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【保】迂闊な金狼と大あくびの黒蛇 − 旧・小説投稿所A

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【保】迂闊な金狼と大あくびの黒蛇

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――とある町の宿屋の二階――



「……ふぅ、遅いですね。
 他の二人はともかくティナが遅いのは、寄り道をしているせいでしょうか?」

作業を止めてシャンクという名の大蛇は、軽く伸びをした。
作業台の上には多数のガラス瓶が並んでおり、それぞれにラベルが貼られている。

それらはシャンクが朝から作業を続け、完成させた医薬品であった。



『シャンク=ウィンガルド 』

三人いるティナの仲間の一人……黒蛇種の彼は薬師である。
これは知的に富んだ彼ら黒蛇種にとって、それほど珍しいことではない。

だが、漆黒の鱗に他種族を圧倒するほど長い体は、慣れないモノを威圧するには十分。
それに加え……百人が見れば、百人が怪しい奴と太鼓判を押すほど、胡散臭い顔をしているのが特徴で、
シャンクはさらに独特の含み笑いのような笑い方が、彼の胡散臭さに拍車をかける結果となっていた。

それを覗けば、とても礼儀正しく、口調も丁寧で仕事熱心。
どう考えても雰囲気の胡散臭さで損をしているのだが、当人に直そうとする気は無いようだ。



「まったく、早くあなたが帰ってこなければ、
 私の仕事が進まないではないですか……このままでは、不味いですね」

部屋の中をシャンクは忙しなく動き回る。
今作っている医薬品は、この町で請け負った依頼の品なのだ。

医薬品が不足している町の中では、この手の依頼の報酬が高騰しており達成できたらかなり美味しい。
種類は薬草の調達から、遠くの町からの医薬品の配達など様々……
町に着いた時点でかなり懐が寂しかった彼らがこれに飛びつかないわけはなく。


仲間内で相談した結果……受けた依頼は『高級医薬品の納品』
報酬はなんと……100000G

様々な依頼の書類が張られている掲示板の中でも、飛び抜けており、約10倍の報酬額である。
ただし、依頼内容もそれ相応……



 難易度 AAクラス
 
 期 限  一週間

 依頼者 ミルナイト医師会本部
 
『手段は問わずに、下記の条件下で追記の書類に記載された医薬品を可能な限り納品。
 納品までの期日次第では追加報償有り。
 
 ただし、粗悪品等や納品の量が必要数に達しない場合、その数に応じて報償を減額。
 上記に加えて、期日を過ぎて納品されないならば、当日中までは報償を減額。
 それ以降は依頼不履行として、違約金が発生』



上記が記された書類には緊急性を要する証である赤字の判が押されており、
しかも難易度はAAクラス。

もしこの依頼が、一般の医院などから出された場合は難易度Aクラスと記載される。
このように難易度を示す文字が二つ続く依頼は、
総じて有力な町や都市などの権力者から出された依頼のみ記載される特別な印であった。

この印を持つ依頼は、依頼を遂行している間のみ、様々な特権などが特別に許可される事が多く。
それに対しての責任も受注者に重くのし掛かる。

あらゆる意味で特別な依頼なのである。


もし、この町の状況が以前のままだったのなら、ティナたちがこの依頼を受注することなど出来はしなかっただろう。
ふらり世界を旅する旅人が気安く受けられる難易度ではないのだ。

それでも彼らがこの依頼を受注できた理由……それは、

偶然にもこのミルナイトで医薬品が大量に不足していたこと。
幸運にも黒蛇種で薬師でもあるシャンクが仲間にいたこと。
それに加え、彼がいくらかの薬品とその材料である薬草を所持していたこと。

それら幾つかの偶然と幸運が上手く重なり、彼らは受注資格の査定を切り抜けることが出来た。



だが、依頼は達成しなければ意味がない。



確かにシャンク……いや、黒蛇種の作り出す医薬品の品質は高品質だと有名である。
総じて知的であり忍耐強い彼らは、繊細で時間のかかるこれらの調合を易々とこなしてしまう。

しかし、幾らシャンクがその黒蛇種とはいえ、この依頼は楽な仕事ではない。

足りない分の材料を確保するため、特別に森の立ち入り許可書までが付属していたのがその証拠である。
万が一にも失敗したときの違約金など考えたくもないだろう。

依頼を受けたその日のうちに彼は素早く計画を立案し、手持ちの材料から足りない分の薬草を逆算。
それを小一時間ほどかけて三枚のメモに書き記すと、それらを仲間の適正に合わせ、
シャンクはそれぞれにメモに書かれたモノを集めるよう指示を出した。

あの時……シャンクがティナを部屋に呼び出した理由はそれであった。

そして、ティナが宿から飛び出していってから今日で三日。
他の仲間達はすでに帰還を果たし、今は別の簡単な依頼を引き受け町を出ている。

後はティナの帰りを待つだけなのだが……
作りかけの薬品の入った試験管を専用の器具に立てかけ、窓の外を覗き込むシャンクにはその気配すら感じられなかった。
コレからの調合に必要な薬草は貴重なモノばかりで、
ティナに手渡したメモには必要なそれらが記されていたのである。

その彼女が帰還しない限り、シャンクにはこれ以上やれる事はなかった。

「……やはり頼みはティナなのですがねぇ」

作業台の上に乗った器具や残り少ない手持ちの薬草を眺め、シャンクは物思いに耽る。
彼の頭の中では仕事のタイムリミットが緻密に計算されていた。


―― 残り……2時間18分 ――


決して焦りはしなかったが、シャンクは自分の力でこの依頼を達成できる限界が、
もう目の前にまで来ていることを静かに悟る。

そして、過去にこの町を訪れた時のことを思い出した。
自分の限界を試してみたく、難易度の高い依頼を受け見事に失敗したあの経験は、苦い思い出であった。

ティナに渡したメモにあれだけ詳細な情報を書き込めたのも、その時に何度か森を出入りしたことがあったからである。
一度見たことを詳細に記憶できるシャンクの能力は素晴らしかった。
……勿論、深い薬草などの知識が合って、初めて使いこなすことの出来る能力ではあるが。

どれだけ素晴らしい能力があっても、今の彼には待つことしかできない。
シャンクはゆっくりと目を閉じて、物思いに耽る。





「……」





「………」





「…………………」





無言で物思いに耽る内にまた一時間が経過した……まだティナは帰ってこない。

「もしや私に限ってメモを間違えていた……いいや、まずありませんね」
 
思わず心をよぎった不安を、シャンクは直ぐに否定する。
記憶だけに頼らず、シャンクは手持ちの資料も吟味した上で、メモを書き記しティナに手渡していた。
書き記したメモを思い出しても、その内容に不備はなかったはずである。

だが、現実としてティナはまだ戻ってこない。

「ティナのことですから、何かあったと言うことは無いでしょうし……
 仕方ありません、私には待つことしか出来ませんから」


結局……シャンクは待つことを選んだ。


だてに大きなお腹をしているわけではなく、自分が森に行ったところで、
ティナのように軽快に森の中を動き回れるわけではない。

それなら宿屋の中で大人しく帰りを待つのが得策だと思ったからだ。

「そうと決まれば、私は少し休憩を取ることにしましょう」

薬を調合するにも集中力を使う。
思った以上にシャンクは自分の身体が疲れているのを感じていた。

此処で一度眠っておくのも悪くはない。
どうせ今は暇なのだからと、シャンクはひとまずベットに腰を下ろした。
自重でベットが僅かに軋む。

構わずそのまま全身を横たえ、切れず少々尻尾がベットの上からはみ出してしまった。
それはいつものことなのでシャンクも気にしない。

「ふわぁ〜 どうやら、思ったより疲れて……」

眠そうな目を擦り、開かれた口から飛び出したのはとても大きな欠伸だった。
ヘビがそうするように、獲物を丸呑みにするかのように開かれた口はとても大きく耳元近くまで裂ける。


……と、シャンクが暢気に欠伸をしている最中、天井近くに異変が起こった。



まるで欠伸につられたかのように、空間が突如、何かに切り裂かれたかのように口を開ける。
その中から吐き出されるように猛スピードで誰かが飛び出した。

金色の毛並みの持ち主……ティナ!

手にしていた剣はティナをこの部屋へ導いたと同時に彼女の手から剥がれ落ちる。
だが剣の持ち主は……意識を失ったかのようにまるで動かない。

自身に迫る危険にも気が付かず、無防備に欠伸を続けるシャンクの口を目指し真っ直ぐに落下を続け……



ゴブゥッ! グボォッ!


「……っっっ!!! んぐぅ!」

欠伸のため、めい一杯開かれていたシャンクの大口にティナは頭から最悪の着地を決めた。
肉の内壁とティナの身体が擦れ、生々しい音を立てる。

それとくぐもった悲鳴。

シャンクに襲い掛かった衝撃は並大抵の事ではなく、痛みと息苦しさでさしもの彼でも声をあげることが出来ない。
ベットも激しく軋み、シャンクの変わりに悲鳴をあげていた。
普段はティナ程度の大きさなら楽々と丸呑みにしてしまうシャンクだが、
文字通り空から降ってきた突然のご馳走に泡を食う。

それでも蛇として、生来の捕食者として備えた柔軟な喉の筋肉はその衝撃を殆ど受け流してくれた。
次第に痛みが引くと喉の内壁が徐々にティナを引きずり込み始める。

……シャンクが意識してのことではない。
その証拠に未だ彼は目を白黒させて状況把握に躍起になっていた。

「……な、なにごとですか?! うぐっ!」

今度は続けて落ちてきた大きな袋に今度は顔を痛打、鈍い痛みが顔面に走る。
それでも先ほどよりはマシだとばかりに、シャンクは目を白黒させつつも袋を顔から退けた。

ようやくクリアになったシャンクの視界に、ティナの下半身が映し出される。
特徴のある金色の尻尾は、すでに口の中に収まったようで姿が見えない。

それでも今呑み込んでいる誰かが、ティナだと見抜けなかったのは、やはりシャンクもまだ動転していたのだろう。

「無理矢理食材を呑まされるのは好みじゃないのですが……」

ズルズルと食道の蠕動により引きずり込まれる何者かを見据えつつ、シャンクは軽く喉を鳴らした。


ゴクリ


シャンクの喉が一際大きく膨れあがり、中へ入り込んだ食材を胃へと送り込むための強靱な内壁が、
今度は主の意志を持って速やかに動き出した。

うねる喉の中で、ティナがゆっくりと肉を押しのけ入り込んでゆく。
咄嗟のこととは言え、誰かを呑み込んだのかも分からなかったが……喉を落ち行くモノに対して感じた味に、
思わずシャンクは舌なめずりをして、膨れて歪む喉に手を当て滑らせていった。

意識すればシャンク自身の意志でそれを止めることも、吐き出すことも出来た……が。


「ククク……せっかくのご馳走を逃す手はありませんしねぇ」


わざわざ自分から口の中へと飛び込んできた誰だか分からない者のために、そうする必要性を感じることもなく。
含み笑いをするシャンクの姿はすでにいつもの調子を取り戻したようだ。

膨れあがった喉を触れていた手で軽く撫でると、シャンクは遠慮無く誰かを胃に収めた。
呑み込んでいたときから感じていた重量感が胃に移り、喉を撫でていた彼の手もお腹の膨らみの上で止まる。

「……クククッ 思いもよらぬ食事になりました。
 しかし、自分から口の中へ飛び込む変わり者は、一体……誰だったのでしょうか?」

シャンクのささやか疑問に答えてくれる者はいない。
そもそも彼は答えを他人に求めたのではなく、思考に入るための合図であった。

(……ふむ、ですが少々覚えのある味と喉越しでしたねぇ。
 ですが、困りました……さすがに一瞬の事でしたので、ハッキリとは……んぅ?)

思慮に耽っていたシャンクは部屋の床に、
一本の剣が突き刺さっていることに気が付く。

見覚えのある剣だった『水晶銀』と呼ばれる特殊な物質を刃としているソレを、覚めた目でジッと見つめている内に、
この剣がどうして自分の部屋に突き刺さっているのか理解した。
そもそも水晶銀出てきた剣などそうそうあるモノではない、それぐらい希少な物質なのだ。

(……彼女にも困ったモノですねぇ)

呑み込んだモノの正体を察し、シャンクはあえてお腹を手で揉み上げた。

さすがの彼もティナの身に何が起こったのか、想像することしかできないが、
彼女が空間跳躍を試みるとき、少なくない確率で移動先の座標を間違えることがあることから、
今回も単なる事故だろうと見当をつける。

そして、ソレは当たっていたりするのだから、シャンクの勘も中々鋭い。

「……まぁ、頼んだモノはしっかりと採取してきてくれたようですねぇ……ウククッ」

何故かこの状況がおかしくなり、シャンクは思わず含み笑いをする。

払いのけたティナの袋を手に取り、ベットの上から降り立つと胃袋の中でティナが転がっているようで、
面白いようにシャンクのお腹が隆起し蠢いた。
その中々の気持ちよさに、しばし悦に浸ったシャンク……涎が少々垂れている。

先の割れた長細い舌がシャンクの口回りに飛び散った涎を舐め取り、その上で右手で口元をぬぐい去った。
口元は綺麗に拭われたが、今度は二の腕に涎が付着する。

だが、そちらは委細構わず、シャンクは袋の中身をテーブルに並べた。
もはや眠気もすっかりと消え去り、昼寝をする気分でもない。

今の彼の意識は胃袋の中のティナのことも眠気も消え失せ、薬の調合に向けられている。

「クククッ これでようやく続きが出来ますねぇ……
 納品の期限が少々厳しいことになっていますが、まぁ、大丈夫でしょう」

シャンクが軽く首を左右に傾けると、コキコキと骨がなった。
これから始まる長時間且つ、過酷な作業……そして、目が細まると神業のごとき早さで手が動き出す!

繊細な手つきで、薬草がすりつぶされ次々と加工が行われ、出来上がる様々な色の液体が入った試験管。
時にはそれらを一定の割合で混ぜ合わせてゆく。
一つ間違えれば全てが台無し……だが、それなのにシャンクはうっすらと笑っていた。
相も変わらず胡散臭い含み笑いが部屋の中に小さく響く。

もはや、彼が依頼を達成するに十分な量の薬が出来るまで止まることはないだろう。


時間は瞬く間に過ぎ、昼が夜になり……再び次の太陽が昇る頃まで、
シャンクの手が止まることはなかったという。





後日談……


「さて、そろそろティナも出して差し上げないといけませんねぇ……
 これほど長い間誰かを胃に入れていたのは初めてのことですから、無事だと良いのですが…クククッ」

シャンクがお腹を揉みこむと、グボ…ゴボと何かが泡立つ音が聞こえはじめた。

恐らく彼の体液の音だろう。

暫くすると少々苦しそうな呻き声がして、生々しい音がいっそう部屋の中で響き出した。
胃の中から押し出された内容物が吐き戻され、シャンクの首が明らかに膨れ上がってゆく。

それは徐々に頭を目指して迫り上がり……


ビチャッ!


体液と共にティナが哀れな姿で吐き戻されたのであった。

「ゲフッ さすがに身体が軽くなった気分です……さて、ティナお体の方は……おや……?
 ウククッ……コレはまた。 まさか、胃の中で眠っているとはねぇ」

呆れたような、そして、感心したようなどちらとも取れる含み笑いをするシャンク。
と、何かに気が付いたのか鎌首を擡げていた頭が、ティナの手の方へと動く。

「んぅ……これは? ……よほど居心地が良かったのかと、思いましたが……これが原因ですか」

ティナが握りしめたいたモノ、それは例の黄色い花であった。


――眠り草――

その花の花粉を鼻から吸い込んでしまったら、その場で眠りこけてしまう特徴を持つ……


それを彼女が握りしめていると言うことは……

「仕方のない人だ……メモに細かく書いておいたのに、全部読まなかったみたいですねぇ……」

ひとまず自分の体液でベットリになっている彼女をシャンクはベットの上に寝かせ、
何処かから取り出したタオルで綺麗に拭いてゆく。

一通り拭き終わると、シャンクは自身が調合した医薬品をまとめ、カバンに詰め込んだ。

「……それでは、私は先に依頼の品を収めに参ります。
 ウククッ……ティナ、貴方の失態は後で問うことにしましょうねぇ……」

不吉な言葉を言い残し、シャンクは部屋の中から出ていった。
残されたティナは、何も知らないままで気持ちよさそうに寝息を立て眠っている。



The end


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