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捕食旅館へようこそ 〜 ご主人様は肉の味 〜 − 旧・小説投稿所A
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捕食旅館へようこそ 〜 ご主人様は肉の味 〜
− 宣告 −
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……ドク…ッ……ドクッ……

バビロンの背中を追って歩く最中、レムリアは自分の胸に
そっと手を添えた。まるで中から何かが出たがっているか
のように、心臓は強く大きく高鳴っている。ふと、この世
界に初めて降り立ったときの感覚がふ蘇った。

「(怖い……のかな、私……)」


そんな事を思案する間もなく、やがて目的地のカフェの看
板が近付いてきた。一般的なガラス箱のようなカフェとは
違い、広い敷地の周りをグリーンの生け垣が取り囲んでい
る。中で憩いの時を楽しんでいる者の頭部だけが、ひょっ
こりとその垣根の上から突き出ている。

そして無論、その入り口には新品と思わしき縮小化装置が
設けられていた。自らの意思で身を縮めることができる者
もできない者も、何はともあれこのゲートを通過するのが
原則らしい。レムリアは出来れば自力で小さくなってから
入りたかったが、これも経験だと観念してまっすぐゲート
に突っ込んだ。自分の体が機械の力で押し縮められていく
感覚を、レムリアは生まれて初めて味わった。


「フフ……説明も聞かずに突き進むとは、良い度胸してる
じゃないか。下手すると二度と元の大きさに戻れなくなっ
たりするんだがな」

「え、ええっ……!!!?」

”冗談だ”と冷やかし気味に笑いながら、バビロンも後を追
ってゲートを抜けてきた。3分の1ほどの体格となった彼を
見て、レムリアは不覚にも笑いを抑えなければならなかっ
た。彼との目線の位置はいつもと変わりないのだが、その
バックに観賞用の低木が置かれているなど、本来の二人の
体格なら絶対にありえない光景だ。「ちっちゃな」彼が醸
し出している普段とのギャップに、レムリアはついに吹き
出した。

「な……何が可笑しい。顔にゴミでも付いているのか?」

「いいえ、何でもないわ」

「具体的な理由もなしに、突然笑いだす者がたまにいる
が……いったいどういう訳だ?」

黙考しつつ項垂れるバビロンの背中を押し、レムリアは
あちこちに目を配って空席を探す。
そしていつしか二人は、まるで最初から用意されていた
かのような2人席に向かい合って腰を落としていた。や
がてロンギヌスと同年代のウェイターが、オーダーを
取りにやって来る。最後に人を喰らったのが30日以上も前
だったこともあってか、自然に口に唾液が溜まるのを感じた。

「……エスプレッソ。砂糖スティックは3本いただこうか」

「あら意外ね、てっきり苦い方が好きかと思ってた」

「糖分は思考の源だ。不足すると計算力が落ちる」

「ふぅん……じゃあ私はカプチーノでお願い」

「かしこまりました。すぐお持ちいたしますので」

無機質な礼を済ませると、ウェイターはサッと踵を返し
て戻っていく。バビロンはまだ微かに揺れ動いているお
腹を、無慈悲にテーブルの縁に食い込ませて遊んでいた。
そんな彼を見据えながら、レムリアは乾いた喉を潤そう
とコップの水に手を伸ばした。
が……その出端からその手を引っ込める。水を飲むより
も先にやっておきたい事があった。


「バビロン……あの、貴方にとっては面倒な話かもしれ
ないけど……」

「ん?」

とうとう彼の口から返事を訊くときが来たと、レムリア
は気を引き締めた。青年と遭遇する前に遊戯室で本心を
打ち明けたときの光景が、鮮明に脳裏に浮かび上がった。


「それで……どうなのかしら。その……例の返事……」

「例の返事……? フフ、何の事だ」

こういった質問を受ける場面に陥ったとき、わざわざ知
らぬ存ぜぬを装うのがバビロンの癖だ。レムリアは自分
が真剣であることを伝えるため、今回に限って冗談まじ
りに笑ったりはしなかった。彼もそれを理解したのか、
長々しいため息を用いて先ほどの冗談を撤回した。



「こいつに拉致されかけていたお前を見つけたときから……
一応、もう返事は決めている」

「い、一応って?」

青年が宿る腹に指を押しつけるバビロンに対し、レム
リアは語気を強めた。どんな言葉であの時の告白が返
されるのか……ありとあらゆる返事が妄想に近い形で
浮かんだ。
「喜んで」なのか「ごめん」なのか……
はたまた「ありがとう」のような中途半端な答えしか
帰ってこないのか……それは嫌だった。

1分に及ぶ空白を経て、ようやくバビロンの口は開いた。










「…………お断りだ。残念だが」


「………………っ……」


ハートという曖昧な表現ではあまりにも遠い。
むしろ、心臓のど真ん中を射抜かれたような感覚だった。
例え断られても胸を張っていよう、と心に決めていたに
も関わらず、目線は重力に引っ張られるように下へ下へ
と沈んでいく。テーブルの上で交差させていた両手は、
いつの間にか握り拳へと変わっていた。


「ダ、ダメよねやっぱり……私なんかじゃ……」

「…………」

目頭が熱くなるよりも先に、レムリアは何がいけなか
ったのだろうと思案した。才色兼備を名乗れるほどの
頭の良さを持ち合わせていないから? 種族柄とはいえ、
毎回のように騒動の引き金になってしまうから?
それとも……



「……絶望したか、私に。私の冷たさに」

「そ、そんなことある訳ないじゃない!! 貴方ならきっと
そう言うだろうなって……私は……」

本心を知られたくないがための真っ赤な嘘だった。それ
と同時に、笑みを貼り付けた顔からぼろぼろと涙が滴り
落ちる。ずっと安静だった呼吸がみるみるうちに荒さを
増し、気がつけば、レムリアはテーブルに肘を付いて顔
中を拭っていた。どう対処すれば良いのかバビロンは困
惑した様子だったが、すぐに沈黙を守ったまま手元の紙
ナプキンを差し出した。

「あ……ありが、とう……」

「好きなだけ泣いていい。気持ちが落ち着いたら、続き
を話そう」

「うん……」

それから5分ほどは、レムリアの啜り泣きだけが二人の
空間を支配していた。途中、先ほどのウェイターが注文
の品をトレイに載せてやってきたが、彼らの顎は固定さ
れたように俯いたままだった。空気を読んだのか気付い
てないのか、ウェイターは二人の前にコーヒーを置くと
足早にその場を立ち去った。



「……気遣わせてごめんなさい。大丈夫よ、もう」

「泣かないと約束できるか?」

「ええ……好きに話してもらって結構よ」

正味、その時のレムリアには自信と呼べるものは皆無だ
った。だが彼の前で再び涙を流す恐怖よりも、振られた
理由を彼の口から直に聞きたい、という欲求の方がはる
かに強かったのだ。奈落のような深呼吸を2度繰り返し、
レムリアはバビロンが話を切り出すのを黙々と待った。


「まず謝らせて貰いたい。本来なら私が言うべき言葉だ
った」

「え……え?」

「"両思い"など天文学的な確率のもとでしか発生しない
はずだが……どうやらその可能性に勝ったようだな、私達は」

バビロンが述べた内容を把握するのには時間がかかった
が、やがて「彼も私と同じ想いだった」という事実を、
レムリアは少女のように純真な心で受け止めた。目に残
っていた涙さえも消えて無くなるぐらい、とにかく嬉し
かった。

だが同時に、失望にも近い感覚が津波となってレムリア
に押し寄せてくる。いや……混乱、と言った方が正しい。
彼女はバビロンに、「ならどうして」と問いを投げた。


「……隠してもいずれ、分かる事だ」

バビロンは哀愁に満ちた表情で、いつもよりは迫力の乏
しい翼をバサッと開いてみせた。そこに刻み込まれた光
景に、レムリアは不意にあっと息を呑んだ。

ーーサファイアを散りばめたように微かな輝きを放って
いた翼の内側が、どす黒い赤に変色している。しかもそ
の面積は、かつて美しい群青色だった部分どころか、翼
の裏のほとんどを占めていた。


「ハハ……身体が錆びていく現象なんて、世界広しと言
えど私ぐらいの物だろうな。これだから人工の細胞は困る」

「さ、錆びて……いくの……?」

「その通りだ。脱皮機能の無い人工竜ならではのイベン
ト、という訳だな。最後は全ての細胞という細胞が壊死
を起こし、死ぬ」

まるで死を案じているとは思えない、能天気な口調だった。
しかし口振りこそ普段と変わらないものの、彼の目には
ぽっかり開いた穴のような空虚が映っていた。

「ど、どうにか出来ないのそれ……!! だってこのまま放
って置いたら貴方……」

「フフ……残念ながら、最新鋭の医学だろうと、王女様
のキスだろうとこの病は治らない。いや……そもそもこ
れは病じゃなく、あくまで自然現象だ。生命の倫理を犯
した人間の手で造られた、最初の人工竜……としてのな」

まさか、あのバビロンの口から弱音が出るなどとは思っ
てもみなかった。医学知識も豊富な彼がサジを投げたと
思うと、レムリアは自ずと悲しみを覚えた。


「あっ……貴方が天に召される理由は分かったわ。でも
そんな事で、私の貴方への気持ちが折れるとでも……?」

微笑を浮かべ、バビロンは首を横に振った。今にも"さよ
うなら"と口に出しそうな雰囲気だったため、レムリアは
ざわざわと身の毛がよだつのを感じた。


「人工竜の寿命は5年弱。そして私は既にその半分以上を
生き抜いた。人間で例えるなら、私はもう老いぼれと何ら
変わらない。命日まではあと半年と言ったところか」

「半年……!!!?」

それを耳にした刹那、告白だの恋愛だのといった思考は
レムリアの頭から一気に吹っ飛んだ。
寿命が半年……それはつまり……


「あ、あと半年で?」

「ああ……勿論お前だけじゃない。マスターともシャチ坊主
ともギラティナともラティオスとも……完璧にお別れだ。
これで厄介な無駄飯喰らいが消え、その分の生活費は浮くって訳だな」

「ふ、ふざけないで……!!!」

涙を通り越し、レムリアは椅子をガタンと揺らして立ち上が
った。周囲の目線がいくつか自分に向けられるのを感じたが、
それらも無視できるほど、レムリアの叱咤の根は深かった。

「無駄飯喰らいですって……!!? 貴方がどれだけリーグを支え
ているのか、自覚してるの!!?」

「…………」

「マスターじゃ手も足も出なかった毎年の予算編成を、あっ
さり引き受けてくれたのは誰!!? リーグが窮するたびに、一番
頭を使って動いてくれるのは誰!!? 毎月毎月、自分の9個の特許
から入ってくるお金を全部リーグに回してくれているのは、
いったい誰なのよ!!!」

もはや咆哮に近いレムリアの叫びは、すぐ隣の席でいちゃつい
ていた人間のカップルを石のように硬直させた。一方バビロン
は平静を装っているようだったが、流石に彼が受けた衝撃も相
当なもののようだ。目を見れば明らかに動揺が見て取れる。



「……ごめんなさい……ついカッとなっちゃって……」

「いや……いい」

バビロンは沈黙を守ったまま、まだ手を付けていないエスプレ
ッソに手を伸ばした。レムリアも気を落ち着かせて座るとそれ
に倣い、完全に冷めたカプチーノでズキズキと痛む喉を潤す。
普通のカプチーノとは到底信じられない苦さだった。







<2012/06/08 19:48 ロンギヌス>消しゴム
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