……数週間前から、竜の住むと言われているこの湖に
同じ時間、同じ場所に必ず……1人の女性が訪れていた。

「……いつ来ても、いつ見ても本当に綺麗な所ね。」

周りによく通るハッキリとしていて、とても綺麗な声……
目の前に広がる風景が、女性の表情を柔らかな笑顔に変化させていく。

それっきり何も言わず……ただジッと湖を見つめていくと、
不意に風が吹き女性の腰まである金色の長髪が、サラサラと風でなびいていった。

長髪で隠されていた腰回りに綺麗に真ん中で紅白に彩られたボールが
装着されているのが見えたかと思うと、
涼しげに靡いていた風が凪ぎ始めて……
それに伴い髪が元の位置に戻り、再びボールを覆い隠していく。



『アイゼン』……それがこの女性の名前だった。



たまに不思議な生き物達が彼女の周りで楽しそうに遊んていて、
それをアイゼンは微笑みながら見守り……
そして、やはり湖に目を戻して美しい風景を楽しみ感じていくのだった。

……そんな日が、同じように数週間も繰り返されていく。





そして、それを何時からだったのか…

「ん〜、また今日もいるわね。
 あの人……一体何時もあそこで何をしてるのかしら……?」

ある時は湖の水面下でそっと顔を覗かせて……
また、ある時は森の木々に姿を紛れさせて影からそっと……

そして、今も誰かが綺麗なスカイブルーの瞳を細めながら、
……不思議そうにアイゼンを見つめている。

よほど気になっているのか?
時折、小動物が体の上を駆け回ったりと
楽しそうに遊んでいる事に気が付くこともない……
その真剣な姿が何処か微笑ましかった。


その姿をよく眺めて観察してみると……

鱗がない種類の竜 『水竜』 のようで、
知識のある者ならその体格と顔の形状でこの竜が雌だと分かるだろう。

8m程の体格にふさわしく胴も大きくて、ふくよかなお腹をしており、
背中に翼を備えた……
柔らかそうな青い肌はイルカのようにツルツルとしていて、
水をかきやすく泳ぎやすそうにしていた。
……もし触ってみることが出来たのならとても気持ち良いかもしれない。



『リヴェーヌ』……それがこの湖に長年住み着いている水竜の名前だった。



この数週間、アイゼンの様子を目的を探るためにジッとその姿を見守り続けていた。
そのはずなのだが……

「う〜ん……さすがに気になるわね。
 ……それに、あの人間の女性とお話してみたいし……どうしようかしら?」

リヴェーヌは、もどかしそうに尻尾を動かして呟きながらも、
中々行動に移せず……ソワソワと同じ場所を行ったり来たりしている。

最近は……森の周りに住み着いている動物達にしか会っておらず。
いやそれ以前に……こんなに森の奥まで来る人間は今まで殆どいなくて……
だから、不思議な女性にこんなにも興味を引かれているのかも知れない。

それに加えて……
久々の人間がいて、それも自分と同じ女性という共通点もある。

だけど、本当は単純な理由だった……
彼女は、リヴェーヌは人間が好きだったのだから、
本当に何でも良いからいっしょに話をしたくてしょうがない……だから、

「……ちょっとだけでもいいから、
 あの人間さんに話しかけて見ようかしら……ふふふ…楽しみね♪」」

ついに数週間の我慢も……限界を迎えて、
もう居ても立ってもいられず飛び出そうとした……のだが、
あることに思い当たり躊躇してギリギリで踏みとどまった。

……その理由は、自分が竜であると言うこと。

「あ……でもコノ姿だと怖がられるかも知れないわね…
 どうしようかしら……」

自分には敵意があるわけでもなく……
『楽しく人間さんとおしゃべりをして楽しみたい』ただそれだけ。

でも、自分の姿は大きな竜の姿は、
小さな人間にとって……驚異に写るかも知れない。
リヴェーヌはそれを恐れて躊躇したのだった。

それでも何とか人間に怖がられないようにする方法を考えていき……

「ふふふ……それならこっちなら良いかしら?」

良い方法を思いついたのか?
楽しそうに不思議な言葉を呟いた後……
リヴェーヌの体がいきなり白い光を纏い輝きだし、そのまま光に包まれていった。

その光が急速に小さくなっていき……消え去ると、
そこには、竜と人のハーフ……
竜人と言った方が良いのだろうか?
その竜人に姿を変えてリヴェーヌはそこにたたずんでいた。

容姿は……
竜の姿の時と同じ、青い皮膚と綺麗なスカイブルーの瞳をしていて、
翼は無くなり骨格は殆ど人間と同じ……
不思議な感じのする独特な服を身に纏いながら
二本の足でしっかりと地面を踏みしめている。

そして、最後に目を引いたのは、
竜の姿の時に見ることが出来なかったはずの……

アイゼンと負けず劣らず、風になびく……美しい純白の長い髪。

「ふふふ……これで少なくとも……
 いきなり怖がられたりはしないはずよね?」

ちょっと自信のなさそうな口調でリヴェーヌは、
一度自分の姿をその場で色々と身動きして確かめる。
唯一……問題があるとすれば、いまだ軽く2m以上もある長身の姿だが、
竜の時を思えばとても小さくて可愛い方だった。

「ん…しょうがないわね。 これが私の限界ですし……
 うふふ……それでも、やるだけやらないとね♪」

どこか開き直ったようにリヴェーヌは微笑みを浮かべながら、
とても楽しそうに……
遠くで湖を見ているアイゼンの姿を見つめていて……

その様子からは…
たとえ相手に怖がられ、拒絶されたとしても……
諦めるという言葉を見つけることは出来なかった。


そして、リヴェーヌはアイゼンのいる方に向かって歩き出したのだった。


ゆっくりと歩きながら距離を縮めていき、
いつまでも湖を見つめるているアイゼンの後ろまで来ると……
少し緊張してリヴェーヌは軽く深呼吸をしてから、

「こんにちは。最近よく湖にいるけど……何をしているのかしら?」
「キャッ! いきなり誰なの!」

リヴェーヌは出来るだけ、明るく話しかけてみたのだったが……
周りには誰もいないと思いこんでいたアイゼンは大きな悲鳴をあげて驚く。
慌てて後ろを振り返ったアイゼンは……

「うふふ……ごめんなさい。
 いきなり話しかけて驚かせてしまったかしら?」

人懐っこそうな微笑みを浮かながら両手を腰の後ろで後ろ手に組んで、
自分を見下ろすリヴェーヌの姿を見つけて、

「あ、あなたは誰なの? いったい……どこから……?」

出来るだけ冷静を保ちながら、内心……その姿にさらに驚き、
アイゼンは少し腰を引きながら物珍しそうにリヴェーヌを見上げる。

「その姿は…竜人ね。初めて見たわ……」

その様子を見ていて……
リヴェーヌはまじめな顔になり、

「本当に……ごめんなさい。
 そんなに驚くなんて思わなかったから……」

丁寧に頭を下げて驚かせたことを謝った。
そして、すぐ微笑みを戻すと、

「お詫びに私から自己紹介させてもらいますね…私はリヴェーヌ。
 もう何時からだったか覚えてないけど…ずっとこの森に住んでいるのよ。
 あなたのことも……教えてくれないかしら?」
「えっ…ええ、私はアイゼンよ。
 あっちこっちを旅をしていて……
 最近この近くの町に腰を落ち着けて暮らしているの。」

最初はリヴェーヌの姿に雰囲気に呑まれて、
ただ反射的に言葉を返していくアイゼンだったが、
次第に平静さを取り戻したようで……

とても楽しそうに微笑みながら、
自分の話を聞いてくれるリヴェーヌにつられたように、
自分も微笑みを浮かべて進んで自分の事について教えてあげた。

「……と、こんな所かな?」

いつの間にか腕を組んでいた事に気が付いて腕を下ろし、
アイゼンは上目遣いにリヴェーヌに向けて微笑みながら話を終える。

「うふふ、とても楽しかったわよ。どうもありがとうございます。」
 
本当に心の底からアイゼンとの会話をリヴェーヌは楽しんでいた。

「それと、差し支えなければ……
 アイゼンさんがどうして湖に毎日いるの聞いてもよろしいでしょうか?」

ほんのちょっとお話しただけなのだけど……
リヴェーヌは少しずつ心が引かれていく感じがしていて、
もう少しお話を続けようと最初の話題を改めてアイゼンに聞いてみる。

そして、その質問にアイゼンは最高の笑みを浮かべて答えた。

「それはね……ここの湖がとても静かで綺麗だからよ。
 とくにね、ここから見る湖の景色が私は大好き……」

そっと髪を手でかき分けて湖の話に心躍らせ、
ゆっくりと湖の方に向き直り湖を見つめようとして……

いきなり後ろからリヴェーヌに抱きつかれた。

「うわっ!? リ、リヴェーヌさん!?」
「うふふ……もう駄目! アイゼンさんの事がとっても大好きになったわ!」

突然抱きつかれたアイゼンは当然のように驚いて後ろを振り向いた。
そこにはリヴェーヌがとても嬉しそうに微笑みを浮かべていて……

「ちょっと…苦しい。 リヴェーヌさん放して……」
「だめ♪ 今とっても嬉しくて堪らないの!
 ふふふ……しばらく放さないわよ♪」

自分の腕の中でちょっと苦しそうにしているアイゼンを見ていて、
少しばかり悪いとは思ったのだが、大好きという感情が止められず。
リヴェーヌはさらに強く……キュウッと抱きしめていく。

それには理由があった……

湖の伝説の通り、
この湖に住み着いているリヴェーヌは、
日夜、頑張って苦労しながら、ただ一人この湖を管理していた。

そして、アイゼンは湖を綺麗だと大好きだと言ってくれたのだ……
その相手を好きに…大好きにならない理由があるわけがない。

だから、抱きついている今でも彼女の……
リヴェーヌの表情から、…ふふふ…と微笑みが途絶えることはなく。
本当に嬉しそうに楽しそうに笑い続けていた。

「もぅ…好きにして…うふふ…リヴェーヌさん。
 あなたといると楽しいな……」
「ふふふ……私も……アイゼンさんといると、
 とっても楽しいわ……」

抱きついたまま笑っているリヴェーヌを見ていて、
アイゼンも何故かつられたように可笑しくなって笑い出してしまう。

二人の我慢もそこまでだった。

『ははは…ふふふ…あははは。』

静かな湖がその時だけは楽しそうな笑い声に包まれて、
アイゼン、リヴェーヌの二つの笑い声が重なり、
……とても長く長く、湖に響き続けていくのだった。

ひとしきりに笑い終わった二人の女性たち……
ようやく満足したのかリヴェーヌはアイゼンを解放した。

「うふっ……リヴェーヌさん、ありがとう。
 今日はとても楽しかったです。」
「ふふふ……お礼を言いたいのはこっち……
 アイゼンさん、あなたとお話し出来て凄く嬉しかったわ♪」

アイゼンは微笑みながら手をリヴェーヌに差し出すと、
それに応えてリヴェーヌは両手で包み込むように握手をする。

……そして、
『また明日も来るよ』とアイゼンが手を振って帰っていく。
それをリヴェーヌはちょっと寂しそな表情を浮かべていたけれど……

「ん……ふふふ。 アイゼンさん、明日も待ってるわよ〜♪」

『また明日会える』その言葉に次第に胸が熱くなり、
いつの間にか笑顔を浮かべていてアイゼンを手を振って見送ったのだった。

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