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【保】ヤマタノオロチ − 旧・小説投稿所A

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【保】ヤマタノオロチ

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「んっ…くぅ……なかなか、美味しかったですよ。私としては君を食べるのは惜しいと思っていたんですがね。
 食べる以前に楽しませてくれますから。君のその好奇心旺盛なところとか、嫌いじゃないので。
 それと、私もこんな老いぼれな体をしてますけど、少々時間をかけすぎましたかね。まあ昔みたいにバクバク食えるわけじゃないので。
 さて…明日にはもういないでしょうから、早いうちに戻りましょうかね」


喉をゆっくりと下っていく膨らみを手で感じ取りながら森の中をカイリューは歩いて行く。
バクフーンはそれと同時に食道を通っていた。全身を緩く締め付けながらも胎動で下へと運ばれていく。
動く気はない。けど逆にそれが良かったのか、食道の動きが何故か気持ち良く感じる。
優しく締め付けてくれて、まるで自分の体を労わってくれてるような…。
でも少し目を開けて周りを見れば、辺りは真っ暗。気味の悪い音が耳に入り、肉が体に纏わりつく。やっぱり気持ち良いはずがない。
そうこうしてると、足に解放感のようなものを感じた。締めつけられるような感覚がなくなった。つまりは、胃に着いたということ。
ズリュ、グリュ…というやっぱり耳障りな音がして、体がどんどん胃に流し込まれるように動いていく。
そして直後に、全身が胃に落ちる。収まるって言った方が正しいのかも。


「うくっ…ここまで来ちゃったか……まあ、食われたらここ以外ないんだけどね」


気持ちを切り替えて、ちょっとだけ前向きにするようにしてみた。細かく言えば、自分らしくいよう、と。
どうせ何かをしてもここから出られるわけじゃない。だったら少しぐらいは楽な気持ちでいたいと思ったから。


「予想してたより、そんなに狭くないんだな…。ちょっと、動いてみようかな」


何だかんだで食道にいた時の感触が気持ち良かったのか、体もちょっとぐらいは動くようにはなってた。本当にちょっとだけどね。
立ち上がってから上を見れば、自分が入ってきたであろう門があった。今はキッチリと閉められてて、開けようにも無理がありそう。
第一に手が届くような高さじゃない。ジャンプして届いたとしても、掴む場所もないから…やっぱり出るのは無理かな。


「今更出ようなんてしょうがないけどさ。それはそうと…」


目線を落として、壁に目を移す。ここはカイリュー、捕食者であるカイリューの胃の中。
壁はゆったりとした動きで揺らぐように動いてる。足元を見ても同じで、とても今いる場所が胃だなんて到底思えない。
試しに触ってみようかな…と。


「…うわっ、沈む。軽く手押しただけなのに、手首まで沈みそうだった。思ってたより柔らかいんだな…。
 と言うことは、ここでジャンプなんかしてみたら………腰まで、いくんじゃないのかな?」


これはこれでよく考えれば、食われて胃の中にいるような奴が言うことじゃないよね。
でもまあ…滅多に体験出来ないことを今感じてるわけだし、誰にも文句言われるわけじゃないし。
あと少しの時間、出来る限りのことはしたいな。後悔しないで、気持ち良く…ね。


「ん…?中で動いてますね…弱らせたからもう動かないと思ってましたけど、意外と元気ですね」


「でもこんだけ柔らかいのか…俺の身体もこんな風になってるのかな」


興味しんしんで壁を触っていく。絶えずゆっくりと動いて、少し力を入れれば手首が沈むぐらい柔らかい。
こんなところで食べた物を溶かすだなんで、正直信じられない。そう言っても結局溶かされるんだよね。
なら溶かされる前にしたいことはしておきたいかな…。


「元気があるなら、楽しませてもらいますかね」


「どんなことしようかな…って、な、なんだ!?」


周りを見ながらいろいろ考えていると、壁が迫ってきた。多分カイリューが外から押してきてるのかも。
慌てて逃げようと距離を取るも、逃げ場なんてあるはずがない。そもそもあったらこんなとこにいつまでもいないよ。
なんてことを言ってるうちに壁がどんどん迫ってくる。なるべく逃げようと背にある壁に身体をくっつけるものの、結局は変わらない。


「まずいって…来るなよ!」


目の前まで来て、思わず抵抗するために手を前に出した。相手は柔らかすぎるぐらいの壁だということを忘れて。
当然手は壁に吸いこまれるように沈み、そのまま腕まで沈んでいく。驚く暇もなく壁が迫り、密着…もとい圧迫される。
なんとか顔を逸らすものの、状況が変わるわけじゃない。柔らかい壁とは言え、圧迫されれば苦しい。


「くぅ…腕が、動かない…!」


どうにかしようとまずは腕を戻そうとしてみるが、まるで腕全部を掴まれたかのようにガッチリとして動かない。
体勢が体勢なのもあるだろけど、それでもここまで動かないのはおかしい。こんな柔らかい壁なのに…。


「このままじゃ、どうやっても……んっ?!」


頑張って腕を引き抜こうとしてると、逆に腕が引き込まれるように動いた。もちろん腕を押し込むわけがない。
……取り込まれてる?壁の中に取り込もうとしてるのか?いや、それしかもう考えられない。


「冗談じゃない!痛い苦しみよりも、生き埋めのような苦しみなんて……!」


必死になって身体を離そうとする。けど腕が中にあるからどうやっても離れられない。
抜こうとすればするほど身体は壁に埋まっていく。足に力を入れても沈むだけで踏ん張れない。
あっという間に肩がめり込み、顔も埋まり始める。もう、ダメなのかな…。

























「……ふぅ、ようやく収まりましたか。随分時間がかかりましたね。やはりこの老体では限度がある…というところですかね。
 しかし…楽しめましたよ、なかなかに。ここまで楽しめたのは久しぶりです。感謝してますよ。お礼にゆっくりと取り込んであげます。
 では戻りましょうかな。動いたとはいえ、今日は満足しましたから。いつも彼のような来客が訪れてくれれば、私も嬉しいのに。
 まあ…あまり贅沢を言うのは止めましょう。さてさて…次はどんな方がここに訪れるんでしょうかね…」


月明かりが照らす暗い森を歩くカイリュー。その後ろ姿は、老いていながらもどこか狂気のようなものを感じ取れるほどだった。

今日もまた、カイリューの声がする。


「今日はここに泊まりなさい」


地図にもないこの町で、今も日々声が響く。



<2011/07/06 22:41 ヴェラル>消しゴム
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