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バベルの塔 − 旧・小説投稿所A
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バベルの塔
− 悪夢、醒めて君と −
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ーーー20分後。

随分とスリムになった腰に両手を当て、VIPルームを出るバビロンの姿があった。
ウォリアの身は、既に吐いて部屋のソファに寝かせている。
きっと、心優しい誰かが拾ってくれるだろう。





「・・・・・」



バイオリック社は崩壊した。
だが万事成功という結果に反して、彼の表情はどこか曇っている。
怒りや感動ではない、明らかに後悔の色だった。

「・・・・・」

この不意打ちのような襲撃で、いったい何人の社員が倒れていったのだろう。
兄弟ともいえる他の人工竜が、何匹、ウィルスに脳を乗っ取られて狂死したのだろう。
自分の目的のために死んでいった彼らを思うと、素直に喜べなかった。

そもそもウィルスを仕掛ける算段をしていたとき、犠牲者のことなど頭の端にも浮かんでいなかった。
「復讐」という目標を果たすためには、何人がウィルスに侵されようが構わない。そう思っていた。


「……変わったな…私も……」

以前のバビロンなら、こんな後悔をすることも無かったに違いない。
きっとなり振り構うことなく、鋭利な爪や牙を血に染めていただろう。

バビロンはそっと右手を広げた。
ところどころ付着している血の跡から、紛れもない自分の匂いが鼻をついた。


憂鬱な面持ちでしばらく進むと、大きな十字路に出た。
左は倉庫に繋がっており、右の廊下は出口のあるエントランスへと続いていた。
そして、正面には『社員専用フロア』と書かれた自動ドアがある。
バビロンが、集中的にウィルスを送り込んだフロアだった。


「・・・・・・・」

いったい何を血迷ったのか、自分でも分からなかった。
本能に引きずられるようにして、呆然と自動ドアの前に立つ。
右の通路からエントランスに向かえば、外に出て仲間と合流できる。
だがその前に、自分のウィルスがもたらした地獄絵図を、最後に一目でも見ておきたかった。

自動ドアは、センサーがロックされており微動だにしなかった。
比較的怪我の少ない肘に力を込める。渾身の一撃によって、強化ガラスが粉々に飛び散った。

社員や人工竜が血まみれで倒れている、そんな生々しい光景を覚悟した。




「…….?」

しかし目に飛び込んできた光景は、バビロンの予想を大きく裏切るものだった。
血を流して倒れている者はたった数名。しかも、とても生命の危機に瀕しているとは思えないほどの軽傷だった。
ただ人工竜達も含めて、全員に共通しているのは、誰もが目を閉じて寝息を立てていたことだ。
起きているものは、人っ子一人いない。

バビロンは最も近くにいた社員に歩み寄る。彼のどこをまさぐっても、例の星型のワクチンは出てこなかった。
……どういう訳だ。ワクチン無しで、ウィルスの魔の手を逃れられるはずがない。
大富豪でイカサマを仕掛けられたときのような混乱が、またしてもバビロンの脳を掻きむしった。


「いったいどうなってる……?」

「こっちの台詞よ」

聞き覚えのある声がした。咄嗟に振り返ると、レムリアが割れたドアの横に背を預けて立っていた。
だがそれでパッと頭の霧が晴れるわけがない。むしろ、ますます思考が渋滞した。
なぜ彼女がここにいるのか。戦闘をあれほど拒絶していたのに、どうしてこんな超危険地帯の壁にもたれているのか。


「お前、どうして……」

「随分と酷いことするのね。こんな若い人達から……未来を消し去ろうとするなんて」

熟睡する若い男性の側に膝をつき、レムリアは優しく頬を撫でた。
夢魔に愛でられる赤子のように、男は薄っすらと笑みを浮かべる。


「このフロア全域、私が眠らせておいたわ。これ以上、被害が拡大しないようにね」

「だがもし、誰かが目を覚ましたら……」

「大丈夫。ノンレム睡眠の限界にまで堕としてるから、最低でも10時間は目を覚まさないわ」


レムリアはウィルスの進行を遅らせるために止むなく眠らせたのだろうが、確かに名案だった。
バビロンが作成したこのウィルスの活動時間は、およそ8時間と非常に短い。
ただし感染すると即座に発症して異常行動を起こすため、普通は30分とせずに狂死する。8時間の寿命などあってもなくても同じことなのだ。
しかし、強引に長時間眠らせることで、ウィルスの確実な死滅を待つことができる。
レムリアの取った行動は、応急処置どころか立派な解決策だったのだ。



「そう、か……」

状況を把握した後に必ず訪れる、この何ともいえない気まずい空気。
だが先に言葉を切り出す勇気は、雄々しいことにレムリアが持っていた。


「いろんな人を見てきたけど……貴方って本当にお馬鹿さんね。
いったい、こうまでする必要性がどこにあったの? ねぇ。
私は、選択肢なら他にいくらでもあったと思うけれど」

「・・・・・」

言い返す言葉も無かった。数分前に悔やんでいた内容、そのままだった。
いざ終わってみれば、無数にさえ思えてくる別の道。
ウィルスの混乱に乗じて襲撃するのであれば、威力はコンピュータを破壊する程度でも充分だったはずだ。
あるいは、ほぼ不可能だったかもしれないが、復讐心を抑えるという道もあった。





「でも……どんなに残酷なものを開発しようと、無謀な博打に命を費やそうと……私は、もう自分の気持ちに嘘はつけない。
あなたに無駄に死んでほしくなかったの」

「・・・・・」

「マスターより鈍いのね。意味分かってる? 好きなのよ。貴方のことが」

空気が怒涛のように凍っていった。
5キロメートル先で落ちた針の音も捉える耳が、初めて聴き間違いを犯したのかと思った。
レムリアは頬を赤らめることもなく、ただ淡々とそう呟いていた。
単純明快に、「好き」と。


「……朝はショックで何も考えられなかったわ。
貴方のこの計画に度肝を抜かれたし、また戦闘になるのが嫌だった。
でも……万が一、この想いを伝えられないまま終わるのが……もっと、ずっと恐ろしかったの」

そんな事態を想像してしまったのか、レムリアは手の甲で顔を拭った。
そして軽く鼻をすすり、一度天井を仰いで言葉を続ける。


「別に、カイオーガとギラティナみたいな関係を望んでいる訳じゃない。貴方がそういう性格じゃないことも知ってる。
それでも…….このことは、心の隅っこにでも置いておいてね」

「……こっちの台詞だ」

結局、喉の奥から捻り出せたのはそれだけだった。
ぎこちない手つきで彼女の肩を抱き寄せる。そうするしかないじゃないか。




<2012/02/21 22:40 ロンギヌス>消しゴム
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