〜 古の王国 終末の物語 〜 その王国には一人の王と一人の后がいた。 お互いが足りぬところを補う為に、王は武を司り、王妃は知を司る。 国が乱れると王がその力を使い、国軍の指揮を執り国を守った。 国が安定していれば、王妃がその知恵を使い、政の指揮を執って国を治める。 この伝統は王国がおきたときから続いており、凡そ三千年に渡り守られてきた。 国がもっとも栄えていた頃……新たな王と王妃が即位した。 すでに王妃が王の子供を身ごもっており、経過も順調であと数日ほどで王の子供が生まれる……筈だった。 国を滅ぼす悲劇の原因……それは一匹の竜によってもたらされる。 その竜は国の幸せと共に訪れた。 とある日に王の子供の誕生を祝うため、国民は盛大なパーティーを王と王妃のために催すと、 当然のように王はこれを喜び、そのパーティに参列し皆に祝福を受けていた。 しかし、当事者の一人である王妃は数日後に出産を控えており、 周囲の抑えもあって、お城の自室で城下の祭りを眺めていることしか出来なかった。 どこか寂しげに祭りを楽しむ王妃をよそに、 より華やかに、より賑やかになってくる祭りを楽しむ王は幸せの絶頂にいた。 そんな折に、城から大きな衝撃音が鳴り響く! 祭りは一気に静まりかえった。 慌てて城に帰還した王が見たのは、王妃と多くの従者がいたはずの部屋が 変わり果てた瓦礫の山となっている光景。 そして、王妃が寝ていたはずのベットに丸くなり眠っているドラゴンの姿である。 王は唖然とし、周囲にいる自分の部下を問いつめた。 『何故こんな所に竜がいる?! 王妃はどこに行ったのだ?!』 激しい激昂を見せる王に対し、国の側近達は言いにくそうに事の顛末を告げる。 その言葉は王を絶望の淵へと誘うことになった。 『まず最初に、竜王の子を名乗る一匹の竜が王妃の部屋へと乱入した。 その時に巻き起こったのが、あの衝撃音である。 部屋を破壊し、中へと入り込んだ竜は王妃に自分の物になれと一方的に告げ、近寄っていった。 しかし、王妃がそれを拒絶すると、自分の物にならないモノは何も無いと竜が声を荒げ、 部屋にいた従者に襲い掛かり次々と丸呑みにすると、最後には王妃までも丸呑みにしてしまった。 力づくで欲しいモノを手に入れた竜は、誰も逆らうモノはいないとばかり、 こうして王妃のベットに寝ているのだという』 立ち尽くしたまま王は側近の話を聞き終えると、徐に腰に下げた剣を抜きはなった。 普通の剣では竜の鱗に傷は付けられない。 だが、この国の王は最強の武人。 その手に持つ剣にも、強力な魔力があり万物を両断する力を秘めていた。 しかし、王妃を喰らった竜は竜王の息子。 手を出せば、竜王にどれほどの怒りを買うかと恐れた側近が王を止めようとしたが、 激昂した王の狂気は手がつけられず、王は竜を斬り殺してしまう。 それから暫くして、息子の死を知った竜王は人に戦争を仕掛けた。 人と竜、異なる二つの種族の争いは、一方的だったという。 空を埋め尽くすかのような無数の竜の軍勢が国に押し寄せ、王国は人々の悲鳴で満ちあふれた。 最強であった王は数多の竜を斬り殺したそうだが、 自ら手をかけた竜の親……竜王の牙にかかり、食い殺されてしまう。 こうして、王国の歴史は瞬く間に幕を閉じたのである。 〜 完 〜 ※ ※ ※ ”パタンッ” 本を閉じる乾いた音が、廃墟となった塔の一階で鳴り響く。 すでに長年の月日で土に埋もれてしまったその場所は、地下といった方がいいのかも知れない。 内部はかなり薄暗く、明かりといえば僅かに地上から光がまばらに差し込む程度だ。 特に夏場の季節でもあることから、蒸し暑く空気も淀んでいる。 お世辞にも居心地がいいとは言えない。 そんな場所にどうして本の音が……? いや、それよりも声がする。それも複数の人の声が…… 「それで首領、その話がどうしたんですか?」 「くくくっ……実はなこの朽ち果てた塔が、この本にある城の残骸という噂があるんだ。 詳しくは分からんが……とりあえず、お前も読んでみろ」 「あっ! わっわっ……とっ……」 片方の大柄な男が本を手荒く投げ渡し、向かい合っている小柄な男がそれを何回かお手玉し辛うじて受け取った。 両手に収まった本を見て、小柄な男は安堵するとさすがに批難の声をあげる。 「ふぅ……首領はモノの扱いが乱暴すぎますよ」 「つべこべ言わずにさっさとしろ!」 「は、はい!」 しかし、立場がよほど低いのか大柄の男の怒鳴り声一つで、急いで本に目を落とす。 部屋の中はかなり薄暗い筈なのだが、思いのほか本の内容を、読み進める動きに淀みがない。 たまに手が止まるときもあるが、それは次のページをめくるときぐらい。 常に一定の間隔で、パラパラとページをめくる音が、薄暗い部屋の中で響き続けている。 人間なら確実に目が悪くなりそうな行為だが、彼等にはそんな心配は無用だろう。 彼等のどちらもが『獣人』と呼ばれる種族だからだ。 多様な彼等の獣の外見は伊達ではなく、人間とは一線を画すほどの身体能力にくわえて、 視覚、嗅覚などに代表される感覚器官は野生の獣並み。 それらの基本能力は、彼等のベースとなる獣の力によって変わるが、人の基準を明らかに凌ぐ。 そんな彼等を別の言葉に『あえて』言い換えるのなら…… 『獣の姿をした亜人間』でも構わない。 もっともそれは彼等にとって、酷い侮辱の言葉となるから注意が必要だ。 獣人達は歴とした人であり、この世界では全ての人々がそれを常識だと同じ世界を生きる仲間として受け入れている。 首領と呼ばれた大男は『狼』 小柄な男は『猫』 それぞれが元となる獣の姿に違いはあるが、共に暗視を備える生き物である。 だから、暗闇の中でも本を読むことぐらい造作もなかった。 それらの要因の御陰で、彼等の中には世界を巡る冒険家……その中でも、 一発当てればもっとも実入りが多い遺跡潜りを、主とする探検家になるものも少なくない。 危険が潜む遺跡には彼等の能力が非常に有効に働くからだ。 だが、その恵まれた能力を悪用し、悪事をはたらく者も……いる。 そして、彼等は…… 「……おい。まだか?」 「い、、今読み始めたばかりですよ? もう少し待ってくださいっ」 「……ちっ、早くしろよ」 じっくりと本を読み進めようとする猫の獣人に対して、大きな瓦礫の上にあぐらをかいて座っていた狼の獣人が 痺れを切らしたように苛立った声で急かしはじめる。 どうも待つのが嫌いな性格をしているようだが、様子を見る限り他にも理由がありそうだ。 (たく……とろくさい奴だな) 狼の獣人である彼は冷めた目で相方を見つめながら、軽く溜息をつく。 数週間ほど前までのことだが、彼は……大きな盗賊団の首領を努めていた。 『漆黒』 まさにその名の通り闇に紛れる漆黒の毛並みに、恵まれた体躯と鋭敏な感覚が彼を優秀な盗賊へと成長させた。 それだけでなく狼という種族柄か、意外と面倒見がいいこともあり、 リーダーとしての素質が、短期間で彼を首領という立場まで押し上げることとなった。 気が付けば仲間も増え……五十を超える大所帯の盗賊団にまで成長したまでは良かったのだが、 派手にやりすぎた結果、王国警備隊の討伐対象に選ばれてしまった。 そうとは知らない彼等は、巧妙な罠にかかり王国警備隊の奇襲にあう。 この世界の盗賊に与えられる罰は一つ、死罪のみだ。 その場で斬り殺された仲間や、捕縛されて結果の決まった裁きを受けた者もいるだろう。 だから、彼も必死に逃げた。 逃げる途中で偶然に助けることが出来たのが、目の前の部下一人だけ。 確認したわけでもないが他の仲間は恐らく…… 彼は誓った……次は、もっと強固で強靱な組織を作ると、今回の宝探しはその資金集めだ。 こうした確固たる目的が彼にはある。 だからこそ焦りがあり、それがイライラとして噴き出しているのだ。 「おい! まだ……」 「……しゅ、首領……読み終わりました!!」 早くしろと再度声を出しかけた首領を遮り、部下が本を閉じた。 こちらは本を粗末な扱いはせずに、持ち主に返すため傍に歩み寄ると丁寧に本を差し出している。 首領はその本を一瞥すると…… 「……こんなもの、一度読めば十分だろ」 差し出された本を無造作に掴みあげ、遠くへと放り投げる。 ”ドサッ!” 「ああっ! また本を粗末にして……一体どうして首領は、ものを大切にしないんですか!」 「んなもの、探索の邪魔になるだろうが!」 「ひっ! ……す、すみません」 閃光のような首領の一喝が、部下の口を一瞬にして閉ざさせた。 その一声で部下は項垂れて肩を落とす。 「どうしても欲しかったらお前にやるよ。 俺は先に行くから、拾ったらさっさと追いかけてこい」 それでも未練がましそうに、本を見つめる部下の姿に閉口すると、 首領は投げやりのように言葉を投げかけ、座っていた瓦礫の山から飛び降りる。 結構な高さがあったが、足音もさせずに着地すると言葉通り、 一人で奥へと歩いていってしまった。 「あっ……ま、、待ってくださいよー!! 慌てて部下は制止を呼びかけるが、首領はそのまま奥へと消えていった。 一瞬どうしようかと、拾い上げた本を抱きしめ右往左往したが、 どうしても本を諦めることが出来なかったのか、手持ちのリュックサックに本を手早く放り込み…… 「首領〜!! 本当に待ってくださいよぉ〜!!!!」 何とも情けない声を出しながら、駆け足で首領の後を追って走り出したのだった。 ※ ※ ※ あれから追いつくまで少し時間がかかったが、問題なく部下は首領の元へと合流を果たしていた。 いま二人がいるのは、本当に日の差さない真っ暗闇。 完全に土砂や瓦礫で埋め尽くされ、通れなくなった通路も数多くある。 そんな具合だから、ろくに探索が進んではいなかった。 大体そんな調子で瞬く間に一時間程が過ぎ去った頃。 「首領……ところで、本当に噂は真実なんでしょうか?」 「お前、今更そんなことを聞くのか?」 突然に疑問を口にした部下に、首領が首だけ振り返る。 浮かぶ表情は何処か呆れたような顔であり、首領の心情をありありと語っていた。 そして、言ってのける。 「まあ、嘘だろうな」 「へっ!? な、なななっっ……あぅっ!!」 部下にとって首領の発言は衝撃的なものだった。 まさに呆気にとられて、惚けたまま直進してしまい首領が立ち止まったことにも気づかない。 二人の間隔もそれほど離れていなかったことも災いし、部下は目の前の大きな背中に顔からぶつかってしまう。 顔が潰され、何とも情けない悲鳴が響き渡った。 身体の鍛え方がまるで違せいでもあるが、体重差もかなりある。 まさに部下は筋肉の壁にぶち当たり、ものの見事に跳ね返されてしまったわけだ。 対して首領の方は衝撃にも微動だにもせず、 「気持ちは分かるが、お前のような部下を持って俺は情けないぞ……」 尻餅をついて痛そうにしている部下の醜態を目にして、半ばあきれ顔を浮かべている。 こんなドジで華奢な部下と一緒に盗賊団を再建できるのか、彼自身かなり不安になってきた。 昔はそれこそ頼りになる仲間に囲まれていたのだが…… 思わず優秀だった仲間と目の前の部下を見比べても、今となっては空しくなるだけで、 自嘲気味に首領は頭を振る。 こんな部下でも、彼の仲間だ。 何処か憎みきれない仲間を助け起こそうと、首領は手を貸した。 「す、すみません……首領…… でも……嘘だと分かってるなら……何で?」 「いや嘘だと確信している訳じゃない。だが……恐らく十中八九そうだろと言うだけだ。 お前は知らんだろうが、お宝探して遺跡に潜っても空振りが殆どなんだよ。 俺も何度か挑戦したことがあるが、有名どころは大抵……先客がいてだな、そいつらにめぼしい宝は……」 「だめだったわけですね……」 それは苦い思い出なのだろう。 盗賊としては腕が立っても、遺跡荒らしとしては素人同然なのだからしょうがない。 それでも無念そうに顔をしかめる首領の表情を見て、 ようやく部下もこの塔に来た目的の真意を察したようだ。 「つまり……あれでしょうか? 遺跡荒らしは早い者勝ちだから、とにかく早めに手をつけろと言うことですね?」 「そう言うことだ。一応……情報屋には金を掴ませて、 この噂話は差し止めて貰ってるが、せいぜい二〜三日程度だからなぁ……」 彼等は一番近場の街からこの塔に来るまで二日以上の時間を移動で消費していた。 すでに差し止めの期限が切れていてもおかしくない。 ……とは言え、タダでさえ出所の怪しい噂話だ、それほど情報料がかかったわけでもなく、 他の探検家や遺跡荒らしからは随分と先行しているのも確かだ。 それに未だ収穫がゼロとは言え、まだまだ探索を始めたばかりなのだから諦めるには早い。 「さて、そろそろ無駄話は止めだ」 「は、、はい! 首領……頑張って一発当てましょう!!」 いきなり元気よく張り切りだした部下に対して、首領は少し微笑する。 数撃てばあたるような今回の目的を教えたら、部下がやる気をなくすのを恐れて秘密にしていたのだが、 ここまでやる気になってくれるなら、秘密にせずに最初から話した方が良かったかも知れない。 これからは少しぐらい、頼りない部下を信じてみるか。 少しだけ部下の評価を高めながら、歩き出そうとした首領の目に何かが映る。 鈍い光を放つそれに素早く目が動いた。 「……ん? おい、その足下で光ってるのは何だ?」 「えっ……ええ? なんかありますか?」 慌てて部下がその場を退くと、首領は見つけた黒い塊を拾い上げた。 少し古ぼけて、泥や土などで汚れて黒ずんではいたが…… 「汚れが酷いな……だが、擦れば落ちる……」 「しゅ、、、首領……それって……?」 「ああ……金貨だな」 しだいに綺麗に汚れが剥がれ落ち、黒い塊だったものが元々の姿を現した。 黄金色に輝くそれに部下の目が釘付けになる。 彼等の世界での貨幣は銀貨が主流となっており、少数だが金貨も流通はしている。 ただし、金貨の価値は桁が違った。 「これ一枚で……銀貨千枚ぐらいか?」 「や、やったじゃないですか! もしかしたらもっと一杯?!」 「落ち着け、良く回りを見てみろ」 明らかに目の色が変わる部下の様子に、首領は落ち着くように諭した。 そんなにいっぱいあるなら、いままで気が付かないはずがない。 事実……念のため暫く周辺を探したが、見つかった金貨はさっきの一枚だけだった。 「見つからないですね……はぁ……」 「そう落ち込むな、望みが出てきただけでも収穫だからな」 肩を落とす部下を宥めながら、首領は軽く握りしめていた金貨をズボンのポケットにしまい込む。 少なくともこの塔に宝があるという可能性が、少しは出てきたわけである。 最悪だと金貨一枚きりだけという可能性もあるのだが、この状況でその考えは邪推だろう。 二人はその後も一階の宝探しを続け、簡単な塔の内部の地図を作成しながらの探索は数時間にも及んだ。 しかし、結局この階層で見つけた宝は金貨は一枚だけ。 数時間の探索は徒労に終わった。 ……が、それ以外に一つの収穫を彼等は得ることが出来た。 通常の塔とは違い、やたらと広く複雑な通路を歩いている最中に上の階に続く階段を発見したのである。 「この階に宝はもう無さそうだな、仕方がない……上を目指すぞ」 「首領、了解です!」 二人は見つけた階段を使い、更に上の階へと探索の範囲を広げていった ※ ※ ※ ―― 朽ちた塔 五階 ―― あれから二階、三階と探索を続けていた二人はついに五階まで探索範囲を広げるに至っていた。 残すは最上階だけなのだが…… ここまでの探索の成果はハッキリ言って芳しくない。 ゲームなどで良くあるように分かりやすく、宝箱でも置いてあるのなら苦労もないのだが、 実際は床や瓦礫の隙間に目を凝らしての地道な探索が必要だ。 それこそ盗人のように、家屋に侵入し盗みを働いていたのならまだ勘も働くだろうが…… 彼等は盗賊団である。隊商などを集団で襲い、金品を略奪して逃げるというのが彼等のやり方であり、 こういった家捜しはハッキリ言って苦手な方だった。 それでも見つけ出した金貨が十数枚。 素人にしては中々上出来な成果だと言えるだろう。 はっきり言って、これだけあれば一般人なら一年ほど遊んで暮らせる金額である。 しかし、これでは盗賊団を再建するには足りなかった。 そこで彼等は残された最上階に望みを託して、階段を探し五階を歩き回っていたのだが…… 無数の罅割れ、大きな亀裂が走しる石床が彼等の行く手を阻む。 ”……ガラガラッ” 「ちっ……此処も崩れかけてるみたいだな」 「はぁ……はぁ……しゅ、首領……さすがにそろそろ引き際では?」 剥離し崩れ落ちた瓦礫を目に、二人は安全な足場までゆっくりと後ずさった。 迂闊に足を踏み出せば床を踏み抜き、数メートルはある下の階へ真っ逆さま。 運が悪いと落ちた衝撃で更に床が陥没し、更に下へ……そうなれば獣人の彼等でも命はない。 特に体格が良く、体重の重い首領にとっては歩くだけで神経をすり減らしていた。 それを考えると尻込みしている部下の気持ちが痛いほどよく分かる。 (さすがに引き際か……だが……) 常に冷静に行動してきた首領の心に迷いが生まれた。 普段の彼なら言葉通り、この辺が引き際だと判断して撤収を計っただろう。 だが、その判断がいまの彼には出来ない……と言うより、選べない。 これまでに見つかった金貨が足かせとなり、あるかどうかも分からない宝に対して欲が吹き出てしまう。 良くも悪くもそう言った欲に縛られるのが人なのだから…… そして、縛られた以上、彼はもう引き返せない。 「ようやく、ここまで来たんだぞ……? 今更引き返せると思うのか?」 「で、ですが首領……いいじゃないですがこれだけで、これ以上は危険すぎますよ!」 「……分かった」 部下の訴えに首領は妙に低い声で答える。 それでも部下はホッと息をつくと、いそいそと引き返すための準備を始めた。 そんな部下を尻目に首領は前に進む。 気づかれないように低く『……すまない』と呟き、慎重にひび割れた石畳に足を踏み入れた。 ※ ※ ※ 「じゃあ、早く引き返しましょう……?」 ようやく準備を終え、リュックを背負い直した部下が顔をあげると目の前に誰もいなかった。 戸惑いながら周囲を見渡し首領の姿を探していると、 「ああ……だが、お前一人で引き返すんだ」 「……えっ? あ……首領…………」 少し離れたところから首領の声が聞こえて、そちらへと顔を向けると絶句する。 一人で石畳を渡って佇む首領の姿と、言われた言葉の意味。 『このままだと、置いて行かれる』 しだいにそれらの意味を理解すると……思わず叫ばずにはいられなかった。 「しゅ、首領! 一体どうやって……それより何で?!」 「止まれ! お前には無理だ!」 思わず駆け寄ろうとした部下を首領の怒声が押し止める。 その声に辛うじて立ち止まった部下の目の前で、床が大きく崩れた。 ”……ピシッ……ガラガラッ!!!” 「……あっ」 絶対的な距離、これを飛び越えることは部下の彼では出来ない。 どうにも出来ず崩れた床と、首領を交互に見つめ……その場にへたり込んでしまった。 それを見届けた首領は頭を掻きながら、溜息を洩らす。 「安心しろ、すぐ戻ってくる。 だから、お前は先に外で待ってろ」 「で、、ですが……首領……」 「信用が出来ないなら、これもお前に預けておくよ」 そう言って、首領が小袋をいきなり放り投げた。 拳大のそれは違わず部下の手の中に収まり、ジャリッと音を立てる。 思わず部下が中身を確かめてみると……これまで集めた金貨が全部入っていた。 盗賊団を再建するための大事な資金。 それを預けられると言うことは、それだけ信頼されていると言うことだ。 ……少なくとも部下の彼はそう思った。 「念を押しておくが……絶対になくすなよ?」 「は、はい!」 絶対に戻ってくると約束する首領の言葉に、部下は力強く頷いた。 納得したわけでは無さそうだが、彼も分かっているのだろう……自分は足手まといでしかないのだと。 何かに耐えるような涙ぐんだ表情を浮かべ立ち上がり、 首領に背を向けると小袋を守るように抱きかかえ塔を引き返していった。 すぐに姿が見えなくなり、足音もしなくなる。 そして、首領は一人残された。 「……たく、世話が焼ける奴だ」 憎々しげだが、どこか楽しそうに首領が笑う。 それからゆっくりと背後に向き直り、歩いていくとすぐに最上階へと続く階段が見つかった。 この上に宝があるのか分からない。 けれど首領は躊躇無く塔を昇っていった。 そして…… |
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