(エピローグ)



火竜に食われ、灼熱の胃袋の中から生還するという壮絶な冒険を経て、
世界を股にかけて冒険をしているライトは、現在……シャルナ平原という場所にいた。
時が過ぎるのは早く、アレからすでに一月が経過している。


そして、今回の冒険でも……


「ふわぁぁ!!! またですか、いい加減にしてくださいよ!!」

ライトは叫びながら、高原を全力で逃げていた。
それを追い掛けるように、彼の背後では巨大な影が大地に映し出されている。

彼を追い掛けている相手は空にいた。
巨大な翼を持ち、赤き鱗を纏う火竜・フレイアが付かず離れず獲物を追い回し、
小さな火球を相手の足下へと打ち出す。

大きさはロケット花火程度だが、ライトの直ぐ背後に着弾すると……




”ドンッ!”


かなり大きな音を立てて爆発する。
実際には威力は大したこと無いのだが、発する爆音が凄まじい。

ついついそれに騙されて、ライトは咄嗟に前方にダイブし頭を抱えてしてしまう。


「ふひゃぁ……あ、あれ?」
『ふふふ、坊や……隙だらけよ!』

そんな無防備な背中へと、フレイアは高度を下げて飛びかかりながら獲物を捕獲しようとする。
正確に獲物を捕らえ、空中へと連れ去ろうと迫り来る鋭いかぎ爪!

それをライトは、神業的反応で避ける。


『今のを避ける?!』

まさか避けられるとは思っていなかったフレイアは、そのまま地面に着地し地響きを上げながら
体勢を立て直すと、素早く獲物へと向き直った。


『坊や……最近ドンドン手強くなってきたわね』
「いい加減に諦めてくださいよ! どうして僕を追い回すんですか?!」

こうしたフレイアの襲撃は、これで三回目。
それも時を選ばず、脈絡無く突然襲い掛かってくるので堪ったモノではない。

ライトが叫ぶのも当然なのだが、それをフレイアは平然と聞き流した。



          ※    ※    ※



それにしても、世界中を旅する彼を、フレイアがどのようにして見つけ出しているのだろうか……?
これはライトも知らぬ事だが、すでに彼の中にはある印が刻まれているのである。

それがレーダーの役割を果たしているわけだ。

彼女がライトに印を刻んだのは、洞窟の中……二人で長く唇を重ねていたとき。
あの時ライトの喉の中へと、流れ込んでいたのは彼女の舌だけではない。
舌を伝う唾液に混ぜて、彼女は自身の魔力を注いでいたのだ。

ライトの体内に注がれた彼女の魔力は、ちょっとした作用を彼の体に施す働きをし、
表には現れない変化……体内の何処かに彼女の姿を象った紋章が刻まれる。

この紋章は本来なら親しい者に施し、お互いの居場所を相手に伝えるために使用する魔法なのだが。
その魔法をフレイアはライトに使った。
つまりライトが、どれだけ遠くに逃げたとしても、
フレイアはこの紋章の気配をたどり、何時でも相手の位置を知ることが出来るという事になる。

これでは絶対に逃げられない。

文字通りフレイアに自分の物であると唾をつけられたわけだ。
もっとも大まかな位置までしか分からないため、近づきすぎると効果が薄くなる欠点もあるが、
明らかなハンデを知らぬ間に背負わされていることには違いない。



          ※    ※    ※



詰まるところ……唇をフレイアに奪われた時点で、
彼の人生に平穏という言葉が消え失せ、気の抜けない毎日が始まったのだといえるだろう。


『ふふふ、私……坊やのことが気に入ったの、それが理由。
 それに再開したときに言った筈よ、私が坊やを食べるまで永遠と追いかけ回してあげる。
 今度は絶対に吐き出さないから、覚悟していなさい!』
「ひぃぃぃ! た、食べないでくださいよ!」

獲物との会話の最中……フレイアは自分の心が、興奮に包まれてくるのが分かった。
後ずさる獲物へ、彼女はしだいに距離を詰めていきながら、更に続ける。


『だめよ、だって坊やは隙だらけじゃない。
 放っておいたら何時か別の奴に食べられてしまいそうだから、誰にもあげない。
 私だけが坊やを食べるの』




”ジュル”


ついに我慢できなくなったのか、フレイアの口元からは涎の滴る舌が姿を覗かせる。
滴り落ちる涎に、ライトは青ざめて脱兎の如く逃げ出した。

以前よりも随分と早くなった逃げ足で、一直線に平原を駆け抜けながら叫ぶ!


「無茶苦茶な理由じゃないですか、フレイアさんは我が儘すぎますよ!」
『待ちなさい! 絶対に逃がさないわよ!!』

こうして二人の鬼ごっこが再開された。
果たしてライトはフレイアの魔の手から逃れ、今回も逃げ出すことが出来るのだろうか?
それとも今回こそ捕まって、美味しく食べられてしまうのだろうか?

彼の運命が、そのどちらになるのかは分からない。
ただ……少なくとも『火竜の印』が刻まれた者に、穏やかな平穏が訪れることはないだろう。



それが火竜に絆の証を刻まれた、彼の運命なのだから……


The End

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