立ち止まっては振り払う。 「ああぁアァーもう…これだから雪は嫌いなのよ!」 そう叫ぶとエーフィはもう、立ち止まる事もせずに、グレイシアの後を追っていった。 |