日が昇り空を明るくてらし…そして、また沈み今度は月が夜空を照らす。
その度に湖は水面の色を変え、
赤く染まり次は澄み渡るような青を彩り、
そして、今は黒く夜空の色を写し取って静かに水をたたえていた。

そんな湖の中でリヴェーヌとアイゼンは時が止まったかのようにジッとしたまま動かず。 

アイゼンが目覚めるのをリヴェーヌはジッと一日中…待ち続けていた。

そして、次の朝日が昇り、
再び湖が赤く染まりだした頃……

「うっ…う〜ん…………」
(……ここは何処? どうしてだろう、体がだるい…声が出せない…)
「ア、アイゼンさん……良かった。 …やっと目を覚ましてくれた。」

目を覚ましたアイゼンが最初に見たのは、
今にも泣きそうな竜の姿をしたリヴェーヌの表情だった。

(……リヴェーヌ…あなたずっと私を……)
「…うぅ…わたし、わたし……
 アイゼンに酷いことを…あなたを食べてしまった。」

弱々しく身体を震わせて、
アイゼンは何かを言いたそうにパクパクと喋れない口を開いている間に……

目を潤ませ、顔を悲しみで赤く染め……
必死に泣き崩れそうになりながら声を絞り出していくリヴェーヌ。

心の中で……
アイゼンが無事に起きたことが嬉しくて、
でも、自分のやってしまったことがとても辛くて、
もう……自分の心がどうなっているのか何も分からなくなっていた。

(うう…アイゼン…私あなたになんて声をかけたらいいの?
 嬉しくて……でも辛くて……自分の心が…分からない……)

数滴ほどリヴェーヌの大粒の涙がアイゼンの頬に落ちる……
まだ動けずにいるアイゼンの顔に胸にリヴェーヌは顔をすり寄せて、

震える涙声で

「……ごめんなさい。」

一言そう呟き…そのまま目を閉じると、
アイゼンのぬくもりを感じ取るかのように胸に顔を埋めてジッと動かなくなっていた。 


(…リヴェーヌ…今すぐ…抱きしめてあげたい。
 声を聞かせてあげたいのに……)

アイゼンは優しい顔を浮かべてリヴェーヌの顔を撫でようとするが、
手を満足に動かすことが出来ずにプルプルと手が震えている。

しばらくアイゼンさんの体に顔を埋めていたリヴェーヌは、
顔をはなし……自分の心が潰れそうになりながらも……

「……アイゼンさん……っ!…はぁ、はぁ……さ…よう…なら…」

アイゼンとの別れの言葉を言ってしまった。
そして、アイゼンに背中を向け何かを断ち切ると……

ゆっくりと湖に帰っていく。

「っ!……あ……うぅ……っ!」
(何を言って! ……待っていかないで!)

必死にリヴェーヌに呼びかけようとアイゼンは口を開く…が、
まだ声が戻っていない…もれるのは空気がぬけるような小さな呻き声だけ……

自分を悲しそうな目で見つめるアイゼンから……
逃げるように声から耳を塞ぐように…
リヴェーヌは振り返ることなく、何も言葉を返すことなく湖の中へと入って行き、
その姿がリヴェーヌの姿が湖の中に消えてしまった……

「……あ…ううっ!……リヴェーーヌ!」

皮肉にもアイゼンが声を取り戻し、
大切な人の名前を大声で叫んだ時には……

すでにリヴェーヌの姿はなかった。



それから毎日のようにアイゼンは湖に遅くまで通っていく。
その理由は再びリヴェーヌに会うためなのは確かだった。

湖の水辺でじっと待ってくれているアイゼンを…

「……アイゼンさん。 ……どうしてなの?
 何で諦めてくれないの…私…もう…あなたに会う資格なんか無いのに……」

リヴェーヌは気が付かれないように術と水面の波で姿を隠し、
とても悲しそうな表情でその様子を見つめていた。

「うう……でも、…アイゼンさんとまたお話したい。
 また、一緒にあんな風に笑いたい……ぐっ…あぐぅ……」

次第に胸が苦しくなってきてリヴェーヌは水中に沈んでいき、
堪えるように胸を抑えて湖底で蹲った。

「……ぐぅ……何で……心が引き裂かれそう……」

親友のアイゼンさんにあんな事をしてしまった自分が許せなくて、
アイゼンに会わせる顔が無いと思いこんでいた。

でも、毎日、自分に会いに来てくれるアイゼンを見ていると、
嬉しくて…今すぐ飛び出して抱きつきたい。
二人で一緒に楽しく笑っているあの光景を取り戻したい……

そんな矛盾する想いがリヴェーヌの心に強く負荷をかけていた。

「誰か教えて……私はどうしたら良かったの?」

その問いに誰も答えてくれるはず者は無く。
リヴェーヌにはどうしても……
アイゼンとの絆を完全に断ち切ることは出来なかった。

「ねぇ……アイゼンさん。 
 私……あなたと会っていいの……?」

そして、心は次第に傾いていき……だが、

「うぅ……ダメっ! 今更どんな顔をして会えばいいのよ…」

だからといって今更、アイゼンと会うことも出来ず。
そのための勇気をリヴェーヌは出すことが出来なくて、
ズルズルと先延ばしになっていくにつれて余計に出ずらくなっていった。



二人の思いがすれ違うそんな毎日が過ぎていく。
そして、リヴェーヌが姿を消してから2週間が過ぎた。

たった一人で水辺で佇み…
思い人を待ち続けているアイゼンは気が付いていた。
少しずつ荒れ果てていた湖の景観が元の綺麗な湖に戻ってきていることに……

「リヴェーヌさん……」

ポツリとアイゼンの口から思い人の名前がこぼれた。
一生懸命にリヴェーヌが湖をもに戻そうとしているその様子を頭に思い描いている内に…… 

自然と名前を言ってしまい、アイゼンは口にそっと手を当てて、
ハァ〜…っとため息をつく。

(もう…あの馬鹿! 一体いつまで隠れているのよ!)

今まで待たされ、今も待たされ続けている。
そんな状況にアイゼンはとうとう我慢できずに心の中で怒りを吐き出した!

(私がどれだけ…どんな思いで湖に来ていると思っているの!?)

あの時、寂しそうに湖に帰っていったリヴェーヌの顔が、
アイゼンの目には今も強く焼き付いている。
あの後、アイゼンは自分に腹が立って仕方がなかった。

(私……何も出来なかった。どうして何も言ってあげられなかったの!
 リヴェーヌは私の大事な友達だったのに……
 もしかしたら今頃…前と同じように笑っていられたのかも…痛っ!)

気が付くと痛く感じるほど手を握りしめていた。
爪が手のひらに食い込みそうになっていて、一度深呼吸をしてゆっくりと手を開いていく。

アイゼンもリヴェーヌと同じ……

『相手に合わせる顔がない』

そう思っていて、でも…唯一の違いがある。
それはアイゼンが少しだけ『勇気』があったこと……
諦めずにリヴェーヌが手放そうとした絆という紐をまた結び直そうと、
あの時のことを謝ろうと一歩を踏み出せた事だった。

でも、そろそろ…それも限界に近かった。
彼女…アイゼンも辛いことには変わりないのだから…

だから、アイゼンは少し怒りに引きずられていき、
キッ!と目を見開き湖を見つめて……

「…すぅ……リヴェーーヌ!!
 いい加減にいじけてないで、出てきなさいよ!!」

湖に向かって、リヴェーヌさんの名前を大声で叫び呼びかけた!



その叫びは湖に隠れているリヴェーヌの元に届く。
アイゼンの声を聞き逃すはずはないのだ…

「……っ! …アイゼンさん?」

叱咤されるアイゼンの声に一瞬ビクつき思わず首をすくめたリヴェーヌ。
ゆっくりと頭を上げてこっそり水面から顔を出し、
遠くの水辺で湖を見ているアイゼンの姿を見つけた。
驚いたけどあの叱咤の声が、自分を求めてくれるアイゼンの声が、
リヴェーヌには堪らないほど嬉しかった……

そして、口を開きアイゼンに向かって呼びかけようとして、

「…………」

でも、そこまでだった……
言葉が……アイゼンの声に応える言葉が口から出てこなくて、
項垂れたようにリヴェーヌは口を閉じてしまう。

今すぐに飛び出していきたいリヴェーヌだったが、
あと一つ後押しする何かが無くて、どうしても勇気が出せなかった。



何も返ってこない静かな湖をアイゼンは震えながら見つめている。

「…………どうして…リヴェーヌ! どうして何も答えてくれないの!?」

もどかしさに感情がさらに高ぶっていく……
そして、

「それじゃ…私…一体どうやってあなたに謝ったらいいのよ!!」

次々と想いが言葉が溢れてくる。

「私は好き…この湖のことが……でも! 
 今はあなたが一緒にいてくれないと寂しくて楽しめないの!」

止まらない自分の心を抑えられない。
全ての心内を湖の何処かにいるリヴェーヌに伝えないと気が済まなかった。

「今日は…もう帰るけど……絶対諦めないからね!
 あなたがどんなに嫌がっても……私はあなたと一緒に居たいから!!」

思いの丈を叫んだ後……アイゼンはきびすを返して帰り始める。
その時に、無数の小さな水滴が飛び散っていた……



それを……アイゼンからこぼれ落ちた涙をみて、
リヴェーヌは思わず手を伸ばし……

「ま…待って…アイゼンさん。」

自然と声が胸から湧き上がるように出てきた。
しかし、遠く離れたアイゼンにはその声が届かなくて二人の距離は広がっていく……

「待って……アイゼンさん。
 まだ、行かないで……言葉、届いたから……」

今のリヴェーヌの心にはアイゼンの言葉が想いが暖かく詰まっていて、
いつの間にか重くのし掛かっていた苦痛が消えさり……
気が付くと勝手に水辺を目指し、
自分の体が水を切り水しぶきが上げて泳ぎ始めていた。

「はぁ、はぁ…… 早く、もっと早く動いて!
 行ってしまう……早くしないとアイゼンさんが行ってしまう!」

二人の距離が瞬く間に縮まっていく。
でも、それでもリヴェーヌはとても遠くに感じて、
出来うる限り全力で湖を泳ぎ…水辺にたどり着き……

森の中で小さくなっていく人影に向かって、

「アイゼンさん! お願い…待って!」

今度はリヴェーヌが想いを届けるために叫んだ!
その声は空気を震わせて、運ばれていき……

「……っ! リヴェーヌ…さん?」

想いは届き、アイゼンを振り向かせた。

そして、あの悪夢が……


ズシィーーーン!!!


再び地震が湖を森を大地を大きく揺るがした!

「うぐっ! また地震!」

四肢に力を入れ地面をしっかりと踏みしめてリヴェーヌは揺れに耐えていく。
その時、地面が揺れる地鳴りと共に…

「きゃ! あぐぅ!!」

アイゼンの悲鳴が響いてきて、

「アイゼンさん!! 大丈……」

その時、視力のいいリヴェーヌの目が捉えたのは、
地震の衝撃でひっくり返り倒れているアイゼンの姿と……

その上に今にも倒れてきそうになっている折れた巨木だった。

「……っ! ダメーー!」

その瞬間にリヴェーヌは叫び、純粋にアイゼンを助けたいという思いが、
勝手に体を動かして猛スピ−ドでアイゼンのところに駆け寄り、
覆い被さって……

「絶対に傷つけさせない! アイゼンさんは私が守る!」

決意の咆吼と共に尻尾に力を入れ、全力で後方をなぎ払った。
遠心力で尾が綺麗な弧を描き、巨木に叩きつけられ軽々とはじき飛ばした!

「うぅ…リヴェーヌ…あなた。」
「動いちゃダメ…まだ危ないから……」

自分の下で痛みに呻きながら身動きしているアイゼンをのぞき込んで、
安心させるように微笑みを送り……
そして、地震が収まるまで、
リヴェーヌはジッとアイゼンに覆い被さって守り続ける。


……その後、すぐに地震は収まった。

「……もう、大丈夫みたいね。」

地震が収まり、それでも注意深く当たりを見渡してから、
リヴェーヌは立ち上がりアイゼンから退く。

「アイゼンさん……怪我はなかった?」

心配そうにアイゼンを見ながら、
手をそっと背に回して優しく身を助け起こした。

「…………」

助け起こされた後……
アイゼンはジッとしたまま手をギュウと握りしめて、
無言で俯いたまま少し震えるように立ちつくしている。

「……アイ…ゼンさん?」

それを怪訝に思ったリヴェーヌは頭を近づけていき…
その途端、アイゼンは顔を上げキッと怒ったようにリヴェーヌの顔を睨みつけた!

「…ヒゥッ!」

その迫力にリヴェーヌは気圧されるように呻いて、
思わず目を瞑り怯んだように頭を少し下げた……その瞬間に!


バッチィーーン!


「ハグッ!」

アイゼンの平手打ちがいい音を立ててリヴェーヌさんの頬をはった。
その衝撃で悲鳴をあげリヴェーヌの頭が少し横を向く。
……惚けた顔で張られた場所にリヴェーヌは手をやり、
少しヒリヒリする痛みを感じていた……

(アイゼンさん…怒ってる……しょうがないよね。
 …これが馬鹿だった私の罰……気が済むまで…叩い…)

次の痛みを予想して目を瞑り、全てを受け入れるつもりで、
顔をアイゼンの方へと差し出すと……

「……あっ」

柔らかくて暖かな何かが自分の顔を包み込み、
驚いてリヴェーヌが目を開くとアイゼンが抱きついていて、

「……うぅ…リ…ヴェーヌさん!
 ……ヒック……リヴェーヌさん!」

ポロポロと涙を流し、赤く腫れているリヴェーヌの頬をなで続けながら、
アイゼンは怒ったように泣き叫び始めた……

「……バ…カ…ずっと待ってたんだから!
 ……待ちっ…くたびれたん…だからっ……ね。」

アイゼンの目からこぼれ落ちる涙が……
ゆっくりとリヴェーヌの顔を濡らして伝っていき
ポト…ポト…と地面に滴り落ちていった。

その涙でリヴェーヌも……

「…あぅ…うっ…うぅ……ア…イゼンさん!」

心の蓋が開き堰を切ったように涙が溢れてきて、
アイゼンの涙と混じり…大きな水滴となって地面に零し続けていく。

「……ごめんなさい、ごめんなさい! わたし…わたし!」
「もう…いいのよ……リヴェーヌさん。
 私も…ごめんなさい…あなたを一人にさせて……」 

お互いに言葉を交わしていく度に心がスーッと軽くなる。
相手の気持ちが温かく伝わってくる。
その感覚で十分に満たされていき…

お互いに絶対に言わなくてはいけない言葉に気が付いた。
だから…一緒に少しだけ泣くのを我慢して、

『それと………っ!』

同時にしゃべり出し…ちょっと驚いた顔を浮かべてから
一緒に微笑み……

リヴェーヌはアイゼンに言った。

「アイゼンさん……ただいま。」

アイゼンもリヴェーヌに言った。

「リヴェーヌさん……お帰りなさい。」

そして、再び涙がこみ上げてきて……
再びお互いの涙が混じり合い、一滴の大粒の涙を作り出し、
地面に落ちる短い時間の間、幸せそうな二人を映し出していき……


ピチャッーン!


地面で砕けて消えた。

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