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何を言われても脇は眉ひとつ動かさない。さすが、百戦錬磨の代議士秘書である。

「そのために、あなたはわざわざ天井の高いこの部屋を選んだんです。他にもっと広い部屋が空いていたにもかかわらず、わざわざね」

「そりゃ、部屋を選んだのは、私ですけどね。あんなところに、どうやって？」

「投げて突き刺したんです。ダーツみたいな感じに...」

「あんな高いところに？」

「すごい身体能力ですよね」

「バカな」
苦笑する脇に、

「いやホントに刺さってます、注射器。見ます？」
と、当麻はカバンに入れてあった双眼鏡を差し出す。
「回収するのはちょっとたいへんだな。でも、回収したら多分、あなたの指紋が検出されます。あの時あなた手袋してませんでしたもんね」

「･･････」

「人間の脳は10％しか使われてないんですって。残りの90％にどんな『SPEC』が秘められているか、まだわかってないんですよ。脇さんの『SPEC』すごいじゃないですか。ねぇっ」

「･･････」

「私たち人間は、まだまだいろんな可能性を秘めてるってことです。今の我々にとってムリムリーって言われてるような能力が、明日には我々の誰かに突然目覚めているかもしれない。それが人類の未来を切り拓くかもしれない」
脇がずっと黙っているので話に熱が入る。
「不可能を可能にする『SPEC』が、私たちの中に秘められている。残念ながら、あなたの肉体に宿った素晴らしい『SPEC』は、こんな陳腐な殺人事件に使われてしまいましたが」

脇はなにも言わず、透明なケースに入った3個のテニスボールをカバンから取り出す。
スナップを利かせて上に投げつける。と、
ボールが信じられないスピードで天井に突き刺さった注射器を叩き割った。

「！実際に見るとヤバいですね」

「これで証拠はなくなったな」

「ごめんなさい、私、芝居打っちゃいました。ククク...瀬文さん」
瀬文は積み重ねたテーブルの裏に隠れてビデオカメラを回している...はずなのに、フロアはシーンとしている。
「瀬文さん！」
当麻が見に行くと、瀬文は居眠りをこいている。
「寝てんじゃねーよ」
舌打ちひて瀬文を起こす。

「長いよ。あほ」

「あほじゃねぇよ」

瀬文が出てくる。

「これ、あなたの指紋つき注射器、ちゃんと回収しときました。天井にくっつけてあるのはニセモノです。ちなみに...カメラも回ってるんで、さっきの投球の証拠も残してあります」
次の瞬間、脇がまた1個のテニスボールを取り出し、瀬文に投げつける。
瀬文が反射的にビデオカメラと注射器をかばうと、ボールが左腕を直撃し、嫌な音を立てた。
「グッ」
「てて。たぶん折れたじゃねぇかよ。この野郎」

「当麻さん、瀬文さん。悪いが、あんたたちにも死んでもらう」
脇がゾッとする冷たい声で言う。

「断る」

「あたしも、遠慮します」

「我々の存在に気付いてしまった以上、仕方ない」

「我々？」
当麻が周りを見渡す。

「当麻さんのおっしゃる通り、人間は進化し続けている。進化した我々は、とにかくこの世界を修正していかなくてはならないんですよ。今時、タレントや親の七光りで当選した二世議員たちにこの世界を任せてる場合じゃないんですよ」
ブンッと音がして、当麻のこめかみに直撃する。
華奢な体が衝撃で吹っ飛ぶ。当麻はそのまま意識を失った。

「この野郎」
右手で銃を抜こうとしたとき。脇の体が瀬文の肉体をすり抜けるように移動し、銃を奪っていった。
「･･･化け物め」
瀬文が歯軋りする。

「日本のために君らも死んでくれ」
脇が引き金を引いた。

タム。

タム。

タム。

タム。

タム。

5発の銃弾が一列に連なり、空気の層をゼリーのように貫いて、瀬文と当麻の方へとんでいく。

その時。
時間が静止した。脇も、瀬文も、当麻も、空気さえも動きを止めている。そんな中――。

「せっかく俺たちに近づいてきた奴等が現れたのに、何、勝手なことすんだよ」

いつの間にか、美しい少年が座っていた。名前を一十一(ニノマエ　ジュウイチ)と言う。
静止した時間の場を、その少年だけが自在に動き回っている。
脇に向かって
「お前が死ね」
冷たく言い放ち、パチンと指を鳴らした瞬間――。

「！！」
唐突に時が動き出し、瀬文の前で、脇の肉体に弾がビシ、ビシ、ビシと撃ち込まれた。

「バカな...なぜ」
脇が呻きながらぐわり膝をつき、ゆっくりと倒れて、頭が床に叩きつけられる。

「あの時と...」
瀬文はまざまざと思い出していた。
志村の撃った弾が、志村の肉体を貫いていった光景を。
「―― 一緒だ」

　　　＊

タバコの火が点き、真っ暗な部屋の中に津田の顔が浮かび上がる。
「取引だ。俺はお前の生命を守る。お前は約束を守れ」
冷泉が小さく頷いた。
　　　＊

当麻は気を失ったまま動かない。
瀬文も動けずにいる。
倒れた脇の肉体から血が床に広がり、やがて世界を覆いつくしていった――。

　　　――召(乙)の回へ――

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