夜の闇は濃さを増して、そろそろ今日が終わり明日が始まる。
マリル達が冒険に出かけてから、時間にしては数時間も経っていないのだが、
おおよそ考えられない強烈な体験をし、それを生き残った彼らは惚けたように森を歩いていた。

「はぁ……はぁ、ついてきてる?」
「はい。……ほらルリリ、しっかりと手を繋いで」
「お兄ちゃん……うん」

三人の間には、さほど会話らしい会話はなかった。

マリルとルリリの意識が戻ったのも、ほんの十数分前の事でしかない。
リザードも無茶な走りで呼吸困難に陥る疲弊していた。
本来ならもう少し休養を取りたいはずなのに、彼らは体を引きずってでも森の外を目指す。
ときおり後ろを振り返り、歌姫が後ろから追いかけてこないか確かめながら……



          ※   ※   ※



程なくして森を抜け、彼らはマリル達の住処がある河原の傍へたどり着いていた。
そして、ようやく彼らに喜びの表情が浮かび上がる。

「有難うリザードさん、貴方がいなかったら僕達」
「約束……守ってくれて有難う」
「いや、俺は……」

二人とも目に涙を湛え、リザードにお礼を言った。
彼がいなければ、マリルとルリリのどちらかが確実に歌姫の胃袋に収まっていたはず。

「俺の方からも有難う」

それに対しリザードも二人にお礼を言った。
二人のおかげで、臆病だった自分が少しだけ勇気を出すことが出来きて、
トラウマを乗り越える切っ掛けとなってくれたのだから。

彼らは何度もお礼を言い合い、最後に抱きしめあって別れた。

「もう、親を心配させるなよ! それともう夜に出歩くのもやめろよ!」
「うん! 絶対守るから!」
「また会おうね、約束だよ〜!」

元気よく声をかけ、水の中へと飛び込んでいったマリルとルリリを見送り、
その姿が見えなくなるまでリザードは手を振り続けた。

見えなくなると手を下ろし、森の中へと戻っていく。

「ふぅ……」

二人を無事に親元へと送り届け、リザードは気が抜けるような感覚を覚えた。
先ほどまでより足下がおぼつかなくなっており、体を支えるために背から森の木にもたれ掛かる。

「疲れた……今はぐっすりと休みたい。でも、何だろう……凄く気分がいいや」

落ち着いてみると、じんわりと胸が熱くなった。
あの時は自分でも驚くほど体が動いて、自分が放ったワザは嘗て無い威力を引き出した。
リザードはそれを単なる勇気という言葉ではかたづけたくない。


(……あの時の声は……君は誰?)


心の中で呼びかけても、もう一人の自分が声を返すこともない。
あれが本当にもう一人の自分だったのか、それはリザードにも分からなかった。
もしかしたら、不甲斐ない自分を叱咤するために
弟のヒトカゲがちょっかいをかけたのかも……あり得ないことだが、リザードはそう思いたい。

「ふわぁ〜 もうだめ、眠い……っとっと…」

僅かな目眩を感じリザードの姿勢が崩れる。

今日は沢山のことがありすぎた。
早くねぐらに帰って眠ってしまいたい、そう思って再び森の中を歩き始めた。

歩き始めて直ぐに……

「眠いの……? なら歌ってあげる」
「……えっ……ああ……この声は……………」

頭の中に直接送られてきた、綺麗な声。
それにリザードの顔が恐怖に歪み、直ぐに虚ろな表情に変わった。

まるで引き寄せられるようにリザードは森の中を歩き……森の中を流れる河原へとたどり着く。

「ふふ、待ってたわよ」
「うああ! こ、ここは……ひぃ!」
「あらあら、臆病が治ったんじゃ無いのかしら?」

脳裏に響いていた歌声が途絶え、リザードは意識を取り戻す。
そして、自分を呼び寄せたものの姿を見て、腰を抜かした。

「ふふふ、不思議かしら? どうして私が此処にいるのか……?」

河原の水面に浮かぶ歌姫……ラプラス。

顔には三本の爪痕が痛々しく残され、以前の美しい顔は見る影もない。
傷口は塞がっているようだが、
当然リザードを見る目は酷く冷たいものを感じさせる。

さらにはあれほどの子供達を詰め込んで、醜悪に膨れあがっていたお腹が今や跡形もない。
信じられないことだが、この短時間で全員を消化してしまったのだろうか。

もしそうなら恐ろしいまでの消化機能である。

「眠いのでしょう? 歌ってあげる私の子守歌、ぐっすりお休みなさい」
「いや、いやだ! もうお前の声なんて!!」

そして、二度目の講演が始まる。

その歌の力を知っているからこそ、リザードは耳を塞ぎ踵を返して逃げ出した。
……逃げだそうとした。

「……あっ!」

歌声に秘められた魅了の魔力は抗いがたく。
直接頭の中に響く歌声は、耳を塞いだ程度では防ぎきれなかった。

数歩歩いた後、リザードは完全にラプラスの支配下に置かれる。

「ふふ……逃げても無駄だったわね……さぁ、こっちへ」

ラプラスは器用に歌声に、言葉を交えリザードに声をかけた。
ゆっくりと彼女の方へと振り向いた彼の目には光がない。
暫くすると、あの時の子供達のようにリザードの体から光が湧き上がる。

燃えるように真っ赤な光は赤い音符になった。

「ふふ……いい色ね」

抜き出したリザードの心の色にうっとりとした目で見つめ、
周囲を漂うそれをラプラスは喰らった。


”ピィンッ!”


砕け散り、赤い光の粒子となってラプラスの体へと吸い込まれる。

心を喰われ抜け殻となったリザードは、その場へと崩れ落ちた。
抜け殻となった体は生きてはいる、だが、もう言葉を発することも動くこともない。

「……暖かい心、いただいたわよ貴方の大切なモノ」

ゆっくりとラプラスが河原から這い出す。
倒れ伏したリザードに頭を近づけ、そっと体を舐めた。

リザードの反応は無い、それでもラプラスは何度もその体に舌を這わせ唾液を塗っていく。
粘性が少ないせいか彼女の唾液は直ぐに体を伝って、
周囲の砂利までも湿らせていった。

体に唾液を塗っていく作業は地味のようだが、ラプラスの様子を見ている限り楽しそうに見える。
こうしてみていると彼女の舌は見た目より細く長い。
柔らかなリザードの肌の上を舌先がくねり、離れると僅かに唾液が糸を引く。
それがプッツリと切れると、再び舌が這わされていくのだ。

そうやってリザードの全身に舌が這わされ、食べられる前だというのに唾液が滴り落ちている。

夜の闇に行われる食事……日付が変わるのはもうすぐ。
その前に彼女の声が響いた。

「……頂きます」

ラプラスは炎の消えたリザードの尻尾から咥え込むと、何度か咥え直して、
腰回りまでを簡単に頬張ってしまった。

彼女が主食としている小型のポケモンとは違い、リザードはそれなりの獲物。
その体の大きさで、ラプラスの頬や喉回りが幾分が膨れあがる。
ラプラスはそれからも何度か頭を振り、咥え直しつつリザードを喉の中へと滑らせていった。

ズルリと尻尾の先が喉にはいると、直ぐに足が後に続く。

それに伴い外に見えていたリザードの体が滑り落ち、下顎に俯けに横たわり、
だらんと垂らした腕と頭が口の外に見えているだけとなる。


”ジュル……ベロリ”

あれほど優雅さに気を使っていたラプラスが、口から大きく舌をはみ出させた。
月明かりで唾液が鈍く光り、それを纏う舌を艶めかしく見せる。

舌先はそのままリザードの頭を巻き込むように曲がり……口の中へと引き戻された。


”ズルル……ズブ……チュルッ”


最後にリザードの伸ばされた両手が口に収まったとき、ラプラスの唇から涎が跳ね飛ぶ。
全身を収めた彼女の頬は膨らみきり、はち切れんばかり。

顎も盛んに上下し、唇から唾液が滲んでいるが、それ以上溢れはしないようだ。
喉にはリザードの体が大半滑り落ちており、歪に歪んでいる。

「んんっ!」

食事を始めてから、ようやくラプラスが声をあげた。
頭を上向きに傾け首を逸らしていく。

喉の内壁に締め付けられたリザードの体の輪郭が、喉の膨らみにハッキリと現れ……
ラプラスは口を窄め口の中のモノを飲み下す。


”ゴクリッ”


鳴り響いた生々しい音とほぼ時を同じくして、日付が変わる時刻となった。


するとラプラスの姿が揺らぎ始めた。
彼女はそんな自分の体を見つめ、膨れたお腹を見つめる。

そして、今年最後の時間を使って、胃袋に収めたリザードを消化にかかる。

「ふふふ、ご馳走様。もう、聞こえてないだろうけど。
 はぁ〜今年も一杯ね……みんな……」

そう言ってラプラスは自分の周囲に目をやり、何かを見つめていた。
彼女の周囲には何もいないはずなのに、何故か優しげな目を見ているとそこに誰かがいるような感じがする。

……気が付けばすでに後ろ足から体が消え始めていた。

もう、長くこの世界にはいられない、そう悟ったラプラスはヒレを手のように使いお腹を撫でた。
同時にお腹からゴボゴボと胃袋が中に収まったものを溶かす音が響く。

「この子達を連れて行ったら、みんな喜ぶかしら……?
 でも、あの子には怒られるかも、お兄ちゃんは連れてこないでって約束してたから」

消化の音に混じり、ラプラスは絶えず独り言を呟いていた。
その意味はよく分からない、ラプラスは何を言っているのだろうか?

彼女の言い方からすると、まるで別の世界が……

「んんっ ぁぁ……っ!」

ラプラスが目を閉じ、突然喘ぎだした。
それに伴い顔に刻まれた三本の爪痕が消えていく。

消化の進んだお腹の膨らみも大分小さくなっており、ラプラスの体は半透明に近くなっていた。

「ふぅ……じゃあ、みんな行きましょう……私達だけの場所へ」

語り終えたラプラスの声が完全に途絶えた。

姿の消え去った彼女は一体、何者だったのだろうか?
帰ると場所とはどこなのだろうか?

それを知る者はラプラス以外いない……その彼女はこの世界から消え去った。
いや、この世界には存在しない場所へと帰っていった。

彼女が喰らった子供達と共に……








そして、彼女は歌うだろう。
彼女の世界に新たなる住人を招くために……

一年後の夜、彼女の歌声を聞いたら、貴方はどうしますか?

The end

 

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