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《傍観》

暗い闇の中、人影が走る、月光に照らされたそれはまさしく死に物狂いな表情で逃げていた。

『クソッ!! 何で俺がこんな目に…ッ!!』

そう叫んで、さらに速く、影は走る。

ズシッ…ズゥン…

遥か後ろから聞こえる地響き、周囲の木々がガサガサと激しく揺らめき、木の葉を散らす。

必死に逃げる小さな影の後ろから、巨大な影が迫る、闇に残される紅い光は眼光、恐るべき黒竜がそこに居た。

巨大な身体を揺らし、目の前の獲物を追いかけるその姿、まるで遊んでいるようにも見える、だが、それは捕まれば終わりの死の鬼ごっこだった。

ガッ…
ザザァッ!!
『痛っ…!!』

小さな影が躓いた、一瞬の出来事、倒れる影、巨大な影が哀れな獲物に追いつく、あまりにも呆気ない終わり方。

《グルルル…》

低い竜の唸り声が響き渡る、月光に照らされたその姿は…まさしく黒い悪魔にしか見えない。

『止めてくれ!!…俺はただ迷って…』
《グアッ!!》
『ひっ…』

黒竜は人間の言い分を無理やり封じ込めてしまう、人間と言うと…恐怖と絶望で顔がぐしゃぐしゃになっている、死を目の前にする獲物の顔を見て、黒竜はさも愉快そうに微笑んだ。

《グルルル…》

顔が人間に近づけられる、吹きかけられる息に人間の顔が歪む。

ジュルッ…ズリュッ…

獲物を押し倒し、黒竜が柔らかい舌で…味見をするかのように顔や身体を舐め回す、粘つく唾液は衣服を濡らし、べっちょりと染み込んで獲物をさらに逃げられないようにしてしまう。

『やっ…ふぶっ…うぷ…』

何かを言おうとしているみたいだが、黒竜はそんな事などお構いなしに舌の愛撫を続ける、長い舐め回しの内に、いつの間にか唾液溜まりが出来てしまっていた。

《グルル…グゥ…♪》

一旦口が離される、出ていた舌でペロリと舌なめずりをし…今度が本番だった。

グバアッ!!
ボタッ…ビチャッ…

突然人間の上で開かれる口、鋭い牙の牢獄が開く、唾液がとろりと糸を引き、それは人間に降りかかる。
とめどなく流れる唾液は人間の顔を覆い尽くし、何も出来なくさせてしまった。

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