その拍子に胃袋にも衝撃が加わり、イーブイの意識が少しは回復した。
狭い胃袋の中で何とか仰向けに向きを変えて、前足で顔に着いた体液をぬぐい取った。 


「ボク、生きてる。」

あれだけの目にあって、まだ自分が生きているのが不思議なぐらいだった。
それでも……自分の両足を目の前まで持ってきてジっと見る。
自分がまだ生きていることを確かめるかのように……

しかし、異変はしっかりとイーブイに迫っていた。

「…うっ ……なに、壁が動いてる」

イーブイが気が付いたときには、
グニュグニュと胃壁が不規則に波打ち押しつぶそうと迫ってきていた。


クチャァッヌチャァッベチャァッ!


「あぐ……ぐぅ……ぎゃぁ……っ」

柔らかな胃壁が凶器となってイーブイの全身に完全に密着し
強烈な力でイーブイを包み込んだ。
それに伴い、とうとう大量の体液……胃液が分泌され出したのだった。

イーブイの消化が始まったころ
グリフィン目には少し飛んだ先に藁などが敷き詰められた場所が見え始めていた
寝床のある場所にたどり着いたのだ。


ドスッ!! ズゥゥゥンッ!


大きな地響きを立ててグリフィンは崖端の手前で着地をする
その衝撃は、もちろん胃袋の中にも伝わり、盛大に揺れ動き……
その度に、


グチャッ! ヌチャッ! グチャァァァッ!


胃袋の中は激しくかき回されて、イーブイの毛並は消化液にまみれていく。
その度に全身が焼けるような痛みが走り……

「うぎゃぁぁぁぁ……」
「ん?まだ、腹の中で生きていたのか。」

意外そうな口調でグリフィンは自分の腹を見た。
自分の腹の中からかすかに響いてくる……
掠れ気味のイーブイの悲鳴を聞きながら寝床へ歩いていく。

「まぁいい明日になれば我の力になる。」

さらりと残酷な言葉をこぼしながら寝床の藁の上に寝そべった。
鋭かった目が、だんだんトローンと落ちて出して、眠そうに欠伸をすると
少し体を丸めてグリフィンは眠る体勢に入った。

「今日はこの者…だけに……散々……な……めにぁ………」

その言葉を言い終える前にグリフィンは深い眠りに落ちていった。
それと一緒に胃袋の中も少しの平穏が戻ってきた。
眠りのせいだろうか?
イーブイを強く包み込んでいた胃壁が圧縮がゆるまっていく。


グラッ!


「うぁっ!」

いきなり胃袋の中が広がったせいで、
イーブイは胃袋の中で器用に滑り胃壁に頭を打ち付けた。

「僕……やっぱり……たべ…られちゃった…の……」
(うぐっ……このままじゃ……本当に……溶かされちゃう。)

楽になったとはいえ、胃壁に挟まれているには変わらず。 
イーブイを消化しようとする胃液が無くなったわけではなかった。
肌を焼くような痛みが断続的に続いていたが、
だんだんとそれが感じなくなってきて、胃壁に顔をつけボーとしていると……
あの女の子の事が頭にふっと浮かんできた。

(結局、僕……助からないのかな……
 あの……女の子の名前も聞いてなかったのに……)

朦朧とする意識の中で、イーブイは自分を助けてくれた女の子の事を思い出していた。 

しかし、記憶の中で笑っていたはずの女の子の顔……それが、
モザイクがかかったかのようにハッキリと思い出すことも出来なくなっていた。

「……あ、れ…顔を思い出せ…ないや……
 それに……なんだか…眠く………なっ……」

肉体的、精神的……すべてにおいて限界を超えていたイーブイ……
今にも目を閉じると共に命の輝きまでも閉じようとしていた。

「もう一度……会い……たかっ…た……よ。」

そして、イーブイの目が閉じ……彼もまた深い眠りに落ちていこうとした。
完全に脱力した体を胃液が容赦なく溶かしていく……
茶色の体毛が短く細くなっていき、その下の肌が赤く腫れ上がっていく。

数分間それが続き……
その彼を救ったのは……皮肉にもグリフィンだった。


グオォオォォォォ!!……グオォオォォォォオオオ!!!


深い眠りに落ちたグリフィンの口から大きな鼾をかきはじめたのだった。
その轟音にも等しいイビキが……
イーブイの耳に届いたのは、目を覚ましたのは、
ある意味……奇跡だったのかもしれない。

「何この音……」

力尽きていたはずのイーブイの目が……閉じていた目がうっすらと開かれた。

「聞こえる…ってことは僕……まだ生きてる……」

ずいぶんボロボロにされた自分の体を確かめるように見渡す……
けど、自分はまだ生きている。

危機的な状況だということは何も変わっていない……
でも、イーブイは自分が生きていることに感動を感じていた。
その事実が、まだ生きようとする力を奮い立たせる。

胃袋の中まで響き渡るグリフィンのイビキがさらにイーブイを覚醒させていく。

「さっきから聞こえるこの音……イビキ? ……こいつ……寝ちゃった?」
(もしかしたら……もしかしたらっ……!) 

イーブイの目は完全に光を取り戻し、立ち上がろうと全身に力を込める。
狭い胃袋の中……胃壁がそれを邪魔をしようとイーブイを押し返そうとする。
しかし、イーブイはそれ以上の力で、胃壁を押し広げ立ち上がる!

「っぅぅぅおりゃぁぁっ!」

イーブイの口から気合いの叫び声が発せらられる。
その声に乗せてイーブイは最後の力を振り絞って自分の最高のワザを繰り出した!


『スピードスター!』


キラキラした小さな星が無数にイーブイの口から放たれ、
胃壁に衝突するたびに破裂しながらさらに細かい星をばらまき、
次々と胃壁に突き刺さっていく。

グリフィンは……まだ応えていない!

「はぁ……はぁっ…… まだ……がんばらなきゃっ……!」

全身から力が湯水のように流れ出しているのが分かる。
限界は遠くない……けれどイーブイは止めない。
それどころか今まで以上の数の星を放ち始めた。

さっきの数倍はあるであろう、きらめく星がシュバババッ!と胃壁にぶつかり破裂する。 


グリフィンは……激痛に目を見開いた。


「ッング!!何だ?!」

急な激痛に腹を抱えて身をよじりながらグリフィンは立ち上がった。
顔に冷や汗を浮かべ、苦しそうに表情を歪めている。

「急に腹に激痛が....。ぐはあぁぁ。まさか!!
 あいつが我の体内で暴れているのか?!」

グリフィンが苦痛に喘いでいる間も
胃袋の中では、イーブイの必死の戦いが……激しさを増した戦いが続いていた。
グリフィンが覚醒したことで、
胃袋が再びイーブイを強くギュウウッ!!っと押しつぶし始めたのだ。

「うああああっ…… ……も、もうすこ……しっ」

一瞬、胃袋の圧力に負け膝をついたイーブイ……
そこから、力を込めて胃袋を押し返そうとする。
少しずつ……ググググゥ、ググググゥ!と胃袋が再び広がっていく。

「うああっぁああっ!」

イーブイの口から三度目のスピードスターがシュバァッ!!と放たれた。
衝撃で盛大に揺れ動く胃袋、その持ち主は……

「おのれ!!往生際の悪いも...グワァ!!
 ……体内からだと手出しができん!! どうすれば……ウグッ!!」

激痛ですでにまともに立つ事もままならなくなり、腹を抱えて蹲ってしまった。
グリフィンの表情から限界が近い事が分かる……
しかし、同じように限界が近い者がいた。

(もう限界っ……これでっ!)

息を切らし、喋る事も難しくなっているイーブイ……
最後に残った力を使い、胃袋の入り口に向かって顔を強く押し当てる!


グチュウウゥゥ! グニャアァァ!


開かないはずの入り口が少しずつ開いていく……
その感触にグリフィンは強烈な吐き気を感じ、堪えるように手を口に押し当てた。
お腹の激痛と胸の吐き気……その両方の苦痛が、
とうとうグリフィンの限界を超えさせた。

「ぐう゛うぅ!!もう限界だ!!」

イーブイを押し出すように胃壁がせまる

「うわぁぁっ!? うっぷ……わぁっぷ……」

胃壁がものすごい勢いで呻き声をあげるイーブイを喉に押し上げていく。
その勢いのまま喉を一気に通り、外に飛び出る。

「グウッ...ぼはぁ!!」
「うわああっ!」

大量の体液と共に宙に投げ出されたイーブイは悲鳴をあげながら地面に激突する。


ベシャッ!


地面に激突した拍子に絡みついていた体液が飛び散り、
さらにバウンドするイーブイの体……
全身に強い衝撃を受け一瞬、視界が真っ白になるが直ぐに色彩を取り戻す。
そして、色彩を取り戻したイーブイが最初に見たのは……

(で、でれたっ!!……けど! 崖っ!?) 
「うわああああぁぁぁぁぁ……」

確実に自分を奈落の底へと連れて行くだろう深い崖……
そこへイーブイは抵抗するまもなく落下していった。



ヒュゥゥゥ……と自分の体が風を切る音を聞きながらイーブイは落ちていく
すでに、ショックで気絶したのかイーブイは動く気配も足掻く気配もない……

そこへ……明らかに不自然な風が巻き起こりイーブイの体を支える。
次の瞬間、誰かがイーブイの体を抱いて飛んでいた。

その誰かは何も語らず……崖の底へ降りていく。



吐き出されたイーブイがなすすべもなく、落ちていくのを見つめていたグリフィン。
崖のそばまで歩み寄りのぞき込むが、すでに何も見つけることもできなかった。

「くうぅ...。おのれ〜我に最後の最後までさからいおって。くっ」

まだ痛みが残る腹をかかえて、呻き声を上げる。
その後……諦めるようにため息をついた。

「まぁよい。この高さだ助かる見込みはないだろう。
 ……わざわざ、探して食べる価値があるとも思えんしな。」

崖から目をはなし、再び寝床へ歩いていく。

「それにしても、あのイーブイもそうだが
 許せないのは人間どもだ……
 そろそろ、あの村のつきあい方を変える時期が来たようだな。」

そう洩らしたグリフィン……その目が怪しく光っていた。



深い、深い崖の底にイーブイは力なく倒れていた。
体がだらしなく開いていて、全身がグリフィンの体液でベトベトになっていた……
そして、胸、心臓に目を移すと……今だに鼓動を続けていた。

「う、ううん……あれ、僕……なんで生きてるの?」

イーブイは知らない……
自分が、生きているのかを……
誰が崖を落ち死にゆく定めだった運命を変えて助けたのかを……

イーブイはまだ気づかない……
いつの間にか自分の首にピッタリの緑の首輪がはまっている事に……
首輪に着いている小降りの光る石が淡く輝いている。

「あれ? ……体の怪我が治ってる?」

いつまでも倒れているわけにはいかないと立ち上がったイーブイは
まず、体が何処も痛くない事に驚いた。
もしかしてと自分の茶色い体毛を見渡すと
……残念ながら体毛の殆どは消化されてボロボロになったままだった。

「あぅ……僕の毛が……将来、ハゲちゃったらどうしよう。」

すこし、涙ぐみながら自分の体毛を弄くる。
その時、キラリと光るものが見えて……
やっと首にはまっている首輪に気が付いたのだった。

「この首輪……どうして僕の首にはまっているの?
 ……あっ……この首輪……あのお姉ちゃんの臭いがする。」

首輪にかすかに残っていた臭いから、この首輪が誰のものかを
知ったイーブイ……『あのお姉ちゃんが助けてくれたのかな?』と思った後、
直ぐにその思いを頭を振ってかき消した。

「そんなわけ無いか……
 お姉ちゃん……僕、もう一度会いたいな。」

あの時、思い出せなかった女の子の顔が、今のイーブイにはハッキリと思い出せていた。 

そして、イーブイは歩き出した。
あの、女の子に会うために……

そして、イーブイは……立ち止まる。

「そう言えば……ここって何処なの?」

いきなり、泣きそうな表情を浮かべるイーブイ……
彼が、いつ目的を果たす事が出来るのかは……まだ、分からない。


To Be Continue next  イーブイの章  【2 湖のカイリュー】


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